第4話 ラトルブの森





「言っちゃった…。」


「言いましたね。」


「魔王軍の前で。」


ネル、ミルノ、テトリアが大通り脇の民家の影から縦にしたお団子のように顔を出して言う。


「ど、どうするの?どうなるの?」


「そうは言われても…、っていうか頭を押さえるの止めてくれます!?」


「どうせいつかはバレる。…けどちょっと早すぎ。」


テトリアの言い分はもっともだ。

遅かれ早かれ魔王軍に勇者の存在は発覚する。

魔王が生まれれば勇者もまた生まれる。それがこの世界の常なのだが。

それにしたってここで出会うのは早すぎた。




…。





(言った。言ってしまった)


顔面蒼白の状態でガクガクと剣を構える勇者。


(もう後に引けない?や、や、やるしかない!?)


「あは…、はは…、なんで文句あるかぁ!なんて言っちゃったんだろう…僕。」


半泣きになりながら昔の自分を呪う。



スー



「ひぃ!?」


デーモン・イリスが宙に漂いながら真っすぐ勇者に向かってくる。

それを見てギンジィは猛ダッシュで勇者を守らんと駆けだす。


「勇者殿おおおお!」


スピードを維持しながらハンマーを振り上げる!


(もう外聞など知った事か!一撃で沈めてくれる!!)


「まて。」


その時、デーモン・イリスはギンジィに目も向けず手で制止する。

意外な反応に思わずギンジィも振り上げたハンマーを止めてしまう。

するとデーモンは勇者の顔をまじまじと見始める。


「あの…何でしょうか?」


勇者は冷や汗と震えが止まらない。

次にペタペタと体を触り始める。


「あのクソガキー!!!私の勇者様だぞーーー!!」


飛び出そうとするネルの足をミルノとテトリアが必死に抑える。


ペタペタペタ


体、手、足、顔に至るまであくまでデーモン・イリスは神妙な顔つきで触り続け来る。



「え、ええと…。」


確かに体躯は幼いと言っても出るところは出ているのだ。

勇者も勇者でいつの間にか顔を赤くして、両手をホールドアップ。


…デーモン・イリスはやがて、伝説の剣に触れようとして。


バチィ!


触ろうとした手が弾かれた。

少しだけ苦悶の表情を浮かべている。


「うわ!?な、なんだ?」


勇者も突然の事に慌てふためく。


「す、すみませんすみません。僕の剣が勝手にご無礼を!!」


頭を何度も下げて謝りだす。


(ゆ、勇者殿…、ちょっとその姿は民衆に見せられない、ですな)



「おまえ、ゆーしゃか。」


「え、はい。一応そのつもりです…。」


小首を傾げて問うデーモン・イリスに勇者は戸惑いながらも答えた。


(魔力反応、攻撃反応、共になし。探っているだけか?)


ギンジィは念のためいつでもデーモン・イリスを止められるよう構えている。


(さっきはここで亡き者にしてやろうかとも思ったが、掟は掟…、いやしかし、どうやってこの窮地を凌ぐか…)



「なぜはんまーない?まりょくもない?まおーさまのことばとちがう。」


「え?ハンマーですか?魔力は…確かに今はまだないですけど…。」


「ぶかはひかりをみたといった。まおーさまははんまーでやられたといった。でもおまえはどっちもない。でもけんもってる……あれ?」


デーモン・イリスの頭がフラフラし始める。

混乱しているようだ。


「光?光って…あ、あの魔法!」


(え)


勇者の言葉にギンジィがハッと顔を上げた。


(ま、まさか…防壁での魔法のことか?魔王軍に見られていたのか!?わ、私のせいか!?)


「ゆーしゃはだれ?こいつもこいつもゆーしゃっぽい…。」


勇者とギンジィを交互に見て、プスプスと頭が黒煙が出始める。


その時、


「いたぞー!デーモン達だ!かかれー!」


2人と1体が振り向くとメルフェリアの守備隊と思われる大多数の兵がこちらに向かって走ってくる!


