第八球目「自己犠牲主義者」

...あー、何か、よくわかんねえこと言っちまったよ。

一稀は分かってくれてるのか分かってないのかどうかは知らないけど特に反応することなく怒ってるし...友樹は全くわかってねえみてえだし...

仕方ないか。

別にこいつらなら俺は構わないと思ってるしな...よし、言おう。

「俺が彼女を作らない理由、話すよ。」



俺はただ野球をしている少し才能のあった少年だった。

特に変わりようのない人生。

いや、少し変わってたな...俺じゃなくて、俺と関わってる人が...その人と出会ったのは俺が六年生の頃。

野球の帰りにその人は声をかけてきた。

「おーい野球少年。」

「...はい?」

「あれ?違った?」

「いや違わないですけど...どうしたんですか...?」

その人は本当にいきなり話しかけてきた。

俺が若干困ってることには気付いていなかったと思う。

「野球って楽しいよねぇ。うんうん。」

「...あ、もしかして高校女子ソフトボールの理恵さんですか?」

「もっと驚いてくれてもいいのに...」

「すいませんこういう性格なんで...」

高校一年生の多田理恵(ただりえ)さん。

結構有名な人で、一年生ながら才能を認められてスタメンに入っている天才ソフトボール選手。

俺の憧れの人でもあった。

こういう性格だからあまり表に出さないだけで内心結構興奮してる...いやしてるんだぞ?本当だぞ?

「君のチームさ、正直弱いよね?」

「えっ...あっ...」

そうだ。

俺のチームは正直弱い。

チームプレイは愚か、練習をサボる奴もいれば監督も適当。

俺が皆を引っ張ってるといっても過言ではない状況だ。

だが...

「弱くなんて...ないです...」

チームを弱い扱いされるのは嫌だった。

「ははは、知ってる。」

「はい?」

「あのね、和馬君。君のチームのメンバーは筋は悪くないの。まぁ監督はどうかしてると思うけども...和馬君のばっかりスポットライトが当たるから皆ちょっと諦めかけてるだけなんじゃないかな?」

「そ、そうですか...?」

「だからさ、私と特訓しない?」

「はい?」

待て、今の流れで何故そうなった。

「君が今よりもっと上手くなれば皆のモチベーションもきっと上がるよ!皆をもっと引っ張っていける!」

今俺は確信したことがある。


...この人、相当の馬鹿だ。


その次の日から、集合場所を決めて秘密の特訓が始まった。

「ほら振り遅れてるよ!強振しなくていいからとにかく当てる!」

...馬鹿なのに野球の指示は正確なのだから凄いものだ...

「ほらぼーっとしない!」

「は、はい!」

...正直甘く見てたが、想像以上に理恵さんは凄く、そして特訓も過激だった。

そのおかげで、自分の力もどんどん強くなってきていた。

「はい、ジュース。今日もお疲れ様。」

「ありがとうございます...凄いですね...どんどん強くなってる気がします...」

「えへへ、でしょー?」

「...というか、そっちは大丈夫なんですか?レギュラーなんですよね?」

「あー...うん...大丈夫...かな...」

何かを隠している。

一瞬でそうだとわかった。

「何かあったんですか...?」

「まぁ...そのさ...私がスタメンに入るってことはさ、一人がスタメンから外れるってわけじゃん?」

...あぁ...なるほど...

俺はあの時、生意気にも理恵さんの言いたいことを察してしまった。

「...その...外れた人がさ、私のこと恨んでて...陰湿な嫌がらせをしてきたっていうか...なんていうか...今...練習...行ってないっていうか...」

「...逃げたんですか?」

「えっ...?」

「俺には皆を引っ張れって言ったくせに、自分は諦めたんですか?」

「あ...」

「そんな嫉妬に負けないでください!俺の師匠はそんな弱い人じゃない!」

「師...匠...ふふ...あはは!君、やっぱり凄く面白い子だよ!うんうん!弟子にそう言われちゃ仕方ないね!」

...理恵さんは俺の頭を撫でて、元気よくそう言った。

きっと、それは空元気なんてものじゃなかったはずだ。


俺は理恵さんの通う高校のグラウンドの近くに来ていた。

勿論理恵さんの練習風景を見るために。

「ナイスプレー理恵!」

「ありがとうございます先輩!」

...見てたら、ちゃんとチームに溶け込めたみたいで、あの時みたいな暗さはもう残ってなかった。

安心して帰ろうと思った...その時だった。

「あれ?和馬君?」

...見つかった。タイミングバッチシ。

「見に来てくれたの?嬉しいなぁ...」

「理恵、あの子誰?」

「言ってた秘密の特訓相手の子!」

「言ってたら秘密じゃなくない?」

「そーなの?わかんない。」

...やっぱりこの人は馬鹿だ...

