第2話 正念場


都市メルフェリアは大きな都市国家である。

小高い丘に広大な拠点を構え、これまた巨大な壁で一面をぐるりと囲まれいる。

壁の上には空に向けて掲げられたバリスタが何基もの設置され、難攻不落、という印象を即座に受けるだろう。


ビナの町を出て5日の旅歩き。

やがてその陽が傾き始めた頃、大きな川に架かる橋を超え、一行はようやくその巨大なメルフェリアの正門をくぐった。

そこで皆を待ち構えていたのはやはり巨大な雑貨市場であった。

色とりどりの果実、薬草、魔法薬、武具が並び、店主とお客の交渉はどちらかが音を上げるまで終わる事がない。

さらに視線を上げれば、大きな建造物が顔を出し、さらにさらに視線を上げると一際大きなもはや城とも言えるソレが顔を覗かせている。


「ほぁー。」

間の抜けた声を出したのはネル。


「すごい。」

端的に表現するテトリア。


「さすがメルフェリアだなぁ…。」

勇者もどうやら初めて来たらしく、その活気に圧倒された。

腰から下げた伝説の剣の存在感もこの場で希薄に感じられる。

小さな村であるなら、この剣の存在で勇者だと祭り上げられるものだが。


「私は1回来た事ありますね。」

と、ミルノ。


「ええ!?そうなの!?ずるいよ!」

一体何がずるいのか、理不尽な理由で肩を揺さぶられるミルノは、ネルの頭を軽く小突いた。


「ギンジィはどうなんだ?来た事あるのか?」

勇者の問いに、ギンジィは軽く首を振った。


「いえ、来た事はありません。この世の中にあっても実に栄えた都市でありますな。」


嘘である。実は来るのはこれで3回目だ。

勇者を探し続けた28年間は伊達ではない。



「とりあえず宿探し?」

テトリアが辺りを見渡して言う。



「宿ならば4丁目の…。………!」

言い出したギンジィが口を押えた。


「4丁目?」

ネルが言葉尻を押さえる。


「あ、いえ、何でもありません。」

しどろもどろにギンジィは返す。


「4丁目…4丁目と言えば、あ!あそこには良い宿街がありますね。」

ミルノが思い出したようにポンと手を叩く。


「そうなのか?」

勇者が聞き返す。


「ええ、決してゴージャスと言うわけではありませんが、あの辺りは治安も良く清潔ですしおすすめです。」


「じゃぁそこに行こうか。」

勇者は言って歩き出す。


(あ、危なかった…、なんで私はこう…)


ギンジィも頭を抑えながらついていく。




…。




「勇者殿。」


姦しい声で通りを歩く3人の魔女っ子の後ろを勇者とギンジィが並んで歩き、ふとギンジィは勇者に声をかける。


「ん?」


「私はまた別の宿を借りようと思います。」


「え、また?前の部屋では1部屋しか空いてなくて狭かったからギンジィが無理を言ってくれたのは分かるけど、今日は大丈夫じゃないか?」


勇者がどうにか説得しようと身を乗り出す。


「お気遣い感謝いたします。しかし私は藁でもあれば十分なのです。」


キラリとギンジィの目が光る。


(何としてもあの3人と勇者殿には恋愛フラグを立ててもらわねば!)


謎のプレッシャーに勇者は動揺する。


(そもそもあの3人はどう見ても勇者殿に気があるようなのだが、肝心の勇者殿にその気がないようだ…。)

(ここも何としても押し通す!)


「いや、ダメだな。」


!!


少し呆れたようで強い口調の勇者の言葉にギンジィがたじろいだ。


「僕達は皆仲間だろ?同じ場所で同じ飯食う事が大切なんだ。ギンジィは野宿の時だっていつもどこか一歩遠慮してるよな。」

「でももうダメだ。ギンジィも大切な仲間だ。それにもし寝込みに襲撃があったとしたら僕1人じゃ彼女達を守り切れないかもしれない。」


!!


