第12話

 部屋のエアコンをつけた後、玲央奈さんに風呂場の場所を指し示し、シャワーを浴びるよう促した。


「バスタオルは後で持って行きますから……」


 私がそう言うと玲央奈さんはキョトンとした顔をして、小声で呟いた。


「……あれ? 一緒に入らないの……?」


 何故私まで入る必要があるのだ? 玲央奈さんが何を考えているのか知らないが、こっちはこっちでしなければいけない事がある。


「準備があるから私は入らないですよ」


「準備……? そういうものなんだ…………」


 玲央奈さんは納得したのか、頼りない足取りで脱衣所のドアを開けて入っていった。

 ふぅ、一人っきりになってやっと少し落ち着いた。大した事してないのに何だこの疲労感は……。

 このままベッドに横になりたいが、そうもいかない。

 私はバスタオルを用意し、着替えと下着を……ああ、そうだ。施設の備品であるバスタオルはともかく、服と下着は白夜のアパートに移したのだった。


 服は白夜さんのTシャツでいくか。若干ベチョっているが玲央奈さん自身がやった事だ。下着はどうしようもないな。彼の上着で下腹部の見えてはいけないところは辛うじて隠れるし、寒くてもそれで我慢してもらおう。

 私は準備したものを脱衣所まで持って行き、ついでに洗面所でハンカチとパンツを水洗いした。それらとワンピースを一緒に真空パックに詰め、自分の鞄の中に入れて、玲央奈さんが出てくるのをベッドに座って待っていた。


 玲央奈さんがシャワーを浴びだしてから、十分程過ぎた頃だろうか。ガチャッという音がして脱衣所から彼女が出てきたので、私は『やっと帰れる』と思いながらベッドから立ち上がった。……私が一応の着替えを用意していたのにも関わらず、目の前の人は素っ裸である。エアコンをつけているとはいえ寒くないのか?


「あの、玲央奈さん? 着替え……」


「えっ、だってさっきの続き……」


「続き?」


「うん、……あの『おしおきプレイ』の……」


 誰が誰をおしおきしたのだ!? 後プレイってつけるなよ! 妙な世界に迷い込んだ事になる!!


「……玲央奈さんが服を着たらここから出ますよ。白夜さん達も待ってますし……」


 私は心の底から呆れた声でそう告げた。


「え~っ!? だったら『ちょっぴり怖いけど全然嫌じゃない』この気持ちはどうしたらいいの~!?」


 そんなもん違う世界に捨ててこい!!

 私は脱衣所から服を持ってきて、玲央奈さんに手渡した。彼女は渋々服を着ようとしたのだが、


「……ねぇねぇ、ここって美宇ちゃんが使ってた部屋なんだよね。少し見てもいいかな?」


 と言い、白夜さんの服はそこら辺に放り出して、私の返事も聞かず、興味深そうに部屋を見回りだした。……どうでもいいが服を着ろよ!


「ここ、凄いね。わたしの部屋より豪華かも……」


 玲央奈さんが見回っている間、私には『この人の腰、クビレているな』とか『身体のライン綺麗だな』とか『胸と性癖が終わっているな』とか死ぬほどいらない知識が増えていった。

 玲央奈さんはただ見るだけに飽き足らず、クローゼットやタンスの中も、ネチっこい程念入りに調べていた。……何をやっているのだ?


「美宇ちゃ~ん、下着無いの~?」


 ああ何だ、下着を探していたのか。言っておいた方がいいな。


「すみません、全部白夜さんのアパートです」


 やはり穿いてないとスースーするのかな?


「もうびゃっ君たら……匂い嗅ぎたかったのに……」


 別に彼のせいではないのだが……ボソッと不穏な言葉が聞こえたぞ!?


