第33話アンデット×パペッター2

「これで、どうだ……ッ!?」

 ここで自らを守るように、炎の障壁を発生させるのがここまでの緋胤の定石だった。

 一度は倒れた久遠だったが、今の彼には覚悟がある。

 あの時は不意打ちで、防御することすらできなかったが、動きが予測できれば対応することもできる。

「燃焼」

 短く、言葉を呟く久遠。おそらく、このあとすぐに、彼は炎の壁に焼かれるだろう。

 しかし計算の上。その程度の苦痛で、託された希望を諦めるわけにはいかなかった。

「(あ、れ――)」

 しかし久遠はどこか違和感を感じていた。ゾワリと悪寒が背筋を撫でていき、彼の脳内で本能がけたたましく警鐘を打ち鳴らしている。

「ち、くしょう――そういうことかよ!」

 刹那の内にその違和感の正体に気づいた久遠は、踵を返して緋胤とは逆方向に走り出した。人の領域を超越した速度、さらにその限界を超える速さで久遠は必死に走り出す。

「間、に合えぇぇぇぇぇ――ッ!!」

 その背中を緋胤に狙い撃ちされるのではないか? いいや、その可能性はない。

 今の緋胤は既に目標を定め、攻撃を放ってしまったのだから。

 つまるところ、緋胤は最初から眼前にまで肉迫してきていた久遠ではなく、別の対象に攻撃を定めていたのだ。久遠が感じた違和感はそれだった。炎が発生する直前、空気が熱される感覚をあの時の久遠は感じなかった。しかし、攻撃は放たれた。

 それが意味することは――

「琴華――避けろぉぉぉぉぉッ!?」

 久遠が走る先には、琴華の姿があった。彼女は今もなお複数の能力者たちを相手取っていて、意識の外である死角から緋胤が火柱を発生させようとする。

 緋胤は久遠との一騎打ちにもつれ込んでいると完全に確信していた琴華には、その一撃を回避することは不可能だ。

 今は聞こえるはずのない久遠の叫び声を聞いて、琴華は何事かと背後へと意識を向ける。

 その時点で火柱の出現に気づいた琴華は、驚愕に支配された表情を浮かべる。

「ぐっ――アァァァァァ!?」

 ギリギリ手の届く距離まで戻ってきた久遠は、その勢いで琴華を突き飛ばした。

 久遠によって火柱の直撃を免れた琴華だったが、代わりに久遠が火柱に焼かれることになる。紅蓮の炎は泣き叫ぶように轟々と音を立てて、久遠を焼き尽くそうと燃え盛った。

「痛ッ――ちょっと……アンタ、大丈夫!?」

 久遠に突き飛ばされて床に倒れ込んでいた琴華だったが、すぐに立ち上がると久遠に駆け寄ってくる。咄嗟に上着を脱いで、それを必死に振って、久遠の身体を焼く炎を鎮火しようと試みる。その甲斐があってか、やがて久遠の身を包んでいた炎は消えていった。

「はぁ……はぁ……く、っそ――」

 苦々しく苦悶に表情を歪め呼吸を荒げながらも、久遠は必死に身体を起こした。

 その視線の先には久々津の姿があり、怒りを通り越して憎悪とさえ呼びそうな程の赫怒を滾らせ、久遠は肺腑の底から声を上げた。

「久々津、てめぇ――緋胤を切り捨てて、琴華を狙いやがったな……ッ!?」

 久遠の視線を受けて久々津はニヤァと嫌らしく口角を吊り上げると、愉悦に満ちた笑みを浮かべながら口を開いた。

「いやぁ、お見事。まさか間に合うとは、私も思っていませんでしたよ」

 久遠は大きな思い違いをしていた。

 あくまで今の緋胤を操っているのは久々津であり、そこに緋胤の意思は介在しないのだ。

 だから久遠が接近しても、それを囮にして琴華を仕留めようとしてさえみせた。

 緋胤がどんな傷を負おうとも、琴華を排除することができればいい、とでも言うように。

「たった一人の犠牲であなた方二人の内、一人でも仕留められるならば、安いものですからねぇ。もっとも、それも失敗してしまいましたが」

「ふざけんな……人間はな、物じゃねぇんだよ。そんな損得勘定で推し量るな!」

 あくまで冷静に、見方によっては冷酷に。久々津は状況を分析しながら呟きを漏らす。

 損得勘定でもするかのように緋胤を扱う久々津が、久遠には許すことができなかった。

「いいえ、彼女たちは正真正銘、私の〝所有物〟ですよ。だから、どう扱おうが、君に口出しする権利なんてないのですよ」

「んな理屈、通って堪るかよ……!」

激昂する久遠とは対照的に、久々津は冷ややかに言い放つ。

「……琴華、大丈夫か?」

 これ以上、久々津との会話に応じても無駄と判断した久遠は、視線を傍らの琴華に移すと、先ほど突き飛ばしたの衝撃による怪我はないか尋ねた。

「私は大丈夫だけど……それより、アンタこそ大丈夫?」

「俺は大丈夫だよ。こんな身体だしな。まあ結構、堪えたが、お前の言霊のおかげで、いくらかマシになってたみたいだからな」

 多少の擦り傷という軽傷で済んだと答えると、琴華は久遠の調子を気遣って問いかける。

 久遠は苦々しい表情で僅かに表情を緩めると、こちらも問題ないと答えた。

「そう。でも、同じ手はもう使えない。少なくとも、二人同時に身体強化は無理だと思う」

 久遠がなんとか無事だと分かると、琴華は安堵の息を吐くが、すぐに表情を険しくして現状を報告した。決死の作戦も失敗してしまい、琴華も徐々にだが限界に近づいている。

「……琴華。一分でいい。さっき言った奥の手で、時間を稼いでくれないか?」

 徐々に悪化していく状況に、久遠も表情を険しくするが、意を決して口を開いた。

「なにか策があるの?」

「本当なら使いたくなかったが……こうなりゃ、出し惜しみしてる場合じゃねぇよな」

 怪訝そうな琴華に、久遠は頷いて肯定する。

 その表情にはどこか躊躇いがあったが、同時に覚悟を決めた人間の顔をしている。

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