ありさ・イン・ゲームランドだったワタナベ
着いたぞと知らされて車を降りると、伸び放題の草の向こうに廃墟があった。
いや、こんなの聞いてない。
ゲーセンって言われたけれど、真っ暗でボロボロで、どうみても営業してない、やっぱりこの小林って男はなにかたくらんでるに違いない。
誘われるままに中に入ればあんなことやこんなことをされちゃうんだ、でもどうしよう、腕でもつかまれて強引に引っ張られればかなわない、山奥で電波も……ある、ああよかった、探偵ドラマなんかで都合よく電波が無くなる展開を想像してたんで、いざとなれば緊急連絡ができる、まだ何もされてないけど。
「なにしてるの? 入りなよ」
小林さんは裏口から顔だけ出して言った。
まったくこの男は、子供っぽい顔をしてアタシのようなカワイイ女子高生を暗がりの廃墟に誘うだなんて、どうしてやろうか。
なんとかごまかし、かわしているうちに、中から腰の曲がったおばあちゃんが出てきた。眼鏡屋で検査する時みたいなおおげさな黒縁をかけてる。
気が変わったなら終わるまで待つようにと小林さんは言って中に入って行く、直後に建物の電気がついて一気に明るくなった。ちょっと、こんな草っぱらにアタシを放置しないでよ。
覗くと廃墟のような外観とは異なり、きちんと掃除されているようだった、物も多いけれど規則正しく整列されていて、散らかっているという感じはしない。そこはホントにゲームセンターだった、それもかなり年季が入った機械が多いみたい、そしてカワイイキャラクターとカラフルなデザインに囲まれ笑う小林さんとおばあちゃんをみると、不安に思っていた自分がバカみたいに思えた。
「ああなんだ、やっぱり手伝ってくれるんだね」
「ちょ、ちょっと様子をみてただけっ、悪いっ!?」
「悪くはないけど、なんで?」
「い、いや、その、襲われたりするのかと……」
「シャシャシャ! 女はそんくらい慎重でええぞ、ほんで働き者だともっとええ!」
おばあちゃんは察したみたいだったけど、小林さんは首をかしげたままだった。
まぁいいや、とにかく作業の手伝いをしてバイト代をもらわなくちゃ。
そこからは指示にしたがって工具を運んだり、ライトで照らしたり、小林さんが顔を真っ赤にして持ち上げた機械の下に台車を差し込んだりの作業だった。指示と言っても小林さんは「~してもらえるかな」「お願いしたいんだけど」とへりくだってくるのがなんだかおかしかったし、おばあちゃんも「どっちが働き者でイイ女か勝負じゃ」といって何度も機械を運ぶ競争をしかけてきて、すぐに仲良くなった。
「よーし、電源入れるぞー」
小林さんが言うと、どこかほんわかした単調な電子音と共に小さなキャラクターが画面でおどりだした。なんだろう、このキャラクターどこかで見たような、画面の隅に「1981」と表示されてることからアタシが生まれるずっとまえ、それどころかパパだって子供だったくらいの時だけど――
「コイツは『ボウルイーター』、1981年にバナコ社から発売されたこのシンプルな追いかけっこゲームは、日本でのヒットはもとより、海外でも爆発的なブームをおこしたんだ、時代を象徴するゲームとして今も語り継がれる名作だね」
「へぇ、詳しいね、でもこれって小林さんも生まれる前じゃ……」
「そうだね、僕が小学生の頃にはもう設置もほとんどなかったんじゃないかな、でも名作はいつ遊んでも色あせないものなんだ、当時も父親に連れられて入った喫茶店でテーブル筐体を見たときは衝撃だったよ」
「だいぶ年季が入ってそうだもんね、っていうかここは小林さんの店なの? 表にはきったない看板にゲームランドワタナベって書いてあったけど」
「ああ、表はまだ改装してないからね、ここはもともと何十年も前に潰れたゲームセンターなんだけど、格安で売り出されてたものを僕が買い取ったんだ。もちろんゲーム機もめぼしいものは売り払われていたし、故障したガラクタが置かれたまま何十年も経過していたんで廃墟状態だった、そこを会社の休みを見つけては少しづつ整備して、いつかまた楽しい空間が作れたらと思ってね、夢なんだ、ゲームに囲まれてみんなが楽しんでくれる中心にいるなんて、素敵だと思わない?」
「楽しそうだけど、こんな変なところのゲームセンターなんて今時流行るのかな、アタシがよくいく駅前の大きなゲーセンみたいに最新ゲームとか、カラオケとか、いろんなものが無いとお客さんなんて来ないんじゃない?」
「そこなんだよね、時代と共に娯楽も多様化したし、ゲームの役割も変わってきた、普通にゲームセンターとしてオープンしたんじゃお客さんなんて一部のもの好きしか来ないと思う、でもね、ゲーム文化ってのは確実に存在するし、忘れていいものじゃないんだ、だから僕はここを博物館にしたい、ゲーム博物館さ、といってもそんな堅苦しいもんじゃない、みんなで楽しく遊べる場所っていうのは変わらないんだけど、資料的な価値とエンターテイメントの両立を目指していけば、僕のやっていることに意味もあると思うんだよね、別にこれで儲けてやろうとは考えてないんだけど、やっぱりこの筐体達の活躍をまた見たいんだ、さっきも話した『ボウルイーター』も――」
うれしそうにしゃべる小林さんはだんだん早口になっていって、いかにもゲームオタクだなと思った、正直ちょっとついていけないトコが多い。でも男の人ってみんなゲーム好きだし、こうして夢中になれるものや、語れる夢があるのもなんだかうらやましくも感じた。
「こりゃ幸秀、くっちゃべっとらんと手を動かさんか」
おばあちゃんは短めのステンスケールで小林さんのおでこをぴしゃりと叩いた。
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