第13話

 満足した私は、玲央奈さんが私の不在に気付く前に傍へ戻ろうと思い、気持ち早足で白夜さんのもとを離れた。

 しかし思いのほか疲れていたのか、気持ちに身体がついてきておらず、一歩目から軸足を思い切り蹴ってしまい、前のめりに躓く。


「あっお姉様危ない!」


 私の異変に気付いた玲央奈さんが大根を手放し、信じられないスプリント力で私に接近してきた。


 ――マズいこのままでは――


 視界がスローモーションのように感じられる中、倒れ込みながらも白夜さんを横目で見ると、彼は完全に私から背を向け、アワビを手に取って(どこから出したのだ?)「コレ、エッロイな~」と童貞剥き出しで口走り、メイドさん含む老若色とりどりの女性達に、白い目を向けられていた。……白夜さん、もうちっとやり方考えろ!!


 脳内でツッコんでいると、柔らかい衝撃を受け思わず目を閉じた。私は嫌な予感を振り払い、「きっと大丈夫だろう」と自分を鼓舞しつつ、手で周囲をまさぐる。……おんやぁ、何か湿っぽいぞ?


「お姉様、こんなところで……」


 ……私がゆっくり目を開けると、想定③の世界が広がっていた……。


「ここじゃ、ダメだよ……」


 上の口では拒んでも、脚で私の頭をガッチリとホールドしようとする玲央奈さん。私は取り返しのつかなくなる前に、彼女の脚を力づくで押し広げ脱出し、とある人物の背に怒りの言葉を投げつけた。


「白夜さん!! 何で私の言いつけ通りシカトを決め込んだんですか!?」


「超理不尽!?」


 せめて白夜さんが抱き止めてくれていれば、こんな事にはならなかったのに。


「罰として私をおんぶして下さい!!」


「何の罰だ!?」


 これは白夜さんに対する罰というより、私の緊急避難に近い。これ以上望みもしないラッキースケベ体質(何しろちっとも嬉しくない)の恩恵を受けたくないのだ。正直自分でも「言うとる事完全にヤ○ザやなぁ」と思わなくもない。しかし、とにもかくにも気が済まなかったのだ。転んでもただでは起きたくなかったし、ようは八つ当たりである。


 期せずして周囲の注目を浴びまくる集団と化してしまった私達だが、事は白夜さんが一人、あまり状況は分かっていないが騒いでるから取りあえず来ちゃった的な店長らしき人に、ひとしきり油を絞られて収まった。

 白夜さんが怒られまくっている間、私達は他人のフリをし、真剣な表情で今の日本の政治について、なんちゃって議論をふわっと交わしていた。

 そうこうしているうちに、ようやく解放された白夜さんがこちらにトボトボと歩いてくる。


「お勤めご苦労様ッス!」


 メイドさんは白夜さんに向かってビシッと敬礼していた。


「もう、びゃっ君ったら……」


「白夜、これ以上恥を晒すな……」


「……これ以上って……何だ……?」


 公衆の面前でしこたま怒られ、ツッコミにキレ味のかけらもない白夜さんの背に私は飛び乗り、皆に夕食は何を食べたいかを聞いてみた。


「お姉様が作る物なら何でもいいよ♪」


「あたしはリクエスト出来る立場ではないッスから」


「もう帰りたい……」


 見事なまでに料理人泣かせの返答が返ってきた。まず予想通りではあるが。

 さて栄養のあるもの……魚を中心に組み立てよう。納豆? あれは私の口に合わない。

 私が白夜さんに魚コーナーに行ってくれと頼むと、彼と玲央奈さんから不満げな声が聞こえてきた。


「え~、魚ぁ?」


「お姉様、あの~お肉とか……」


 早速前言が覆されていた。姉もそうだったが、若い人で魚嫌いは結構多い。だがここで折れてはダメだ。彼らの価値観を変えるため、心を鬼にして強行しないと。


「自慢じゃないですが、魚料理は得意です。私を信じてみてくれませんか?」


 白夜さんと玲央奈さんはお互い顔を見合わすと、渋々といった感じで了承した。

 私は今が旬のタラの切り身を四人分、買い物カゴに入れた。本来なら自分で捌きたかったのだが、今日は時間が無いので諦めた。

 次は野菜コーナーに向かってくれと白夜さんに頼んだら、またしても二人からブーイングが飛んできた。


「え~、野菜ぃ?」


「あの~お姉様、サプリメントで十分じゃない?」


 この二人、今まで余程甘やかされてきたのか、思った以上に好き嫌い激しいな。野菜は大人も含めて苦手だという人は多い。例のごとく姉も苦手としていた。しかし今のうちに克服しておかないと、病気になってからでは手遅れだ。