再度ギンジィは目を見開き、少し下を向く。


(あ、浅はかだった…、確かに勇者殿の言う通りだ。命を賭して、等と言っておきながら最も隙のある寝込みを襲われたとしたら

その時、私が近くにいなくてどうするというのか!)

(勇者殿のハーレムを手助けするため…とはいえ、私は何て過ちを。)


「…申し訳ありません勇者殿。今宵はお言葉に甘えさせていただこうと思います。」


ギンジィは深々と頭を下げた。


「今宵っていうか、これからもだけどね。よし、じゃぁ行こうか。」








カランカラン。


赤焼けで染まったある一角の建物で、ドアベルが小気味の良い音を奏でてお客を中に招き入れる。


「いらっしゃい!」


同時に奥のテーブルで座っていた面倒見の良さそうな若い女性が声をかけてきた。


「5人ね!団体客ね!」


若い女性は手のひらをこちらに向けて広げると颯爽とテーブルに戻って何やら宿帳のようなものを持ってくる。

ミルノの言う通り、建物は綺麗に手入れされており清潔と言っていたのも頷ける。

テーブルの隅に置かれたガラス製の器具はハーブをドリップしているようで仄かに落ち着く香りが漂う。


「冒険者?滞在期間は決まっているの?」


女性の問いに勇者は首を振る。


「そう?1週間くらい泊まってくれるならサービスしちゃうんだけどなぁ。あ、朝食は無料だからいつでも私に言ってね。

何部屋借りる?女性と男性で2部屋かしら?はいこれとりあえず部屋の鍵2つね、2階に上ってすぐの所よ。お金は先払いで今日分をいただくわよ!後は延長した分を随時もらうから!あ、お風呂は1階のここね、で…」


手際良く宿の説明を行う女性に皆はふんふんと首を縦に振る。

と、ここで女性がふと顔を上げてギンジィを見た。


「あら、…あなた。」


ギンジィは何事かと首を傾げた。


「そのぼろぼろの装備と緑の服といかつい顔…、前ここに来た事あるんじゃない?」


「え!?」


ギンジィが肩を竦める。


「気のせいかなぁ…、私が子供の頃だったと思うんだけど…。なんかすごいごっつい人がきたー!ってお母さんの横で見てて思ったのよね。

ほら、私って記憶力良いじゃない?」


知りもしない事をさも当然のように言う女性にギンジィは必死に首を振った。


「いえいえいえいえ。きっとその方と私は違うと思います!私は初めてここに来ましたし。」


「そう?ふーん?まぁいいわ!お代はいただいたし、後は好きに使って!夕食も出せるわよ。別料金だけどね。」


女性は指でお金のマークを示すと笑ってまた元いたテーブルに戻っていく。



「はは、何か勢いのある人だな。」

勇者は小さく言って笑う。

妙齢にしてたくましい手際と商売魂はこの都市がいかに栄えているかを物語っているようでもある。



「はい!私お風呂に行ってまいりたいと思います!」

ネルが一早く手を上げた。


「ちょっと!私だって行きたいです!あ、汗をかいてしまいましたし。」

ミルノは恥ずかしそうに言う。


「先に荷物置きたい。」

テトリアは息をついて、その身にしては大きめの荷物をよいしょと持ち上げる。


「お風呂は大きいから3人くらい大丈夫よー!」


聞こえていたのかテーブルから店主の声。


「やった!荷物置いてお風呂いこう!早く早く!」

ネルは自身の荷物を持って階段を駆け上がる。残る魔女っ子2人もやれやれとその後をついていく。


「元気だなぁ…。ギンジィ、僕達も行こう。」

勇者も苦笑しながら荷物を持った。

そして最後にギンジィがついていく。


「ちょい待った。」


テーブルからギンジィに聞き取れる程度の声で店主が声をかけてきた。


「は、はい?」


ギンジィが驚いて振り向く。


「あなた、ギンジィって言うのね。ふーん。」


店主はにやりと笑う。


「何か…?」


「さっきも言ったけど、私記憶力良いんだよね。ギンジィなんて珍しい名前でそんなごつい体してさ。」


ギクッ


その言葉にギンジィですら忘れていた過去が徐々に鮮明になってくる。

恐らくはもう数年も前、彼女の言う通りここに泊まった事があるのかもしれない。とはいえここは宿街だから、いちいちどこに泊まっていたかなんて忘れていたのだが…。


(しかし…、あの時、確かにここで)


