休日のコバヤシ
「小林君、ゲームなんて28歳の男の趣味としては、いささか子供っぽいんじゃないか」
昨日の飲み会の席で部長に言われた。
別に酒やクルマ、女遊びが男の趣味の模範という時代じゃないが、と前置きされたありがたいお話は30分続いたが、そうした前置きにある遊びこそ男の趣味だと彼の顔には書いてあった。
もっともこうした話はいつもの事なので「今度女のコのいる店に連れてってくださいよぉ」と社交辞令にも似た社内営業を部長にして帰路に就いた。
今日は休日だったので昼過ぎにのそのそと起きた。支度を済ませて家を出ると、支店止めにしておいた荷物を宅配会社を受け取り、大型アミューズメント施設の駐車場に車を進める。入店するとゲームセンター特有のガチャガチャした電子音の世界が押し寄せる、この騒がしいはずの空間には不思議と昔から安心感をおぼえた。
元来ゲームが好きだった。生まれたときからゲーム好きの叔父が近くにいたし、子供の頃は父親も家庭用ゲーム機でよく遊んでくれた。当時の自分にとっては、見渡す限りのビデオゲーム筐体や大型体感ゲーム、まばゆい輝きを放つメダルが飛び交うコーナーが並ぶ、こんな大型ゲームセンターなんてまさに夢の国だった。
大人になった今でもこの雰囲気は変わらず大好きで、対戦格闘ゲームで100円を消化した後はベンチに座り、他の客が興じるゲーム画面とプレイヤーを交互に眺めていた。
いつの間にか目の前のクレーンゲームに悪戦苦闘する女の子がいた。
格好からすると高校生か、明るい髪色と過度なまでにちりばめられたアクセサリー、ギラギラと輝く爪は殺傷能力も高そうな、いわゆるギャルファッションの派手なコだ。
もともと僕とは違う世界のコだろう、自分の学生時代からこういう派手な女子はいたけれど、どうにも苦手だったし接触を避けていた、向こうだって僕みたいに冴えない地味な男には興味もなかっただろう。
大人になった今では苦手という意識は無くなった、まぁ相手が「子供」というくくりに含まれるような年齢差がついたおかげだろう、そんな子供がクレーン操作にてこずりながらくるくると表情を変える様は微笑ましくも思えた。
……それにしてもだいぶ使ってるな、しかも全然獲れる気配が無い。
クレーンゲームにも多少の心得はあった、少なくともあのコよりは上手く狙えるだろう。さっきから同じ場所でぬいぐるみを持ち上げようとしているが、自分からみてもあの方法じゃ100回やったって獲れやしない。アームの強さから察するに数回に分けてスライドさせて獲得する方法を狙う台だと気づいた。
別に下心なんてなく、善意で話かけたって「なにこのオヤジ、キモい」なんて思われて不気味に思われるだろう。嫌われるだけならまだしも、不審者による未成年への声掛け事案なんてことになれば笑い話にもならない。
でも、無為に100円を消費していく彼女を黙ってみていることもできなかった。
僕も子供の頃、アニメキャラクターのぬいぐるみがどうしても欲しくてクレーンゲームに1000円使ったんだけど、結局とれなくて泣いたっけ。あの時は見かねた店員さんが景品を落とし口の真横に移動してくれたんだ。
あの時の店はもうないけれど、かつてのゲーム少年だった僕が今度は助ける番だ。妙な使命感に動かされ、普段は決して話しかけることのないタイプの女の子に声をかけた。
「もっと奥を狙ったらいいよ、今なら重心が手前にあるから転がせばチャンスがある」
「狙ったらいい」なんてちょっと偉そうに言ってしまった、言葉を戻すことはできないけれど、見知らぬ男から突然上から目線で言われたらなんだコイツと思われるだろう、実際横にいる彼女の友達がきょとんとしているのはわかった。
その後も何度か挑戦を続けかなり獲得に近づいた、しかし軍資金が尽きたのであろう、筐体の前でまごまごする彼女を見て黙って100円を入れた。
あの時の自分がそうであったように、自分の手で獲得する喜びは他人から与えられるものより何倍も大きい、それを味わって欲しかった。
不細工な猫のぬいぐるみが取り出し口に落ちてきた。飛び跳ねて喜ぶ彼女をみて今日はいいことをしたなと思った。直後に店内でカラオケ順番予約の呼び出し放送が入る、それがどうやら彼女達のことだった様子で、連れ立ってぱたぱたと小走りにカウンターに向かっていった。
子供は元気だな、そんな気持ちで遠ざかる後ろ姿を見守っていると、ぬいぐるみを抱えた彼女が何かに気付いたように突然振り返り、ぺこりとおじぎをしてみせた。
なんだ、思ったよりもちゃんとしたコなんだな。少し意外な一面に関心し、なんだかうれしくなった。
店外に出ると日も暮れた時刻だったが、ドアを開けた車内には未だ熱気がこもっていた。僕は国道を流れるヘッドライトを眺めながら窓を1/3程開けた。
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