第七球目「中学からの親友」

...最初にあった人に絶対女性としか思われない一稀だが、一度だけそんな一稀を最初に男性だと見破った男がいる。

その男の名前は和馬。

今では親友の和馬と一稀の出会いは、意外とあっさりしていた。

「今日から中学校だな...」

「元気ないね。」

小学校の頃とは真逆だねと言わんばかりの顔で一稀が声をかける。

「だって勉強難しいらしいじゃん...」

「大丈夫だって。」

「...嫌なもんは嫌なんだよ...」

「あはは、勉強すれば勉強は簡単だよ」

「...なんかそれ、おかしくね?」

「...結構中学校は近いね〜...あ、クラス表見に行こ。」

「おう...」

一稀がはぐらかしたので少し呆れた顔でクラス表まで走る友樹。

「あ...クラス別だな。」

「しょうがないね。じゃあ、放課後で」

友樹は2組で、一稀は3組だった...一稀と友樹が教室前で別れ、一稀が教室に入ると、男子から少し声が上がる...またこれか...と、一稀は思いながら席に座る。

「...名前、なんていうんだ?」

「...一稀。」

...ある男にそう言われたので、一稀は呆れながら一応答える...が、一稀の予想と反して、その男は変な会話を始めた。

「なぁ、お前野球やってる?」

「...やってるけど、なんで?」

「俺も野球やっててさ。部活は勿論野球部だよな?」

「え、あ、うん。そのつもり。」

...その男は一稀の事を女と思っていなかった。

話は少し盛り上がり、一稀はその男の名前を聞いた。

「俺の名前そういや言ってなかったな。和馬だよ。よろしくな。」

「うん。よろしく、和馬。」

放課後。

友樹が一稀を待っていると、和馬と一緒に出てくる。

「ん〜...?新しい友達?」

「うん。あ、こいつが幼馴染みの友樹。仲良くしてね。」

「俺は和馬だ。よろしく、友樹。」

...その後は案の定友樹と和馬の間にも友情が芽生え、三人は親友となった...



...一稀達の中学生活は意外とドタバタしていた。

例を出すなら一稀と静葉だ。

「...あれ?一稀と静葉ちゃん前と比べると雰囲気変わった?」

「...そんなことないですよね、先輩。」

「うん。いつも通りだよ。」

二人は手を繋いでいたが一瞬でそれを外し、動揺を見せないようにしたが...

「お前ら付き合ってんのか?」

「...和馬には隠せそうにないね。」

「まぁ前から仲良かったし、自然っちゃ自然か。それにしては雰囲気変わりすぎだと思うけどな。」

「...先輩が好き...ですから...」

恥ずかしそうに静葉が答えるので、一稀は少しだけニヤニヤしながら、

「一緒に出かける時に絶対手を握る静葉ちゃんが可愛すぎるっていうかさ?」

「せ、先輩!」

「.......後はお前らでやれ、俺は知らん。」

「うん、じゃあね。」

...関係が変わることは無かったものの、三人が集まる機会は少し減った。

部活では三人が天才的な才能を見せ、三人で張り合ったが、一稀が最も優れていた...