この目の前にいる女性はまだ子供で、その時の店主のお母さんにくっつくようにして宿の手伝いをしていて、唐突に訪れた私の風体を見て飛び慄いていたな。そしてすぐにお母さんの後ろに隠れていた、確か、そう、そんな情景が…不意に想起される。


そうだ。

メルフェリアで勇者を探す事、2週間。ずっとここでお世話になっていたんだ。

そしてあの子供はいつの間にか私と仲良くなり、肩車をして通りを歩いて…。


記憶が一気に蘇る。




ギンジィの様子をじっと眺めていた店主はしかし、一層笑みを深めた後、閉じかけていた本をまた開く。


「なんてね、冗談よ。珍しい名前でも重なる事ってあると思うわ。」


「え、ええと。」


あたふたとギンジィが掴みどころのない手を動かす。


「名前だけじゃなく似たような防具と武器持って、似たような色の服を着て、似たような髪型と髭で、似たようなごっつい体をしている人も世界に3人くらいいると思うわ。」


「う。」


もはや言葉も出ない。


「あはははは!」


女性が急に笑い出す。


「?、!?」


「いじわるしてごめんなさいね、あなたの方がずっと年上なのに。そんなにあたふたしなかったら私も確信を持てなかったのに。あなた、嘘が下手な人なのね。」


「い、いえ私は…。」


「私は覚えてるのに、あなたが覚えてないのは卑怯よねぇ?色んな事お話してくれたのよ?色んなアイテム見せてくれたり、すごく楽しかったわ。宿を経営するってこういう出会いもあるんだなって子供ながら感じた瞬間だったわ。」


「え…、あ…。あの、その、も、申し訳ありませんでした。」


ギンジィは謝った。もはやそれ以外手段がなかった。


「ギンジィー!どこだー!?」


上階から勇者の声のみが降りてくる。

ハッと上を見る。


「私を肩車して通りを歩いている時、勇者を探してるって、あの時言ったわね。」


ギクッ


今度はまた店主を見る。

あの時は勇者を見つけられない焦りから、とにかく誰彼構わず勇者の事を聞き出していた。


「上の男性がそうかしら?やったわね、目的達成?でも本当に勇者なの?あんまり強そうには見えないけど。」


「あ、はい…じゃなくてあの。」


早口の質問攻めにギンジィはうろたえる。


「あははは!どうしてこういじめてるような気分になるんだろう。お仲間を大切にね。あ、そうそう別にあなたに一目惚れしたとかそういう話じゃないからね?勘違いさせたらごめんなさーい。」


