私は脇役

@cat_festival

第1話 私は脇役




朝、目が覚めるとその男はその逞しい上半身を起き上がらせる。

一目見て分かる歴戦の傷は彼がいかに過酷な戦いに身を投じてきたかを容易に物語る。


ギィ


ベッドと床が音を立てて軋んだ。腐りかけた材木は彼がベッドが降りるだけで悲鳴を上げ、穴の開いた壁から光が漏れる。

毛布とも呼べぬ汚れた布生地を綺麗に畳む。カビの生えた鏡で自分の身姿をチェックし、無精ひげを手の平で気にしつつ大きく欠伸。


今日も忙しい1日になりそうだ。


傍から見れば筋肉隆々のおっさん的風貌のおっさんは綿で出来た

白い質素な肌着(高位の魔法がかけられた特注品)を着た。

その上から地味な緑の上着(海竜の髭で編まれた特注品)を羽織う。

さらにその上に薄い鎖帷子(ミスリル製の特注品)を纏う。

さらにさらに…



こうして出来上がった無骨な鎧に包まれた彼はお世辞にも褒められた格好ではない。



ギンジィ・ドドルゲン(37歳 独身 レベル88)





彼は『脇役』なのだ。


それも一流の。







ビナの町


待ち合わせ場所は先ほどの豚小屋とは打って変わってビナの町で最も高い綺麗な宿だ。

ここで勇者とその仲間達と待ち合わせる。

というより…、出てくるのを待っている。

勇者ご一行は今日はここに寝泊まりしているのだ。

実は彼は、勇者の仲間達に入れてもらいたいからこんな所で勇者達を待っているわけではない。


彼も勇者の仲間の一員だ。


別にいじめられているわけではない。

むしろ『見てくれは小汚い』彼を勇者は良く慕ってくれている。

そもそもあの小屋はギンジィ自身が志願したのだ。

別にマゾではない。

これが彼の使命なのだ。



さて…、もう約束の時間はとうに過ぎているのだが、出てくる気配がない…。




ダン!


太陽が直上に昇ろうかという時、不意に慌てたような音が響き、ギンジィは顔を上げた。


「わりぃギンジィ!待たせたか!?」


勇者のお出ましだ。


「ごめーん!ギンジィ!ミルノがいつまでも支度終わらなくて!」


続いて可愛らしいいかにも赤髪の魔女っ子な女の子が出てくる。


「ネル!私のせいにしないでくれる!?あなただって杖をなくして大慌てだったでしょう!?」


続いて少し気の強そうな金髪の魔女っ子の女の子が出てくる。


「ギンジィが呆れてる、勇者さん、早く行こう。」


最後に駆けながら勇者の腕をぎゅっと掴む少し青髪の魔女っ子が出てくる。

互いの不釣り合いに大きい帽子がぶつかり合ってバラバラと地面に落ちていく。


「わっ、急に掴むな!あ、あぶない!」

「ああっ!テトリアずるーい!」


輝く日光を浴びて、姦しい乙女達の声と彼らが身に纏う装備はその輝きをさらに増して神々しい。

これにギンジィを入れて、5人からなる勇者とその一行が出揃った。


そう、このパーティーは、勇者、魔女、魔女、魔女、戦士という型破りなパーティーだった。


「さぁ行こうぜ皆!今日はライノス討伐だ!」


勇者は今日は爽やかに、快活に、皆の士気を十分に高めつつ剣を空へと掲げた。


「おーーー!」






ドドルゲンの家系は生まれながらにして脇役の使命を背負っている。

親父もじいさんもひぃじいさんも代々勇者を英雄とせんために戦い抜いてきた。

勇者は村を救い、仲間を救い、未知の冒険をし、苦難、努力の果てに悪を倒し、民から盛大な賛美を受けねばならない。

そしてもちろん、女の子達にもモテなければならない。というかそもそも勇者は基本的にイケメンなのでそこはあまり心配ない。


ギンジィも例に漏れず、ドドルゲン家の掟を守って勇者を探し出し、そのお供につき、誠心誠意勇者を主人公にする使命がある!


