第3話

 白夜さんの部屋は二階の一番端だった。駐車場がよく見える。

 部屋の中は狭く古ぼけており、壁に小さな穴が開いてたりしたが、なかなかキレイに片付いてい……ん? ブルーレイレコーダー、パソコンはともかく、テレビがやたらデカいな。これでは逆に見づらいだろうに。


 ベッドもあるのだが、部屋に収まりきらず立てかけてある。つまり使えていない。

 台所は道具こそ揃っていたが、キレイというよりこちらも使っている形跡がなかった。これは勿体ないぞ。


「何かアンバランスだな……」


 テレビとベッドに目線を送りながら、ボソッと言った私の言葉に、白夜さんはバツが悪そうに頭を掻いた。


「一人暮らしに必要だろうからって、勝手に送り込まれてきたんだよ……」


 言い訳がましく理由を語る白夜さんは、そのまま違う部屋に入っていった。

 勝手に送りこまれたとは家族にだろうか? それならば表現がおかしい気がする。

 釈然としないまま、周りを見回すと気になるものを発見した。アレは……。


「なぁアンタ、濡れた服を着たままだと風邪引くぞ。風呂沸かしている間に、シャワー浴びてこいよ」


 服を着替えた白夜さんが声を掛けてきた。どうもキョロキョロ見ていたのが気に食わなかったらしい。心なしか声に必死さがある。


「何だ、見られたくないものでもあるのか? お気に入りのBL本とか♪」


「そんなカオスなもん持ってねぇよ!!」


 春風のように爽やかなやり取りの後、私は白夜さんに脱衣所まで案内してもらった。



 白夜さんが脱衣所から出て行くと、私はおもむろに服を脱ぎ出したのだが……。


「ぬ、脱げない……」


 水を含んで身体にベッチョリと引っ付いた服はいつも以上の抵抗をみせ、筋肉痛で貧弱極まりない私のショボい力では捲り上げるのが精一杯だった。まいったな……。

 ふむ、こうなったら最終手段だ。こういう場面を生き甲斐とする救世主様を召喚するか。


「白夜さ~ん! ちょっと!!」


 ドタドタという音がしたと思うと、ドアの向こうから白夜さんが呼び掛けてきた。


「おい、どうした?」


「どうしても服が脱げないのだ。いつものように脱がせてくれないか?」


「オレらが出会ったのは今日が初めてだよねぇ!?」


「ああ、現世ではな!!」


「ふざけんな!!」


「全くその通りだ。早くしてくれ、寒い……」


 濡れた服が私から思っくそ体温を奪ってくる。本格的に体が冷えてきた。


「だったらいちいちボケるなよ……」


「しょうが無いだろ。世界一笑いに貪欲な、兵庫県民の血が色濃く流れているのだから」


 私とてボケたくてボケてる訳ではない。今も体を張って笑いを取りに行けと、本能が訴えかけてきたのだ。


「何だそりゃ……。とりあえず脱がすぞ。……ちゃんと目ぇ瞑っておくからな」


「なるほど、変なところに触るという前振りですね。流石です!」


 なかなか無いぐらい堂々としたセクハラ宣言だ。危うく惚れそうに……うん、ならんな。


「違うわ!! なら、どうしろってんだ?」


 そんなもん決まっている。


「普通に見ながら脱がせてくれればいい」


「……分かった。出来るだけ見ないようにするからな……」



「よし、これでいいか?」


 何だかんだで、ようやく冷え切った服を脱がしてもらえたのだが……。


「ん? 一つ残ってるぞ。まさかこのまま入れと?」


 あさっての方を見ている白夜さんに尋ねてみる。


「いや、これは自分で出来るだろう? 下ろすだけだし」


 現在、私の格好はパンイチである。マジで寒いぜ。


「何故ここにきて焦らしプレイ? キミはドSなのか?」


 私は何度も寒いと訴えかけたはずだが。ちなみに私はMではない。


「こ、これはシャレになんねぇだろ?」


「いまさら何を言ってるんですか!! もう既にシャレにならない事になってますよ!? 今後は私の虫の居所次第で警察に垂れ込みますからそのつもりで!! さあ早くこのグチョグチョパンツを脱がせて下さい!!」


 これには温厚で知られる私もマジギレである。素が出ちゃったぞ☆


「いかがわしい擬音くっつけるなよ!? 分かったよ、ホントにいいんだな? えぇい、くそっ!!」


 男らしく?バシッと私のパンツを脱がせた白夜さん。ようやく素っ裸になれたぜ。何なのだ、この開放感は!

