第7話
白夜さんを見つけ、駆け寄ろうとしたのだが、何か様子がおかしい。
シールドみたいな物を持ち、完全武装した警官が十数人で白夜さんを囲っていた。……一体彼は何をやらかしたのだ……?
野次馬に混じり、白夜さんと警官のやりとりを聞いていると、段々状況が分かってきた。
「早くその爆弾の入った鞄を置いて投降しろ。さもなくばそのカワユイ尻にコイツを撃ち込むぞ!」
「爆弾なんざ入ってねぇってんだよ!! どこに何を撃ち込もうとしてやがる!?」
「昨日そこの施設の人間に聞いたぞ。まさか誘拐に見せかけての爆弾テロとは……。考えたな、キュートなヒップしやがって!」
「ここの施設、ろくな奴いねぇのな!! しかもケツ関係ねぇだろうがよ!?」
どうもあのパンパンに膨らんだ鞄に、爆弾が入っていると思われているらしい。
昨日の私の誘拐騒ぎもその一因か。施設長の暴走がこんなところに飛び火するとは。
白夜さんがしょっ引かれたところで、中身は私の私物である。彼が臭い飯を食わされることは有り得な……くはないな。下着も入っているから、下手をすれば窃盗罪で捕まる。これは笑えん。
私は意を決して白夜さんを助ける事にした。だが私のやり方でだ。
「びゃくやく~ん、待って。どこに行くの?」
「はぁ!? くん?」
「もう、急に家を出て行くだなんて、ダメだからね、プンプン」
「プンプン?」
「分かったわ、もう何も言わない。でも、私も付いてくからね。母として!」
「「「「「「「「「「「いやいや無理があるだろ!?」」」」」」」」」」
白夜さんと警官、野次馬を加えた全員から総ツッコミを食らい、この場は収束した。
野次馬が三々五々散っていった後、半笑いの警官達に適当な理由を言い、私と白夜さんはアパートへの帰路についた。
「……助けてくれたのは、有り難いけどよ……、あれはねぇだろ……」
「………………」
白夜さんは呆れかえりながら礼を言ってきた。聞くところによると、歩いてパトロール中だった警官に職務質問され、言動がおぼつかなかった為怪しまれ、次々と仲間を呼ばれてあの状況になったらしい。
それにしても笑いとしては中途半端に終わったな。まだまだ修行が足りない証拠だ。あの状況下でも……いや、あの状況だからこそ笑いを生み出せなければ、兵庫県民から爪弾きにされてしまう。もっと精進せねば。
私が決意を新たにしていると、不意に白夜さんが立ち止まった。
「美宇、ちょっと隠れろ」
「ん、何だ。どうした?」
気が付くとアパートの近くまで来ていた。私が白夜さんと共に隠れ、アパートの方を見ると、部屋の前に玲央奈さんとメイドさん(妙な自己紹介のせいで名前忘れた)が立っていた。
「う~ん、びゃっ君の『いる匂い』がしないなぁ。やっぱり反応が消えたところまで行った方がいいかも……」
この位置からでも、玲央奈さん達の声が聞こえてきた。それにしても『いる匂い』って何だ? 気配とかならまだ分かるのだが……。
「お嬢様、一応中を確認するッスか? 面倒臭いッスけど」
やる気無さそうに尋ねるメイドさん。
「そうだね~。確認しとこっか~?」
玲央奈さんはそう応えつつ、メイドさんから受け取った鍵で、アパートの中に侵入していった。その後ろをメイドさんが付いて行く。
「……白夜、一つ聞きたいのだが……」
「…………えっ? ああ、何?」
玲央奈さん達のやり取りで、ショックを受けてるっぽい白夜さんに疑問をぶつけた。
「玲央奈さんは反応が消えたと言っていたが、何の事だ?」
「ああ、そっちか……。多分スマホの電源の事だと思う。さっきの施設に着いた時、切っておいたんだよ」
「何故それが玲央奈さんに分かるのだ?」
「このスマホ、玲央奈からプレゼントっつって渡されたヤツなんだよ。オレ機械とか苦手でさ、設定も全部やってもらったから、そういうの分かるようにしてあるんじゃねぇか」
私も詳しい訳ではないが、そういうものなのかな。
「今、電源は?」
「つけるの忘れてた。美宇、つけてくれねぇか?」
両手が塞がっている白夜さんは私に頼んできたが、
「やめておこう。今つけると面倒な事になりそうだ」
なんとなく嫌な予感がした私はそれを断った。
それはそうとさっき、白夜さんの反応でおかしなものがあったな。聞いておくか。
「白夜、『そっち』とはどういう事だったのだ?」
「いや、アイツなんでアパートの鍵、持ってんだろうと思ってな。合い鍵なんざ渡してねぇんだけど……」
……少し身体が冷えてきたな。気温以外の要因で。
玲央奈さん達がアパートに不法侵入してから、30分以上経っただろうか。
学校に行く気力がすっかり無くなった頃、2人が部屋から出てきた。玲央奈さんは恍惚とした顔で現れ、対照的にメイドさんはゲッソリしていた。中で何があったのだ? 妙に長かったが……。
「お嬢様、もう時間ッスけど……」
「う~ん、収穫もあったし、このまま学校に行こうか~。びゃっ君もう学校に行ってるかも~」
そう言い残し、二人は車で走り去っていった。……収穫とは何ぞや?
