第9話
三人の会話を気にしながらも(調理の音でいまいち聞き取りづらかったが、何度か私の名前が出ていた)料理は完成した。
作ったのは唐揚げである。我ながらいい出来映えだと思う。量が少な過ぎた為、味見ができなかったのだけが少々不安だ。
「できました~」
テーブルに料理が並ぶと、三人は色めき立った。
「おお、美味そうじゃん」
「いい匂いがする~。さっすがわたしの美宇ちゃん♪」
「やっぱり量は少ないッスね~……」
四人で分けると、メイドさんの言う通り大分少なくなった。料理は見た目も大事なので、これは結構なマイナスだ。もの凄くショボく感じる。
ちなみに私の席は玲央奈さんの隣だ。間違いなく意図的に空けられていた。私の向かいには白夜さんがいて、メイドさんは心なしか嬉しそうに彼の隣に座っている。……ところでわたしの美宇ちゃんとは何かね?
「では食べてみて下さい」
私は三人に食事を促した。
「「「いただきま~す」」」
三人が同時に唐揚げにかぶりついた。
「うっま!」
「ほんとだ、おいしいね~。そこはかとなく美宇ちゃんの味がするし~」
「普段食べているものより、数段美味しいッスね~」
三者三様にポジティブな感想を述べてくれて嬉しいのだが、玲央奈さんの言う私の味って何だ? ちょっとゾワッとする。
私もいただきますと言い、唐揚げにパクつく。
「う~ん……まぁまぁだな」
私は一人感想を漏らす。それを目敏く聞き付けた白夜さんが怪訝そうな顔で聞いてきた。
「これだけ美味いのに満足してねぇのか?」
「味はともかく、もう少し柔らかくしたかったのだ……」
白夜さんの買ってきた鶏肉は胸肉だった。これはモモ肉に比べ値段は安いが固いので、柔らかくするひと手間が必要だったのだが、一応お客さんが居たため、あまり調理に時間をかけられなかったのだ。
彼と鶏肉について熱い議論を交わしていると、玲央奈さんが会話に割り込んできた。
「美宇ちゃんって料理出来るんだね~。ますます気に入っちゃった♪」
「いえいえ、人並みですよ……」
本当は「三つ星レストランのシェフも真っ青の腕前ですよ」と言いたかったが、謙遜も大事だよね♪
「びゃっ君、明日は絶対に勝ってね。もう美宇ちゃんが欲しくてたまらない☆」
目をウットリさせながら、私を熱っぽく見つめる玲央奈さん。あの~、イヤラシイ意味じゃないですよね? 身の危険を感じるんですけど……。
「そうだ、びゃっ君。さっきの事、美宇ちゃんに話しておかないと」
さっきの事? 私が調理をしていた時、話していた事だろうか。
「そうだな。美宇、夕方あの施設に行ってもいいか?」
「施設?」
「ああ、玲央奈と一緒に住む前に話をつけとかないと」
……白夜さんめ、もう勝った気でいるのか。
自然に玲央奈さんと住むと言ったのがムカつくが、まあいい。明日絶対に吠え面をかかせてやる!
「分かった、そうしよう」
玲央奈さんは世界でも有数の資産家のご令嬢らしい。その父親の名刺を持って、話し合いに臨むというのがこの作戦だ。
玲央奈さんは「残念だけど、準備があるから……」と言い、メイドさんを伴って名残惜しそうに家に帰って行った。
「中途半端な時間だな。美宇、今からどうする?」
「ふむ、2時前か……」
玲央奈さんが再び来るのは本来の放課後、つまり4~5時ぐらいだろう。それまでどう時間を潰すか……。
それにしても白夜さんの私に対する評価は酷いものだな。先程も「美宇は誰にも渡さない」ぐらい言ってのけて欲しかったが、玲央奈さんに押しつけようとするとは。
BLゲームにおける親密度が足りない状態なのだろう。となればこの時間を利用して、お互いの事を知るべきだな。
何か取っつきやすい話題はないだろうか。人は自分の好きな事に関しては饒舌になる。白夜さんの好きな事……そういえば昨日見つけていたな。アレについて詳しく聞いてみよう。名前はすっかり忘れてしまったが……。
「白夜、昨日お土産にもらいそびれた物の事だが」
「プラモデルの事か?」
「それはどういうものなのだ?」
白夜さんの部屋には基本的に要らないものは置いていない。部屋が狭いのもあるのだろうが、そういうものが嫌いなのだろう。金銭的な事情もあるだろうし。
テレビやパソコン等については恐らく玲央奈さんの仕業だ。彼の「送り込まれてきた」という表現から推測できる。
そう考えるとアレは異質だ。どうみても生活に必要だと思えない。自分のルールを曲げてでも、置いておきたいぐらい好きなものだということだ。
「ああ、自分で部品を組み立てて遊ぶんだよ」
「組み立てたらお仕舞いなのか?」
ではもうアレは終わっているのか。
「ある程度動かせるから、ポーズをつけたりも出来る」
「ふむ?」
お人形のようなものかな。
「ちょっと遊んでみるか?」
「そうだな」
白夜さんは飾ってあったプラモデルを手渡してくれた。
天使を思わせる白い羽根が付いている。どことなく玲央奈さんを思い起こさせるフォルムだな。
ある程度動かせると言っていたな。お人形と同じようにポーズをつけてみるか。
「せいっ」
……ポキッという音と共に、脚の部分が折れてしまった。斬新な遊び方をするんだな……。
「あぁーーーーーーーー!?」
白夜さんの叫び声が部屋中に木霊した。
薄々壊してしまったのではないかと思っていたが、どうやら当たっちまったらしい。
「オレの力作がーーーーー!!」
白夜さんは私が握っている物を見つめ、頭を抱える。
「す、すまない。てっきり人形のような動かし方が出来ると思って……」
親密度を上げるどころか思いっきり下げてしまった。このままでは明日の対決の前に、ここから追い出されてしまうぞ。
こうなったら必殺技を使うしかない。これ子供っぽいから、あまり好きではないが背に腹は代えられん。くらえっ!