「あっ……、そうだ!」


 玲央奈さんが立ち止まり見つめているのは、私のベッドである。嫌な予感がする……。


「あぁぁ~~~何でだろ、急に身体がダルいわぁ~。ねぇ、美宇ちゃん! ここにあるベッドで少し休んでもいい~?」


 ウソくさい台詞と、ワザとらしい演技でベッドインを求める玲央奈さん。もうダメだ、この人……。


「………………いいですよ…………」


 私の返答を聞くやいなや玲央奈さんは、「やっほ~~~い♪」と叫ぶと共に、ベッドに飛び込んでいた。


「はぁぁぁ~~~…………美宇ちゃんがいっぱ~~~い♪」


 玲央奈さんは掛け布団を自らの身体に巻き付け、枕元で鼻をスンスンさせながら何やらほざいていた。もう好きにやらせておこう……。


 私がしばらく呆けていると、ベッドの方から小さな寝息が聞こえてきた。見ると玲央奈さんが幸せそうな顔で眠りこけていた。……寝顔は天使そのものなのに……。

 そういえばこの人、上がり症だと言っていたな。疲れているのは本当だったようだ。

 気が付くと私は玲央奈さんの顔の横に座り、頭を撫でていた。ほとんど無意識の行動である。ちょっとだけ彼女の事が愛おしく感じたのだ。年上相手にどうかとも思うが……。


「……う、う~ん……美宇ちゃん?」


 玲央奈さんの身体がビクンビクンッとしたかと思うと、気怠そうな声で私に話し掛けてきた。私は撫でていた手をサッとどかす。


「あれ? ごめん、わたし寝てた?」


 「少しの間ですよ」と答えながら、玲央奈さんから顔を反らし、部屋の時計を見た。思いのほか時間がたっている。


「玲央奈さん、そろそろ帰らないと……」


 白夜さん達もさぞ待ちくたびれているだろうと思い、玲央奈さんを促したのだが、彼女は一向にベッドから出てくる気配はない。


「玲央奈さん?」


「うぅ~、美宇ちゃ~ん……」


 玲央奈さんは涙目で私に訴えかけてきた。


「どうしました?」


「……またおもらししちゃったみたいだから、もっかいシャワー浴びてきてもいい?」


「……………………」


 その前にさっき貴女を愛おしく感じた私の気持ちを返してくれ!!


 玲央奈さんが二度目のシャワーから戻ってきた。モチのロン生まれたままの姿を晒している。

 彼女はベッドに近づくと、枕を掴みギュッと抱きしめた。


「ねぇ~美宇ちゃん。これ記念に持って帰ってもいい~?」


 媚びるような声と仕草で私に尋ねてくる玲央奈さん。一体何の記念なのだ?


「ダメです。それは施設の備品なのでっ」


 私は断固拒否した。ナニに使われるか分かったもんじゃない。


「え~つーめーたーい~。もぅ……さっきわたしの頭、撫でててくれた優しさはどこに行ったの~?」


 くっ、気付いていたのか……。


「ふふっ、じゃあ代わりに……服着せて~♪」


 そっちのが幾分マシか……。

 私は玲央奈さんをベッドに座らせ、白夜Tシャツと上着を着せていると、少し憂いを帯びた声で彼女が話し掛けてきた。


「美宇ちゃんってお姉さんぽいね~……」


「いえ、そんな事は……」


「ううん。だって美宇ちゃんの方が私よりしっかりしてるもの……。やっぱり人に頼ってばかりじゃダメだよね……」


「はい? 何ですか?」


 後半よく聞こえなかったぞ?


「何でもな~い。行こ、美宇お姉さま~♪」


 何でお姉様!? こんなややこしい性癖の妹要らないぞ!?



