第37話アンデット×パペッター6

「どいつもこいつも、ふざけやがって! この私を! この久々津解良を愚弄するか!!」

 口角を吊り上げ犬歯をむき出しにして、狂気に満ちた表情で嗤いながら、うわごとのように久々津は叫ぶ。その身に宿るのは妄執。狂おしいまでの破壊衝動だった。

「いいだろう――殺してやる。貴様も、そこの言霊使いも、あの女も全員、殺してやるぞ!」

 舌なめずりをしながら久々津は哄笑し、視線を眼前の久遠に向ける。

 だが久遠はそれに動じることなく、酷く冷めた目で久々津を見ていた。

「諦めろよ。お前はもう、終わったんだ」

 久々津と天華のやり取りは久遠にも聞こえていた。天華が敵に回ったということは、ヘブンフラワーズにとって久々津は処断するべき存在へと認定されたということだ。

 駄々をこねる子供を諭すように、久遠は敗北を認めない久々津に対して淡々と告げた。

「私はまだ、終わってなどいない!」

 久々津が叫んだ瞬間、久遠の身体が宙に浮いた。浮いたのではなく〝吊された〟のだ。

 周囲に張り巡らされたワイヤーを操作し、久遠の身体を宙づり状態にしているのだった。

「まずは貴様からだ――久々津流傀儡術!蜘蛛ノ型。亜式・喰散餌(がさえ)ェェェッ!!」

 久々津がワイヤーを手繰る指を動かした瞬間、四肢を絡め取っていた糸が肉に食い込み、あっさり身体を分解していった。噴水のように血飛沫が周囲に飛散し、細切れになった肉界が床へと落下していく音が聞こえる。それは死の音だ。命が失われていく音だ。

「え――?」

 朦朧とする意識の中、琴華は思わず声を漏らす。

 能力の酷使により疲弊していた彼女は、先ほどまでただ二人のやり取りを眺めていた。

「久遠……?」

 しかし、目の前に投げ出される手足を見て。

 遠慮なく床の上にまき散らされた内蔵を見て。

 胴体から切り離された頭部を見て。

 周囲を赤く染め上げる大量の血液を見て。

 先ほどまで不死川久遠〝だった〟肉塊群を見て。

 琴華は呆然とした表情で、ただ呟きを漏らした。

「ははははははは――ァッ! どうですぅ!? ここまで切り刻まれれば、もう死なないなどと大口は叩けないでしょうねぇ!!」

 無残な姿に成り果てた久遠を見て、久々津はさもおかしそうに笑い声を上げる。

 自らの前に飛び散った内臓を思い切り靴底で踏み潰すと、ビチャリとした水音が響いて肉片が飛散する。

「所詮は魔術師! ただの奇術師(ぺてんし)でしかなかったということだ!!」

 狂ったように笑いながら、久々津は肉塊を執拗に踏み続ける。

 その姿は害虫を目の当たりにして、確実に排除しようとする様子を彷彿とさせた。

「ザ ン ネ ン ダ ッ タ ナ」

 しかし、声が聞こえる。それは久遠の声だ。久々津によって、見るも無惨な肉塊に変えられたはずの彼が、どうして喋れる? 声を発せられる?

「俺は死なない。絶対にな。例え粉微塵に分解されても、不死川久遠という生物の活動は決して停止することはない。だから〝この程度〟で殺せるなんてのは、とんだ思い違いだ」

 その声は久遠の口から発せられていた。胴体から切り離され、死滅を待つのみだったはずの彼の頭部。しかし、何事もなかったかのように、口は動いている。目は開いている。

 首を切り落とされてもなお、不死川久遠は生命活動を続けていた。

「もし、あらゆる死因に適応することができれば。ありとあらゆる死に対して、耐性を持つことが可能だとすれば――それは擬似的な不死を再現することができる」

 生首の姿のまま、久遠は言葉を続けた。

 久々津はその常識を逸脱した光景を目の当たりにして、短く悲鳴を上げて後ずさる。

「この【妖祖の秘密】は契約者である俺に対して、どんな過酷な状況でも生命活動を維持できるように、身体の構造を適応させていく。痛覚ですら、自分でコントロールすることができるんだよ。首を切られようが、足を削がれようが、腕を断たれようが、内臓を掻き回されようが、どんな重傷を追っても俺はその状況にでも生き長らえることが可能だ」