勇者と出会ってはや1ヵ月だが、物語はまだ序盤も序盤。

勇者のレベルは5だ。魔女っ子3人組は揃って2。ギンジィは88である。もちろん秘密にしており勇者には3と伝えてある。

見た目はただのアイアン装備に身を包んだ小汚いおっさんにしか見えないだろう。

だがそれでいいのだ。

自身が目立ってはいけない。強いところは見せてはいけない!最後には必ず勇者を勝たせるのだ!


勇者がその腰にぶら下げている伝説の剣。

聖域の奥で聖台の上に刺さっていた伝説の剣。

実はあれをギンジィが力ずくで抜いてしまったという事実だけは絶対に墓まで持っていかなければならない!

その後のごまかしで何とか勇者自身が抜いた事に出来たが、ギンジィにとって思い出したくもない失態であった。


「フッ私もまだまだ爪が甘い…親父のようにはいかないな。」


華やかに談笑する4人の背を見ながら、ギンジィは小さく苦笑した。

ちなみに親父はその時代の勇者をとある国の王にまで押し上げ、13人もの妻を持たせる事に成功している。

長きに渡るドドルゲンの家系の中でも最高記録となっている。


「見てな親父、私もあの方を最高の勇者にしてやるさ。」





「きゃぁ!」


「!」


その時だった。後方から女性の悲鳴!

皆が振り向くと、若い女性が見るからに野蛮そうな男達に腕を掴まれている!

平穏そのものに見えるビナの町も都市と都市を結ぶ街道の真ん中にある町であるため

時折こうして物騒な輩が出ることは耳にする。


(いかん!)


ギンジィはとっさに…いや、すぐ止まる。


(だめだ、勇者殿の合図を待たねば)


「あいつら…!いくぞ皆、彼女を助けるんだ!」


「おー!」


勇者殿のすぐ後ろを走りながらすかさず私は目を集中させ、レベルチェッカーの技能を発動する。


男A レベル7

男B レベル9

男C レベル5


(いかん!勝てない!)


少しだけ速度を落とし、魔女っ子3人にさりげなく前を走らせ、私は小さく詠唱する。

すると勇者と魔女っ子3人の体がほんのわずかに輝きだしだ。誰もそれには気づいていない。日光さまさまだ。


「止めろ!お前達!」


いち早く到着した勇者が男共を制止する。


「あぁ?なんだぁ?」

「誰だよてめぇは。関係ねぇだろ!」


男共が吠えて武器を抜く。


(フッ、せいぜい威張っていると良い。今の勇者殿はレベル10にも匹敵する!)

最後に到着したギンジィは小さく笑みを浮かべる。


「待て!話し合いでケリを付けよう!」


(ん?)

ギンジィの顔が不意に曇る。


「武器を仕舞え。僕は誰も傷つけるつもりはない!」


勇者は剣を抜く素振りも見せず、手を大きく広げた。


「え、でも…。」


テトリアは心配そうに勇者を見る。

勇者はと言うと、その問いかけに反応せずまっすぐ男共を見据えていた。


(な、なんと心の広いお方だ!)


ギンジィは思わず拳を握った。


(勇者殿を探す度に出てから苦節28年…、あの苦労は無駄ではなかったのだ!)


「ふざけんなコラ!」

「金を置いてけよ、だったら見逃してやるよ!」


(こ、こいつら…!!勇者殿に対してなんたる態度!)


グググッ…


ぎんじぃの拳がわなわなと震え始める。

その時…


ズズズ…

地面がかすかに振動し始めた。


「え、何これ、地震?地鳴り?」

ネルがビクッと驚いて周囲を見渡す。

ミルノとテトリアも周囲を警戒し始めた。

勇者はと言うと、それでも男共から目を離さない。


「彼女を離せ!」


「え?あ…いや。」

男共はそれよりもこの振動に対して戸惑っている。


(子悪党ども…、未来の王に向かって…!!)


グググググッ…

ギンジィの力みがさらに高まる!


ゴゴゴゴゴ!