女性は意地悪そうに言って、軽く笑みを浮かべて今度こそ本に目を落とした。


「…。」


もはや何も言えない雰囲気。

ギンジィはバツが悪そうに荷物をもう一度持ち上げ2階に上がっていく。





「ギンジィ、あの人と何か喋っていたのか?」


「ええ、世間話を少々…。」


2階の廊下で目を左右させながらギンジィは答えた。


「入浴準備完了!ネル行きます!」

「ネルー!!あなたタオルだけで何やってんのー!」


バーンと隣の部屋からタオル一枚のネルが飛び出すと同時に部屋の中からミルノの怒声。

ネルは一向に気にせず階段を駆け下りた。


「あ、勇者様も一緒に入る?」


階段の途中で不意に向き直って上目遣いで問いかける。


「遠慮する、はよ行けって。」


勇者は顔を赤くしながら頭を掻く。


「あはっ、行ってきまーす!」


勇者の反応に満足したのか、ネルはそのまま駆け下りていく。

直後、階下から店主の怒声と駆け回る足音がもう1つ聞こえてきた。


「おいコラ小娘!ここはそういう場所じゃねーんだよ!」


「きゃー!ごめんなさーい!!」









夜。時刻は夜の9時を回ろうかという頃合い。


簡単な情報収集と自由行動、そして夕食を食べ終えて一同は勇者の部屋に集まって。


「依頼書、ですか?」


テーブルに置かれた数枚の紙を見て、ミルノが勇者に尋ねる。


「そうなんだ、魔王の情報はほとんど得られなかったけど依頼書はいくつか見つけたんだ。ここは大きい都市だし兵士も冒険者も多い。だから依頼書なんて見つからないだろうなって思ってたんだけど。」


ギンジィも依頼書をのぞき込む。


ワイバーンの討伐。


黄金鳥の討伐。


浮遊クラゲの討伐。


…。


(なるほど、空を飛ぶモンスターというわけか)


ギンジィは一人納得する。


メルフェリアは複数の領主からなる巨大な都市国家である。

領内はライノスの突進でも壊せそうにない壁に囲まれ、市街は平穏そのもの、だがメルフェリアは以前より弱点が一つある。

領空に対する防備がおなざりなのだ。

領主の一人として知られる男が大の魔法嫌いである事が起因して、弓兵こそ数多いれど、防空専門の魔法使いがそこまでいないとされる。

度々の空襲に対して弓兵の数で圧倒するという戦い方が用いられ、これまで凌いできたのだ。


(何年経っても変わらぬものだなぁ…)


ギンジィはふむと顎に手を当ててミルノを見た。


「なに?ギンジィ。」


「いや何でもないです。」


防空専門とは主に風をメインに使用する魔法使いと数が少ないが電撃を使える魔法使いが有用とされる。


(まぁこうして依頼書の恩恵に与れるわけだから、国としても冒険者としても弊害はないな。

魔法使いは育つまでに相当の時間がかかるし、専門の装備も仕入れる必要がある。

具体的に言えば専門の大学を1つ立て、専門の講師を囲い込み、魔具の仕入れルートを確立させなければならないという事だ。

大きく魔法に頼らずここまで国土を広げ、経済を発展させてきたメルフェリアにとって今更それは頭痛の種であろう。現状で回っているならそれで良し、という所か)


ただ問題は…。


「よし!このワイバーン倒しに行こう!お金すごい貰えるよ!えーとね、」


ネルが0の数を数え始めるが、すぐにテトリアが待ったをかける。


「無理、推奨レベル20って書いてある。」


「えー!?じゃあ黄金鳥は?」


「推奨レベル15、これも厳しそうだな。」


勇者が息をつく。


「むー…じゃぁ浮遊クラゲ。」


「推奨レベル10、あ、これならいけるんじゃないですか?」


ミルノがパッと目を輝かせる。



(無理です。)


ギンジィが頭を抱える。

レベル5が1人とレベル2が3人、なぜこれでいけると思うのか。

どうもこの魔女っ子3人はレベル1桁の差であればいけると思い込んでしまう節がある。

レベル1つの差にどれほどの影響があるのかこの3人は分かっていない。

本当はライノスの討伐だって危うかったのだ。


「確かに…、何とかなるか?」


なお、勇者もそのきらいがある。


「ギンジィ、どう思う?いけると思うのだが。」


勇者がギンジィに問う。

ギンジィはその問いに対してゆっくりとうなずいた。


「はい、勇者殿はご聡明であらせられますな。私もそのように思います。」





…つまるところ、勇者に言われてしまうとギンジィが背中を押してしまい、さらに事実ギンジィの影のサポートにより倒してしまうので、皆このような勘違いをしてしまうのだった。





「明日の予定は決まったな!よし、一旦解散!」


「おー!」






~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


ネル(火の魔法使い)16歳 レベル2


装備:初期魔導士の杖

  :とんがり帽子

  :ローブ

  :ブレスレット(ただのアクセサリー)


