第3話 まおーぐん


メルフェリアに来て1週間、浮遊クラゲの繁殖期も終わり、ほのかに涼しい風を感じるようになってきた。


勇者達はと言うと…。


「えええーーー!?今日も修行ーーー!?」

皆が皆、防具を身に着けて立っているのに対してネルだけが私服のままいやだいやだとソファで駄々をこねる。


「ネルさん、勇者殿が言っておられるのです!さぁ立ちなさい。」


ギンジィが腕を引っ張ろうとするが、梃でも動かない、といった意思が垣間見れるほどソファにしがみ付いている。


「もう放っておきましょうよー、さ、勇者、私をエスコートしてください。」


ミルノが勇者の腕を取る。

するとガバッとネルが起き上がる。


「誰も行かないなんて言ってないでしょーー!?」


「プー。フフッフフ…!」


その様子にテトリアが噴き出す。



…。



それは唐突だった。


「僕はしばらくここで修行したい!」


あの浮遊クラゲ討伐の次の日の事だった。

朝のロビーで勇者はそう皆に提案したのだ。


「しゅ、修行ですか?」


ミルノが目を丸くする。

勇者はその声を聞いて、力強くうなずく。


「僕達はまだまだ弱い。魔王を倒す使命はあるけれど、一度ここで自分を見つめ直す必要があると思うんだ!」


「えー、修行ー?何かめんどくさいよぉ。」


ネルがさっそく愚痴をこぼす。


「私、ギンジィは勇者殿の意思を強く尊重いたします!」


ギンジィはと言うと、勇者の言葉に片膝をついて敬服の意を表明した。


「べ、別に修行は良いのですが、「良くないよ!」急にどうして?昨日何かあったんですか?」


言葉を遮るネルを無視してミルノは勇者の変りように驚いて問う。

次の町へ次の町へと急いできたはずなのに、朝になってみれば突然これである。

不思議に思うのも無理はない。

すると勇者は少し神妙な面持ちとなって話し出す。


「昨日話しただろう?あの光について。」


あの光とは言うまでもなく、あの強化魔法の事である。

昨日はあの魔法のおかげで、帰った後も話題が尽きなかった。

ネルはまるで自分が最強になったみたい!と子供のような感想を述べていたがミルノと勇者は割と真剣に話し込んでいた。

テトリアは、何故か会話に参加中、何度も目を擦っていた。


「ああ、アレのせいですか。確かにお気持ちは分かります。」


ミルノは理解して、テーブルの上で腕を組む。その表情はどこか複雑だ。


「ですが勇者、あれは本当に高位の魔法使いにしか扱えないものです。少しばかり修行したからと言って…。」


「いや、違うんだ。僕はただ強くなりたいだけなんだ。皆と一緒に。」


「!」


勇者の言葉に皆が顔を上げた。


「はっきり言うと、昨日僕は落ち込んでいた。けど、同時に興奮していたんだ。」


勇者は自分の手の平を見ながら言った。


「あの魔法を見た時、あれほどの力を持つ人が身近にいるんだって、感動していたんだ。でも自分の力の無さを再認識してしまったようで…、落ち込んでしまった。あの場にいた冒険者もほとんどが僕らより上のレベルだったろうしね。」


(はい、ぶっちぎりの最下位でした)


