ありさ・イン・ライトウェイトトラック

 国道沿いのコンビニで偶然見かけた、あの時の男の人だ。


 よくドラマなんかでは「あの時助けてもらったカレのことが忘れられなくて」とかいって恋に落ちて、夜も眠れなくなったりするけれど、アタシにはあの人に特別な感情は湧かなかったし、積極的に探していたワケでもない。もちろんまた会ったらちゃんとお礼を言おうとは思ってた、アタシってけっこう義理堅いんだ。


「あ、あのっ!」


 アイスコーヒーを片手に店を出た彼に声をかけた。


「ん……ああ、あの時の子供か」


 なんだろう、人違いでないにしろ、反応が薄い。女子高生に話しかけられたんだから、男としてなんかこう、もっとないの? ああそうか、子供って言ってるし、もともとそういう目で見られていないのか、アタシだってこの人をそういう目で見てはいなかったけど、なんだか悔しさにも似た感情がわいてきて、機械的な発声をする。


「……あの時はアドバイスと100円アリガトーゴザイマシタッ」


「いえ、どういたしまして、ちゃんとお礼が言えるなんて偉いね」


 褒められてはいるけど、相変わらず子供扱いされている気がする、お礼が言えて偉いねなんて言葉、アタシが幼稚園児の頃にママに言われたのが最後じゃないかな。

 この変わった男に興味が出てきた、ただ何度も言うけど恋愛感情じゃない、男友達とも周囲の大人とも違うこの人がどんな人なのか、それが知りたかっただけ。


「オニ―さんは大学生ですか?」


「いや、社会人、メーカーの営業マンさ、というか気をつかわずにおじさんって言っていいよ」


「なんかおじさんって感じじゃないんで、オニ―さんで」


「そうなんだ、うん、ありがとう、と言っておこう」


「それで100円っ、肩代わりしてもらったんで」


 財布から硬貨を出してオニ―さんに突き出す。

 少し考えたような間があったけれど、彼は手を出して受け取り、ふっと微笑んだ。


「別にいいのに、義理堅いんだね」


「義理堅いんです」


 思わずオウム返しにこたえてしまったのは、それまで感情らしいものが見えなかった彼がはじめて微笑んだからだろうか。意外にカワイイ人かも、そんなちょっとした発見に喜んでしまう。そうした感情をかみしめていると、今度は彼の方から質問がはじまった。


「こないだはだいぶ入れ込んでたみたいだけど、ゲーム好きなの? それともあのキャラクターのファン?」


「あ、うん、ファンっていうか、一目で気に入って、ゲーム自体はそこまで……」


「苦戦してたもんね、あの後のカラオケのお金はあったの?」


「ううっ、実はケイに、あっ、あの一緒にいた友達なんですけど、借金してるんです」


「そうなんだ、まぁでも欲しいものが手に入ったわけだし」


「うん、それはそうなんスけどねぇ……」


 カラオケを終えて精算時に、財布を開いたら小銭しか出てこなかったことを思い出す。カラオケ代は別に確保していると思ったとケイには呆れられ、そのまま人生初の借金をした、アタシって熱中しすぎると後先考えられなくなるんだ。


「ああダメだ、今月をあと数十円で乗り切らなきゃいけないことを考えたらユーウツになってきた」


ため息とともにそんな言葉を吐き出した。


「いや、そんなんだったらこの100円はとっておいてよ、もともとあげたモノだと思ってたし」


「やっ、それはできない、部屋じゅうひっくり返して発見した100円はアタシの義理の象徴でもあるんで、それを渡さずにひっこめるなんて女がすたるってモンです」


「ははっ、なんだかよくわからないけど、決意は固そうだね、ああそうだ、ちょっとアルバイトしない? 今日だけでいいよ」


「バイト? 言っておくけどエロいのとかはナシっスよ」


「ゲームセンターなんだけど、これから筐体設置するんで補助して欲しいんだよ」


「設置ってアタシこれでも女のコなんで、重いもの運んだりとかは」


「ああ大丈夫、力仕事は僕がやるから、キミには工具とってもらったり、配線をまとめたりして欲しいんだ」


 確かに金欠だったし、一日でサクッとバイト料が入るならば魅力的な提案だ、どうしよう。まぁでも一応顔見知りになった人だし、ゲーセンの店内作業ならそんなに無茶なことは要求されないかな、そう思って引き受けることにした。


「バイト代は今日出るんだよね、じゃあ、やります」


「おっ、助かるよ、まぁバイトといっても知り合いのオニ―さんの手伝いってことで、お礼にお小遣いをもらうってくらいに考えてよ」


「女子高生にお小遣いって、オニ―さんやっぱりなんかエロい感じっスね」


「……キミの発想のほうがオッサンくさいよ、まぁいいや、僕は小林、よろしくね、望むならエロオニ―さん小林と呼んでくれて構わない」


「じゃあアタシはありさなんで、オッサンありさですね」


二人は初めて同時に笑い、バイトの詳細を確認した後に一旦別れた。




 待ち合わせ場所に集合すると、停めてあった軽トラの中から小林さんが出てきた。

 指示されるままに助手席に乗ってシートベルトを締める、説明された話だと、ゲームランド ワタナベっていう郊外店の入れ替え作業で、時間にして3時間で5000円もらえるらしい、送迎付きだと考えるとなかなかオイシイ条件。


 車が走り出してしばらくは作業内容の確認とか、ゲームの話とかをしてたけど、次第に話すこともなくなったのか小林さんの口数も少なくなっていった。さらに車はいつのまにか人気のない山道に入っていく、いくら郊外とはいえこんな道を通る必要があるのかな。




 ……なんだかヤバい気がしてきた、ガタガタと揺れる車内でハンドルを握る小林さんも今は無害そうな顔をしているけど、男なんてみんなオオカミなんだと昔の人もいっていた気がする。

 あれ、ひょっとしてアタシ、騙されてる? よく考えてみると、今日名前を知ったばかりの大人の男と車内で二人っきりって相当アブない状況なんじゃ……


「やっ、やっぱり今日は急用が入る感じなんでやめとこっかなー、なんて」


 アタシがそう言うと走っていた軽トラは停車して、小林さんは無言のまま車を降りた。


 あ、怒らせたのかな、まさかこのまま車から引きずりおろされて、数日後には夕方のニュースに身元不明の遺体として登場しちゃうんじゃ。サイアクの考えが頭をグルグル回っていた。


ガチャッ


 アタシが座っていた助手席のドアを小林さんがゆっくりと開ける、アタシはいざという時のため、カバンの中の一番長くてとがったヘアクリップを握りしめていた。

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