「そ、その、練習がんばってください!今日もよろしくです!」

「あ、ちょっと...行っちゃった...」

...別に逃げる必要もなかったのに何故逃げてしまったのだろうか。



その日の夕方。

少し不機嫌気味な理恵さんがやってくる。

「ねー、なんで逃げたの?」

「ご、ごめんなさい...」

「ま、いいけどさ!ほらやるよ!」

...今日の練習はいつも以上にやばかった。

いや、本当に...。

「いや、別に怒ってるわけじゃないんだけどね?君が逃げたことに...」

「うっ...」

絶対怒ってるよ...こういう時のうまい対処法って何なんだろう。

「...あれ?何で俺が逃げたことに怒ってるんですか?」

「えっ...」

思えばそうだ。

別に逃げて不都合がある訳では無いはずだ。

むしろ練習に集中出来るし、あまり俺と話しているのはよくないはずだろう。

「...それは...」

「...?」

「それは...えっと...」

「どうしたんですか...?」

「いや、その...今から言うことは今まで以上に馬鹿な事だからね。OK?」

「はい、大丈夫です。」

何を今更...と思ったが、その後の展開が予想出来るので言わないようにした。

「えっとね...私は...その...あの、本当に、馬鹿な事、言うよ?」

「はい。」

「うぅ...調子狂うなぁ...えっとね...その...君の事が...好きだから...かな...」

「俺も好きですよ。」

「likeでしょ?」

「はい?」

勿論likeの意味がわからないわけじゃない。

言っている言葉の意味がわからないのだ。

いや、わかるけども。

つまり君はlikeなんだろと聞くという事は多分理恵さんはloveという事だろう。

小学生を相手に何を。

「はは、冗談キツ」

「ねえ、本気なんだよ...?」

別に理恵さんが嫌いなわけじゃない。

むしろ...馬鹿だけど、面倒見が良くて、教える時は丁寧で、熱血で、野球...ソフトボールを愛していて、ドジだけど、可愛くて...好きな所を上げたらキリがないほど、俺も理恵さんの事が好きだ。

「...あの...えっと...」

「...ごめんね。いきなりこんな事言って。その、えっと...わ、忘れて?」

「無理ですよ...そんなの...」

「だ、だよね...」

...少し沈黙が続いた。

というより、どういう言葉をかけるのがベストなのか全くわからない。

「...likeじゃ、ないですよ。」

「え?」

「俺も、理恵さんの事が好きです。」

...言ってしまった...。

理恵さんが少しフリーズした後に、ようやく口を開く。

「...和馬君。明日も、よろしく。」

俺も、理恵さんも気持ちの整理が必要だと考えたのだろう。

俺だって冷静じゃなかった。



「和馬〜、フライの取り方を教えてくれな〜い?」

「俺も教えて!」

「僕も!」

「えっ...どうしたの...」

「いやさ、ずっと和馬だけ成長して強くなっていってさ、それ見てたらなんか、俺らもそういうプレイできたら楽しいかな?って思ってさ。」

「み、皆...」

「...集合!」

「「「監督!?」」」

普段練習など見にこない監督が集合をかけたことに、皆が驚く。

集合が完了すると、監督は今までの適当な雰囲気はどこにも無く、噂で聞いた、「軍曹」に相応しい雰囲気だった。

「ようやく根性が出てきたようだなお前ら!今日からの練習メニューは厳しくなると思え!和馬を中心に優勝を目指すぞ!いいな!」

「「「は、はい!」」」

「声が小さい!」

「「「はい!!!」」」

この人、こんなに大きな声出せたのか...

