第六球目「才能は0だが努力は無限」
ある日、僕と亀井先輩が練習していた時だった。
亀井先輩が悲しい顔をしてるので、わざわざ練習を一旦やめてしてしまった。
亀井先輩はわかっているみたいなので「すまん...」という感じを出しながら僕に近づいてくる。
「...どうしたんですか、先輩。」
「...ちょっと思うんだよ。」
「...何がですか?」
亀井先輩か本気の顔をしているので僕はふざけずに真面目に先輩の顔を見て聞き返す。
「...お前って、自分の持ってる才能に絶対甘えたりしないよな。」
「そんなの当たり前じゃないですか。才能があるだけで努力しなきゃ絶対その少し才能のある能力のままなんですから。努力しなきゃ負けちゃいますよ。」
「...なあ、一稀。俺と初めて会った時、どんな先輩だって思った?」
「...凄く...才能のある先輩だと思いました。憧れてました。」
やっぱりな...という顔で僕の顔を見る亀井先輩。
僕はもしかして傷付けてしまったのかもしれない。
「...その全く逆なんだよ。俺は小学生の頃から始めたけど、野球の才能が全くなかったんだ。」
「...え?」
「...ちょっと聞いてくれるか?」
俺は何の才能もない、どこにでもいる凡人だった。
俺の家は裕福とは言えず、一度ですら贅沢なんてした事は一度もなかった。
俺は野球をテレビで見た時、自分もこのステージに立ちたいと思った。
でも、きっと親が反対すると思った。
贅沢をするなって...だが、意外にも反対される事は無かった。
「え?ほんと?や、やってええんか?か、金とかいっぱいかかるんやで?」
「おー、やれやれ。思い返せばお前になにかしてやったことなんて無かったからな。お母さんとも話した結果や、安心しろ。上手く行かなくても挫けんな。」
...親父がよく言ってた言葉。
挫けんなよ...今ならその言葉のありがたみがわかるが、俺が全く才能のないことをわかってしまって、挫けそうになってる時の、その言葉は俺を苦しめていた。
「...挫けんなって...どうすりゃいいんよ。才能なんてないんやで!俺が今辞めたら...お父さんとお母さんが折角金を払ってくれてるのに申し訳ないんや...せやけど俺は...」
あの時、親父が俺の事を放っておいたらどうなっていたことだろう。
「...馬鹿やな、お前。才能なんてな、誰しもが持ってるわけないやろ。正直持ってる奴なんてチームの中でも手の指の中に入るくらいの人数や。それが、ただ才能がないってだけで甘えて...何になるっていうんや?才能がないなら努力せえや。努力する才能を自分で付けろ。だから...絶対、挫けんな。挫けたら負けや。勝てる試合も負けや。」
「.....わかった......俺.....頑張ってみる。」
「おう。頑張れ。絶対挫けんなよ。」
それから一稀達に会った...そして俺が中学二年生になった頃。
俺は、病気で入院している親父の見舞いに行っていた。
「おう...信也。お前毎日来るけど、ちゃんと練習してんのか?」
「親父が言った事だろ。努力する才能を自分で付けろって。なあ、もうすぐ俺...二年生で、新しく俺がキャプテンとして新しいチームになった大会があるんだ...もしよかったら...見に来いよ。」
「はは...お前俺の病気のことわかってるみたいだな...?勿論、行くよ。」
...とは言ったものの、親父はなかなか都合が合わず、俺の試合を見に来ることがなかなか出来なかった。
俺の試合は順調に勝ち進み、全国大会決勝までのぼりつめた。
そこでようやく親父との都合が合い、親父は試合を見に行けると言っていた。
俺も気合が入り、決勝戦でホームランを打った時は、親父の所に飛んで行ったかな...と期待を抱いていた。
...でも...俺の親父はこのとき、球場には居なかった。
病状が急に悪化したらしく、俺がそれを知ったのは試合が終わってからだった。
俺が慌てて病室へ向かうと、衰弱した親父の姿がそこにはあった。
「親父!」
俺は慌てて親父の元へ走った。
「...信也か...すまない...試合を見に行けなくて...」
「いいんだよんなこと!」
「...結果は...?」
「...優勝したよ。俺達。」