「お~い、結構時間かかった……な!? ……マジで何があったんだ?」


 私と玲央奈さんの姿を確認した白夜さんは、車から飛び出し声をかけてきたのだが、怪訝そうな顔をしている。それはそうだろう……。


「美宇お姉さま~♪」


 私の腕に玲央奈さんが抱きついた状態で颯爽と歩いてきたのだから。この時の私の表情は間違いなく死んでいたと思う。


「……取りあえず車に入らないか? キミも寒いだろう……」


 白夜さんはTシャツと上着を玲央奈さんに奪われている為、薄着一枚である。今も寒そうに身体を震わせている。


「あ、びゃっ君は助手席ね。後ろはわたしとお姉様が座るから~」


「……ああ……」


 もう勘弁してくれ……。

 私達が後部座席に座ると、メイドさんが玲央奈さんに話し掛けてきた。


「どこに向かうッスか?」


 どこも何も私は一秒でも早く、白夜さんのアパートに戻りたいのだが。隣のアホの子と早く別れたい。そう告げようとすると彼の腹の虫が鳴き出した。もういい時間だったな。


「お姉様、夕食どうしよっか~? 差し支えなければ、みんなで食べに行かない?」


 思っくそ差し支えあるぞ。貴女、自分の格好考えろ! ……そう考えると私が作るか。今回のお礼をかねて。


「ちょっと遅くなりますが、家で食べませんか? 私が作るので」


 私がこう言うと白夜さんが不満そうな声を上げた。


「今日は玲央奈の好意に甘えとこうぜ」


 結構遅い時間だし、何より昼が少なかったからな。腹も鳴っていたし、彼の不満も分かる。早く食べたいのだろうが、玲央奈さんを外に出すわけにはいかない。ここは理屈で論破するか。


「白夜、キミは普段好きな物ばかり食べているだろう。そのままでは若いウチから成人病にかかってしまうぞ。そうならない為にも、私の栄養満点の手料理を食すべきだと思うが?」


「……思いのほか、ものすげぇ真っ当な意見だな……」


 失礼な。私はいつも真剣だ。ごくたまにボケるだけだ。


「何かお母さんっぽいッスね」


 メイドさん、残念ながら私は白夜さんの嫁だ。


「美宇お母さま~♪」


 貴女はいい加減目を覚ませ!! そろそろ私の腕から離れろ!!


 昼に白夜さんが行ったというスーパーの駐車場に車を止め、前に座る二人が車から降りたところで玲央奈さんに話し掛けた。


「玲央奈さんはここに残りませんか? スーパーの中、結構寒いですよ」


 スーパーでは生鮮食品も扱っており、場所によってはかなり寒い。下半身に何も身につけていない玲央奈さんでは、厳しいものがあるだろうと気遣ったのだ。もちろんこれは表向きの理由だが。


「え~わたしも行く~。スーパーって初めてだし、お姉様と片時も離れたくないし……」


 後半はガッツリ聞かなかった事にするとして、この人スーパーに来たことないのか。どれだけ箱入り娘なのだ。


「そうですか。……迷子にならないで下さいね」


「わたしそこまで子供じゃないよ!?」


 結局ついてきてしまった……。それなら外食で良かったな。

 彼女がいる事で私には危惧している事がある。白夜さんがもしラッキースケベ体質だった場合、以下のような状況になる可能性がある。


 想定① 白夜さんが何の変哲もない場所で盛大にこけ、玲央奈さんにぶつかる。

              ↓

 想定② どんな奇跡なのか白夜さんの顔面が玲央奈さんの股間へ。

              ↓

 想定③ 白夜さんが目を開けるとそこにはピンクの花園が広がっている。


 これはベタ過ぎて、起こらないと思うが近い事にはなるだろう。

 玲央奈さんが店内に来た以上、こういった事は事前に潰しておく必要がある。そう考えると玲央奈さんには悪いが、白夜さんに今彼女がノーパンだという事を伝えておくべきだな。言っておきさえすれば、フラグ的なものはへし折れるだろう。


 玲央奈さんを見ると、彼女は物珍しそうにキョロキョロしている。今は腕に引っ付かれていないし、私から注意がそれている今の内に白夜さんに伝えておこう。

 私はソロソロっと玲央奈さんから離れ、若干変質者チック(真冬に薄着一枚の勇者)な彼に近づいていった。


「白夜、何故そうなったのか説明する事は出来ないが……」


「えっ、いきなり何?」


「玲央奈さんは今、ノーパンティだ」


「ぶっ!?」


 ちぃっ白夜さんめ、大袈裟なリアクション取りやがって……。私は恐る恐る玲央奈さんの方をチラ見すると、彼女は大根をイヤラシイ手つきでしごきながら「はぁ~……太くておっきい……」とウットリとした口調で口走り、従業員含む男性達の視線を一身に受け、ちょっとした騒ぎになっていた。あの人ナンボ程典型的な……まぁ今それはいい。事のついでに彼に釘を刺しておこう。


「これから店内で何か騒ぎがあっても不自然な程ソッポを向いていろ」


「……もう既になってるみたいだけどな……」


 よっし、これぐらいで大丈夫だろう。

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