それに同調するかのように揺れが大きくなった。

そしてギンジィの獅子をも殺さんとする険しい眼光が男共を射殺す!

男共は全身が総毛だったように、ビクリと肩を震わせた。


「ひっ…ひぃ…わ、悪かった!」

「こ、こいつもしかして勇者…!?」

「に…逃げろおおおおお!」


まさか最後方にいる冴えないおっさんが放った眼光とも気づかず、勇者が発した何かだと誤解した男共は散り散りになっていった。

同時に揺れが収まった。


「………。」

テトリアがポカンと勇者を見る。


「すごいすごい!今の勇者様がやったの!?」

しかしネルはと言うと、ピョンピョンと跳ねながら勇者の腕に抱きついた。

勇者がやったと信じて止まない様子だ。


「ゆ、勇者、あなたがやったのですか?す、すごいですね…。」

ミルノも呆れたような感心したような声を出す。


「え?僕?」

肝心の勇者は、自分を指さしながら皆を見る。

そんな勇者の視界にはワイワイと群れる魔女っ子達の後ろで深々と片膝を付き、頭を下げるギンジィの姿があった。

ギンジィは勇者の視線に気づくと神妙なその顔を上げ、こう言った。


「勇者殿、お見事です。あなた様のご慈愛と勇気が大気を震わせ、地を動かしたのです。」


「そうなの…かな?」


勇者はまだよく分からない様子。


「はい、間違いございません。このギンジィ、命を賭してあなたに付いてまいります。」


ギンジィの迷いなき断言に、勇者は首を傾げながらもまぁそういうものなのかと納得した。







ビナ平原。


本日の相手は凶悪なツノを持つモンスター、ライノス。

元々人里付近に出没するモンスターではないのだが、どういうわけか狂ったように街道を行く人々を襲い始めるようになった。

討伐推奨レベルは5程度とされているが、集団で襲われた場合はレベルが10であっても非常に危険である。


「皆、分かってるな?1匹ずつ倒していくぞ。絶対に複数を相手にしないように。」


「もちろん!分かってるよ!」

ネルはブイと指を二本立てる。


「任せなさい!私のライトニングで一発です!」

ミルノも不敵な笑みを浮かべて杖を力強く地面に刺す。


「凍らせる。」

ブンッと杖をしならせ、テトリアも戦闘態勢に入る。


「私がまずライノスを引き寄せます。皆様はその間に奴を倒してください。」


「ギンジィ…、いつも迷惑をかけるな。」


勇者はギンジィの言葉にグッと歯を食いしばった。


「もったいなきお言葉。しかし心配はご無用、勇者殿には傷一つ付けさせません!」


「ちょっとーギンジィ、私もちゃんと守ってよね!」

ネルが茶々を入れてくる。



さて、


ギンジィが周囲を見渡す。

ちょうど1匹、はぐれライノスがいる。


(エネミーコール!)


ギンジィが小さな声で詠唱すると、不意にライノスがギロリとこちらを向いた。

そして猛然とギンジィ目掛けて突撃した!

ギンジィは巨大な盾でその身を覆い隠し、わずかな間からライノスを睨みつける。


「う、うわ…来た!来たぁああああ!」

体高2.5メートルもあるライノスの巨体が草を蹴散らし、吹き飛ばさんと猛スピードで駆けてくる姿にネルはさっきまでの勢いはどこへやら。

じりじりと後ろに下がり始める。


「皆!下がって!ギンジィ避けろぉおおお!!」


勇者がとっさに魔女っ子3人に退避を促し、ギンジィに向かって叫ぶ。

これほどまでの勢いとは勇者も想定外だった。

まともに衝突をもらってしまったら…。



ドッゴオオオオオン!!!



ンンンン…。



金属と金属がぶつかったかのような衝撃音がこだまする。


しかし、


ギンジィはその場から一歩も食い下がる事なくライノスの突進を受け止めていた。


「え?」


「え?」


「え?」


「え?」





「…え?」


4人が唖然と声を上げた後、ギンジィも皆に振り返って間の抜けた声を出した。

そして皆が放心している姿を見てようやく合点がいく。



(し、しまったあああああ!!!!)

