ありさ・イン・クレーンゲーム


 一目ぼれってヤツだと思う。


 週末夜のカラオケは混んでいた、待ち時間をつぶすため、なんとなく併設のゲーセンをウロウロしていたらソイツを見つけた。


 クレーンゲーム筐体の中に収められたピンク色した丸っこい猫のぬいぐるみ、ちょっと反抗的な目つきがアタシに似ている気がした。

 カワイイ! 一目で気に入ってそこから動けなくなった。これはもう運命の出会いだ、何か惹かれるものを感じて100円を投入した。


 アームで掴もうとしたけれど、どうにもうまくいかない。持ち上がったかと思うとスルリと抜け落ちて転がる猫、目が合うとなんだかちょっとバカにされている気もした。

 アタシって負けず嫌いな性格なんだ、意地でもこのコを連れて帰る、そう思って千円分のコインを一気に入れてやった。


 でも結果はただ同じようなところを転がりまわる猫を見ただけ。ちょっと店の設定キビし過ぎるんじゃないの? 客に獲らせる気あんの? 乱暴にボタンを押してみるけれど、当然成功するはずもなく財布の中身も寂しい状況になった。


「あ、ありさ、こんなところにいたんだ」


 友達のケイだ、高校では同じクラスの仲良しで、今日も一緒にカラオケに来ていた。ありさってのはアタシの名前、けっこう可愛くって気に入ってる、こういうセンスは親に感謝しなきゃね。


「あ、クレーンゲーム? ……この大きな獲物は難しそうだね」


 ケイが筐体を覗き込んで眉間に皺をよせる。ちょっとやらせてと彼女も100円を投入したが、結果はアタシと大差なく終わった。

 もう合わせて1800円も使ってるのに全然手ごたえが無い、そう話したらケイは今日一番大きな声を出した。


「ええっ、ありさそんなに使ってるの!? もうこれはネットオークションとかで買った方がいいよ、絶対!」


 確実に手に入ることを考えれば真っ当なケイの意見だったけど、アタシはこのまま引き下がるのは負けた気がするし、どうにか今日中に自分の手で解決したいと考えていた。店員に話せば獲りやすい位置に動かしてくれるだろうか、うーん、でもなぁ……


「もっと奥を狙ったらいいよ、今なら重心が手前にあるから転がせばチャンスがある」


 横から知らない男が話しかけてきた、とはいっても視線はぬいぐるみに集中していてアタシとは目も合わさない。なんだこの人、ナンパ? って感じでもないけど、クレーンゲームオタクみたいな人かな、見たところ大学生くらい、怖い人でもなさそうだけど、ちょっとよくわからない。


 まぁなんでもいいや、目的が達成できれば。そう思って言われた通りに奥側を狙ってボタンを離す。


 動いた、丸っこい体が転がった、もう少し、もう少し転がって穴に落ちれば獲得だ。


 ……でもちょっと足りなかった、ぬいぐるみの間にひっかかってふんばってる、あきらめの悪い猫だ。でもあとちょっと、もう一回動かせば落ちそう。


 ぬいぐるみの隙間にアームを差し込むように狙ってみる、だいぶ操作感覚もつかんだのか思った通りの場所にツメが刺さった。よし、ここを動かせば……


 あぁ、ダメだ、がっちり固定されててビクともしない、止まった位置が悪かったのかな、横にいたケイもまた眉間に皺が寄っている。


「あきらめるな、獲れるぞ」


 さっきの男が言う、相変わらず視線はぬいぐるみを見たまま。うん、たしかにもうちょっと、ここであきらめたら女がすたるってモンよ。


 あ……


 いつの間にか財布からお金が無くなっていた。アタシのダイエットはちっとも成功しないのに、財布だけはこんなに簡単に痩せ細っちゃうなんてね。残金は32円、これじゃ1ゲームもプレイできない、どうしよう、ここまできて。


 こうなったらケイに借りようか、いやいや、さっきあのコも金欠って言ってたし、そもそも借金だけはしないって決めてるんだ、アタシはそんな女じゃない。


 うーん、この男が気を利かせてプレゼントしてくれないかなぁ、アタシも花の女子高生なワケで、この男だって多少なりとも下心があったからアドバイスしてくれてるんじゃないかなぁ。


 チャリン


 そう考えると同時くらいに、男は100円を投入していた。おっ、ヨシヨシ気が利くじゃない。自分がカワイイ女子高生で良かったわ。なんて思っていたら、男はそこからボタンにさわりもしない、なに、獲ってくれるんじゃないの?

 ここで男ははじめてアタシと視線を合わせた。


「もう一度やってみて、今度はさっきよりだいぶ右、アーム一個分程右を狙うんだ」


 ……なるほど、あくまでアタシに獲らせるってワケね。


 がんばれと応援するケイを背に、今度は慎重にゆっくりとボタンを押した。

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