「野菜も調理次第ではビックリする程美味しくなりますよ。騙されたと思って食べてみてくれませんか?」


 白夜さんと玲央奈さんは「もう諦めました……」と言わんばかりに死んだ目をして俯いた。私はそれを了承のサインだと好意的に解釈し、カゴに様々な野菜を放り込んでいく。

 調味料を吟味し、レジへ向かってくれと白夜さんに頼むと、玲央奈さんが何やら必死に訴えかけてきた。


「美宇ちゃん、お願いよ! スイーツ……せめてデザート的な物を……」


 嫌いな魚と野菜は、甘んじて受け入れるからという事か。どうでもいいが、呼び方が最初の頃のものに戻っているな。ボーイズラヴゲームの様に好感度次第で変わるのか、分かりやすい人だ。つまり今は少し下がっているらしい。別に上げる気も無いが、デザートには賛成だ。


「いいですよ、何にします?」


 私は三人を見回しながら尋ねた。


「美宇ちゃんが選ぶ物なら何でもいいよ♪」


「あたしはリクエスト出来る立場ではないッスから」


「腹減り過ぎて死にそう……」


 白夜さん以外、かなりデジャブった返答だな。ふむ、どうしようか。先程までと同様、私の好物に走るとまた不満が噴出しそうだ。今回は玲央奈さん辺りの好きそうな物にするか。となると無難にケーキかな。

 私はヘロヘロでヨレヨレ状態な白夜さんの背中から飛び降り、ケーキが置いてそうな場所に向かった。その道すがら、この時期では物珍しい物を見つけてしまった。


「わぁ~~~♪ わらび餅だ~~~♪♪♪ ……あっ」


「「「っ!?」」」


 三人共驚いた後、ほっこりした様な表情で、優しい眼差しを私に送ってきている。ちなみに私の顔は、自分でも分かるくらい真っ赤っかだ……。


「今ものスゲェ可愛かったな」


「美宇様はこういうのが好みなんスね」


「お姉様の為に全部買い占めよう!」


 妙なところで玲央奈さんの私に対する好感度が上がってしまった。呼び方がまた変わっている。それはそうと白夜さんめ、私が可愛いだと? ハッハ、それは幻想だ!


「……白夜、すまないがキミのキン○マを私の思うがまま蹴っ飛ばさせてくれないか? なぁに心配するな。『日本にはびこる少子化問題を二人で解決しよう!』と熱く誓いあったあの約束は忘れていない。潰れるにしても運良く片方だけだ、たぶんきっと!!」


「そんな約束した覚えねぇよ!? 照れ隠しで蹴り潰されたらたまらんわ!!」


 ――ああ、タマだけにな!!


 ……はぁ、しょうもな過ぎる……。恐るべき低レベルのオチしか思いつかないくらい、わらび餅を見つけた時のリアクションがショックだった……。


 本気で買い占めようとする玲央奈さんを諫め、私達は再びスイーツ探しを再開させた。

 私の歳でわらび餅を喜ぶ人はそういない。すっかり私の好みがバレてしまい、今探しているのは和菓子だ。


「お姉様、どれがいいの~? 何だったらぜ~んぶ買い占めてあげるよ~?」


 いくら好きでもそんなにいらんわ! その甘ったるい口調もやめてくれ。全くスーパーに来てからロクな事がない。

 手っ取り早く決めてサッサと立ち去ろう。舌が受け付けない黒糖を使っていなくて、彼女達でもいけそうな物は……。


「では、きんつばを買いましょう」


「「「きんつば!?」」」


 ありゃ? ダメなのか?


「「きんつばって何?」」


 そこからかいな!? 白夜さんと玲央奈さんは知らないのか……。メイドさんはいい顔でサムズアップしているところを見ると、好みにメガヒットしたらしい。

 説明は面倒だから端折るとして、あとはお茶がいるな。


「すみません。お茶を見てきてもいいですか?」


「うん? 紅茶なら屋敷にあるよ?」


「それもアリですが、ワガママを言わせてもらえれば日本茶がいいです。玄米茶とか」


「「「玄米茶!?」」」


 白夜さんと玲央奈さんの私を見る目が珍獣を見るものになってきた。メイドさんは「コイツよく分かってるな~」と言わんばかりにウンウン頷いている。……どうやらこんなところで同士を見つけてしまったようだ。

 いろいろあったが、ようやく買い物が終了した。欲を言えば、歯がへし折れるのではないかというぐらいカッチカチのせんべいが欲しかったのだが、まだ乳歯なので自重した。これを食べるのは私のちょっとした夢である。


 スーパーを出て車に乗り込み、玲央奈さんの屋敷に向かった。

 屋敷に着くと、まずその大きさに圧倒された。何人で住んでいるのかと玲央奈さんに聞くと、今はメイドさんと二人きりだという。もしかして寂しいから私にベッタリなのだろうか。

 玲央奈さんに付き添われ、中に入ると今度は豪華さに目を奪われた。玲央奈さんの幼い頃の肖像画まで飾ってある。今の顔つきとは違い、勝ち気で生意気そうだ。それにしても部屋いくつあるのだ?

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