...チームの問題は解決した。

俺がいなくなっても強くなっていくだろう。

さて、次の問題だ。

俺と、理恵さんの問題だ。

正直に言うと、俺は理恵さんの事が好きだ。

だから付き合って欲しいと言われたら、付き合いたいとは思う。

でも、俺は小学生で、理恵さんは高校生。

そろそろ俺は中学生になり、理恵さんは高校二年生になる。

...普通に考えたらおかしいんだ。

そんな今更なことをずっと考えながら俺は集合場所へと歩いていた。

まだあの人は来ていなかった。

...いつまで待っても来なかったので、帰ろうと思った瞬間。

見たくない光景を目にしてしまった。

それは車と人が接触するその瞬間。

集合場所という、練習に最適な空き地に繋がる横断歩道で、俺が今待っていた人が車に轢かれている瞬間だ。

「理恵さん!!!!」

俺は飛び出し、理恵さんの近くに寄り添った。

血だらけで、息が荒い。

目の前が良く見えていないのか、手を自分の目の前で振っている。

その手の動きはどんどん小さくなる。

「あはは...だめだなぁ...私...」

「...!?だ、誰か救急車を!」

「わ、わかった!」

「和馬...君...」

「ど、どうしたんですか!?」

「大好き...だよ...?」

やっぱりこの人は馬鹿だ。

...本当に...馬鹿だ...

「俺だって大好きですから!」

「あはは...よかっ...た...」

「理恵さん...?理恵さん!?」

救急車が到着し、理恵さんは運ばれていった。

聞いた話だと、一命を取り留め、回復に向かっているそうだ。

安心した俺だったが...その日の夜、親からタイミングの悪い話を聞いた。

「和馬...引っ越すことになった。」

「え...な、なんで?」

「仕事の関係でな...子供だけで生きていけるわけがないし、三人とも連れて行くことにした。」

「そっ...か...」

「友達と別れるのが寂しいと思うが...すまない。我慢してくれ...」

...そうして、最後に理恵さんと会うことはなく、友樹や一稀のいるあの町へ引っ越すことになった。

だから、俺は誰とも付き合わない。

野球で有名になって、いつか、理恵さんが俺を見つけてくれるまで。



「...とまぁ...こんな感じだよ...」

「...そっか...じゃあもういいよ。」

「なんか理恵って名前...聞いたことあるような気がするんだけど...」

「...?そうなのか?」

「世の中には同じ名前の人は何人もいるし、その人とは限らないよ?」

「うーん...どうだったかな...」



「こんにちは!お邪魔しまーす!」

「こんにちは...理恵姉さん...」

従妹の静葉ちゃんが落ち込んだ様子で出迎えてくれる。

うへぇ、気不味い。

「あれ、元気ない?」

「...はい...」

「どうしたの?」

「...先輩と喧嘩中で...」

「あー...一稀ちゃんね...」

「あぁ...」

だいぶ落ち込んだ静葉ちゃんが中に入っていく。

私も中に入っていくと、友樹がそれに気付き、声を掛けてくる。

「理恵姉!おかえり!」

「おー!友樹!ただいま!」

「ん...理恵姉...理恵さん...あー!?」

「ど、どうしたいきなり?」

「な、なぁ理恵姉ってさ...そ、その...小学生と野球してた事ってある...?」

「...?...何言って.....ある。」

「えっ」

「ある。」

「そ、そいつってそっちが暮らしてた地域で知り合った奴!?」

「...うん。」

「な、名前ってさ...和馬って名前...?」

「な、なんでそこまで詳しいの!?」

「「ええええええええええ!?」」

...なんで二人は驚いてるの...?


静葉が一稀と仲直りするついでに伝えに行って出て言ったので、俺は理恵姉と座って話をする事になった。

「えっと...なんで知ってるの?」

「えっと...なんていうか...その話をつい最近聞いたっていうか...」

「...えっと...?」

「...だよな...どう説明すりゃ...」

その瞬間、家のチャイムが鳴った。

「ん、私が出るよ。」

「え、あ、あぁ...ありがと...」

...そういえば、何か忘れてた気がする...

「...確か今日って和馬が家に...」

「嘘っ!?もしかして和馬君!?」

「り、理恵さん!?なんで!?」

「か、和馬君こそなんで!?」

「と、友樹!どういう事だよ!?」

...俺は考えるのを止め、一稀と静葉にこのメールを送った。


『助けてくれ。』

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