ギンジィはほんの小さく頷いた。


「このままじゃいけないって思ったんだ。このまま進んでもいつか限界がくるって。だから皆にお願いしたい、ここにしばらく留まって修行をしたい!」


決意は固い。

そう見て取れる。

無論、ギンジィは願ったりかなったりである。

無駄に強くなりすぎてしまったこの差を少しでも埋めるチャンスでもあったのだ。

否定意見が出てしまわないか、と3人に視線を移す。


「まぁ、勇者様がそこまで言うなら、私はおっけーだよ!」

意外にもいち早く賛同したのはネルだった。


「さっきまでごねてた癖に…。」

ミルノがフッと息をつく。


「そりゃ、あんまり好きじゃないけどさー、勇者様が一緒だしね!」


「私も平気。」


テトリアもそれに続いた。どうやら反対意見はないようである。


「じゃぁ『僕とギンジィは』戦士ギルドに行くから、『君達は』魔法ギルドに行って、修行開始だ!」

グッと拳を握った勇者だったが…。


「え?待って!離れ離れなの!?」

ネルがガタンと立ち上がる。


「え…いや、そうなるよね?普通…。」

突然の勢いに勇者がたじろぐ。


「そんな!勇者様と一緒じゃなきゃ行きたくない!」

なんとまぁ自分に素直なのだろうか、とその様子を遠目で窺っていた店主も含め、皆がそう感じた。


「私は構わない、一番強くなって隣を歩けるなら。」

テトリアはカタンと立ち上がって、扉に向かって歩いていく。


「テトリア、どちらへ?」

ミルノが訪ねる。


「…?修行、魔法ギルドに行ってきます。」

バタン。


呆気に取られる。テトリアは時に本当に唐突に行動的になる。


「僕達も行こうギンジィ!」

「はい、行きましょう!」


続いて勇者とギンジィが出ていく。


「え、え、ええー…。」

置いてきぼりにされて言葉を失うネルと出ていくタイミングを失ったミルノだけがそこに残された。


こうして突然始まった修行も5日目となり、冒頭の話に戻る。


「あー…嫌だよぉ。」


ギルドに向かう道中まで一行は同じ道を歩くが、ネルの愚痴が止まらない。

普段、超がつくほど動き回る癖にどうやらこういった作業は彼女にとっては拷問だったようだ。

手に負えなくなったギンジィはさりげなくミルノに尋ねる。


「ミルノさん、魔法ギルドでは最近はどういった修行を?」


「そうですねぇ、最初は瞑想とかカウンセリングとか資質を測る楽なものばかり、というのは先日もお話しましたけど。昨日から内容が変わりまして。」


横でテトリアがうんうんと頷いている。


「変わったというと?」

勇者が首を傾げる。


「要するにお勉強です。」


「あー…。」

皆がそろりとネルを見た。その口は確かにネルはダメそうだ、と言わんばかり。


「だってあいつ!分からないとすぐバカバカ言ってくるんだよ!?このままじゃ私バカになっちゃうよ!」


ネルが言うあいつとは恐らく専属でついている魔法使いか何かだろう。

ギンジィも息を付く他ない。


「まぁ、何と言うか…大変だろうけど頑張って欲しい。」

勇者もそう言って息を付いた。


「勇者とギンジィは何をされているんですか?まだ基礎修行ですか?」

今度はミルノが問う。


「そうだな、大変だけど…一歩ずつ強くなっているのかと思うと、ちょっと面白いかな。」


勇者は頬を掻きながら言う。

ギンジィは健気に修行をこなす勇者の姿に涙する。


(なんと立派な…千里の道も一歩からとは正にこの事!)


「ネルは資質は高いって評価されているのに…。」

テトリアが頬を膨らまして抗議した。


「うー…だってー…。」

ネルは涙目になりながらとぼとぼと歩く。


「それにしてもギンジィはすごいよ。」


「は?」


突拍子もなく突然勇者に褒められたギンジィは思わず意に反した声を出した。


「基礎修行とは言え、ずっと走らされたり、重い木剣を振ったりしているのに全然疲れてないんだもんな。」


「い、いえそれは…。な、なにせこの体ですから!」


ギンジィは似合わないポージングをして筋肉を見せつける。


「おー…すごい、かったいわコレ…。」


ネルがいつの間にか隣に来て、その力こぶを触っている。


「…私もちょっと触ってみて良いですか?」


「私も見たい。」


興味深そうにミルノと身長が届かないのか跳ねるようにしてテトリアも近づいてくる。


「いや、勘弁して下さい!お三方!」


ブンブンと手を振ってギンジィは後退していく。

そして、


(しまった、何をやっているんだ私は)


と、頭を抱える。



その様子を見ていた勇者はフッと笑う。


(野宿の時とは随分違う。いつも勝手に見張りを買ってでて会話を遠慮していたように見えていたけれど、雰囲気が変わってきたな)






