エピローグ

第39話アンデット×レジグネーション

「さて、今回の顛末だけど――」

 事件から数日後。ヘブンフラワーズ事務所にて、天華は一同を見渡しながら口を開いた。

 隣に座っている琴華と、対面に座っている久遠は真剣な表情で次の言葉を待つ。

「とりあえず、あの牧場は閉鎖されたわ。首謀者である久々津解良は神祇省に逮捕されて、施設は事実上の壊滅ってことね」

 通報(タレコミ)をしたのはアタシなんだけどね、と天華は軽い調子で付け加える。

 久遠が久々津を気絶させたあと、意識を取り戻しても動けないように身体を縛っていたが、その処遇までは知らなかった。

 能力者を管理する神祇省にとって、ヘブンフラワーズは捕らえるべき異能者の集団であるが、こういったビジネスライクな共生も行っていた。確かにいずれは決着を付けるべき相手ではあるが、こういった内部の膿を摘出するためには、その優先順位は通常の能力者よりは低いのだ。

「捕まっていた子供たちも、まだ異能が発現していない子は養護施設へ。能力が既に発現している子は矯正施設へ転入する手続きも終わったわ。今回の件は一応、これで一区切りかしら?」

 捕らえられていた子供たちの処遇も決まり、頭を悩ませていた懸念が解消された久遠はホッと安堵の息を吐いた。それは琴華も同じだったようで、口には出さないが先ほどまで強張っていた表情へ、どこか弛緩していた。

「姉様、今回は本当にご迷惑をお掛けしました」

「俺のせいで、本当にすいませんでした!」

 琴華は天華に深々と頭を下げ、感謝の意と謝罪の言葉を述べる。

 続くように久遠も頭を下げ、同じように今回の件の事後処理を一身に引き受けた天華に対しての感謝、それから自身の勝手な都合から会社全体に迷惑を掛けたことについて頭を下げる。

「アナタたちの気持ちは充分に分かったから二人とも、顔を上げてちょうだい」

 そんな二人の様子を見て、天華は困ったように苦笑を浮かべる。事件当時も牧場に到着した天華を見るなり、琴華と久遠は勢いよく土下座をしてひたすらに謝り倒した。

 そんな光景を思い出しながら、天華はもう謝罪はいいから顔を上げてくれと告げる。

「今回は愛する妹のお願いだったから、この件については不問とします。ただ、次からはキチンとアタシに相談すること。いい、久遠くん?」

 ポケットから煙草の包み(パッケージ)を取り出すと、天華はそれに火をつけ、紫煙を燻らせながら念を押すように久遠へ問いかける。琴華については触れない辺り、潔いまでも姉妹愛(シスコン)である。

「もう、姉様ってば……愛する、なんて……❤」

 天華の言葉に身をよじらせて頬を赤らめる琴華。こういった天華に対する感情表現に遠慮がなくなっているのは、あの事件からの変化だった。無論それは天華も同じだ。

 以前は仲睦まじそうに見えてもどこか壁があった二人だったが、今はこうして心からお互いに触れ合っているように見える。あの日から止まっていた二人の時間はまた動きだし、現在は同じ時間を同じように過ごしている。それはいい兆候だ、そう久遠は思っていた。

「天華さん、それから琴華。俺の話、聞いてもらえますか」

 話が一段落つくと、タイミングを見計らっていた久遠は、満を持して話を切り出した。「琴華は知ってると思うけど、俺は天華さんたちと同じ異能者じゃない。【契約者】――そう呼ばれている存在なんだ」

 目を瞑り、躊躇するように言葉を詰まらせるが、久遠は意を決して言葉を続けた。

「忌書……確か魔道書の中でも、別格の存在だって聞いたことがあるわね」

「確かにそれは正しい。その性能は魔術の領域を越えて、世界の法則さえ書き換えてしまうほどのものだ。でも、それだけじゃない。その代わり、忌書は使用者を己に取り込み、一体化させる呪われた魔道書なんだ」

 世界の暗部に詳しい天華は忌書について聞き及んでいたのか、神妙な表情で問いかける。

 久遠は肯定するが、同時にその利点(メリット)を容易く打ち壊してしまうほどの危険性(デメリット)を口にした。

「忌書はある一つの渇望を体現するための装置だ。それと一体になるってことは、所有者自身がその渇望に支配されることになる。多分、一番有名な【死霊の掟(キタブ・アル=アジフ)】は、あらゆる生命を奪う能力を与えるが、その代償として使用者に狂おしいほどの殺人衝動を抱かせるんだ。これは『あらゆる命を殺し尽くしたい』っていう忌書の体現する渇望に、使用者が飲まれた結果だ」

「つまり、能力の代償として、能力そのものに飲まれるって? それって、鬼血(わたしたち)と変わらないじゃない。ただの一般人が簡単に、そこまで強大な力を手に入れられるの?」

 久遠の説明を聞いて、琴華は怪訝そうな顔で呟きを漏らす。

 琴華が言うように、異能者は能力の症状が進んで行くと、やがて能力そのものに飲み込まれていく。発火能力者ならば最後には自身が炎と化すように、忌書の所有者も契約を結んだ瞬間から、その力に飲み込まれていく。そこには奇妙にも類似点があった。

「確かに、そうかもしれねぇな。でも、忌書は誰でも扱えるわけじゃないんだ。〝資格〟を持っている人間だけが、忌書と契約を結ぶことができる」

「資格、ね」

「ああ、そうだ。その資格は――忌書の象徴する渇望、狂気にまで至る強い願いを同じように抱いていることなんだ」

 神妙な表情で呟きを漏らす天華に対して、久遠は肯定するように頷く。

 そして、忌書と契約するための条件、その資格について口にした。

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