第8話

「…………何で最後にしょうもないオチをつけたんだ?」


「オチではない。今でも『もしや』と思っている。その証拠にキミにも最初に聞いただろう?」


「あれってそういう意味だったのか!?」


「私が施設に放り込まれた経緯はともかくどうだ、嫁にしてずっと一緒に居たいと思っただろう?」


「今の話のどこで!?」


 白夜さんが持ち前の優柔不断さを発揮した時、入り口のドア方面から啜り泣くような音が聞こえたが、何だ?

 私と彼はドアの方を見てみたが、特に問題は無さそうだ。こちらへ呼び掛ける声も聞こえないし、猫でも盛っているのか?


「言っておくが私はかなり有能だぞ。家事はもちろん、勉強も独学だが高校までの範囲なら完璧だ。しかもバスケについて造詣が深い。とっとと唾を付けておけ!」


「そう言われてもな……」


 ええい、踏ん切りが悪過ぎるだろう、この男。最後の切り札を出すか。


「白夜、コレを見てくれ」


「ん?」


 私は鞄から通帳を取り出して、白夜さんに見せつけた。


「何、この金額!?」


「私の全財産だ」


 これは両親の遺産だ。姉と半分分けしたのだ。


「私を嫁にすれば、これはキミのものだ。美女とお金、両方が手に入るぞ」


「……はぁ、施設の方はどうするんだよ?」


「もう戻る気は無い。荷物は全部引き上げて来てしまったからな、キミが」


「この量……やっぱりこれがそうなのか。そんなに居心地悪かったのか?」


「天国のような地獄だと言えばもちろん分かるな?」


「さっぱりだけど!?」


 施設長を説得する方法は後で考えるとして、ここに居座る為のアピールをしなければ。となるとやはり胃袋を掴むに限る。


「白夜、これから料理の材料を買いに行きたいのだが……」


 これは完全に自慢だが、私の料理の腕前は超一級品である。施設にいる時ずっと、鍛錬を積み重ねていたからな。


「その腕でか?」


「料理を作る分には問題無いと思うぞ」


「作る分には……か。じゃあ買い物はオレが行ってくるよ」


「……私と一緒は嫌か?」


「そうじゃなくて、二人一緒だと下手したら補導されちまうぞ。一人なら学校の創立記念だとか言い訳出来そうだ。それと、キッチンなんざ全く手をつけてねぇから、そっちを何とかしといた方がいいぞ」


「分かった。では買ってきて欲しいものをメモに書いて渡しておこう」


 私はメモに材料を書いて白夜に渡した。ついでに私の財布も渡そうとしたのだが、


「いや、それはいい」


 白夜さんは受け取ろうとしなかった。


「これから世話になるのだ。これくらいは……」


「それはアンタが一緒に住むと決まってからでいい。とりあえず後二日は客扱いだ」


「しかし……」


「いらんいらん。じゃあ行ってくるからな。あんま無理するなよ」


 そう言い残して、白夜さんは買い物に出掛けて行った。

 では私は彼が帰ってくるまでに、キッチンの整理をしておくか。調理器具、食器類を全て取り出して埃を払い、水洗いをする。頭の中でするべき事の優先順位をつけていると、入り口のドアの鍵の開く音がした。


 白夜さんが戻ってくるには早過ぎる。少なくとも三十分はかかるはずだ。

 私が恐る恐るドアの方を見るとそこには――


「うわああああああぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーー!?」


 ――現れたのは俯き加減の玲央奈さんだった。


 一人の状況でこんな登場の仕方をされたら、誰でも叫び声の一つ上げると思う……。


「れ、玲央奈さん? 何故こ……」


「うわ~ん、美宇ちゃん今まで寂しかったね。でももう大丈夫だよ。これからはわたしがず~っと一緒だよ~」


 玲央奈さんは号泣しながら私に抱き付いてきた。この人、盗み聞きしていたのか? しかし自分で言うのも何だが、さっきの過去話のどこに、彼女をここまでさせる要素があったのだ?

 それにしても痛い……骨がゴリゴリ当たっているぜ。しかも今回は、鼻水のおまけまでついてやがる。かなわんな……。


「あ、あの、玲央奈さん……痛いです……」


「うわ~~……えっ? あ、うん……ごめんね?」


 玲央奈さんは泣き止み、首を傾げながら私から離れた。私は持っていた思い出のハンカチーフでベチョった頭を拭う。


「玲央奈さん、盗み聞きは良くないですよ……」


「だってびゃっ君と学校を休んでまでここにいるんだもの。気になるよ」


 頬を膨らませながらプンスカ怒る玲央奈さん。かなり可愛い。


「美宇ちゃん、ダメだぞ! 学校サボって……」


「はい、それは……」


 私もそうだが、貴女もだろう……。


「おままごとなら、放課後わたしが付き合うから、ね♪」


「はい?」


 ちょっと待て。さっきの白夜さんとの会話をおままごとレベルで捉えていたのか!?