「そうか...お前は本当に...努力の天才だったみたいだな...才能だけでは、済まされない...」
「喋んな!もう...」
「...俺はきっと今日に居なくなる。」
「何言ってんだ!」
「余命だ。」
「...は?」
「俺は余命で今日死ぬことになっている。」
「...どういう事だよ。」
「お前の勝っている所を...見てやりたかったんだけどなぁ...」
「何言ってんだよ親父...」
「...信也。」
「...」
「天才に負けないほど、努力をしろ。そして、天才と同じ肩を並べて歩いた日には...自分は努力の天才なんだ!って...胸張って歩け。」
「だったら...死なないように努力しろよ。挫けんなよ。親父。」
「...頑張ってみる。」
現実は虚しく、その日の夜に親父は静かに息を引き取った。
泣き喚く妹と母を見て、自分も涙が溢れてきてしまったので、外に出て空に呟く。
「...親父...俺...忘れないよ親父のこと...今まで...本当に...ありがとう...」
俺は一人、いや、二人の天才を知っている。
その二人に挫けずに、前を向くには、厳しいだろう。
でも、前を向く。
最後に胸張るために。
親父との約束を守るため。
「...とまあ、ざっくりと言ったがこんな感じよ...」
「...先輩、約束果たしたんですね。」
「いや、まだまだだ...ってもうこんな時間じゃねえか...長話が過ぎたな。すまない一稀。」
「大丈夫ですよ。」
「...今日は一緒に帰らないか?」
「...是非。」
僕が亀井先輩と荷物をまとめて校門を出ようとした時、ある生徒に呼び止められる。
「あ、お兄ちゃん。そっちの人彼女ー?」
「違う。後輩の一稀だ。」
「あ、話してた女にしか見えない男の後輩君?どうもー、馬鹿な兄の妹の恵です。よろしくねー。」
優しそうな人...っていうか亀井先輩なんていう教え方してくれてるんですか。
「...馬鹿って...成績はお前より上だろ」
「そういった考えするのが馬鹿なんだよー?...というよりも...部活しながら勉強するのがお兄ちゃん上手過ぎるんだよね...。」
「あ、それは僕も思います。本当は才能あるんじゃないですか?」
「才能はない。」
ピシャリとそう断言されてしまうが、努力だけでここまで完璧な人間になったとすれば、ある意味凄い才能を持っていた人なんじゃないだろうか。
「...一稀君。まともそうな人じゃん。お兄ちゃんと仲がいいって聞いたからどんな人かと心配してたんだけど。」
「...どういう事だよ...」
「そのまんまの意味だよ?」
...二人は仲が悪そうに見えるが仲がいいようだ。
「...お兄ちゃんはいつも...」
そう何かを言いかけて恵先輩の様子がおかしくなる。
恵先輩は地面に膝をついて苦しそうにしている。
僕は突然の事で呆然としていたが、亀井先輩はそれにすぐ反応して、恵先輩の近くに寄っている。
「大丈夫か?」
「......お兄ちゃん...やっぱ、私ってもうすぐ死ぬの?」
「何言ってんねん...そんなわけ...」
「じゃあなんでこんな苦しいの!?こんなの...流石に私でもわかるよ...」
恵先輩が苦しそうにしながらそう叫ぶ。
「...一稀...救急車を」
「呼びました。」
「...すまん...」
...その後、連れて行かれた恵先輩の病院に着いて行った僕は亀井先輩にある話を聞かされた。
「...恵は...親父と一緒の病気を持っているらしいんだ...」
「...え...それって...」
「...手術ができなければ、後二年だ。」
「手術に必要なお金は...?」
「...三億円だ。」
...絶望的な価格だ。
しかし、先輩はそんな事を気にしてはいないようだ。
「...だから...俺はこの二年で、絶対にプロ野球選手になり、三億円を手に入れるつもりだ。」
...すごい決意だった。
まるで、三億円なんてすぐ稼げると言わんばかりの。
「...頑張ってください...いや...絶対、三億円稼いでください。先輩。」
「...おう、勿論だ。」
...亀井先輩は、その日から一段と練習に力が入ってるように見えた。
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