第11話

 わたしが小学校一年生の時開いた誕生会に、びゃっ君だけ来てくれなくてね。その頃のわたしは、何でも自分の思い通りにならないと気が済まなかったから、クラスメイトと共謀して、びゃっ君の事を無視するようにしていたの。

 でも去年パパの事業で不正の噂が出た時、学校中の生徒がよそよそしくなってね、誕生会に誰も来てくれなかった。待てど暮らせど誰一人来てくれなかったから、お手伝いさん達にも当たり散らして、みんな帰しちゃった。

 わたしは空しくなって、部屋に閉じこもっていると玄関のチャイムがなってね。驚いてドアを開けると、そこにはびゃっ君が小汚い服を着て突っ立っていたの。


「……何? あざ笑いに来たの?」


 今までイジメていた人が、このタイミングでやって来たのだからそう思うよね。


「ん? いや今日、誕生日だろ」


 そう言ってびゃっ君は、服装とは不釣り合いの綺麗な箱を差し出してきた。


「……プレゼントって事? わたしに?」


「他に誰がいるんだ?」


「……開けていい?」


 箱の中にはわたしが欲しかったのに手に入らなかった、限定版のネックレスが入っていた。


「……何でわたしの欲しいものを知ってるの? ……ストーカー?」


「知ってるもなにも、学校中に言い回ってたじゃねぇか」


 そう言えばそうだ。こうすれば大抵欲しいものが手に入ったから。

 わたしはネックレスを身につけ、彼に問いかけた。


「……どう?」


「ああ、よく似合ってるよ」


「……もっとたくさん褒めて。今日は他に誰もいないから、褒めてくれる人がいないのっ」


「いやオレ、そういうのあんま得意じゃ……」


「わたし今日誕生日なんだよ? 誕生日なのに……うぅ……」


「え~……はぁ……、じゃあ……かっ、かわいい?」


「もっと!」


「くっ……きっ、きれい?」


「もっと気の利いた言い回しはないの?」


「えぇい、くそ! まるで天使のようだっ」


「フフッ知ってるわ」


「ぐっ……」


 この時の羞恥に悶えるびゃっ君の顔が可愛くてね~、それですっかり惚れちゃった。


「はぁ……、じゃあ帰るよ」


「えっ、待って! ごちそうがあるから食べていって」


「でもそれ、アンタのだろ」


「貴方……あれ? 『名前何だっけ君』が食べてくれないなら全部捨てるわっ!」


「名前何だっけ君!? 六年間同じクラスなのに!?」


「それよりどうするの? 食べるの? それともパパに一人で怒られてくれる?」


「一人で怒られるって何!? いいよ、もう。食べるから……」


 食堂に移動すると、びゃっ君は広さと料理の豪華さの両方にビックリしていた。


「すっげぇ……」


「ふふっ、好きなだけ食べてね。食べきれなければ、持って帰ってくれてもいいよ」


「そうなんだ。ありがとう」


 そう言った後、美味しそうに料理を頬張るびゃっ君の横顔を見つめながら、わたしは心情を打ち明けた。


「……大人もみんな、わたしがいくら不正の噂を否定しても、全然信じてくれない……」


「……信じないんじゃなくて、事実なんざどうでもいいんだよ。他人は自分の都合のいい方に解釈しようとするから」


「……都合のいい方?」


「自分のやりたい放題やってる奴に、痛い目見せるにはちょうど良かったんだろ」


「……わたし、嫌われてたって事?」


「親の威光を笠に着てる奴が好かれると思うか?」


「…………サイテーよね…………」


「今から変わればいいじゃねぇか。……ごちそうさん、じゃあオレ帰るから」


「待って、サイテーって貴方もよ!」


「はぁ!? オレも?」


「弱っている時そんなに優しくされたら、惚れるに決まっているじゃない! こんな小汚い男でも!! ホント、サイテーっ」


「こぎた……? アンタ、そういうとこ直せってんだよ!」


「じゃあ変わる為にわたしと付き合って!!」


「名前すら知らない男と!?」


「嫌ならわたしの初恋返して!!」


「ムチャ言うな!?」


「……だったらわたしの事、好きになって?」


「……はぁ、悪いけどオレは、――えっと、どう言えば傷つかないかな……そうだ!――巨乳、巨乳の人しか好きになれないから」


「……わたし、振られちゃったんだ……」


「……………………」


「……わたしの事、可哀想だと思う?」


「えっ? いや、まぁその……」


「そう思っているのなら、貴方一人でここを全部片付けといて! お手伝いさん全員帰しちゃってて他にやる人がいないの。このままだと二人してパパに怒られる!」


「…………アンタのメンタル、どうなってんだ?」


 その後はもうびゃっ君の事しか考えられなくなっちゃってね。でもびゃっ君は全然自分の事を話そうとしないから苦労したよ。しょうがないから探偵を雇っていろいろ調べてもらったり。

 中学校に上がる時は、わたしのワガママで二人一緒に同級生とは違うところにしたの。同学年の子との関係は完全に壊れていたし、わたしが生まれ変わるには全部リセットしてやり直したかったしね。




「ごねんね、何か家具の話から大きく脱線しちゃったね~」


 申し訳無さそうに私に謝ってくる玲央奈さん。


「いえ、興味深かったです……」


 ちょっと前までの玲央奈さんは嫌な感じの人だったんだな。人を好きになると人間が変わるというのは本当らしい。ちょっと(かなり?)ストーカー入っているが……。以前私を白夜さんの親戚の子では無いと確信していたのは、探偵に調べてもらっていたからか。

 それにしても、知りたかった事がいろいろと分かったな。彼の態度で解せないところがあるが……。

 私が思案していると、応接室のドアが大きな音を立て豪快に開いた。


「ごめんごめん美宇ちゃん! 遅くなっちゃった……? んんっ!?」


 施設長は応接室に入ってくるなり、部屋の匂いを嗅ぎ始めた。どうしたのだ?