「デーモン・イリスがいる!あいつが頭だ!やれー!」


守備隊の大隊長と思われる男がそう声を出して走ってくるが…、


「うるさい!いまかんがえている!」



ゴォォ!!



突然叫んだデーモン・イリスの周囲から闇が浮き上がり、それは一気に守備隊にまとわりついていく!

闇にまとわれた者達は、瞬時に体中の力が抜けバタバタと倒れ始めた。


(デーモンの闇属性、精神攻撃か。そこそこの兵ではすぐ気を失ってしまうだろうなぁ…)


ギンジィが苦笑する。

そして向き直ると。


「あ!?勇者殿!?」


勇者も泡を吹いて倒れている!


「ううう!わかんない!わかんない!」


デーモン・イリスはポロポロと涙を零して、頭を左右に振り続ける。

この子が「どっちもたおす!」とか言い出さなくてよかった、とギンジィは思った。


「お勉強が足りません。」


と。


不意に予想もつかない方向から声がする。

見ればいつの間にかテトリアが姿を表してこちらへ歩いてくる。


「おべんきょう…、おべんきょう…。」


言葉が届いてたらしくデーモン・イリスが顔を上げる。


「あ、あのテトリアさん?」


ギンジィの言葉はいつも無視される。


「良いですか?分からない事があったらお勉強をしなければなりません。」


「おべんきょう…。」


「そうです。どちらが勇者か分からないのですね? ………………どう見てもこっちなのに。」


最後にぼそりとつぶやいたテトリアの言葉を今度はギンジィが無視する。


「うん、わからない。」


「だめよー?イリスちゃん、ちゃんとお勉強しないとバカって言われちゃんだよ?」


今度はネルが出てきた。


「バカ…、あたしはバカじゃない。」


「イリス、それならおうちに帰っていっぱいお勉強して皆から褒められるようになりましょう?」


と、さらにミルノ。

3人ともものすごい優しい顔をしている。壁に行き詰った子供に解決策をそれとなく伝える母親のように。


「ミルノの言う通りです、ほら、親も待ってますよ。自分の家に帰りましょう?」


と、テトリアは大通りを指さした。


(…まさかと思うが、あのデーモン2体を親と言っているのだろうか?どっちも雄型だよな、あれ)


もうギンジィには何が何やら分からない。


「べんきょうすれば…、どっちが勇者かわかるのか?」


「うん!きっと分かるよ!っていうかすぐ分かって欲しいんだけど!」


ネルがイリスの手を握って言う。


「分かった。今日はいえに帰る。……また来るから!」


(んんん?)


ギンジィが違和感に気づく。

この子の言葉が段々と明瞭になっているような。


(そういえばデーモンの学習能力の高さはモンスター随一だったような…人と喋るだけで学習してるのか?)