「次のキャプテンだが...いつ」

「却下します。」

「...じゃあ友樹か和馬のどっちかがやってくれるか?」

...にもかかわらず、一稀はキャプテン指名を蹴った。

「おい。なんで蹴ったんだよ。そのせいで俺が副キャプテンになっただろ。」

「僕よりも友樹と和馬が向いてるよ。」

「はぁ?お前の技術が優れているからキャプテン指名をされたんじゃねえの?」

友樹が素直な気持ちをぶつける。和馬も同じ考えだった。

「...じゃあ二人には言っておくよ。そういうの...嫌いなんだ。人の上に立って命令するの。されるのはいいんだけどね。するなら同じ立場で教えたいし。」

「...そうか。なら何も言わねえ。」

「とりあえず練習いこーぜ。」

...三人の的確な指示で、チームはどんどん強くなり、全国大会で優勝した。

三人は天才と呼ばれ、高校も三人全員が八九高校にスポーツ推薦が入る程だった。


...中学校では、和馬の知らない内にカップルがもう一組誕生していた。

1年2組。

和馬と一稀が仲良くしているうちに、友樹に出会いがあった。

「おはよう。お前いつも暇そうだな。」

「...おはようございます。勉強も簡単で、部活もマネージャーで、毎日が退屈なんです。せめて問題がもう少し難しければ人生楽しいのですが...」

「これ以上難しく...はぁ?」

この暇そうな女性が木場香澄(きばかすみ)。

運動、勉強など、何をしても完璧にこなしてしまう。

そのせいか人生がつまらないと言っている。

野球部のマネージャーをしている。

「んー...じゃ、好きな人でも作ってみたらどうだ?デートとか楽しいかもよ?」

「...好きな人ですか...それは楽しいんですか?友樹はどのような経験が?」

「ないな!」

「...まぁそうだと思いましたけども...」

「まぁでも、好きだった人はいるぜ。空振りしたんだけどな。」

「どんな球でも気合いでホームランを打つ友樹が空振りですか。一体、どのような人ですか?」

「一稀って言うんだけどよ」

「一稀...」

香澄が一稀という名前に反応する。

友樹はそれに気付き、問いかける。

「どうかしたのか?」

「い、いえ...別に...そ、それで...その人はどのような女性なのですか?」

「いや、俺の幼馴染みなんだけどよ。見た目が女にしか見えないもんだからてっきり女だと思ってたのに、あいつ男だってよ。びっくりしたよ。」

「そ、そうですか...」

「お前さっきから変だけどどうしたんだ?一稀を知ってるのか?」

「は、初めて聞く名ですね!」

「...?そうか...?」

...香澄の反応に違和感を持ったが、友樹は深く追求するのはやめることにした。

...こんな二人が付き合うことになったきっかけは一年の頃の修学旅行の時、山道を通って、宿に着いた後に整列していた時だった。

先生が人数確認をすると...

「...先生!香澄ちゃんがいない!」

「せ、先生!友樹もいない!」

「なんだって!?」

...二人は、少し深い谷に落ちてしまっていた。

理由は少し前に遡る...

「...はぁ...はぁ...」

「...香澄、大丈夫か?」

「は、はい...いつもなら余裕なのですが...何故か今日は...」

謎の疲労により、大幅に皆から遅れた香澄に気付き、友樹は香澄を支えていた。

「ご、ごめんなさい...友樹...」

「謝らなくたっていい。ゆっくり歩いても大丈夫だ。皆待ってくれる。」

「でも...皆を待たせるって...ことでも...ありますよね...?」

「お前はいっつもネガティブだな。俺がいいっていうからいいんだよ。」

「あはは...そうです...か...」

「おい...あっ!?」

香澄が気を失い、うなだれる。

その影響で友樹の重心が香澄側に寄り、二人は谷へ落下してしまった。

「...ん...」

「ん、起きたか?」

「は、はい...ここは...」

「ちょっと深めな谷に落ちてしまったらしい。助けを待とう。先生が助けに来てくれるはずだ。」

「そんな...私のせいで...友樹まで...」

香澄が涙を流す。

友樹は今まで香澄が泣いた所など見たことがなかったため、驚いているものの、自分のハンカチを取り出して香澄に差し出す。

「俺は迷惑なんて思ってない。」

「優しい...よね...友樹って...」

「そんなことねえよ...こうするしかねえんだよ。お前だって、本当のお前でいていいんだよ。敬語使ったりして無理しやがって。お前本当はもっと可愛いだろ。何に対して遠慮してんだよ。」

普段は馬鹿らしく振舞ってネガティブになっても切り替えてくれる友樹に色々言われ、香澄は混乱する。

「...そんなの...わからないよ...」

「あ?わからないのに何かに遠慮して敬語を使ったりしてたのか?」

「...私は!弱虫なのよ!何に対して遠慮してるかなんて私にはわからないけど!皆が離れて行く気がして!嫌われたくないから!偽りの自分を作って嫌われないようにしていたのよ!」

