渡辺のコバヤシ
コンビニを出たところで声をかけられた。
いつぞやの派手なギャルだった。カバンにはもはやどちらが本体かわからないほどのアクセサリーがジャラジャラとぶらさがっているし、爪は相変わらずの鋭さだ。
どうやらあの時の100円を返したいらしい、借りをつくったままだと気が済まないんだとか。ああそうだ、このコは見かけによらずきっちりした所があるんだった。
もともと貸したつもりもなかったので、別にいいよと断ることもできたけれど、受け取ることで彼女の気が晴れるならばと手を伸ばす。その気になれば殺傷能力もありそうなラメの入った長い爪が触れたと思ったら、一枚の硬貨が手のひらに落とされた。
よし、これで貸し借りなしで彼女の気分もすっきりしたことだろう。そう思って顔を上げると、彼女はすっきりどころかフルーツを取り上げられたチンパンジーの子供みたいな顔をしていた。アイメイクとあいまって黒々とした目じりも悲しげに下がり、なにかこっちが悪いことをしているように思える。
心配して声をかけるも「大丈夫ッス、自分のこだわりッス」を新米力士のように繰り返す彼女の意思は固そうだ、しかし……
ああ、そういえば先日引き取った筐体の設置がまだだったな。思い出した僕は、ちょうど人手も欲しかったところなのでバイトを提案してみた、別に誰でもよかったんだけど、いつもバアちゃんを頼るのも気が引けていたところだ。
結果として彼女はバイトを承諾し、僕が運転する軽トラの助手席に座って移動をはじめた。ちなみに彼女は北村 ありさという名前らしい、芸能人のような可愛らしい名前だ。僕の名前、小林
出発してすぐに困ったことになった、話題が無い。はじめこそゲームの話やこれからの作業についての話もできたけれど、根本的に共通の話題に乏しい、そして時間の経過にしたがって彼女は難しい顔をするようになり、何か考え事をしているようだった。
「オホン、学校は楽しいか」などと年頃の娘との会話に困る父親のような話題をしぼりだそうかとも思ったが、余計に空気が悪くなる気がした僕は結局黙っていることにした。
次第にお通夜のような空気になっていく車内で変な汗が出てきた頃、ようやく目的地に到着した。僕は重い空気に耐えかねて、早く外に出たいと勢いよくドアを開け放ち転げるように飛び出した。
助手席のドアを開け、何故か殺し屋のような目をしていた彼女に到着を告げる。凶悪犯が立てこもる現場に突入する特殊部隊さながらに周囲を警戒しながら彼女はついてきた、正直早く歩いてほしかったが、まぁ女の子だし、ギャルだし、いろいろあるんだろう。
ゲームセンターワタナベの裏口に回り鍵を開ける、少々カビ臭さが気になるものの、廃墟状態だった以前と比較するとかなりマシになった。さて、正面入り口を開けて搬入するか、そう思って振り返ると、アルバイトに来たはずの彼女ははるか後方にいた、どうしたんだろう。
「なにしてるの? 入りなよ」
「う、うん……いや、でもなんていうか、思ったより暗いっていうか
「うん? ああ大丈夫、外観はボロいけど中は掃除してあるし、お化けにも出くわしたことないよ」
「いや、そうじゃなくて、危険なのはお化けじゃなくって小林さんというか、なんというか」
僕が危険? なんのこっちゃ、つい数時間前にバイトするって言ったのに、乙女心と秋の空か、いやいや今は夏の正午過ぎだぞ。
「あれぇ、幸秀かぁ?」
薄暗い店内からしわがれた声が聞こえた、バアちゃんだ、いつも一人で入っては機械いじりをしている。なにかあったときのため、と合鍵を渡したはいいけれど、積極的にかよってマシンメンテナンスをするとは思っていなかった。
「バアちゃん来てたのか」
「おう、断線しとった『おしゃべりフクロウ』直しておいたぞ」
「それは助かる、でもいるなら電気くらいつけてよ」
修理は懐中電灯で照らすから同じだと言いながら出てきたバアちゃんは、もう80近いにも関わらず、ここでメンテナンス技師として働いている。
はじめは趣味として、機械整備の仕事をしていたジイちゃんの見様見真似ではじめたのだが、古い筐体と相性がいいのか機械の不具合を次々と修理し、生産終了した部品でもちょっとしたものなら自作してまかなうほどの腕前だ。
「おんやぁ? 誰だアレ、幸秀は嫁連れてきたんか?」
僕の後方にいたキャミソール姿の女子校生を見つけてバアちゃんは続ける。
「それにしても派手なカッコだぁな、半裸じゃねえか、ありゃ腰冷えちまうよ」
「嫁じゃない、バイトのコだよ、ああいうのも若いコでは流行ってるみたいだよ」
「シャシャシャ、ギャルっちゅうんだろ、バアちゃんわかってるよそんくらい」
シワだらけの顔をさらにしわくちゃにして笑うバアちゃん、この人は底抜けに明るく冗談好きだ。
「……ホントに嫁にはこんのかな」
「言っとくけどあのコに変な事は聞かないでよ、大事な労働力なんだから」
バアちゃんにくぎを刺してから、店内照明の電源をオンにする。
さっきまでしぶっていた北村さんも、いつの間にか気が変わったのか店内を覗いていた、入るように言うといきなりつまづいて顔から転んだので、僕は段差があるので気を付けて歩くよう促す。
「言うのが遅いっ!」
鼻をおさえた彼女に怒られた。
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