「はい、またお会いしましょうイリス。答えを待っていますからね。」


「うん、また会おう!分かったら勇者倒す!」


その言葉に少しだけ3人の眉がピクリと動いた。


「あらあらー?イリスちゃん、倒すのはダメだよー?」


「そうです。イリスさん。倒すのはダメです。」


「イリス?人にケガをさせてはいけないのよ?」


「そうなのか?でもあたしは魔王様に言われて…。」



その言葉を遮ってテトリアがずいっと前に出た。


「イリスさん、魔王の言葉は嘘だらけです。何故人を襲ってはいけないのか、それについては今度私が教えますからまた来てください。」


「わ、分かった。」


圧倒されたのか、コクンとデーモン・イリスは頷くとフワッと宙に浮く。

そして何だか憑き物が落ちたようなスキリした表情でこちらを向き、


「またな!」


そう告げてイリスはデーモン2体のところへ向かっていき、二言三言何か話すと3体は揃って破壊した北門から出ていった。



…。



「勇者様、起きてーーー!!」


泡を吹いて倒れている勇者にネルは泣きながら抱き着く。


「人工呼吸なら私がやる。」


テトリアが勇者の顔に自身の顔を近づける。


「ダ・メ・です!まずはお医者様です!!」


そしてテトリアのマントをミルノが引っ張る。

とにかく理解が追い付かない事だらけだったが、この魔女っ子3人はあのデーモンを説得したという事になるのだろう。








…。









「面目ない!恥ずかしい恰好を見せてしまった!」


宿のロビーにて開口一番、勇者は頭を下げた。


「いえ、勇者殿はご立派でした。よもやあのデーモン達に対して真向から勇者宣言するとは…。」


ギンジィが首を振って勇者をフォローする。


「そうだよ!格好良かったよ勇者様!」


「ええ!勇気を振り絞って飛び出していったあの背中を思い出すだけで惚れ直してしまいそうです。」


ネルとミルノの言葉にテトリアもこくこくと頷く。


「ギンジィも凄かったよ!何喋ってるのか聞こえなかったけどすごいね! 勇者様ほどじゃないけど!」


と、今度はこちらを見てネルが騒ぐ。


「確かに…。デーモン3体を前にして一歩も引きませんでしたね。 勇者ほどではないですが。」


テトリアもこくこくと頷く。

その最後の接尾語はなんなのか。


「それにしてもギンジィには何だかんだいつも驚かされるな。レベル3とは思えないよ。」


「い、いえ!そのような事は!」


「ギンジィ、皆の話を聞くにどうしてあの黒いモヤに耐えられたんだ?僕なんか一瞬で気を失ってしまったよ。」


「あ!あれはその…、ええと…。」


「鈍感だから。」


ズゴゴー、とテトリアがストローでジュースを吸い上げながら言う。


「そう!鈍感だからです!いやー、ははは、たまには鈍感も役に立つものですな!」


(ナイスフォロー、テトリアさん!)


心の中でテトリアに感謝する。


「そうか、鈍感…、鈍感…、やはり筋肉…。」


勇者は鈍感という言葉を繰り返し、何故か筋肉という結論に至っているがあえて突っ込まない。




「でもあの子可愛かったよねー、イリスちゃん!お人形みたい!」


ネルは椅子のクッションを抱きしめながら言う。


「イリス型のデーモンは生まれ持っての美貌を持つと言いますからね。」


「ずるい。」


「また来てくれるかなぁ?」


微笑むネルにミルノは呆れる。


「はぁ…一応、私達人間の敵、それも魔王直下ですからね?今回はたまたま上手くいったものの…。」


「でもまたなって言った。多分また来ると思う。」


テトリアが机に突っ伏しながら言う。


(そもそもまた来てと言ったのはテトリアさんでは…)


「僕は途中から気絶していたけど、確かに話し合いは出来るんだよなぁ。」


勇者はまた思案する。


「勇者殿?」


「ん?ああ、ごめんごめん。何でもないよ。」




ギィ




談笑もそこそこに、ギンジィは一人、今回の窮地を乗り切った事への安堵感とわずかな疑念を持って宿の小さなテラスへ顔を出す。


(ううむ…、またあのイリスが来たら今度こそどうする?それまでにやはり勇者殿は成長しなければならないか…)


(しかし、まさか親父が先代の魔王を自分で倒してしまうとは…、最後こそサポートに徹するのが使命ではないのか?)