…。






「はい、この術式について、えー…ネルさん答えてください。」


「うぐっ。」

ネルの表情が険しくなる。


あからさまな集中狙いである事は明白だった。

ギルドの下位学生と混じってネルはお勉強中。過去に習っていた事の復習とも言える内容なのにネルは冷や汗を流すばかりで答えられない。

クスクスとネルよりずっと幼い学生達に笑われる始末である。


「こら、皆さん笑うんじゃありません。確かに今は『バカ』で16歳にもなってファイア『しか』使えない彼女ですが。」


「バカ…ファイアしか…。」

ネルがガクンと項垂れる。


「ですが、素質はあります。将来的には高位の魔法使いだって夢ではありません。この通り今は『バカ』ですが。」


ドッと学生達が笑い始める。


「死にたい…。」

ネルはさらに項垂れた。



一方のミルノとテトリアは本日から中位クラスに移されていた。

ここもまだ習っている範疇だ。2人にとってはさほど問題はない。


「そう言えばテトリアって15歳ですよね?15歳までは学生単位のはずですけど、なぜ冒険者に?」


その言葉にテトリアはふいっと顔を逸らした。


(ありゃ、聞いてはいけない奴ですかね?)


「ごめんなさい。単なる興味本位でして。」

ミルノは手を口に添えて、テトリアに謝る。






…。






「フッ!やぁ!」


防具を脱ぎ去り、木剣を振るって汗を流す戦士ギルドの若手に混じり、勇者とギンジィもそこにいた。

いっぱしには遠いがそれなりの戦闘経験と剣技を持つ勇者は、まだ粗削りながらもギルドの若手と比較して遜色ない。

ギンジィも精一杯『若手の真似』をする。


「コラァ!ギンジィ!もっと腰落とせ、昨日は出来ていただろうが!加齢のせいかコラァ!」


ギルドの指導担当員の男からゲキが飛ぶ。

こちらでもドッと笑いが出る。


(くっ…!上手すぎず、下手すぎず…、調整が難しい!)


やがてそんな朝の基礎練習も3時間を終えた時。


「ようし、お前ら2人は今から特別講習だ。次のメニューに入る前に一応本気も見ておかないといけねーからなぁ。めんどくせーが俺が相手してやる。」


言いながら指導担当員の男は木剣を2つ、2人に投げて寄越した。

今までの練習用とは違い、細身で非常に硬い事が手触りから分かる。同様のものを指導担当員も持っている。


ゴクッ


勇者は息を呑んだ。


「おい、若手ども!てめぇらも見物してろ!」


はい!と威勢の良い返事をして若手達はぞろぞろと指導担当員の男と勇者、ギンジィを取り囲むようにして座る。


「安心しろよ、こちらから打つ気はない。5分経つか俺に1発当てたらそこまでとする。」


言いながら砂時計をポンポンと手の上で転がす。

口調こそ優しいが、目つきは厳しい。


「ただし、腐抜けた攻撃をしてきたら、指導する事はあるかもな?」


「はい!」


勇者の返事は勇ましい。


「よし、じゃぁ始め!」


砂時計をひっくり返して、ドンと地面に置く。


(頑張れ、勇者殿…!彼は恐らく右足首が弱点です…!実はかばいながら歩いてます~~~!)


ちゃっかり弱点まで見抜いているギンジィは置いておき、勇者はいざどこから攻め込まんとするかを考えていた。

しかし、


「バカ野郎!こんなので時間かけるな!さっさとこい!」


即座にゲキが飛び、跳ねるようにして勇者は駆け出した。

男はそれでもなお肩に無造作に置いた木剣を構える気はない。

フッと勇者は直前で動きを変え、男から見て左に移動すると、勢いをそのままに、


「しっ!」


右下段から左上段への斜切りを行う!


(いきなり教えてねーことを…)


フッと男は笑うと、右手で担いでいた木剣を降ろす素振りも見せずにそのまま背中を見せて木剣の角度を変えた。


ガン!ガリガリ


木剣の軌道をずらせれて、勢いが上方に逃げていく。

すると男は力任せに担いでいた木剣を上に振り上げる!


