第三球目「リアルが充実している奴ら」

日曜日。

僕は噴水に座ってある人を待っていた。

「なぁねーちゃん、俺達と一緒に遊ばない?」

「いや...あのえっと...」

...これは...ナンパって奴なんだろうけど、どうしたらいいんだろう...正直に男ですって言えばいいんだろうか。

いや、多分信じてもらえない。

でもついていくわけにはいかないし...

「...先輩に手を出すの、やめてもらえますか?」

一人の女の子が男に向かって言い放つ。

「ちっ...なんだお前...」

「...先輩は柔道の全国一位ですよ...いや、本当にやめといた方がいいですよ...下手すりゃ死にます。」

「あ...お、思い出した...アニキ、だめっす!こいつ...男っす!」

「は、はぁ!?こんなに可愛いやつが男だとぉ...?むがが...お前...むぐっ...」

「あ、兄貴がすいませんでしたあああ!」

弟分と見られる男がアニキと呼んだ人を連れて走っていく。

助かった。

「相変わらず女子と思われてますね。一稀先輩。」

「ま、まぁね...ありがとう静葉ちゃん。」

多田静葉(ただしずは)、苗字からわかるが、友樹の妹である。

僕は静葉ちゃんと付き合っている...ちなみに家族公認。

「じゃあ、行きましょうか」

「うん。行こう。」

「ここのカフェ来たかったんですよね〜...二人で」

「太陽の光が眩しい。」

「地底人じゃないんですから太陽の光を嫌悪するのいい加減やめてください。」

辛辣。

いや僕が駄目なのか...

「苦手なものは苦手なんだよ〜...」

「どうやって学校来てるんですか...」

「限界まで嫌な心を友樹と和馬との会話で紛らわして学校に閉じこもってる。野球の時も同じ。」

「病気ですね。」

「僕には眩しすぎるんだよ。太陽ってずっと輝いてるし。」

「...なら先輩は私にとって太陽のような人です...よ...」

恥ずかしそうに臭いセリフ言うくらいならば言わなきゃいいのに...可愛いなぁもう...。

「...太陽嫌いを克服できる薬、作ってみることにする。」

「きっとその方が楽しいですよ。」

どう考えても静葉ちゃんの方が太陽みたいに輝いてると思う。

「...ところで、僕達なんで付き合うことになったか覚えてる?」

「えっと...ど、どんな感じでしたっけ」

まぁ、うん。

正直思い出すだけ恥ずかしいような気がする。

「えっとね〜...」


まだ僕達が中学生だった頃。

ある日の放課後。

静葉ちゃん屋上に行くと言っていたらしい。

静葉ちゃんは、ついてこなくていいよと、普段の静葉ちゃんが絶対言わないようなことを言っていたと静葉ちゃんの友達の二人から聞かされた。

顔は、全く笑ってなかったらしい。

「静葉ちゃん!」

「...来ないでって伝えるように言ったのに...別に何もしないのに...心配性ですね一稀先輩は...」

「嘘だ...なら静葉ちゃんはなんで柵の向こう側にいるの...?」

「...嫌気が差したんです。」

「わ、わかった...とりあえずこっちに来て。」

「そうですね...最後に信じてもいいかと思ったと人と話しておきたいです。」

「静葉ちゃん...どんな辛いことがあっても、死んだら何も出来ないよ...」

「何も出来ないからもう死ぬしかないんですよ。」

その顔に表情は見えない。

「何も出来ないなんて事はないよ...」

「いいえ、私には何も出来ません。現に先輩を心配させてしまいました。」

「そ、それは...」

「...もういいですか?...お願いです...楽にさせてください...」

「待って...とりあえず理由を聞かせて」

「私の人生はいじめ、暴力、虐待。そんな生活ばっかりだったんです。」

「でも笑ってたじゃないか...み、みんなに会って...何か変わらなかったの?」

「変わりましたよ。」

「え...?」

「私がどれだけ人を信用出来てないのか理解出来るようになりました。」

「あの2人は友達じゃないの!?」

「はい。きっと私の事をいじめます。」

「そんな事ない...」

「もう騙されるのなんて嫌なんです!」

「静葉ちゃん...」

「小学生の頃、そんな事言って助けてくれたと思った人は...結局私を裏切って私をいじめた!周りに寄って馬鹿にするんです!殴られたり、蹴られたり...!信じていたのに!」