(今すぐ問い詰めたいところだが、旅の道中。まずは自分の任務をしっかり果たさねばな…)


フー、と。


空を見上げてギンジィは一つ息をついた。













~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

テトリア(氷の魔法使い)15歳 レベル2


装備:初期魔導士の杖

  :とんがり帽子

  :ローブ

  :金のイタリング(ただのアクセサリー)


所持魔法:フリーズ

    :アース・フリーズ


パーティーの5人目の仲間。勇者がかっこいいという理由でパーティーに志願。

勇者の2つ返事で承諾される。ショートヘアの青い髪を持つ、行動原理が不明で突発的に大胆な行動をする事もしばしば。

魔法使いとして氷属性の魔法を使う。射程距離が短くダメージもそこまで大きくはないが間接的に相手の行動を封じたりと用途は多い。

ギンジィからは『勇者の嫁候補その3』と見なされている。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~













「お金がありません。」


とある日、ロビーで皆がお茶をしていると唐突にギンジィは言った。


「え?」


皆が振り向く。


「お金?うっそだー!昨日だって依頼をこなしたじゃない!ほら…ネズミ駆除!」


人指し指を立ててネルが言うが、ギンジィの表情は険しい。


「ええと、勇者が旅立つ際に渡してくれた王国の特別給付金!まだそれがあるんじゃないですか?」


ミルノが取り繕うに言うが、やはりギンジィは首を横に振った。


「宿代もそうですが、修行の費用が特にかさんでおります。王国から回された給付金はほとんど底を尽きています。」


「まじですか。」




金貨と銀貨と銅貨をそれぞれ数えてみる。


「しめて…、28ゴールドと少し、ですね。」


ミルノが絶望した表情で言う。


「すまん、俺がちゃんと見ていれば…。」


勇者は申し訳なさそうに言う。


「これ、宿代で言うと何泊分くらいなの?」


ネルは首を傾げた。宿代すら把握していなかったらしい。


「9泊分くらい。」


テトリアが答える。


「なーんだ、まだまだ泊まれるじゃないー!」


「…ネルさん、修行代とか食費を入れると3泊分もないですよ。」


ギンジィは言って肩を落とした。


(本当は予備費用として私の袋の中に200ゴールドくらい入っているが、今はまだ出すべきじゃないな)




「なによー、あんた達。お金ないの?」


と、そこへ店主が声をかけてきた。

今更だが名前はフリフさんと言う。


「はい、結構使ってしまっていたみたいで。」


勇者が苦笑する。


「ふーん…、あんた達はもう2週間も泊まってくれてるし、何とかしてあげたいわねぇ。」


「宿代タダで!」


バシッ!


ネルの頭にスマートなミルノの突っ込み。


「んー…、あ!じゃあ私のお気に入りの茶屋があるんだけど、そこに行ってみない?」


「茶屋?」


テトリアは首を傾げた。


「ごめんね、あんまり大きな依頼じゃないかもしれないんだけど。そこの茶屋のおばあちゃんが珍しいハーブを探しているのよ。でもどこのお店を見ても置いていないらしくて。」


「ハーブねぇ。確かに物によっては物凄い価値がありますね。例えばビルゼンのハーブ、500グラムで時価50ゴールドとか…。」


「ミルノは物知りだなぁ。」


勇者が感嘆する。

不意に褒められてミルノは顔を赤くした。


「まぁ行くだけでも行ってみて、別に強制はしないし、ね?」


お世話になっているフリフさんの頼みとあっては、断る気も起きなかった。




…。





「むむむ…。」


ミルノは顔を顰めて、茶屋のおばあちゃんから手渡されたハーブカタログとにらめっこをしている。


「そ、そんなに難しいの?」


勇者が恐る恐る尋ねる。

茶屋のおばあちゃんに事情を説明し、それならこれを取ってきて欲しいとカタログを見せられたわけだが、ミルノはそこから難しい表情を崩さない。


「んんんんんん…、まさかブルアランのハーブだとは…。」


「ブルアラン?」


全員が聞き返す。


「知らないんですか?冒険者が使う上級魔具の材料にもなる高級ハーブですよ?独特な香りと味はとびっきりの珍味であると言われています。」


「最上級って…、そりゃメルフェリアの市場にもないわけだ。」


苦笑して勇者は頭を掻く。


「採取しようにも、都合良く生えていないのでは?」


テトリアは呆れたように言う。


「ギンジィ、何か心当たりないか?」


「うーむ、…私も聞いた事ありませんな。」


「おばあちゃん、どうしてこれが欲しいの?」


ネルが問う。


「もうすぐタニアに住んでいる孫が結婚式を挙げるのよねぇ…、もうあんまり会う事もないけども。ブルアランはお産にも良いって聞くから…、何とか贈ってあげたいと思ってねぇ…。」


