第4話

 私が部屋の窓から外の様子を窺っていると、一台の黒い高級そうな車がアパートの駐車場に止まった。

 間髪入れずに後部ドアから女の人が降りてきて、白夜さんに歩み寄り微笑みかけていた。


「あ、びゃっ君、今日は外で待っててくれたんだ。ごめんね、寒くなかった?」


 何だあの人、メチャクチャ可愛い。化粧っ気なんてまるで無いのに、微笑んでいる顔が天使に見える。

 ブロンドの髪に、あれはオッドアイというのだったか両目の色が違う。やや垂れ目で右目の下にある泣きぼくろが、良いアクセントになっているな。柔和な印象を与える。

 背は白夜さんより少し低いくらいだ。


 ――かなりいい線いってるが、胸が残念な分私の勝ちだな――


 私が勝ち誇っていると、さらに二人の会話が聞こえてきた。


「あの……お弁当……」


 残念天使が頬を朱色にして、風呂敷に包まれた弁当を白夜さんに手渡そうとしていた。


「ああ、いつもありがとう」


「うん……」


 手渡す瞬間、手が触れあう二人。


「あっ……」


「っ…………」


 二人は顔を真っ赤に染めていた。


「ご、ごめんね……」


「いや、こっちこそスマン……」


 結局弁当を手渡せず、モジり出した二人。このクソ寒い冬空の下、青い春を謳歌していた。

 ……何をやっておるのだ。特に白夜さん! キミはさっき私の豊満ボディを弄んだのだから、その女の指に触れるくらい朝飯前だろう!?

 だがこのやりとりで、残念天使がまだ彼女ではないだろうと推測できた。「多分違うだろう」「違うといいな」レベルだが。


 そろそろ絶賛ラブコメ中の彼等に現実とやらを見せるかと、昏い影を背負い外に出ようとしたが、ドンッという音がしたので、私はまた窓から下を覗いた。

 車の運転席から、メイド服を着たボサボサの髪で、ダサい丸眼鏡をした女性が降りてきていた。


「お嬢様、そろそろ帰らないッスか? 寒くなってきたので……あたしが」


 「お前がかよっ!?」と一人空しくツッコむ私。くっ、あの時変な意地を張るのではなかったな。

 どうやら笑いの神は私の事が嫌いらしい。笑いを一つ損してしまった。こんな事では他の兵庫県民に申し訳が立たない。

 しかしこのままここに留まっていたら、いくつ笑いを損するか分かったものではない。完全にタイミングを逸した感があるがどうする?


 ――駐車場は結構雪が積もっているな――


「ごめんなさい、琉川さん……」


 残念天使はボサダサメイドに謝ると、白夜さんに弁当を渡していた。


「……ああ、ありがとう」


「う、うん。じゃあまた明日ね、びゃっ君」


 用が済み、二人が離れようとしたその刹那、この世でもっとも美しい声がした。


「待たせたな!!」


 雪煙と共に現れたのは、もちろん私である。白夜さんの部屋の窓から駐車場にダイブしたのだ。雪がクッションになり全く痛くなかったが、他の人は真似しないようにね☆


「誰も待ってねぇよ!? なんスかその登場の仕方!?」


 白夜の有り触れたツッコミを華麗にスルーし、私は他の二人に自己紹介することにした。


「初めまして、淑女のお二方。私は白夜さんのガチ嫁の霧原美宇です。以後お見知りおきを」


 と言いつつ恭しくお辞儀をする私。

 しかしガチ嫁とは、自分でも「何言ってんだコイツ?」と思うが、とりあえずここはハッタリの一つでもカマしておきたかったのだ。霧原姓もその名残である。


「ぶっ!?」


「えっ、えっ?」


「はぁ……」


 白夜さんは狼狽え、残念天使は視線を泳がせ、ボサダサメイドは「そんなことより寒いッス」とでも言いたげだった。おい最後の奴……。


「そんなことより寒いッス……」


 ホントに言ってきた!