「だったら友樹は!?」

「あの人は私をこんな性格に変えてしまう原因の一人の父の子供ですよ。きっと酷いことをします。」

「友樹はそんなこと...」

「わかってます。優しいお兄ちゃんですから。」

「だったら...」

「わかってるんですよ私だって!思い込みだって!でも...もう無理なんです。どうやっても、心の奥底で思ってしまうんです。それはきっと間違いだって、消されるって。」

「...」

「...私...自分勝手...過ぎますか?」

「だったら...」

「もうやめましょうよ先輩。」

「だったら僕を信じてくれよ!」

「へ...?」

「僕さ、静葉ちゃんのこと好きなんだよ!こんな状況で言うのもおかしいけどさ!僕が困るから静葉ちゃんには死んで欲しくないんだよ!」

「ず、ずるいですよそんなの...!」

「え...?」

「わ、私と同じ気持ちならもっと前から告白してください!死ににくいじゃないですか!...う、うー...」

「そ、それってどういう...」

「だから!私も...!私だって...」

静葉ちゃんは自分が地雷を踏んでいることに気が付き、顔を真っ赤にして俯いてしまう。

「えっと...ぼ、僕と付き合ってくれる...かな?」

「...はい...自殺みたいな馬鹿なことしようとして...すいませんでした...」

「気にしてないよ。大丈夫。」


...そんな昔話をすると、静葉ちゃんはあの時のように顔を赤くして俯きながら呟く。

「...そんな事もありましたね...」

「よくよく考えたら最悪の告白だったね」

「本当にですよ...」

静葉ちゃんは喜びを隠すように呆れ顔を作っている。

それが可愛くて、ついにやけてしまう。

「...ニヤニヤしないでください先輩...わかってますから。あの時に常識外れに告白してくれなかったら私ここにいないってことくらい。」

「常識外れって酷くない...?」

「あの時の先輩焦ってて可愛かったですよ。」

「僕男だって!」

その言葉に何人もの男が反応しているが一切気にしない。

その言葉で気付いたようで和馬が近付いてくる。

「よっカップルさん。」

「和馬先輩。どうもです。」

「和馬〜...男らしくなりたいよ〜」

「遺伝子を恨め。」

「僕なら遺伝子を変えることくらい容易い...と思ってたけど、研究してもうまくいかなかったんだよね〜...」

「たまに思いますけど、一稀先輩って何者なんですか?」

「...ただの天才だろこいつは。」

ちゃっかり席に座っている和馬に対してはスムーズ過ぎてむしろ気付かないくらいだったし、気にしてもいないので普通に会話を進める。

「あー...天才ねー...うん...天才...」

「曖昧な返事ですね...でも本当に凄いですよね一稀先輩って。よく馬鹿兄が壊したゲーム機を直してるじゃないですか」

「スケール小さい天才だなおい。」

和馬がジト目で僕と静葉ちゃんの方を見てくる。

「改造して凄いのにも出来るよ。っていうか時間をくれたらゲーム機とか作れるよ。ってかゲーム作れる。」

「スケールでかくなったなおい。」

「他にも色々やってはいるよ...」

「例えばどんなのですか〜?」

「プロテインよりも効率よく筋肉を増加させる薬とか自家製携帯テレビとかプログラム系だと30秒間何の信号も無ければ自動で閉まる冷蔵庫とか」

「...思ったより凄いことしてるんですね...冷蔵庫に至っては商品化狙えますよそれ。」

「商品化するつもりは無いかな〜っていうかそれは思いついて地道に作っただけだし、本来は野球の地下練習用の道具ばっかり作ってるからね。」

「...八九高校の設備より充実してるからなこいつの地下練習場...」

「いや、どうなってるんですかそれ。」

「お金をかけた価値のある物を作らないと損だからね。」

「地下ってどんくらい広いんですか...」

「...ん〜説明難しいから...家来る?」

「ふぇ!?あ、は、はい是非!」

...そういや家に呼んだことなかったっけ。

「...じゃあ後は二人で楽しめよ。会計は任せろ。」

「いや、僕が払うよ。和馬何も頼んでないじゃん。」

「お、おう...サンキュ...じゃ、静葉ちゃん頑張ってな。」

「余計な事は言わないでください!」

静葉ちゃんの怒り顔が可愛い事に気付いてしまったので今度から少しずつからかう事にしよう。

「さ、こっちだよ〜」


...家に着くと静葉ちゃんは少し「え?」という様子で、

「...でかい...」

と呟く。

「あはは...」

とりあえず苦笑いをする僕。

「じゃあ、とりあえず上がってよ。」

「お、おじゃま...します...」


「...う、うわぁ...す、凄い...本当に一人暮らしですか?」

「うん...これでも一人暮らしだよ...」

どれくらい広いかと言われると、球場レベルの広さ。

しかしこれでも親の土地の八分の一も無い。

「えっと、広川会社って知ってる?」

「世界的に有名な会社ですよね。確か服とかスポーツ用品、化学品などの色々なジャンルに手を出してどれも大成功を収めて今日本の経済のトップにいる凄い会社ですよね。知らない人なんていないんじゃないですか?私達の制服も広川会社産のものですし...あれ...先輩の名字って...広川...え、まさか...」

