夏の始まり

6月

「ねぇ、芽衣?」

「なぁにー」

「私ちょっと思ったんだけど、芽衣もしかして、、、」


 沙良が私の目を覗き込むように聞いた。

「好きな人いる?」


 一瞬心臓が止まるかと思った。途端に顔がカーッと熱くなる。

「べ、べつにいないわよ」

「ふーん。ま、そういうことにしとこうか。話は変わるけどさ、A組の北原っていたでしょ。あいつが今度の日曜日にテニスの大会があるらしくって、応援に来いってうるさいんだよね」


 テニスの試合と聞いて中学時代の武藤君のことをちょっと思い出したけど、もう胸のあたりが痛くなることはない。もう半年以上前のことだものね。


「でさ、祝勝会か残念会があるみたいなんだけど、そこのカラオケご食べ放題のおごりっていう条件で、芽衣と一緒に応援に行く話になってるんだけど?」

「なにそれー」

 でも、テニスコートってなんだか懐かしい。どうせ休みの日は空いてるし。

「もちろん私の分もおごりだよね?」

「当たり前じゃん。じゃぁオッケーしとくね」



 日曜日、朝からセミの鳴き声が近い。

 昨日夕食の買い物の時に買ってきたレモンを、夜のうちにはちみつ漬けにして冷やしておいたタッパーを冷蔵庫からだしてきて、一切れ味見をした。

 うん、いい感じ。

 日焼け止めをバッチリぬって、ノースリーブの白いワンピースを着た。ブルーのカーディガンをひっかけ、日傘をさして家を出た。

 沙良と合流すると何故だかミチルも一緒にいた。

 二人だけだと思っていたので少しびっくりして

「ミチルも一緒だったの?」

 と聞いたら「俺がいちゃ悪いのかよ」といいながらも顔は笑っている。清水さんと会ってから、どういう顔をして会ったらいいか分からなかったけど、たった一言で今まで通りに戻った気がした。「ううん。ミチルがいるほうが楽しいよ」といってからなんだか恥ずかしくなって、沙良に「じゃ、行こうよ」と腕を組んで歩きだした。

「お前ら、ほんと仲いいーな」とミチルも笑いながら言ってくれた。


 テニスコートでは、すでに選手が準備をしていて、そこかしこからボールを打つ音が聞こえている。うちの高校を見つけると、キャプテンらしき人が部員を前に話をしている。今日は個人戦らしくって全員が試合に出場するみたいで、一年生の北原くんの顔もその中にあった。聞かれたらちょっと怒られそうだけど、普段と違って真剣な顔をして、別人みたいだなぁと思った。ミーティングが終わり、それぞれの試合コートに移動し始めると、北原くんが私達に気付いてやって来た。

「うわー、ホントに応援に来てくれたんだ。これじゃ張り切らないわけにいかないなぁ」

 さっきとはうって変わって、いつもの北原くんだ。

 ミチルが「約束忘れんなよ」というと、「ちぇっ、お前こそな。じゃ行ってくるわ」

 そういってコートに入っていった。


 試合はあっという間に終わって、ほとんどポイントが取られることなく北原が圧勝していた。周りを見ると他校の生徒が北原の試合をチェックしていて、他のコートよりも見物客が多い。

「ねぇ、北原って強いの?」沙良がミチルに聞くと、「おまえなぁ、あいつ中学で全国大会に行ってたろ」

「そうなんだ、興味なかったし。それより北原と言ってた約束って何なの?」

「うん、、まぁちょっとした賭けだ」


 北原くんは午前中にもう2試合あって、難なく勝ち進み3回戦を突破した。

 お昼を挟んで一時間後、午後のゲームが開始されるようだ。すでにチームの半分は負けていて、一年生で勝ち残ってるのは北原くんだけ。


 私達は買って来たお弁当を木陰で食べていたら、北原くんがお弁当をもって私たちのところへやってきた。

「おい、ミチル俺も混ぜてくれよ」

「なんだ、お前チームのメンバーと一緒にいなくていいのかよ」

「個人戦はチームといえど敵なんだよ。なによりせっかく応援に来てくれたのに、試合ばっかで全然話しできないし」

「仕方ねえだろ、野球なんてこうやって話も出来ねえぞ」

 そういいながらも、ミチルは北原くんが座る席を空けてあげていた。


「芽衣ちゃんはテニス興味ないの?」

「わたしは、運動苦手なのー」

「俺が今度教えてあげるから、一緒にしようよ」

「遠慮しとくー。これで許してね」

 そういってカバンからレモンのはちみつ漬けをだした。


「うぉーー。これ芽衣ちゃんが俺のために作ってくれたの?次の試合、芽衣ちゃんのために勝つ」

「うぜーよ、北原。とっとと食ってアップしとけよ。」

「沙良ちゃんと芽衣ちゃんと話してるほうがリラックスできていいんだよ。お前はいらん」

 バカなことを言ってても、コートの上での北原くんは流石にカッコよかった。

 昼からも勝ち上がり、ベスト16に入った。

 うちの高校では3年生が二人、2年生が一人と、1年生の北原くんが残った。


 ここからはコート4面で行われるため、今まで四方からボールを打つ音響いて騒がしかった周りのコートもシンと静まり、たった4つのボールの音だけが響いてる。

 試合が終わった女子部員の応援も駆けつけだしてギャラリーの数が凄いことになっていた。意外と?他校生でも北原君の応援する女の子がいたりして、「あの子カッコいいじゃん、応援しようよ」って喋ってる子もいる。

 北原くんは一年生でシード権がないということで、なんと優勝候補の選手と当たるみたいだ。今までは何となく北原くんの試合見てるだけみたいな感じだったけど、ここにきてチームの応援合戦があったり、ガゼン盛り上がってきた。


 でも、北原くんは健闘したけど・・・。

 大金星を上げることはできなかった。


 










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