「うーん。」


一同はそれを聞いて尚も唸った。


「あっ。」


テトリアが顔を上げた。


「魔法ギルド、何か分かるかも。」


「ああ、良い案ですね。あそこには薬剤師もいらっしゃいましたし。」


ミルノも賛同する。




…。




「ブルアランって高級ハーブですよ~?そりゃあ気候的にはメルフェリア地方にもあるかもしれないですど~。」


ギルドの薬剤師は、一般のそれと違って魔法やハーブを用いて、ポーションを作る事も出来れば簡素な魔具でも作り出す事ができる。

薬学と魔法学に精通し、且つ高精度に錬成を要求されるその職業は名前の割にとっても高給なのだ。


それは置いといて、突然の訪問者に薬剤師の女性は困ったように言った。


「え?あるの?」


ネルが都合の良い部分だけを抜き取って目を輝かせた。


「いや、あるかもしれないってだけで~。そもそも群生地なんてあったらメルフェリアは今頃大騒ぎですよ。」


「じゃあないじゃん!」


「絶対にないとも言い切れないですけど~…。」


「もーはっきりしてよ!」


「わ、分からないんだから仕方ないじゃないですかぁ~!本当に欲しかったら流通してる西の方に行くしかないですよ~!」


「西ってどこなの?」


「えと、ヤトー地方だから…、馬車で1ヵ月くらい~?」


「なにそれ無理じゃん!おばあちゃんのお孫さんはね1ヵ月後に結婚式なの!間に合わないの!」


「そんな事言われてもぉ…。」


しおしおと凹んでいく薬剤師が不憫になってきたところでギンジィが間に入って助け舟を出す。


「まぁまぁネルさん。こう言っているのだから無理はダメですよ。」


「んー!依頼こなせないじゃない!」


と、今度は2人がやんややんや言い始めた時、薬剤師の鼻がヒクと動く。


「あ、あの~…。」


そして恐る恐る手を上げる。


「どうしました?」


勇者が首を傾げる。


「あの、あなた…、何か不思議なもの身に着けてます~?」


「え?私ですか?」


ギンジィが振り返る。

すると、薬剤師はいきなりもそもそとギンジィの服に顔を近づける。そう、胸元あたりに。

スンスンスン


「!?!?!?」


ギンジィが驚き飛び上がる。


「汗臭い…、ではなく。その肌着なんですけど、それどこから手に入れたんですか~?」


「え、これは…その。」


「ブルアランの独特な香りがするんですよね~、私、職業上鼻が良いので~。」


「こ、これがですか?」


もちろん一見単なる麻の肌着に見えるコレは特殊な魔具である事はギンジィも十二分に承知している。


「製造の銘は…ないのかな~。すごいですね、これ。満遍なくブルアランの液で浸してあったんですね~。」


スンスンスン


上着を脱がしつつ微妙に脇付近まで顔が寄ってくる、がさすがにギンジィはそれを阻止する。


遠目で女子共3人がうわ~っと言うような視線を向けている。


「!」


やがて薬剤師はふと気づいてしまう。


「この肌着…これ、ただの麻じゃないですね~。」


「!!!!!」


それを聞いた瞬間、ギンジィはバッと後ろに飛ぶ。


「ああん、もっと見せてくださいよ~。綿密な仕上がり、それでいて仄かな魔力と光沢、それもしかしてエルフが織った…」


「エルフ?」

「エルフ?」

「エルフ?」

「エルフ?」


のけ者状態の4人が復唱する。


「いやぁ!特に情報は得られませんでしたな!!!さぁ行きましょう勇者殿!!」


ギンジィはガッと勇者の腕を掴んで魔法ギルドを後にしようとする。


「待った待った~~!」


しかし薬剤師に回り込まれてしまった!