「何かほんのり美少女のエッチな匂いしてる?」


 マズいな。こういう事には鋭い施設長の事だ。放っておくと先程の玲央奈さんの一人遊びに気付きかねん。気付かれるともう一体、性獣が増える事になる。早く行動に移ろう。


「玲央奈さん、挨拶を……」


 私はキョトンとした表情で施設長を見ている玲央奈さんの脇をつつき、小声で挨拶を促した。


「えっ、ああそうか。あの~すみませ~ん」


「あらっ!? あららららっ!! すんごい美少女!! 何これ奇跡っ!?」


「わたくし、天羽玲央奈と申し……んくっ!?」


 玲央奈さんは立ち上がり、父親の名刺を渡しつつ挨拶を始めたのだが、自己紹介の途中で右手で口を押さえた。淫猥な表情で内股になり、もう片方の手であまり形容したくない部分を押さえている。


「美宇ちゃん!? さっきまで二人でナニしてたの!?」


 「私はナニもしとらんわ!」とツッコむ事なく、私は玲央奈さんを急いで座らせた。彼女の白くて美しい太股から一筋、垂れてきてはいけないものが見えた為だ。


「……くっ、完敗ね!! ここまで二人の爛れた関係を見せつけられるだなんて!! こっちは美宇ちゃんにお近づきになろうとしても、にっくき電子ロックの扉が立ち塞がっているというのに!!」


 あの電子ロックの扉を所望したのは、施設長含むソッチ系の来客が後を絶たなかった為だ。この施設を出たいのもそれが理由である。

 しかし完敗も何も、隣の『性なる存在』が勝手に痴態を演じただけだぞ。自己完結も甚だしい。


「美宇ちゃんの『施設中の人々を幸せにした料理』がもう食べられなくなるのは残念だけど、ここいらが潮時かしらね!! あんまりゴネて美宇ちゃんに嫌われるのは死んでも嫌だし、親権はこの天羽さんって人に移すわ!!」


 何か上手い具合に話がまとまっていくぞ。……何だこれ?


「ホント名残惜しいけど……またね、美宇ちゃん!!」


 またね? 施設長は最後に不吉な言葉を残し、立ち去っていった……。



 施設長との対面は始まる前に終わった。用事も済んだし、とっととこの施設から立ち去りたいのだが、もう一つ問題が残っている。


「……うぅ……ぅ……」


 隣の半泣き美少女をどうするか、だ。流石にこの状態のまま、外に出すのはシャレにならない。


「……うぅ……この歳でおもらししちゃうだなんて……美宇ちゃんに合わせる顔がないよ~……」


 ……この人の中で私はどの立ち位置なのだ? 合わせる顔も何もいまさらだろうに。ワンピースにまで染み出したそれはおもらしではないぞ。まさかそういった知識が無いのか? 流石は天使、えらく純粋だ。かなり変態だが。

 ただ彼女のおかげで、あのややこしい施設長と長話せずに済んだし、そもそも私の為に交渉に乗り出してくれたのだし、このお戯れの処理でその借りをチャラにしてもらおうかな。私の中でだが。

 私はテーブルを退かし、玲央奈さんの前に跪いた。


「玲央奈さん、少し脚を開いて……」


「えっ? ………………はい…………」


 玲央奈さんは言われた通り、脚を開いてい……うん、ご開帳である。誰がそんなにおっぴろげろと? 股関節の柔らかさを自慢したいのか? 私は少しと言ったはずだが。


「玲央奈さん、広げ過ぎです。パンツが脱がせられません」


「ふぇっ? …………そっか、まず脱がないと…………」


 玲央奈さんはパンツを脱がせやすい位置まで脚を閉じた。私はゆっくりと脱がせ、白夜のTシャツを入れていた真空パックの中にそれを入れる。

 ハンカチをポケットから取り出した後、玲央奈さんの方へ振り向くと、健気にも手で脚を押し広げきっていた。何故私に生えてないアピールを? それを知った私は、どう反応すれば正解なのだ?


 これ以上考えたら負けな気がした私は、ハンカチで玲央奈さんの濡れているところを拭きに掛かった。彼女はこそばゆいのか、私が手を動かすたび、艶めかしい声を押し殺すように上げていた。

 作業が終わり、ハンカチを真空パックの中に放り込んだ後、息も絶え絶えの玲央奈さんに呼び掛けると、潤みきった瞳でこちらを見てきた。


「私の部屋に行きませんか? そこならシャワーもありますし」


 この人もこのまま白夜さん達に会うのは嫌だろう。とりあえず洗い流させよう。

 小さく頷き、弱々しく立ち上がった玲央奈さんに白夜さんの上着を着せ、静かに応接室のドアを開けた。……開けたところで慌てて走り去っていく施設長の後ろ姿があった。何をやっているのだ、あの人?

 応接室を出て、自分の部屋まで先導していく。彼女は自分で歩こうとしなかった為、私は仕方なく手を握って引っ張っていった。部屋に着くまで奇異の目に晒されたが、話しかけられる事無く無事に辿り着けた。

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