「うっ!」


思わずそのまま木剣を持っていかれそうになるが、それは寸での所で踏みとどまった。もう一度距離を取る。

その様子を見て、男はニィと笑う。

今度は木剣を左手に持ち、ゆらゆらと勇者に向けて牽制する動きを見せる。


(どう攻める、どう…)


一瞬思案したが、


「とりあえず…行け!」


果敢に駆け出す。

まず、見せかけの牽制を上段からはたき落とす!

しかしそれはわずかな切っ先の動きだけでかわされる、そしてそのまま…、


ダンッ!


男は左足を大きく踏み出し向けていた木剣を突き出してきた!


「!!」


足がもつれながらもかろうじて上体を逸らしてそれをかわす!

さらに勇者はもつれこみながら地を這うような水平切り!


ザクッ!


ガァン!


不意をついたつもりだったが、男は木剣を地面に突き立て、容易にそれを受け止めてみせた。

またしてもニィと笑う。


「くっ…!」


隙だらけの勇者だったが、言葉通り向こうから攻撃を行う気はないらしく、転がるようにしてその場を退避。

大きく息をついて、今一度木剣を持ち直した。


「さぁ、こい。」




…。





「そこまで!」


砂時計の砂が落ち切った事を確認して、男は木剣を肩に担いだ。

そして、息も絶え絶えな勇者を見下ろすと笑いながら言う。


「おめぇー、教えた事をやるつもりねーだろ?」


「う…、す、すみません。」


小さく頭を下げる。


「別に悪くねぇよ、実践向きだな。とにかく当ててやるという気概は良しだ。次!」


言うと同時に男の目がギンジィに向けられた。

ギンジィは木剣を携えて緊張した面持ちで立ち上がった。









~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ミルノ(雷の魔法使い)18歳 レベル2


装備:初期魔導士の杖

  :とんがり帽子

  :シルクローブ

  :ペンダント(ただのアクセサリー)


所持魔法:ライトニング

    :アース・ライトニング

    :リビテクト(数秒間のみ浮遊可)


パーティーの4人目の仲間。勇者がかっこいいという理由でパーティーに志願。

勇者の2つ返事で承諾される。カールのかかった美しい金色の髪を持つ。怒らせると怖いタイプだがパーティーでは常識人と言える。

魔法使いとしても珍しい電撃属性の魔法を使う。しかし消費がでかい上に威力はまだまだ乏しい。

ギンジィからは『勇者の嫁候補その2』と見なされている。

実はそれなりの血筋を引いているがギンジィにはとっくにばれている。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~










「っと、お前ハンマーが武器だったな、獲物変えるか?」


男は顎に手を当て提案する。


「いえこのままで大丈夫です。」


ギンジィはあくまで低姿勢。


「まったくその歳で冒険者やろうなんざ、逆に感心しちまうね。俺と同じ歳なんだからな。」


男は言って盛大に笑う。


「はは、色々ありまして…。」


「まぁ何でもいいさ、頂いている金の分、きっちり仕事はしよう。こい。」


砂時計をひっくり返して地面に置く。

制限時間5分。


(さて、どうしよう…勇者殿の応援に夢中で何も考えてなかった…とりあえず時間をかけて近づいてから…)


ジリジリジリ…


牛歩のように足をすべらせながらゆっくりギンジィが男に近づく。


「……。」


男はすでに呆れ顔。


ジリジリジリ…


(これで1分くらい稼げるといいな…)


「おせぇ!!!さっさとこい!!」


ビクッ!


怒鳴られてしまった。


(仕方ない…何とかやってみるしか)


ダッと走り出す。

そしてとりあえず無造作に上から切りかかってみる。

それに対して男も素直にガードする選択をする。



バキィン!



「ッ!」


男の腰、というか上半身そのものがわずかに落ちた。

おおっ、と周囲から声が漏れる。

ザリザリ…

男の両足の裏が砂を擦る音も漏れる。

さらにズキンと男の右足首が悲鳴を上げた。わずかに男の表情が歪んだ事にギンジィは、あっと口を広げる。


「あっ!すみません!」


その言葉に男の額に青筋が走った。


「謝ってんじゃ…ねーぞコラァ!」


次の瞬間、返す刀で男がギンジィの肩に切り込もうとする。

しかしそれは素早い対応でギンジィにガードされる。


バキィン!