 かなり無駄に時間を食ってしまったが、彼なりに頑張ってくれたのだ。労う意味でも一言かけておくか。


「あの、カッコいい脱がしっぷりでした。惚れ直しましたよ、白夜さん♪」


 勢い余って二言になってしまったが、まあいいか。


「惚れな? ……カッコいいって何だよ。じゃあオレはもう行くぞ。はぁ……ごゆっくり」


 そう言い残し白夜さんは、やりきった感を放ちつつ脱衣所から出て行った。


 私は風呂場に入り、シャワーを浴びる為、蛇口を捻ろうとしたが……うん、回らん……。

 …………再びご登場願うか。先程想定外の大活躍をした、愛しき変態紳士殿に。


「白夜さ~ん! ちょっと!!」


 その後、終始目が泳ぎ私から目を背けまくる、顔が真っ赤の白夜さんと一緒に風呂に入った。




「ふぅ、温もった温もった」


「…………そうだな…………」


 風呂から上がった後、テンションだだ下がりの霧原白夜くん。


「あの~、そろそろ帰って頂けませんか。お願いします……」


 童貞の彼は深々と頭を下げ、私に懇願してきた。


「何故急に敬語!? まぁ待ってくれ、ちょっと気になるものを見つけてな。アレは何だ?」


 当然帰る気の無い私は時間稼ぎにかかる。


「うん? …………アレ?」


 死んだような目で私が指を指した方向を見る白夜さん。


「! ああ、あれはプラモデルだよ」


 白夜さんの目に輝きが戻った。若干気持ち悪い。


「ほう、プラモデル……。なるほど、中々カッコいいな。どうだ、お土産にくれないか?」


 カッコいいというのは本音だ。どこか私の琴線に触れるものがある。


「ごめん、これはちょっと……」


 まあそうなのだろうな。えらく丁寧に飾ってあるし、大事な物なのだろう。

 私とて、どうしても欲しいという訳ではない。ここまではいわば前振りである。


「そうか、ならしょうがない。代わりに私を泊めてくれないか?」


「しょうがないの使い方おかしくねぇか!?」


「いや、間違っていない。服を脱がされ裸をガン見された上にしこたま身体を触りまくられた若さ故の過ちを、せめてお土産で許そうと思っていたがそれすら拒否された。しょうがない、訴えられたくなければ私を泊めろ!!」


「ガン見なんざしてねぇだろ!? それに出来る限り触れないようにしとったわ!」


「ふむ、あのシルキータッチはそのせいか。あれはむしろダメだぞ。凄くこそばゆいし、何となく妙な気分になった」


「……それはホント悪かった……ってかその場で言ってくれよ!」


「キミの顔が終始赤かったのでな。怒っているのかと思って、されるがままになっていたのだ」


「あれは怒ってたんじゃなくて……」


「分かっている。キミは優しい、いい奴だ」


「ぐっ……オレはいい奴じゃねぇぞ。……はぁもういいや、泊まっても」


「うむそうか、ありがとう。ではこれから三日間よろしく頼む。差し当たりトイレに行きたいのだが……」


 三日で見極めて、良かったら強引に住み着こう。


「脱衣所の横がそうだ……? ってえっ、三日!? 今日だけじゃないのか?」


「当然だ、お互いの事を知るにはむしろ足りないぐらいだ」


「練習の時だけで十分だろ?」


「何を言っている。それだけで信用出来るものか!」


「普通、信用出来ない奴の家には泊まらないんだけどな……」


 白夜さんはジト目で私を睨んできた。こういった正論はスルーするに限る。


「その話はもういい。そんな事よりもトイレに付いて来てくれ」


 さっきかなり身体を冷やしたからな。もう大分近い。


「そんな事よりも? これってかなり重要な……ってトイレ? だからそこだよ」


「皆まで言わせる気か? 私の腕は……」


「だから下ろすだけならいけるだろ!? さっきは何だ、その……ぬ、濡れてたからあれだったけど……」


 最後の方は声が小さ過ぎてよく聞こえなかった。

 しかしこの男ナンボ程ウブなのだ。本当にイジリ甲斐がある。


「よっし分かった。今ここで致そう。処理は任せたぞ!」


 私はゆっくりとしゃがみだす。


「ちょっ!? 分かった、連れてくよ。ちくしょうめっ!!」



 スッキリした後、床に倒れ込んだ茹で蛸のように赤い顔の白夜さんに、今日の晩ご飯について聞いてみた。


「夕飯はどうするのだ?」


 もういい時間だし、何の段取りもしていないのであれば、私が作ってもいい。


「……すぐに分かる……」


 俯せに倒れたまま、こちらを見ようともしない白夜さんが応えた。よく見ると耳も赤い。


「どういう事だ?」


「う~ん……そろそろか。ちょっと外に出てくるぞ」


 白夜さんは私の質問には答えず、ソロソロと立ち上がり窓から外を眺めた。この部屋からは駐車場がよく見える。


「雪やんでいるから傘は要らないか……」


「白夜、私も行こう」


 気になって仕方が無いぞ。


「行かない方がいいと思うけど。……ただ隠していて見つかったら、面倒臭い事になりそうだな。紹介がてら行こうか」


「紹介って何だ? 家族の誰かが来たのか?」


 それなら私も挨拶しておかなければ。先程考えたのが役に立ちそうだ。


「いや、そうじゃないんだけど……」


 さっきからどうも煮え切らんな。イライラする。


「何だ男らしくハッキリしないか! 私の裸はあんなハッキリバッチリ見たくせに!!」


「見てねぇつってんだろうがよ!! いちいち人聞きの悪い。いいから外に出るぞ。それで分かるからよ!」


 白夜さんは今までのダウナーな雰囲気から一転して、キビキビと玄関に歩いて行く。


「気が変わった。私はここに残る!」


 このまま外に出ると負けた気がする私は、白夜さんにそう告げた。


「はぁ? なんだそりゃ……」


 そう言い残して白夜さんは外に出て行った。

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