「おい、嫁って何だ? アンタの名字、確か朝比奈だったろ!?」


 白夜さんが一時のパニック状態から復活し、私に問いかけてくる。


「何を言っている、さっき契りを結ん……」


「か、かわいい♪」


 さぁこっから夫婦漫才の始まりだという時に、残念天使が抱きついてきた。とんだボケ潰しである。かなわんでしかしっ。


「ちょっとま……あっ……」


「わ~、あったか~い。いい匂いがする♪」


 私を力一杯抱き締め、匂いまで嗅ぎ始めた残念天使。この人、もしかして変態なのか? それにしても、


「いたっ、いたたたたっ……」


「えっ? あっごめん、ね……?」


 この一言で正気に返ったらしい変態残念天使は、私を解放した。


「何で痛かったんだろう?」


 彼女は可愛く小首を傾げていたが、そりゃ残念天使の残念たる所以だろう。「骨がゴッリゴリ当たっとるんじゃい!」と、もちろん口には出さない。


「え、その子暖かいんッスか? じゃああたしもちょっと……」


 今度はボサダサメイドが抱きついてきた。


「ああ、なかなかいいッスね……」


「ちょっ、いいかげんに……あぁ、うん。これは……いい……」


 気持ちがいい……。姉程ではないにしろ、女性の象徴が堪らなくいい。ふっかふかだ。

 私がホッコリしていると、白夜さんと残念天使の会話が聞こえてきた。


「ねぇ……この子どうしたの?」


「えっああ、親戚の子……」


 白夜さんは咄嗟にウソをついていた。


「フフッ、もうびゃっ君ったら。びゃっ君の親戚に、これぐらいの歳の女の子いないよ?」


 何故言い切れるのだ? 私は気温以外の寒さを感じた。


「何で知ってんだよ……はぁ、話せば長くなるから……」


「……ちゃんと……正直に……話して……」


 目の光沢を失った残念天使の言葉に妙な威圧感がある。私はだんだん怖くなってきた。


「その、なんだ……バスケのシューティング勝負に負けちまって、三日間ここに泊まることになった……」


 長くなるとか言っておきながら短いな。よくあることだが……。


「びゃっ君……負けてあげたの?」


「……それよりも玲央奈、この子家に帰してやってくれないか?」


「えっ、でも……」


「頼む。オレが言っても聞きゃしねぇんだ」


「分かったわ、任せて」


 ……天気以上に雲行きが怪しくなってきたぞ。



「……なぁ二人共そろそろいいか?」


 白夜さんが頭を掻きながら、私とふわっふわメイドに話しかけてきた。

 私はメイドさんから離れ、白夜さんに振り返る。


「また雪も降ってきたし、もう解散しないか?」


 確かにパラついてきている。


「そうだね、びゃっ君。じゃあ美宇……ちゃんだったかな? おうちまで車で送っていこうね~」


 私の手を取り、車に引っ張りこもうとする残念天使。


「いえあのですね……、み、みうはその……びゃくやさんのいえに……」


 私のしどろもどろの説明が、全く耳に入っていない様子の残念天使。口調がおかしいのは勘弁して欲しい。いきなり手を引っ張られてパニックになったのだ。ってかこの人、見た目に反して力強っ!?


「ちょっ、まっ……」


 くっ、このままではあそこに帰されてしまう。どうする?


「玲央奈!」


 万事休すかと私が諦めかけた時に、白夜さんが車に乗りかけた残念天使に呼び掛けていた。もしかして気が変わったのか?


「雪で道が滑るから……気をつけてな」


「うん♪」


 なんじゃそりゃーーーっ!? 運転するのはメイドの人だろうが! 二人とも良い顔でのサムズアップはやめろ!!

 ちぃっ白夜さんめ、面倒事を丸投げしようとしてやがるな。その証拠に私から目を逸らしやがった! 心底ホッとした感じの横顔が気に食わん。この野郎……意地でもキミの部屋に泊まってやる!!


「玲央奈さん、待って下さい!」


 私は怒りに満ちた大きな声で、残念天使を呼び止めた。


「うん?」


 彼女は首を傾げて優しい笑顔を向けてきた。くっ、ちょっと毒気を抜かれてしまった。


「私は家族に『知らない人にはついていくな』と言われているので、せめて白夜さんの関係者でないと……」


 たとえどんな返答だろうと彼女達についていく気はまるでなかったが、ちょうどいい機会なので白夜さんとの関係を聞いてみたい。彼女ではないにしろ、妙に親しいし。


「あ、そっか。わたしまだ自己紹介してなかったね。天羽あもう玲央奈れおなっていいます。デンマーク人とのハーフだよ。びゃっ君の……え~となんだろ? はぅぅ…………まっいっか♪ よろしくね、美宇ちゃん」


 うお~い!! 一番知りたかった肝心要の情報が「はぅぅまっいっか♪」で済まされているんですけど!? こんなんでよろしくできるかい!!

 私が脳内で気炎を上げていると、運転席から気怠そうな声が聞こえてきた。


「ただいまご紹介にあずかりましたあたくし、え~っと? ああYuriゆうり Rukawaるかわッス。お察しの通り、ピッチピチの処女ッス。白夜様との関係は……そうッスね……およそオカズ的なもんッスかねたぶん」


 だっれも紹介してないし、自分の名前で何故か詰まってるし、白夜さんとの関係はおよそ・たぶんだし。確かに全く異性を意識していない見た目から処……ゲフンゲフンだろうなとは思ったが……何だコレ?


「あの~その紹介だと、白夜さんとは赤の他人でしかないんですけど……」


 私はいろいろと口に出したいのを我慢し、これだけ言った。


「だってびゃっ君は、わたしの初恋のひ……じゃなくて、運命のひ……。あ~ん言えないよぅ」


「なんせ白夜様とまともに顔を合わせたのは今日が初めてッスから。想像するしかないッス」


 玲央奈さんのはもう告白みたくなってるな。白夜さんの顔を見てみると顔が赤い。これってもしかして計算づくだったのか? いや、違うな。どうやら本人やっちまってることに気づいていないっぽい。

 それにしても後者の人は……想像というか、ただの被害妄想ですたい。


「……本格的に降ってきたんで、ホント解散しませんか……」


 私はゲッソリしながらも、ハッキリ彼女らに告げた。雪はさっきまでと違って、勢いよく降り注いできている。


「お嬢様、このままでは帰れなくなるッスよ」


「うん、そうだね……今回は帰ろうっか……。びゃっ君、ごめんね……」


 玲央奈さんはようやく諦めたのか、ガックリと肩を下ろし、名残惜しそうに一度私に振り返った後、車で走り去っていった。

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