「うん。お母さんが広川会社の社長なんだ。」

「えぇ!?確かに凄い広い家ですけど...!いや広すぎですし...ありえなくない...ってあれ?どうやってこんな壮大な土地を...?」

「あ〜えっと...ここらの土地は元はお母さんの土地だったんだけど、今住んでるこの家とその近く以外の土地は売っちゃったんだよね...」

「え、じゃあ私の家って...」

「元はお母さんの土地だね。あ、でもお母さん静葉ちゃんのお母さん仲良いからなぁ〜...」

「そ、そういえばそうでしたね...譲ってもらったんでしょうか...」

「流石にそれはないんじゃないかな?あ、地下室はこっちだよ」

「だんだん目的がわからなくなってきてましたよ...広い...」

「えっと〜研究部屋はそこなんだけど...あんまりいい部屋ではないよ。」

「...意外と狭いんですね...」

「普通の部屋と変わんないかな...広くする必要ないし...こっちが地下練習場。」

「うわっ...広い...ピッチングマシンとか色々なものがある...す、凄いですね、これ...うわぁ...全部作ったんですか?」

「うん。大変だったよ〜...コンクリートの壁で、居にくいでしょ?上でゆっくりお茶でも飲もうよ。」

「は、はい。そうします...」



その頃、馬鹿に動きがあった。

「今すっげえ誰かに馬鹿にされた気がするんだよ。」

「...誰も...いないけど...?」

「気のせいだったのかなぁ...」

馬鹿の癖に勘が鋭いこいつは友樹。

そしてその隣にいるのが彼女の香澄(かすみ)。

しっかりとしていて、友樹に振り回されている苦労人。

でも友樹が大好きでたまに迷走する。

「あ、和馬じゃん。おいっす。」

「おいっすです。」

「よっ...今日はカップルをよく見るわ。」

「...あぁ、あいつと静葉ちゃんに会ったんですか」

「なぁ香澄、そろそろ一稀の事名前で呼んだらどうだ?」

「嫌です。友樹君にはわからないでしょうけど、あいつはきっと危険です。やばい奴ですよ。」

「何が?見た目か?」

「...友樹、それ絶対一稀の前で言うなよ?」

「え?なんで?」

「...はぁ...で?どこが危険なんだよ。」

「危険なものは危険なんです。」

「まったくわからんが、いつか誤解が解けるといいな。」

「解けないですよ。常に疑ってます。後あいつの妹も危険です。」

「美穂ちゃんの事?」

「お?今誰か私の名前を呼んだのかい?」

「お、美穂。買い物か?」

広川美穂(ひろかわみほ)。

一稀の妹であり、静葉の親友。

「おう。あ、香澄先輩も一緒でしたか〜♪」

「うっ...ど、どうも...」

美穂が威嚇を込めた笑顔で挨拶をすると、香澄は強ばった顔で挨拶を返す。

「んじゃ、私はお兄ちゃんの家に突撃してくるよ。」

「あ、今静葉ちゃんがいるみたいだけど」

「なっ...抜け駆けは許さんぞぉ!静葉ちゃん!」

「...何言ってんだか...元気だなぁ...んじゃ、俺もその辺ブラブラしてくるよ。香澄ちゃんも大変だろうけど友樹はあんまり香澄ちゃんを困らせんなよ?」

「一緒にいるだけでドキドキして困ってるんですが。」

「ラブコメか。じゃあな〜」

「...和馬も彼女作ればいいのにな。」

「うん。本当に。」



「突撃!」

「普通に上がれよ。」

「冷たいなぁ...女には優しくしろー!」

「優しくしたら調子乗るしやだ。」

「うぇ〜...まぁ、二人の邪魔するつもりは無いから冷やかしに来ただけなんだけどね!」

「なら帰れ。恋する乙女よ。」

「は?...いや、そんなことないっすよ。」

「後輩か。んで?誰に恋してるの?」

「...お兄ちゃんと一緒に居ると全ての秘密を暴かれそうだよ......帰る。」

「おう、気を付けて。」



「あ、美穂姉!」

「ん〜?お、大吾じゃん。」

鈴木大吾(すずきだいご)。

小学六年生。

兄の和馬の影響で野球を始め、小学生とは思えない程の力を出しているという。

ポジションはファースト。

そして美穂との関係は...一年程前の頃からだった。



ある日、美穂はなんとなくブラブラしていた。

「伝説の出会いとかないかな〜...って、グラウンド?お、少年野球かな?小学生のチームっぽいな。お、あの子上手だな」