所持魔法:ファイア


パーティーの3人目の仲間。勇者がかっこいいという理由でいつの間にか付いてきた。

自分の性格に素直で人見知りもしない快活な女の子。その自由奔放さとは裏腹に料理が上手。

ギンジィからは『勇者の嫁候補その1』と見なされている。

またギンジィ曰く、魔法使いとしての資質は高く、将来にも期待がされている。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~






次の日の夜7時。

一行は再度集まり、出撃前の確認を行っている。


メルフェリアから数km離れた先には海が広がっている。

そしてメルフェリアのすぐ隣には大きな川が流れており、どうも浮遊クラゲはこの川を遡って襲撃する事があるらしい。


「浮遊クラゲって人間を食べるのですか?大きいんですか?」


ミルノが依頼書に目を通しながらゾワッと肩を竦める。

確かに依頼書の図を見るに、人間大のクラゲのように見える。


「うっわー…、空にいながら毒を吐くんだって。それで痺れちゃった獲物を上からがぶりだって…うっわー。」


ネルも震える。


「長時間飛ぶ事は出来ないが、淡水でも平気なため、川を上った後夜を見計らって飛んでくる、か。油断できないな。」


勇者は真剣な面持ちで続きを読む。



(浮遊クラゲは今が繁殖期、人間そのものを食料とする事は実はほとんどない、が、領地の木々や畑に生る果実を求めて無抵抗にさせる事はしばしばあるだろう。毒は服に染み込んだだけで肌を焼き神経に作用する。浮遊中はほとんど音が聞こえない。

さらに夜の襲撃である事もあって気が付かない間に毒に侵されているという事もあり得る。その上、その表皮は物理的な攻撃に対して耐性もある。メルフェリアでなくとも厄介なモンスターだろう)

(過去メルフェリアを訪れた時は、たまたまその時期ではなかった事もあって私もこのモンスターを知ってはいるが、相対するのは初めてだ。ナイトウォーカーを使っても全員を毒から守れるかどうか、かといってエンハンスをかけるとばれる恐れが…。そもそもどれだけ飛んでくるのかも分からない。)


ギンジィは思案する。


「狙われるのは主に東外壁付近の畑。報酬が欲しいものは毎夜、8時に東城門前に集合。」


テトリアがさらに続きを読み上げる。


「もうそろそろ時間だな。よし、行こう皆。」


勇者がマントを翻す。


「おー!」


なんだかんだ緊張感が見られない魔女っ子3人も付いていく。


(うーむ、困ったぞ)


目ぼしい対応策が思いつかないギンジィも足取り重く付いていく。






東城門。


ここはつまり最初に一行がくぐった門である。

衛兵に依頼を受けたい旨を伝え、門の一角にある階段から城壁へと昇る。

すでに40名を超えるであろう冒険者がそこには集まっていた。

一定の間隔で設置されている松明の火が風に煽られてゴウゴウと燃え盛る。


「わー、風が気持ちいい!」


そよぐ髪を押さえながらネルがンーと背伸びをする。


「まったく、緊張感がないですね。これから戦闘が始まるって言うのに。」


ミルノははぁと息をついた。


「話によれば、浮遊クラゲは獲物を捉えると地面まで降りてくるらしい。だから遠距離攻撃のできない僕は領地内に入ってきたクラゲを迎え撃つ。

君達は城壁から浮遊クラゲを1体でも多く領地に入る前に撃ち落として欲しい。」


「了解!」


3人はビシッと敬礼する。


「あ、あの私は?」


ギンジィが自分を指さす。


「ギンジィは前に出て3人を守ってくれ、毒にやられないように。」


(なんと!?)


「えー?じゃぁ勇者様下にいっちゃうのー?」

ネルがブーブーと非難する。


「あはは、仕方ないよ。ここに居ても僕は役立たずだから。」


(ど、ど、ど、どうする!?これは考えていなかった!)