...香澄の今出せる精一杯の大声は、全く大きくなくて、皆に見つけてもらうには足りなかった。

でも、友樹に対しては、十分だった。

友樹は安心したような顔で香澄の頭を撫でて、声をかけた。

「...ようやく本音が聞けたし、本当のお前が知れたな...大丈夫だよ。お前から離れる奴はいない...俺は離れない。」

「...馬鹿。何かっこつけてんの。」

「...離れられたいか?」

「...」

「...なんて...冗談だよ真に受け...」

最後まで言う前に、香澄が友樹に抱きつき、言葉を途切れさせる。

その代わりに香澄が泣きながらこう言った。


「...離れないで。」


...二人にそれ以上の言葉なんて必要なかった。

友樹は香澄の頭を撫でて、香澄を落ち着かせる。

香澄が落ち着くと、タイミングよく先生が二人を見つける。

「おーい!大丈夫かー!?」

「は、はい!大丈夫です!」

「ちょっと待ってろよー!救助を呼ぶからなー!」

先生が走って行くと、香澄が笑って友樹に話しかける。

「やっとだね。」

「あぁ、そうだな...それにしても、香澄の不調はなんだったんだろうな?」

「...わからない。でも、そのお陰で友樹と...そのえっと...」

「もう恋人でいいんだよ。そんなの。」

「こ、恋人になれたしね!...私はむしろ不調になれてよかったよ。」

「正直な。性格を偽ってる時のお前が一番大っ嫌いだったよ。そんなに可愛いんだから、もっと素直になれっての。」

「うっ...傷付く発言した後に褒められても...嬉しくない...もん...」

とは言ってるものの、凄く嬉しそうに悠長に話している香澄。

それを理解しているのか、友樹はニヤニヤしている。


その後二人は無事に助け出され、少しボロボロになって皆の元へ向かった。



『...これでよしと。あーあ、疲れたなぁ。先生を誘導するのと香澄の状況を作るのを同時に行うの、面倒臭いなぁ...でも、これで二人がやっとくっついてくれた!これで早く付き合えよって思いながら寝なくて済む!』



二日後の朝。

学校で真っ先に友樹に香澄が声をかける。

「友樹、おはよう。」

「おはよう香澄」

「そ、その...一昨日はありがと...」

少し香澄が顔を赤く染めて礼を言う。

「気にすんなよ。」

「あと...皆もこっちの方がいいって...」

「ほらな。俺の言った通りだろ?」

「馬鹿も役に立つよね。」

「馬鹿が余計だ。」

二人は笑っていた。



「...そんな出会いだったのかお前ら...」

「あはは...僕と静葉ちゃんよりなんだかロマンティックでカッコイイね。」

カフェで出会った時の話をしてやると、和馬は「いい脅しの口実が出来た」と言いながら不気味な笑みを浮かべやがる。

対する一稀は珈琲を飲みながら「いいねぇ〜青春だね〜」なんてことを言っている。

一稀が「おかわり無料だから」と言って飲み始めた7杯目の珈琲を飲み終わり、「もういいや」と言ったので、俺らは会計を済まして外に出る。

「なぁ、和馬は彼女作らないのか?」

「それは僕も思ってた。告白されてるところ何回も見てるけど絶対一つ返事で断るよね。なんでなの?」

「...ちゃんとした理由はある。」

「いつか聞かせてもらうからね。」

「うっ...わかったよ...」

...その時、車の音が聞こえた。

俺達は車道に出てしまっている子供の姿が目に映った。

それを見て一稀が真っ先に飛び出そうとした。

こいつはいつもそうだ。

自分のことなんて全然気にしないで人のことを助けようとする。

俺にはそこまでの度胸はないし、俺の身体はまだ飛び出そうしていない。

...俺は一人、一稀よりもその意識や、度胸がある奴を知っている。

現に今も、一稀を横に押し飛ばして、自分が助けに行こうと思ってる。

名前は和馬。

そいつは運動神経が人一倍良くて、お人好しで、皆を明るくしてくれる。

本当は暗くて、自分を犠牲にしてまで人を助けようとする奴。

そいつはギリギリで子供を助け、親に礼を言われる前にこっちに笑いながら戻ってきやがった。

「いや〜危なかったな!」

「馬鹿なのか!?僕を押し飛ばしてまで自分が助けに行きたかったのか!?」

一稀の怒りは別に責めているわけじゃなく、和馬が心配だからこそ来る怒りなのだと思う。

和馬は笑うのを止め、真剣な顔でよくわからないことを口にした。


「...俺はもう二度と、目の前で大切な人が車に轢かれるのを見るのはごめんなんだよ。」

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