「話は最後まで聞いてくださいよぉ~~~。」


「くっ!」


ギンジィがたじろぐ。


「もしエルフが織った肌着なら~、エルフに会えばブルアランも手に入るかもしれないですよ~?彼らは独自のルートで物を運んでますから~。」


「えー!?エルフに会えるのーーー!!?」


ネルが飛び上がって目を輝かせた。


「エルフ…、本でしか見た事ないですね。」


ミルノもぶつぶつと言い出す。


「で?薬剤師さん、そのエルフってのは何処にいるんですかー?」


テトリアだけは現実的だ。


「メルフェリアの北は少し丘を越えれば広大な森が広がっていますよ~、そこで見たって人もちらほらいるんです。」

「知らないですか~?メルフェリア妖精物語って童話。あれ、ここじゃ有名なんですよ~。」


薬剤師は嬉々としてうんちくを語りだした。


(もしかしてそれはラトルブの森か?)



「エルフだけじゃなくて妖精もいるんですか!?」


「エルフ、エルフか~~、すごいな会ってみたいなぁ。」


勇者もエルフという言葉に敏感に反応している。


「正直言ってメルフェリア周辺で自生しているブルアランを見つけるなんて時間の無駄ですよ、無駄~~。」


「で、でもエルフに会うのだって物凄く難しいのでは?彼らは人前には滅多に姿を見せないんですよね?」


ミルノは心配そうに言う。


(いや、本当はその逆だな)


ギンジィはエルフについて思いを馳せる。


(エルフは元々森の奥深くにしか住まない。それが彼らの生き方だから。しかし、森はモンスター共の巣窟でもある。)

(エルフに会えないわけではなく、エルフに会うまで森で生き延びられる力がないというだけの話だ。彼らはただ淡々とそこに住んでいるだけだ。)


「ん~~~、私も見た事はないですけど~、…」


薬剤師はそこで言い淀んだ。


「いや、行ってみないか?皆。」


勇者は言って皆を見る。


「薬剤師さん、早馬でその森まではどのくらいかかりますか?」


「お~~、さすがイケメン。話が早いですね~。そうですねぇ、森までだったら2日も走れば着くと思いますよ~。ただそこから先は…。」


「わかんないってわけね。」


う~~~んとネルが腕を組む。依頼が間に合うかどうか、それについて考えているようだ。


「でも…、面白そうです。私は行きたいです。」


そこへミルノが手を上げた。

彼女にしては珍しく面白いという理由で目を輝かせている。


「私は、勇者さんが行くなら何処でも。」


テトリアも了承。


「ギンジィはどう思う?」


勇者がギンジィを見る。


「……。」



率直に言えば、ギンジィは反対したかった。

何故なら森のモンスターは巨大で勇猛で凶悪だからだ。


(未知の何かを求めて好奇心だけで立ち寄った中途半端な冒険者など養分になるだけだ)

(それにラトルブの森は恐ろしく広大だ、さらに依頼書にもあった黄金鳥が住処にしている可能性が高い)

(はっきり言ってしまえば、自殺行為も甚だしい。レベル20を超える冒険者だってチームを組んで数週間がかりで挑むような難易度だろう…)


ギンジィのひじょ~~に難しい表情に他の4人も動揺する。

というのも、基本的にギンジィは勇者の提案にはいつでも賛成するからだった。


それがこれだけ悩んでいるとなると…。


(決めた…、本当に本当に本当ーーーに申し訳ないが、とても挑めるレベルではない!……諦めてもらうしか………ハッ!?)