ギンジィはおろおろと3人と勇者を交互に見る。


(考えろ、考えるんだ。この4人を全員守る方法を!浮遊クラゲの毒はレベルが高ければ痺れる程度で済むが、この4人では致命傷もあり得る!くっ、まとまるものだとばかり…!)


ぐっと唇を噛み締めて、衛兵に促されて階段を下りていく近接職の冒険者に交じる勇者の背を見ながらギンジィは解決策を探る。


(エンハンスを…いやばれる!こんな夜ではエンハンスの光はすぐに分かってしまう、畑は城壁からおよそ50メートル程の位置。だめだ同時に守れない!)

(こうなったら…多少の無茶をしても…)


ギンジィは覚悟を決めて、魔女っ子3人の前に躍り出た。


「頼むよー!ギンジィ、毒を浴びたらさっき入ったのにまたお風呂行かなきゃいけないから!」


「私は期待してますよ。なんだかんだ頼りになりますし。」


「私はその気になれば、氷で自分を守れる。大丈夫。」


「……お任せを。」


と、言いながらもギンジィの目は険しい。


(前に出た以上、下手な動きは即ばれる、ここが私の正念場だ…親父、見ててくれ。) 



「きたぞーーー!!」



カンカンと警鐘が鳴る。


「ライト!」


いずこかの魔法使い達が前方の空に光を打ち上げた。


パパッ パッ


次々に光が炸裂し、周囲を照らし出す。


「え」


「え」


「え」


「えええええええ!?」


ネル、ミルノ、テトリア、そしてギンジィが声を出す。


辺りが照らし出されると、空には想定以上の浮遊物が上空を漂っている。


その数、目視だけでおよそ200以上。


まだまだ川から上がってきている。


(しまった、さっさとナイトウォーカーをかけるべきだった!怪しまれるとか言っている場合ではない!)


(ナイトウォーカー!)


ギンジィの目が薄暗い紫に輝く。

これで夜でも十分な視界を確保できる。


(後ろさえ振り向かなければそうそう分からない、はず)


「ファ、ファイアー!ファイアー!」


慌ててネルが魔法を打ち出す。

ネルフェリア弓兵、冒険者たちも次々に魔法や投擲を行う。


「うわーん!当たらないよー!!!」


ネルが打ち続けながら叫ぶ。


「ハッ、追尾できない魔法は無様ですねー?」


ミルノはライトニングを放つ!

杖の先から弾けるように閃光が伸び、浮遊クラゲに直撃した!…が、落ちない。


「え、ええー?」


慌ててミルノは2発、3発とライトニングを打ち続ける。

そこへ、


ドォン!


とネルの火球がヒットした。

ようやく目標のクラゲは倒したとは言えないまでも、飛行能力を奪われフラフラと城壁の外に落ちていく。再浮上を防ぐために城壁の外にまで待機していた近接兵士達が群がる。


「あらあら、威力がない魔法ほど無様なものはないよねー?」


ネルがニヤリと口角を釣り上げた。


「うるさいです!」


そしてテトリアはと言うと、


「……。」


何もせず空戦域を見つめていた。


「ちょっとテトリア!あなたも打ちなさいよ!」


ミルノが早くも息も絶え絶えに隣のテトリアに叫ぶ。


「無理、あそこまで届かないし。」


「何しに来たのよ!もう!」


ギンジィは後ろの声など聞こえてない。

ひたすらに機を窺っていた。

浮遊クラゲは次々と撃ち落とされながらも、それでも大多数が城壁目掛けて浮遊してくる。

射程距離に入れば毒攻撃を行ってくるだろう。

そして浮遊クラゲが近づくにつれて、魔女っ子3人も視線が上がっていく。


(恐らくここだ!)


後ろの3人が迎撃に必死でギンジィを視界に収めていられない状況だと推測される。

この瞬間、ギンジィは素早く詠唱を行った。

ほんのわずかにギンジィの体が光り輝き始める。


…?