(今の突進はレベル3の私では吹き飛んでいなければ道理が合わない!)



「ぐあああああああ!!」

急にギンジィが大声を上げて後方にジャンプした、ように見えた。


(インパクト!)

(ブラッドフォース!)

(ワールウィンド!)


ブワァ!


急にギンジィの周囲に強烈な風が巻き起こり、4人は身を強張らせる。

そしてギンジィの口から鮮血が飛び散った。


「ギ、ギンジィ!!」


風に押されながらも勇者はその瞬間を目撃し、その名を呼ぶ。

魔女っ子3人は強烈な風に目も開けられない。

ギンジィは突進でも受けたかのように大きく吹き飛び、その身を擦りながら草原に転がった。


ちなみにライノスも吹き飛んでいるが勇者にはギンジィしか見えていない。


「大丈夫か!ギンジィ!」


勇者が駆け寄り、その身を起こす。


「くっ…油断しました。勇者殿…。ガハッ!」

「もう良い!喋るな、くそ!ライノスめ…。」


勇者がライノスに向き直る。

ライノスはというと足取りのおぼつかない様子でヨロヨロとこちらを注視している。

しかし、先の衝撃がよほど効いていたのか、しばらく様子を見ていたかと思うとライノスは

こちらに背を向けて走り出す。


「フリーズ!」


不意にテトリアが叫ぶ。

地面から氷柱がせり出し、ライノスの四肢を侵食していく。


「勇者さん、ネル、ミルノ!」


テトリアの声に反応して、勇者が駆け出し、ハッと状況を理解したネルとミルノが魔法を詠唱する。


「ファイアー!」


「ライトニング!」


パキンと氷柱を割らんばかりのライノスの膂力だったが、火と電撃の追撃によりその動きが止まる。


「はああああ!」


最後に、その手に伝説の剣を持つ勇者の一撃がライノスの背に突き刺さった!


オオオオ!


しかしライノスは一度二度首を左右に振った後、体をのけ反らせて抵抗する。

あまりの巨体に勇者の体もつられて左右に振られた。


「くっ…硬い!」


勇者は後方に飛び退ると再度切りかかる。


「フリーズ!フリーズ!」


テトリアがひたすら足を止めようとその少ない魔力でライノスを攻撃し続ける。


「ファイアーファイアー!」


ネルも苦しそうな表情で、目標もあまりよく見ずに魔法を連発した。


「ラ、ライトニングは消費が大きくて…ライトニング!」


ミルノはすでに片膝をついた状態でそれでも懸命に魔法を唱えた。

そんな見苦しい状態であっても、ダメージが蓄積されていったライノスはとうとう。


ドォン


力尽き、その巨体を静かに横たわらせた。



「か、勝った…?」


ライノスを1匹討伐完了!


「やったあああ!!」


皆が諸手を上げて喜び、勝利の味を噛み締めた。


(ハァ…何とか掟を守れたようだ…)


派手に飛びすぎたため戦闘不能と見なされていたギンジィは遠目からその様子を見ながら息を付き、心底安堵した。

その後、ギンジィの巧みなブロックと後方支援により1週間をかけてライノスをあらかた駆除し終えた一行は、街道を行く商人達から感謝される運びとなった。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


勇者(勇者)18歳 レベル5


装備:伝説の剣(まだ使いこなせない)