打ち込んだはずの硬く洗練された木剣が2つに裂かれる。

スローモーションのように裂かれた先端がバラバラと地に落ちる。


「……!!」


勇者は拳を強く握って目を見開く。


「……。」


辺りが静まり返る。

男はその手に残る裂かれた木剣の柄をしばらく見た後、息を付いて地面に捨てた。


(や、やりすぎた…?)


ビクビクとギンジィが震えだす。


「…まぁいいや、次のメニューに行くとするか。よし、お前らも見学は終わりだ!修行開始!」


男が怒鳴ると、蜘蛛の子を散らすように若手達は修練場に走り出す。

それを見送った後、男はつかつかとギンジィに歩み寄ってぼそりとつぶやいた。


「おい、ギンジィ?」


「は、はい!」


男もそれなりの体躯だがそれよりの巨体を持つギンジィを男は下から睨みつける格好となる。


「お前、俺の足に気づいて…。…いや、いい。忘れろ。」


首を振って男はその場を去ろうとして一度振り返る。


「とりあえずお前ら2人、走りにでも行ってこい。帰ってきたら次のメニューだ。」


「は、はい!」


2人は同時に声を上げる。








…。









「ああーーー!!もうやだーーーーー!!」


ギルドからの帰り道、一行が揃うや否やネルが頭を掻きむしって騒ぎ出す。

今日も散々バカバカ言われた様子だ。


「あなた15歳まで勉強してきたのではないの?」


ミルノが呆れたように言う。


「あーいやー…。」


半笑いを浮かべてそっぽを向くこの態度は間違いなかった。さぼっていたのだ。


「ネル、一応代金払ってるんだから、もうちょっと頑張ろう?な?」


勇者が諭すように話しかけるが、…バフッとネルは勇者に抱き着く。

突然の事に慌てふためく勇者をよそにネルはしれっと言う。


「いやだ、もういい。私ここで暮らす。」


バシッ!

ミルノが歯をギリギリと鳴らしてその頭を杖で叩いた。


「いったぁー…!痛いじゃない!何するのよ!」


真面目に痛そうなネルがミルノに食ってかかる。


「何するのはこっちのセリフだ!この大バカ女!」


2人して胸倉を掴みあって叫びあう。

いつもの光景だから放っておくし、テトリアはすでに勇者の腕を掴んで歩いているし。


「しっかし、今日のギンジィも凄かったなぁ…。」


「いや、あれはまぐれです。はい、まぐれでした。」


ギンジィは目を合わせない。


「何が?」


テトリアが勇者に問う。


「僕達に指導してくれている人がいるんだけどね、今日その人とちょっとした…うーん?何だろう?組手みたいな事をやってね。」


「うんうん。」


「ギンジィが凄いんだ。もう力で押すって感じで。」


「いやー、あれはまぐれでありまして…。」


「力で?」


ギンジィの言葉には耳を貸さずにテトリアが聞き直す。


「そう、力で。」


「力、か。そっか。ふーん。…やっぱり勘違い。」


テトリアにしては珍しい独り言のようなつぶやき。


「勘違い?え?何が?」


「別に。」


勇者は聞き返すがテトリアは言葉短く返す。

そんな調子で一行が宿に戻ろうとすると…。


「ん?」


ギンジィが不意に止まる。その後、


カーンカーンカーン!


遠くから敵襲を知らせる警鐘の音が鳴り響く!


「敵襲?どこから!?」


勇者が周囲を見渡す。

他の4人も周囲を見渡すが何も見えない。城壁の外だろうか?

とにかく勇者は、音の鳴る方角へ駆け出した。

続いてギンジィも走り出す。


「勇者様!?行くの!?待ってよー!」


ネル、そしてミルノ、テトリアもそれに続いた。






駆けるにつれて警鐘が大きくなり、辺りで騒ぐ人達も散見され始める。


「魔王軍だー!魔王軍がー!!」

「どうして?どうして急にこんな所に襲撃を!?」

「逃げろーーー!」


そんな声が聞こえ始める。


「魔王軍!」


勇者がその足を止める。


「勇者殿!?」


ギンジィも止まり、勇者を見るがその額に汗がにじんでいるのが見て取れる。


「……!」


勇者の顔が引きつっていく。

その手に持つ伝説の剣が小刻みに震える。


「!」


ギンジィがその内心を推察する。


(無理もない、勇者殿はまだ駆け出しの勇者なのだ。魔王軍などを相手にすれば10秒と持つまい…。どうする?しかし、私が戦っては…!)