パァッ!


次の瞬間、城壁に居る誰しもがその身に輝きを帯びていた。


「な、なんだぁ!?これは支援魔法?」


誰かが叫ぶ。


「これは…、ストロングフィールド!?こんな広域に!?」


ある魔法使いも辺りを見渡しながら言う。


「な、なんだあれ?」


後方で控えていた勇者が前方の城壁の上で皆が光り輝いている姿に驚く。



「え?え?これ何?」


ネルがわたわたとローブを広げる。


「これ、強化魔法です!一体、誰が…。と、とにかくライトニング!」


カッ!!


ミルノの杖の先端から放たれた電撃は、それまでのものより遥かに力強く浮遊クラゲに向かって線を残した!


「い、いい!?」


自身が出した魔法にも関わらず、その反動で腕を押される。


パァン!


まるで閃光玉が爆ぜたように、浮遊クラゲは傘の部分に大穴を空けて落下していく。


「ミルノー!見て見てー!!」


横でネルが跳ねている。

何事かとミルノが向くと、その目が瞬時に赤く染まった。それは巨大な火球が空に上がっていく瞬間であった。

が、それは浮遊クラゲには命中せず、空で大きく爆ぜた。


「もー!なんでよー!!」


「す、すごい…。」


ネルが外した事は置いといて、ミルノはあまりにも自分達の能力が大きく向上している事にただただ驚いている。


(こ、これは、ストロングフィールドのはず、でもここまで強力なものは叔父様達が従えていた魔法使い達だって出来やしない!)


「……は、はっはっは、す、素晴らしいですな、これは。一体どこの魔法使いの仕業やら。」


不意に前方のギンジィの声が耳に入った。彼もまた光輝いている。


(…よし、会話を聞いている限りばれていない。誰にもばれていない。成功、成功したんだ私は!)


ギンジィは小さく小さくガッツポーズを作った。

強力な支援を受けた城壁の魔法使い、弓兵たちは恐ろしい勢いで浮遊クラゲを撃ち落としていく。


「ねぇねぇ、テトリアもやってみてよ!今なら届くかもしれないよ!」


「え?…あ、うん。」


ネルの問いかけに、テトリアはハッとして言われるままに杖に力を込めた。

そして杖を掲げると、小さな氷の塊が放たれる。

それは、浮遊クラゲに衝突すると、カチン!と音を立ててその全身の自由を一瞬で奪った!そしてあっという間に地面に落ちていく。


「きゃー!すごいー!」


ネルはキャーキャーとテトリアを揺するが、テトリアは自身の杖を一度見た後、滅多に見開かない目を見開いて前を見た。

その目に映るはギンジィの背中だった。

思い起こされるわずか1分前の出来事。


攻撃ができない暇なテトリアは戦況を見守っていた。

その時、


(ギンジィが一瞬先に光ったようなー…)


「……。」


テトリアは目をごしごしと擦った後、攻撃を再開する。












「出番ないな…俺ら。」


畑で待機している誰かが言った。

その手に持つ剣はすでに、その切っ先を地面に下ろしていて、振り上げる必要すらなかった。


「はは…、どうやらめちゃくちゃ優秀な奴がいたらしいな。」


他の者もその声に賛同する。


(いきなりすぎて追いきれなかったが、光はあの辺を中心に発せられたように見えた。ぜひこの場を離れて顔を確認しに行きたいところだが…まぁ今は野暮だな)


ある熟練の剣士はそう気づきながら、フッと笑う。



「……誰が、一体誰が。」


勇者の頬に汗が伝う。


「あれ?お前その剣……伝説の、あれ?」


不意に。

勇者の隣にいた男が勇者の持つ剣に気づいた。


「すっげぇ!それ伝説の剣じゃねーか!?本物か?お前勇者だったのか!?」


「え?ああ、まぁその…そうだな。」


勇者は言葉にならない回答をする。


まじ?