  :シルバーメイル

  :シルバーアーム

  :シルバーブーツ

  :マント


所持魔法:なし


整った顔立ちの爽やかで快活な好青年であり勇者。

勇気と信念を持ち、弱き者を助ける心優しい性格の持ち主。

妖精王の加護がないと抜けないとされる伝説の剣をレベル4で抜く事に成功し、神の子と称される。

旅を始めてまだ3ヵ月。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~











「……。」


勇者が顎に手を添えてまじまじと見入っている。

彼の目の前には数々の武具の品。

ビナの町に戻った彼らは、ライノスとの戦闘を省みて武器防具の新調を試みる。


「やっぱりさぁ、私の杖から変えるべきだと思うんだよね勇者様!」

ネルが甘えるような仕草で勇者にすり寄る。


ネルは天真爛漫という言葉が似合う非常に活発な魔女である。

肩くらいまでの髪を揺らしながら戦闘でも町でも落ち着きなく動き回る姿は微笑ましいものがあった。

彼女は勇者がギンジィと出会った後、3人目の仲間としてパーティーに加わった。

魔力量は貧弱。魔法はファイアーしか使えないがその資質は高い、とギンジィは彼女の能力を見定めている。

さらに言うと料理も美味しい。つまり嫁力が高いのだ。これは重要な要素である。


「ちょっと!魔法のブローチで私の魔力を高めるべきです!」

ミルノがネルの肩を引っ張って制止する。


ミルノは少しプライドの高そうなお嬢様気質のある長い金の髪を左右に巻いた魔女である。

奔放なネルと度々勇者を巡って衝突する事があるが、場所によっては礼儀を弁える事ができるし、しっかり空気も読める。

そして何よりギンジィはその高貴な雰囲気が恐らくは遠いながらも貴族の血を持っている事を見抜いていた。

何よりまだ威力は小さいが珍しい電撃属性の魔法の使い手である。


「私はこれでいいです。」

「いや、それ、すごく高い奴…。」


店のどこからか勝手に持ってきたであろうローブを勇者に見せるテトリアとそれに突っ込むミルノ。

最後にテトリア。

テトリアは2人と比べてると背の低い大人しめの魔女だ。特に秀でている所はないものの時として大胆で時として非常に冷静な一面を持っている。

ある意味、もっともヒヤヒヤさせられる存在でもある。とはいえ、ギンジィはテトリアの独特の行動力には一目置いている。

とりあえずやってみるの精神と確実に無理だからやらないの線引きの上手さは今後のこのパーティーには必要だ。

と、勝手に解釈している。


いずれにしろ、全て2つ返事で勇者が加入を承諾しているので、ギンジィは不満を言うつもりはまったくなかった。

とはいえ魔女が立て続けに3人入った事は想定外であり、欲を言えばヒーラーが欲しいのだが旅はまだ序盤。何とかなるだろう。



「ギンジィ。」


「は、はい!」


回想に耽っているギンジィは不意に勇者から声をかけられた。


「ギンジィの装備を一新しようと思うんだけど、これとかどうかな?」


「!?」


ギンジィの顔にブワッと汗が流れる。


「えー?ギンジィの装備なの?なんでー?」

ネルが明らかに不満があります、と勇者のマントを引っ張る。


「さっきの戦闘…いや、これまでの戦闘でもギンジィは敵を引き付けたり僕達の代わりに的になったりと大変な思いをしていただろう?」

「だからギンジィにはもっともっと良い装備をつけて欲しいと思うんだ。」


「それはわかりますけどぉ…」


ミルノも不満顔。


「い、いえ私にはそんなもったいない…。」


ギンジィは手を上げて首を振るが、ずいっと勇者が一歩踏み出る。


「分かっている。装備を新調すると言う事は、今後も盾になってくれと言ってるようなものだ。」


少し勇者の表情が曇る。


「けれどギンジィが皆を守り、僕が切り込み、彼女達が魔法を放つ、それが最も安定した戦い方になっている。」

「無理を承知で言う、今後も盾となって僕達を守ってくれないか?」


ドカン!


と稲妻が落ちたような衝撃をギンジィは受けた。


(な、なんと慈愛に満ち、先見性を持ったお方だ…)


ヨロリとその体躯が一歩後ずさる。


(し、しかしまずい…この装備を新調するわけには…)


ギンジィは自身が身に着けている装備を見やる。これらは先祖代々伝わるおんぼろな装備に見せかけた勇者を守るための一流の装備であった。

ひぃひぃじいさんは鎧を引き継ぎ、ひぃじいさんは武器を引き継ぎ、親父は盾を引き継ぎ、と代々受け継がれてギンジィに託された装備なのだ。



ギンジィはハッとして荷物から本のようなものを取り出すと、勇者達から背を向けた。


「ギンジィ?」


勇者が首を傾げた。



ギンジィが広げたその本は、

先祖代々伝わる、『正体を明かさない方法100選』である。


(装備!装備が新調されるのを防ぐには!?)