ギンジィはふと何かに気づいて自分の荷物から皆に見えないようにある本を取り出しページをパラパラと捲った。



題名:正体を明かさない方法100選



ではなく。



題名:困ったちゃん勇者の場合のもしもマニュアル100選



(本当に申し訳ない、勇者殿!勇者殿は決して困ったちゃんではないのだ!しかし…確かこのページに…!)


「あった。」



Q.もしも勇者が行き当たりばったりな困ったちゃん勇者で、レベルも低い癖に高難易度の狩場に行きたいとか言い出したら?


A.行きなさい。それをサポートするのがあなたの役目です。あなたの目的は各地に勇者の名を轟かせる事。そこにレベルのギャップがあるならなおの事伝説を作るチャンスです。



「行きな、え!?行きなさい!!??」


ギンジィの悲鳴のような声に、後ろからそーっと覗こうとしていた4人+1人はビクッと肩を震わせる。



…。



パタン


何事もなかったかのようにギンジィは本を閉じて、皆に向き直る。


「行きましょう…!」


まるで人生を決定づける重要な決断をしたかのようなひじょーーに難しい表情で、ギンジィは言った。


「お、おう…。」


勇者は頷く他なかった。


「あ、そうそう~~、もしね?もしエルフに会えたらだけど~、私からも1つ依頼していいですか~?」


そこへひょっこり薬剤師が顔を出した。


「もしですけどね?エルフの祝福の水が手に入ったら~、うーんそうですね~、ギルドからも多分お金出ると思うんで~、この水筒満杯で200ゴールド!出しちゃいます!」


言いながら薬剤師は革製の水筒と10ゴールドを差し出してきた。


「200!?」


一行が驚く。


「はい~、もし品質がとってもとっても良かったら上乗せも考えます~。あ、この10ゴールドは~、まぁ祝い金みたいなものですね。何せ場所が場所なもんで~。」


(危険を知っているなら止めて欲しかった)


「まぁ、うん森って危ないって言うもんね!皆頑張ろう!」


ネルは杖を取り出して鼓舞する。


「あぁ…エルフ、妖精…、もし会えたらどうしましょう。」


ミルノもふわ~っとした表情で顔を上げる。


「エルフ、きっと美人だろうな…。」


テトリアはふぅと息をつく。









…。










「というわけで皆、準備はいいか!修行はしばらく休憩!本番だ!」


「おーーー!!!」


次の日の朝、勇者の掛け声に一行は声を上げて早馬の馬車に乗り込んでいく。


「お~…!」


ギンジィだけはげっそりとしている。


(いかんいかんいかん、いくら考えてもやっぱり絶望的だ。せめて皆レベル10くらいあれば何とかなったかもしれないが…)

(昨日の深夜こっそりと役に立ちそうな冒険者に声をかけてみたが…、案の定誰も話に乗ってくれない…)


「ギンジィーまだぁーー!?」


ネルの騒がしい声が耳を貫く。

もう行くしかない。


「あんたらラトルブの森行きたいんだってなぁ。久しぶりに見たよ、いやぁ若いのにたいしたもんだ!あっははは!」


御者は後ろを覗き込んで豪快に笑った。


「えへへ、でしょでしょー?」


ネルが嬉しそうに答えるが、そのレベルはたったの2である。


「うちの自慢の馬達だ。だーいぶ揺れるが気にすんな。短い間だがよろしく頼むよ!帰りは3週間後で良いんだな?」


「ああ、それで頼む。3週間分の食料は持ってきている。」


勇者は大きな袋を見て頷いた。

馬車代と食料代、これで持っていたお金はほぼ完全になくなった。


「ええ、と。ブルアランは必須、それと祝福の水、タニアの町なら届け物は3日で着く、荷物も…大丈夫ですね!」


ミルノはチェックに余念がない。


「よーし、皆出発だ!」


御者の声にまた一行は声を上げた。









(あぁ、やばい…、本当にやばい。親父…はいいや、母さん見守っていてくれ…。)









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