私と白夜さんは疲れと寒さで、ふらつきながらもアパートの部屋に戻った。……部屋の中は妙に片付いていた。というより何かが減っていた。
「……白夜……昨日脱いだ、洗濯前の私の下着が無いのだが……」
「……奇遇だな、オレのもだ……」
惚れた男の下着はともかく何故私のまで? 二人で顔を見合わせブルーな気分になった。うむよっし、サボり確定だ。
「はぁ……、完全に遅刻だけど学校行くか……」
心底疲れ切った表情の白夜さんが独り言を呟いた。
「白夜、学校へ行くのか? 私を見捨てて……」
「見捨てて? いや、アンタは行かないのか?」
「腕が痛いのに加え、朝から色々あって疲れた。今日はもうサボっちまおうかと思っている」
施設から持ってきた荷物も捌かねばならないしな。
「う~ん、アンタ一人にするのはマズいか……」
「中学のこの時期は期末テスト返しとかそんなのだろう。別にキミも行かなくてよくないか?」
「よく、知ってんな……。そういやアンタ、お姉ちゃんいたんだっけか」
「丁度いい。サボりついでにその事を話そうか」
「いいのか? 無理に話す必要はないぞ」
「構わない。むしろ知ってもらいたい」
「そうか……。ただその前に……」
「何だ、カーテンを閉め始めて? まさか身体に聞くつもりか!? 上手く伝わるといいが……」
「バカかアンタは!? カーテンに近寄ってもないだろ!? 学校に連絡しとくんだよ!! 遅くなったけど……。もうスマホの電源つけてもいいか?」
玲央奈さんも学校に着いている頃だろう。
「ああ、構わないぞ。どれ、私が連絡してやろう」
「アンタ、出来るのか?」
「まあ任せろ!」
中学校への連絡が終わり、今度は白夜に小学校への連絡を頼んだ。
「――――――失礼します……」
通話が終わると、複雑な表情をした白夜さんが私に問いかけてきた。
「なぁ、アンタが休みって言ったら、職員室が響めいてたんだけど……ありゃ何だ?」
「気にするな、私の周りは変なのが多いのだ」
「……類は友を呼ぶっていうのは当たってんだな……」
失礼な事を言われた気がするが、まあいい。そろそろ昔語りを始めよう。
「私はキミも知っての通り、この地域の住人ではない。3月の終わりにあの施設に預けられたのだ」
小学生になるほんの少し前だ。
「それまでは年齢が一回り上の姉と、一緒に暮らしていた。両親は私が物事の分別がつき始めた頃に亡くなった」
よくある交通事故だった。
「当時、私は三歳。親がいないのが寂しくて、いつも泣いていたよ」
いつもそこにあったものが急に無くなったのだ。愛情も、温もりも……。
「姉に甘えたことはただの一度も無い。彼女には私が生まれる前から、熱中していたものがあったのだ」
それがバスケットだ。
「元々私と姉は接点が少なかった。普段私は保育園に通っていたし、姉は練習で朝が早く、部活が終わって帰って来るのは私が眠ってからだ。ほとんど会う事が無かった」
姉も両親が亡くなって寂しかったのだろう。今まで以上にバスケにのめり込むようになった。
「たまに会う事があっても、私は姉にどう話しかけていいのか分からなかった。それは姉も同じだったと思う」
家から離れていた保育園には行けなくなった。迎えに来る人がいないからだ。ただ行けなくなってもつらくは無かった。友達はいなかったし、本を読んで過ごすだけだったから……。
「少しでも姉との接点が欲しかった私は、姉の部屋で過ごすようになった。その時見つけたのが学校の教科書だ」
姉は物持ちがいい方らしい。家の掃除をしている最中、押し入れの中に教科書を見つけた。外が明るいうちはバスケ、暗くなれば教科書を読むというのが私の日課になった。
このような日々を過ごしていたある日、珍しく姉が私に話しかけてきた。
「バスケの日本代表に選ばれたとな。年代別の代表には常に選ばれていたが、フル代表は初めてなので、それは嬉しそうだった」
姉が高校二年生の頃だ。アジア選手権大会の代表に選ばれた。この大会は翌年のワールドカップの出場を賭けている。
日本は優勝し、姉はMVPとベストファイブに選ばれた。
「マスコミが姉の事を持て囃して、凄い騒ぎだった」
インタビューやらテレビ出演やらで、姉はかなり忙しそうにしていた。家に帰らない事もしょっちゅうあった。ますます私と会わなくなった。
マスコミは家族構成について調べ上げた。姉が両親を亡くし、幼い妹と二人暮らしという事を美談として持ち上げた。
そして、姉がエースとして臨んだワールドカップ。
姉は各対戦国に研究され尽くされていた。その上、初めてのワールドカップで緊張もあったのだろう。明らかに身体にキレが無かった。そのせいで期待された活躍が出来なかった。
チームは三戦全敗の最下位で予選リーグ敗退。
姉はA級戦犯となった。
「ここからのマスコミの掌返しは本当に酷かった。その中でもっとも私が堪えたのは、姉が妹の面倒を見ているからコンディションが悪かったというものだ」
今でも私は、本大会前に姉をメディアの前に引き回した事が原因だと思っているが、当時は何も言えなかった。
大会後はしばらくそんな調子だったが、それも大分落ち着いてきた頃だ。
姉は大学を推薦で行く事が決まっていた。
今住んでいる場所から離れているので、家を引き払う準備が終わった時だ。
『美宇は施設に預ける事にしたから』
当然私は、姉と一緒に住むものだと思っていたから、かなりショックだった。
「おねぇちゃん、なんで? なんでみうといっしょじゃないの?」
私が尋ねても姉は首を振るだけで、一切説明してくれなかった。目も合わせてくれない姉の提案を、私は受けるしかなかった……。
……もしかしたら姉が大切にしていた秘蔵のBL本を、勝手に捨ててしまったからかもしれないが、その時の私にはまだ、真実の愛を受け入れられる広い心は無かったのだ……。
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