その時。


ドォン!!!


並び立つ家々で状況こそ分からないが巨大な音と共に土煙が舞い上がるのが見えた。

あそこは北門の近くだ。


(まさか、破られたのか!)


ギンジィにも緊張が走る。

ひとまずギンジィは状況を把握するために、一旦勇者をそのままに大通りへと飛び出す。

すると。

逃げる群衆を横目に明らかに異質な人型が3体、砕けた門、倒れている衛兵を背にこちらへ向かって堂々と、悠然と歩いてくる。


(あれは…デーモンか、しかしたったの3体?)


警鐘を聞いて即座に駆け付けたであろう兵士・衛兵は皆大通りの脇でぐったりと倒れている。

建物の外壁が崩れている事から何らかの衝撃波で吹き飛ばれた事が想像できる。

もしデーモン達の到着を領主達も知っていれば、兵はそれなりの規模の軍隊が揃うまではすぐにここへは来ないであろう。

目立つ事を避けねばならぬギンジィにとって、それは幸運だった。


こうしてこの北門の大通りでギンジィはたった1人、デーモン3体と相対する事となった。


レベルチェッカー!


遠目だが射程範囲だ。ギンジィは即座に敵戦力の分析を行う。





デーモンA    レベル37

デーモン・イリス レベル44

デーモンB    レベル35




…。





…。






(あぁ、なんだ雑魚か)



フゥとギンジィは息をついた。



(違う違う!雑魚じゃない!メルフェリアにとっては絶望的戦力だ!あれに対抗するには領地内の兵力をかき集めて…!)


ガツガツと頭を叩いて考えを否定する。

すると、


「おい、そこのおまえ。」


いつの間にか近づいて来ていた3体の中央に位置するデーモン・イリスが腰に手を添え、ギンジィを指さした。

デーモン型はうっすらと紫色の体躯を持ち、形こそ人に類似するが、その背には大きな羽を持つ。

両隣のデーモンは身長2メートルをゆうに超える大きさを誇っている、しかしそれに対して、中央、デーモン・イリスはまだ体躯も声も幼く、羽もそこまでの大きさではない。誕生したばかりのようだが、成長すれば人間にとって相当な脅威となるだろう。


「おまえといっている。」


デーモン・イリスが再び声を出す。


「あ、私ですか?」


ギンジィも自身を指して確認する。


「ほかにだれがいる?」


「はぁ…。」


ギンジィの言葉には緊張感がない。


「なぜにげない?わたしたちは『まおーぐん』だぞ。」


「まおーぐんですか…。」


ギンジィは鸚鵡返しで答える。


「そうだ。」



「…。」


「…。」



(どうしよう、何やら言葉が幼すぎて話が続かない)


対するデーモン・イリスも次は何を話せば良いのやら神妙な顔で思案しているように見える。


「おまえ。」


「あ、はい!」


「……。」


また押し黙ってしまう。


(考えてないなら話しかけるなよぉ!!)


ギンジィは頭痛を感じた。


「! そうだ、しつもんにこたえろ。なぜにげない?」


パッと思い出したようにデーモン・イリスが問いかけてくる。


「逃げて良いんですか?」


ギンジィは首を傾げる。


「だめだ。おまえはたおす。」


「そ、そうなんですか…。」



「…。」


「…。」



また話が途切れた。

両隣のデーモンは腕を組んだままこちらを見据えているのみで手助けしてくれそうもない。



「何かお見合いしてるみたいねぇ。」


大通りの一角からひっそり様子を窺っていたおばさんがあらやだといった顔をする。


「あの子、えらいべっぴんさんやなぁ。孫の嫁に欲しいわい。」


その横で初老の男性が黒淵眼鏡を調整しながら言う。


「うるせーじじい!メルフェリアの危機だぞ!あの戦士死んじまうぞ!」


最後に兵士の一人も顔を出す。




…。




「おまえ。」


「は、はい!」


「…ちゅうしゃ?」


「は?」


「ちゅう…じゅう…ゆー…。」



言いながらデーモン・イリスが頭を抱える。その表情は妙に真剣だ。

相変わらず両隣のデーモンはこちらを見据えているのみで手助けしてくれそうもない。

ギンジィはお前たちの主人ではないのか、と言ってやりたかった。



「ゆー…。ゆー?」


(がんばれ!)