「うわ~ん、また私捨てられちゃうんだ~」
――必殺ウソ泣きである。
「えっ? おいちょっと待て待て、泣くなっ! ビックリしただけでそんなに怒ってねぇよ!!」
「でも、白夜さんのお尻ばりに大切な……」
「それどう反応しても不正解な気がするぞ!?」
「じゃあ、怒っていない証拠を見せて下さい……」
「証拠?」
「今すぐ『美宇の事、大好きだよ』と言って下さいさあ早く!」
「……アンタ……実は泣いてないだろ?」
「ギクッ……う、うわ~ん。私のせいで女性を嫌いにならないで下さい~」
「はい?」
「ホモに目覚めないで下さい~」
「何の話だ!?」
「女性がダメなら後は【ロマンスグレーでシュッとしたスーパー紳士】しか好きになれませんよね!?」
「何故それ限定なんだよっ!?」
「つまり男なら誰でもいいと?」
「その前提がおかしいから!!」
「だったら私をギュッと抱き締めて『美宇を世界で一番愛している』と耳元で優しく囁いて下さい。そうしていただければ、【加齢臭漂うスキンヘッドで腹の出張ったただのおっさん】は取り下げます!」
「さっきの奴とはまるで別人になってんじゃねぇか!? ……えぇい、くそっ!!」
白夜さんは言い終わると、私をふんわりと抱き締めてきた。
「び、白夜さん?」
「ほら……これでいいか?」
照れて顔が真っ赤のまま、私に尋ねてきた。
「……愛を囁いてはくれないんですね……」
「うるせぇバカ、これが精一杯だ……」
私は未だかつてない心地良さに包まれ、静かに微睡んでいった……。
「…………お~い、…………お~い…………」
…………ふにゃむにゃ…………。
「…………起きろ、…………起きろって……」
「…………ふぁ?」
「お~い、もういいか?」
??????!?!?!?!?!?!?!!
「ダメ! もう少しっ!!」
どれくらい時間が経ったのだろうか。いつの間にか私は白夜さんに『だいちゅき☆ほ~るど♪』を仕掛けていたらしい。
「いや、もう夕方だから! 玲央奈達来ちまうぞ!?」
むしろ彼の身体にしっかり抱き付き直し、「おいちょっと!?」と彼が嘆くのを聞き流しつつ、窓の外を見ると夕陽が差し込んでいた。随分と時間が経っていたのだな。
「しかしどうにも味わい尽くせていないのだが?」
「味わいって……。アンタ、ガッツリ寝てたから……」
それでか。どうにも物足りないのは。
くっ、失敗した。白夜さんの腕の中が心地良過ぎるのが悪いのだ。ああたまらん。
「フッ罪作りな男だな、キミは……。私の事を言葉では拒んでおきながら、身体にはキミ無しでは生きられないよう仕込むとは。どんな鬼畜プレイだ!」
「人聞きが悪過ぎるだろっ!?」
そんな日本中が悶え泣くであろう、心温まるやりとりをしていると、不意にドアをノックする音がした。
「びゃっ君と美宇ちゃん、お待たせ!」
玲央奈さんとメイドさんが戻って来たようだ。私は渋々白夜さんから離れた。ドアが開き、二人が部屋に入ってきた。
「美宇ちゃん、どうかな? 変……じゃないかな?」
ん、何故私に聞くのだ? 普通こういうのは好きな異性の反応を確かめるものだと思うが……。
それはともかく、玲央奈さんは真っ白なワンピースに着替えていた。シンプルで清潔感があり、彼女の美貌をさらに引き立たせていた。ネックレスも、寂しくなりがちな首回りに彩りを加えいい感じだ。やや薄着なのと、胸が無いのが残念だが、私の為に着替えてきてくれたのだから、素直に褒めておこう。
「まるで本物の天使に見えますね」
「え? あ、ありがと……」
玲央奈さんは照れなのか、モジモジしていた。
「あたしはどうッスか?」
モデルポーズをとっているメイドさんを見ると……おお、って何も変わってないッス……。
「……メイド服、いい素材ですね……」
「いや~、それ程でも〜♪」
後頭部に片手を当て嬉しそうなメイドさん……何なのだこのムダなやりとり?
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