勇者いるの?


どれ?レベルいくつだ?誰かレベルチェッカー持ってないか?


いや、レベル低そうだぞ、多分駆け出しだろ?


でもあの剣…、妖精王の加護がないと…


偽物?どっちだ?


周囲がザワザワし始める。


「………。」


勇者は奇妙な恥ずかしさを覚えつつも、それでも前方の戦闘を見据える。

その表情には羨望の眼差しが見て取れた。






…。






「いやぁ、まさか被害0とはな。出来れば先ほどフィールド強化魔法をかけてくれたお方、名乗り出てくれると有難い。」


最高の成果に指揮官が笑みを浮かべて、並んだ冒険者を順に見やる。

指揮官のその手には一際大きな金貨袋が握られていた。

が、名乗り出てくる者はいない。

周囲がざわついた。


(頼む頼む頼む、誰か名乗り出てくれ!)


ギンジィは両手を握りしめて願う。


「俺だよ。」


(ありがとう!!)


ギンジィの願いが届いたのか、一人が名乗りを上げて前に出た。

不敵な笑みを浮かべる魔法使い。


「おお、君か!いや、実に見事だった!」


その手に金貨袋が手渡される。


「へっ、そうでもねーよ。」


男は言って、すぐに立ち去ろうとする。


「君ならすぐにでもメルフェリアの軍で重用される事だろう、なに、うるさい領主もいるが歓迎はされるはずだ?どうだ?」


指揮官はその場でヘッドハンティングを試みるが、


「がらじゃねーな。」


と、魔法使いの男はすぐに踵を返した。

しかしその時、


「君じゃないだろう?」


ある剣士が言う。


「あ?」


男は歩みを止めて振り向く。

声の発信源は、一目見て分かるベテランと思わしき剣士。


「私が見たところ君のレベルは15。あの魔法を使うにはいささか、どころか逆立ちしても唱えられない。魔力増幅のアイテムでも使ったか?いや、それはないな。赤字で体を張るような聖人には見えんしな。そもそもあれほどの威力となれば、魔力増幅を使ったとしても君では無理だ。…、さて本当に君がそうならぜひもう一度見せてくれ。」


「…くそっ!」

(余計な事を!)


男とギンジィがハモる。


「何!?嘘か!?衛兵、追え!」


脱兎のごとく逃げ出した魔法使いとそれを追う衛兵達。

周囲は一気にざわついた。

その剣士はやれやれと息をついた今一度、そこにいる冒険者を見渡す。


(何故だ?レベルチェッカーですぐ判明するかと思ったが…、逃げたか?少なくともあの魔法はレベル40以上の使い手だと思うが…ここに居るのは…)


……。


剣士はふぅと息を付いた。


(レベル40どころか20台もほぼいない。逃げたんだろうな…残念だ。ん?俺は何を言った?レベル40だと?アホか。そんな魔王軍にすら通用しそうな奴がこんな所にいるわけないだろう)


剣士は一人納得すると、さっさと固定分の報酬をいただいてその場を離れていく。




その背中をギンジィは目を合わせる事なく意識で追っていた。


(…あの男、レベルチェッカーを使っていたな。しかし私には効かないよ)


ギンジィが防護服のその下に纏っている一見ただの質素な肌着であるそれは、作為的な魔法の介入を防ぐ。

これもドドルゲン家伝統の技だ。



「皆、戻ろうか。」


どこか消沈した様子の勇者が皆に声をかけた。


「勇者様、出番なくて落ち込んでるー!」


ネルが腕にしがみついてよしよしとつま先立ちで頭を撫でた。


「ネ、ネル、止めろってば!」


恥ずかしそうにその腕を剥がす勇者。と、それを見ていたミルノが顔を顰めてネルを制止するいつもの光景。そしてここでテトリアが加わり勇者の手をスタスタ歩いていく。いつもの光景だ。


「……ふぅ」



ギンジィは見慣れた光景に安堵しつつ、皆の後を追う。




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