 やがて床に散らばった肉片が蠢き始める。赤々とした肉片はどす黒く変色し、無数の欠片に分解されていく。それはよく見ると数多の蛆虫のようであった。

「それはある意味で〝進化〟って言った方がいいのかもな。死を克服し、生きることに特化した生命体――それが俺だ」

 久遠の肉体は完全に数多の蛆虫に分解され、それらは床を這って一カ所に集まっていく。

 その全てが集まっていき、大きな塊になっていくと、それは人型を象っていく。

『――ティビ・マグナム・イノミナンドゥム・シグナ・ステラルム・ニグラルム・エト・ブファニフォルミス・サドクァエ・シギラム』

 滔々と声が響いていく。まるで蠅の羽音が重なるように、奇怪な音が聞こえてくる。

 生理的嫌悪感をかき立てるおぞましさが、その言葉からはひしひしと感じ取れた。

 それは呪詛だ。呪われた言葉だ。かつて星より来たる妖魔(スター・ヴァンパイア)を招き街一つを狂乱の渦に巻き込んだ、災厄を呼ぶ忌まわしき言葉の羅列だ。

 滅びの呪文(アポカリプスワード)、そう称した者もいる。

「諦めろ。お前に俺は殺せない」

 やがて久遠の身体が変成していく。

 黒々とした肉塊はやがて甲冑を象り、頭部を含めて彼の全身を覆っていく。

 その色は深淵のように漆黒で、甲虫の外殻を彷彿とさせる光沢を帯びた質感だ。

 全身甲冑(プレートアーマー)をまとうその姿はさながら中世の騎士のようであり、黒い騎士と称するのが相応しいとも言える。

「ひ、ぃあぁぁぁ――!」

 異形の姿へと変貌した久遠を見て、久々津は叫び声を上げてその場に尻餅を着いた。

 全身を細切れにされても死なない久遠を見て唖然としていたが、ここに来てようやく我に返ったのだった。

「く、来るな――!」

 近づいて来る久遠を恐れるように、久々津は半狂乱に陥りながらも指先を動かしワイヤーを手繰る。もはや理性ではなく退魔師として異形の存在を相手取ってきた本能が、彼をそうさせていた。

 ワイヤーは久遠の身体に絡みつき、先ほどよりも容赦なく五体を切り刻もうと食い込む。

「聞こえなかったのか? 諦めろ、そう言ったんだ」

 しかし、ワイヤーは久遠の身体を断ち切ることなく、ただ硬直しているだけだった。

 久遠は呆れるように素っ気なく言い放つと、身体に巻き付いたワイヤーを手で千切る。

「耐性の取得――この状態の俺は、一度受けた攻撃に対して瞬時に耐性を獲得する。刃物も、鈍器も、薬物でさえ、同じ殺害方法では〝二度と〟俺は殺せない」

 本来であれば鉄さえも容易く切断する超硬度のワイヤーを、久遠は素手で容易く引きちぎっていく。それは彼の身体が、このワイヤーに対して耐性を獲得したからだ。

 【妖祖の秘密】の契約者たる不死川久遠は、事実上の不死だ。その能力の一環として、この耐性取得がある。攻撃を受ければ、瞬時にその攻撃に対して免疫や耐性が体内で構築され、二回目の攻撃においては安全に無効化することができる。

 久遠が琴華の言霊に対して抗ってみせたのも、緋胤の攻撃を難度も受けても活動できていたのも、全てはこの力の恩恵だった。普段は忌書の活動を抑圧しているため微弱な作用であるが、こうして完全に書と一体化している場合、その能力は顕著に表れる。

「どうした、今度こそネタ切れか?」

 残った唯一の手段を失い地に這いつくばる久々津を見下ろし、久遠は淡々と問いかける。

「じゃあ――今度はこっちの番、だな」

 久遠が右腕を翳すと腕全体が鎧の部分ごと、ボコボコと水音を立てながら変質していく。

 まるで腕そのものが生物になったように、変容/変形/変成していく。

『足掻く全てを無へと帰す牙――【喰らうもの(グラーキ)】』

 それは口だった。久遠の右腕は巨大な口となり、あんぐりと顎を大きく開いていた。

 楕円形の口内には不揃いな乱杙歯が所狭しと生えていて、その奥からは唾液でてらてらと光る巨大な舌が覗いている。口内からは大量のよだれが床まで垂れていて、久遠が右腕を近づけると久々津の顔にそれがかかっていく。

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