応援してしまった。


「がんばれ!もう少し!」


じじいもうるさい。




「あっ。」


デーモン・イリスは何かを閃いたようだ。


「ゆーしゃいるか?」


「!」


ギンジィの頬に汗が伝う。

勇者はいる!恐らくはすぐ近くに。

しかし、ギンジィは言えるわけもない。恐らくこの子は勇者を亡き者にしようとここへ来たのだろう。


…。


本音を言えば言ってしまいたい。


「お前たち悪を滅ぼさんとする伝説の剣を掲げた勇者殿が今ここに居るのだぞ!死にたくなければ控えろ!」


と、言いたい。

けれど今は言えない。残念ながら今の勇者では指先一つで吹っ飛ばされるのは明白なのだ。


「わかった、おまえゆーしゃだな?」


「え?」


ゴォッ!


突然どういう発想でそうなったのか一切理解不能な言葉と共にデーモン・イリスの目が赤く染まり出し周囲に黒い煙が纏わりついた!

パタパタと小刻みに羽を動かし、その身が宙に浮き始める。


「いやいや!私は勇者殿ではないです!」


「うそつけ。まおーさまはいってたぞ。おっさんにやられた、って。」


ギンジィが顔を顰めた。


(え!?それは誰だ…!?先代の勇者…は、若くしてその時の魔王を討伐なさったはずだ…。はずだが…まさか、親父!?)


「違います!とにかく私は勇者殿ではないです!」


「そうなのか?」


「そうです!だから落ち着いて!」


ギンジィは身振り手振りで必死に子供をなだめるように窘める。

デーモン・イリスは闇を纏ってパタパタと浮いていた体を地面に降ろす。


「…。」


デーモン・イリスは何やら考えているようだ。

しかしふとこちらを見て、


「まおーさまはいってたぞ。はんまーみたいのでやられたって。おまえはんまーあるな。」


(やっぱり親父だ!!!)


自身がハンマーで殴られたかのような衝撃を受けてギンジィは膝をつく。


(親父…あんたは完璧に仕事をこなして先代の勇者を英雄にしたのではなかったのか…!?いや、確かに英雄にはなっている。人類的には。

…しかし魔王軍にはばれていたのか…!脇役は痕跡を残さない!老兵は死なず、ただ消え去るのみ!…親父、あんたは失敗したのか…!!)


ドンと地面を叩いて、涙が溢れそうなのを堪える。


「とりあえず、たおす。」


ゴォ!


再び羽をパタパタ動かしながらデーモン・イリスが宙に浮く。



「待て!!!」



その時、不意に声がした。


ギンジィが声の方へ振り向く。

続いてデーモン・イリスも声の方へ振り向く。

すると路地から若い青年がその腰から下がった剣を抜き、鬼気迫る表情をこちらに向けて立っている!


「勇者殿!?」


(あっ!)


ギンジィは咄嗟に叫んでしまった口を抑える。

幸いにもデーモン・イリス達には聞こえていないようだ。

デーモン・イリスは目つきを細めて、その青年を睨みつけた。


「おまえはだれだ?わたしはまおーぐんです。」


(へんてこな自己紹介みたいになってる…!)


ギンジィはまた頭を抱えた。




青年、いや勇者はキッとデーモン・イリスを見据えた。




(足が震える)


(これを宣言すれば、僕はここで死ぬかもしれない)


(でも言わなければ!レベル3のギンジィがあんなに頑張って敵を押さえてくれているんだ!)




スゥー…





勇者は覚悟を決めた。




「僕が勇者だ!文句あるかぁ!!!」





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