 ショックを受けていると、玲央奈さんが真剣な顔をして、私に視線を合わせてきた。


「美宇ちゃん、その施設って所から出たいの?」


「それは、まぁ……はい……」


「じゃあさ、わたしが施設を出られるように取り計らうから、その後一緒に住まない?」


 確かに施設を出るだけなら、この人に私を引き取ってもらった方が話は早い。だが……。


「すみません。気持ちは有り難いですが、施設を出たら私は白夜さんと一緒がいいです……」


「……そう……」


 二人の間に微妙な空気が流れ始めた時、再び入り口のドアが開いた。


「それなら施設を出た後の居場所を賭けて、勝負したらいいんじゃないッスかね~」


 入ってきたのはメイドさんだった。見た目はアレだが、言っている事は私にとって都合がいい。これは乗るしかないだろう。


「では玲央奈さん、料理で勝負……」


「ごめんね、それは無理なの~」


 即、却下だった!


「やっぱり虫が良すぎますよね……」


 そうそう上手い話が転がり込んでくる訳がないか……。


「そうじゃなくて、勝負の方法が……」


 ん? 白夜さんへ毎日お弁当を届けているのだから、自信があるのではないのか?


「……わたし……料理……した事……ない……」


「へっ?」


「わたし料理した事ないの~!」


「えぇ~!? 今まで白夜さんに届けていたものは?」


「全てあたしが作ったッス。全部出来合いのものッスが、ちゃんと気持ちを込めたッス」


 メイドさんが渾身のドヤ顔で、鼻息荒くふんぞり返っていた。たとえ気持ちを込めまくったところで、出来合いのものじゃ作った事にはならないだろう……。


「わたしがしていたのは、何を食べたいか聞く事だけだったの……」


 そうだったのか……って今その事はどうでもいい。早く勝負の方法を決めないと。白夜さんが帰ってくれば、玲央奈さんに味方するのは一目瞭然だからな。

 私と玲央奈さんが対等に争えるもの……何も思いつかないな。そもそも玲央奈さんの事を、ほとんど知らないのだから当然か。

 私がうんうん唸っていると、またしてもメイドさんからある提案が出た。今日この人絶好調だな。


「バスケットのワンオンワンはどうッスか?」


 どうもへったくれも私の得意分野ではないですか~。もちろん大歓迎ですわ。


「バスケですか? いいですけど私、メチャクチャ上手いですよ?」


「お嬢様も負けてないッスよ。小学校時代はミニバスチームの一員として……」


 なるほど腕に覚えありという事か。楽しみだ。


「レギュラーだったんですね?」


「いえ、サードユニットの末端として、ベンチを温め続けていたらしいッス!」


 サードユニットって聞いた事無いし、らしいって見た事ないんやんけ!! 何故無駄に自信ありげに言うのだ?


「まぁ勝負するのはあたしッスけど」


 じゃあ何で、玲央奈さんが大した事無いという情報を漏らしたんだ?


「え~と、ちなみにメイドさんのご経験は?」


「体育の授業で見学してたレベルッス!」


 ダメダメじゃねぇッスか! バスケなめんな!! そして授業には参加しろ!


「ねぇ二人で勝手に決めないで。わたしも参加するよ~」


 仲間外れだった玲央奈さんが話に割り込んできた。


「いえ、それじゃ2対1に……」


「えらい騒がしいな……」


 私達の会話に食い込んできた声のした方を見ると、入り口に買い物袋を両手に持った白夜さんが立っていた。


「びゃっ君」


「白夜様」


「玲央奈……何でここに居るんだ?」


「それよりもびゃっ君、わたしとバスケで勝負しよっ」


 趣旨変わっとるがな。貴女が白夜さんと戦ってどうする……。


「はぁ……美宇、勝負って何の事だ?」


 話がまとまる前に帰ってきてしまったのなら仕方が無い。

 私は先程の話を掻い摘まんで白夜さんに聞かせた。


「……なぁそれ、オレと美宇が勝負すりゃいいんじゃねぇか?」


 やっぱりこうなるのか……。彼は私を追い出したそうだから、今回は手心を加えてくれないだろうな、はぁ……。


 ――勝負の日程は私の腕の状態を考慮して、明日の放課後に決まった。


「あの~、帰らないんですか?」


 私は白夜さんが買ってきてくれた料理の材料を捌きながら、まだ居座っている玲央奈さん達に尋ねた。


「ちょうどお昼時だし、もういっそびゃっ君と美宇ちゃんと一緒に食べようと思って」


「久し振りに、出来合い以外の物が食べたいッス!」


 メイドさん料理出来ないのか。何故メイドになれたんだ? それより玲央奈さんの希望だが……。


「四人分も材料無いですよ……」


 お米はともかく、白夜さんに頼んでおいたメインどころは二人分しかない。私は助けを求め、彼に目で合図を送った。


「……とりあえず何か食わせりゃ、満足して帰るんじゃねぇか?」


 出来れば白夜さんから帰るよう言って欲しかったのだが、無理か……。彼は玲央奈さんにお弁当を持ってきて貰っているのだから、何も言えないのだろう。


「ふむ、分かった」


 しょうが無いので、私は料理に取り掛かることにした。

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