「...?あの、コーチ...あの人は...」

「ん?...確か...っ!そ、そうだ!広川会社の社長の娘さんだ!」

「広川会社...!?その人が何故!?」

「わ、わからんが...ここの製品は全部広川会社の物だからな...偵察の可能性も...いや、そんなことされる覚えは...」

「うっわー...あの監督とコーチ、すっげえ話してるなぁ〜...普通にブラブラしてただけなんだけどなぁ...」

「...うわ!打ち損じた!あ!危ない!」

大吾の打ち損じたボールが美穂の方向へ飛んでいく...

「おっとっと...危ない危ない。」

...が、それを美穂は片手で受け止める。

「お、おいこら!大吾!謝ってこい!」

「終わりだ...終わりだぁ...」

「あ、あの...お姉さん...」

「ん〜?どうしたんだい?」

あ、結構可愛いじゃん。

と思っていると、大吾は泣きそうな顔をして謝る。

「あ、あのえっと、その...ごめんなさい!俺が下手くそなせいで...」

「君、名前は?」

「え...だ、大吾です...」

「大吾君、ちゃんと謝りに来て偉いぞ!練習頑張りなよ!」

そう言って大吾の頭を撫でると、大吾は顔を赤くして美穂の方を向く。

「え...が、頑張ります!お姉さんも見ていてください!」

「うん、是非見させて貰うよ。頑張れ少年!」

最初はこんなやり取りだったが、その後ちょくちょく美穂はグラウンドに姿を現す様になり、その度に大吾に話しかけたり、野球のコツを教えたりしていた。


そんなある日。

大吾は美穂に誘われて喫茶店に来ていた。

「ん?どうしたの大吾?」

「美穂姉、今日の服オシャレだね。」

「あ〜これね。男の子と出かけるって言ったらお兄ちゃんに誤解されてさ。ちょっとおしゃれさせられちゃったよ。」

「...誤解されてもいいのに...」

「ん〜?よく聞こえなかったぞ少年。もう一回大声で言ってくれないか?」

本当は聞こえてるが、面白いのでからかうことにする美穂。

「い、言えるか。んなもん...」

「ふっ...プロポーズのつもりか?」

「やっぱ聞こえてただろ!」

「年の差を考えるべきだ。」

「わ、わかってるさ...」

「...お前が大きくなったらな...」

「...?なんか言った?」

「ん?何も言ってないぞ。」



「ってかさ、本当はあれ聞こえてたんだぞ。美穂姉。美穂姉みたいにからかってやろうと思ったのに...」

「ほう、お姉ちゃんをからかうなんてとんでもない餓鬼だな大吾。」

「...だったら、付き合ってよ。」

「...ぬ?」

美穂がマヌケな声をあげるが全く気にせず大吾は話を続ける。

「俺大きくなっただろ!」

「...ふむ...そうだな...いいぞ。」

「だよな...駄目...って、え?」

「付き合ってもいいぞ。」

「ほ、本当!?」

「...大吾。」

「...?美穂姉。どうしたの?」

「美穂姉じゃなくて美穂って呼べ。」

「えっ...あー...えっと...み、美穂...」

「あっはっは!可愛いなぁ大吾は。」

「う、うるさい!」

「...じゃ、よろしくな。大吾。」

「うん。よろしく、美穂ね...美穂。」

「無理なら構わんぞ。」

「やだ。」

...その様子を見ていた男が一人いた。



「佐助兄ちゃん...大吾に先越された...俺も彼女欲しいわ...」

鈴木佐助(すずきさすけ)。

鈴木三兄弟の長男で働き者。

性格も良く、仕事もそれなりに出来て社会から見ると中の上辺りの人。

野球は見る専門。

「俺だって欲しいさ...あれ、大吾の奴俺達より青春してない?」

「...間違いなくしてるよ。」

「ほ、ほら、お兄ちゃん仕事で忙しいしな。」

「俺もあの人のこと諦めてないし。」

「それは理由にならないだろ...」

「...わかってる...しかし、友達が全員彼女彼氏持ちって言うのがキツすぎる。」

「あ〜...いい出会いしろよ。」

「...兄ちゃんもな」

「おーっす!ただいまー!」

「「おう...おかえり...」」

...大吾の凄くテンションの高い声に、少し落ち込む二人だった。

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