素晴らしい目の動きで目次を漁り、目的のページを開く。



…。



やがて、

ギンジィは何事もなかったかのように、素晴らしい速さで本を荷物に仕舞うと皆に向き直った。


「勇者殿。」


そして少し憂いを帯びた表情で語りだす。


「…これらの装備は親父の形見なのです。」


「ッ!」


皆が動揺する。

なお、彼の親父さん(65歳)は今日も元気に畑を耕しているだろう。


「親父もかつて冒険者でした…。横暴な親父でしたし家にはわずかなお金も残してはくれませんでした。」

「ええ、率直に言えば好きではありませんでした。家に帰ってくるのは半年に1回あるかどうか…、母さんをいつも泣かせておりました。しかし…」


ギンジィは続ける。


「そんな親父でも私に残してくれたのがこの装備なのです。確かにボロボロで、決して良い装備ではありません。」

「親父ももう十数年前に旅に出たまま戻ってきません。…もう戻ってはこないでしょうね。そんな腐った親父でしたが、私はこれを身に着けていたい…、フッ何故でしょうね。」


「ギンジィ…。」


勇者が顔をしかめる。


「私が冒険者となる事も定めだったのかもしれません。勇者殿のご厚意は非常に有難く身に余る光栄に存じますが、それでも

この装備を身に着ける事をお許しいただきたい…。」


言って、ギンジィは頭を下げた。


「悪かったギンジィ、僕のお節介だったな。」


「いえ、そんな事は…。」


「だがギンジィ、僕が思うに…、ギンジィはきっとその親父さんの事が好きで、そしてきっと親父さんもギンジィを愛していたのだと思う。」


「そうなのかも…しれませんな。」


ギンジィは寂しげに笑った。

なお、くどいようだが彼の親父さん(65歳)は今日も元気に畑を耕しているだろう。


「ギンジィ!私、応援してるからね!!」


ネルが目に涙を浮かべてギンジィの手を取った。


「…これからも私達を守ってくれるというのであれば、私は何も言いません。」


ミルノは言って横を向いた。


「ギンジィの親父さんを探そう。」


テトリアが静かに言った。




(ん?)

ギンジィの顔が曇る。





「きっと、まだ生きてる。私はそう感じる。」


テトリアは曇りもなく言い放つ。


「それだ!」


とネル。


どれだ?


「そうしよう!みんな!もちろん悪を倒す、その使命は忘れない、でもギンジィの親父さんも探しだすんだ!」




ギンジィの顔にまたしても汗が浮かぶ。


(演技とはいえ…、やりすぎた…!)


「よし、装備を整えて次の都市メルフェリアを目指そう!」


「おー!」


皆が高々と手を振り上げるのに釣られて、ギンジィも動揺した表情で小さくその手を上げた。








とある場所にとある家がある。

庭には花畑があり、透き通るような川が1本、その小脇を流れている。

木材で作られたどことなく郷愁が感じられる風情あるその家は、壁にいくつものアレンジメントが掛けられており、その家の主人の手入れの良さを感じ取れる。


家の中、やはりそこも風情が溢れかえっており、一際大きな棚には数々の用途不明のアイテムが飾られていた。


その部屋の中央で静かに織物に精を出す初老の女性が1人。


バタン!

壊れんばかりの勢いで古いながらも小奇麗な扉が開かれる。


「おい見ろや!このでっけぇかぼちゃをよぉ!」


「まぁ!すごい!さすがあなたね!」


家の中で織物をしていた女性は手を叩いて微笑んだ。


「ばっはっは!そう言うなやい、照れるぜぇ!」


同じく初老とも見えつつも精強で屈強そうな大男は、その体躯に見合わず頬を染めて恥ずかしがる。




ドドルゲン家の夫婦仲は今も順風満帆である。



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