七章

第32話アンデット×パペッター

「ちくしょう、キリがねぇ――」

 肩で息をしながら久遠は苦々しく呟きを漏らす。

「もう限界? 残念だけど、まだまだ向こうはやる気みたい」

 そんな様子を見てまた一人相手を昏倒させ終わった琴華が、揶揄するように問いかける。

「そうだな。これくらいじゃ、勘弁してくれねぇみたいだ」

 久遠はその言葉に答えると、周囲を見渡して溜め息を吐いた。

 戦闘が始まってから各個撃破で徐々に相手を減らしてきた久遠と琴華だったが、彼らの周囲にはまだまだ少年少女がにじり寄ってきていた。

 圧倒的な人海戦術の前に、二人は苦戦を強いられているのが現状だ。

「幸い向こうも被害覚悟で、全員特攻を掛けられてないのが救いだな」

「向こうからすれば大事な〝商品〟だから、出し惜しみしてるんでしょ。こっちが殺せないのを見越して、数の暴力に疲弊して、倒れるのを待ってるのよ」

 あくまで犠牲者である彼女たちを殺さないことは、久遠と琴華にとっての共通認識であったが、そこに付け入るような久々津の戦い方に二人は口々に文句を口にする。

 確かに少女たちは、一気に勝負を決めるような真似はせず、圧倒的な数の優位を活かして、徐々に二人を追い詰めていった。それが分かっているからこそ、焦燥感が満ちていく。

「なあ、琴華。お前の言霊で、一気にあいつらを倒せねぇのか?」

「……やれるのなら、とっくにやってるっての」

 この状況を打破したい久遠は、琴華へ問いを投げかける。そんな縋るような苦し紛れの問いに対して、琴華苦々しく顔を歪めながら吐き捨てるように答えた。

「ええ、そうですとも。あまり無茶なことは、仰らないであげてください」

 今まで静観していた久々津は二人のやり取りを見ていると、下卑な笑みを口元に浮かべながら口を開いた。愉悦に満ちたその表情は、罠にかかった獲物を見ているようでもある。

「確かに彼女の言霊による支配能力は強力だ。大抵の人間ならば、その支配から逃れることはできない。事実、私の洗脳にも上書きさえこなしているのですから」

 賞賛するように久々津は言葉を続ける。

「ただしそれはあくまで個対個の話。おそらく彼女は複数の対象を同時に支配することを苦手としているのでしょう。考えてみれば当然ですね。あれほど強力な能力、同時展開(マルチタスク)に向いているとは到底思えない」

 久々津の考察を聞いて、久遠は悔しいが納得してしまっていた。

 確かに琴華はあくまで各個撃破に努めていて、それは自身にかかる負荷を最低限に抑えるためだ。能力の強力さに比例して能力者への負担は増加し、徐々に琴華の息が上がってきているのも、能力の連続行使による疲弊が限界なのだろう。

「それに比べ我が能力は同時展開を前提にしたもの! これだけの人数を同時に操作していても、自身にかかる負担は些細なものです。このままあなた方が力尽きるのを待って、こうしていることなど容易い容易い」

 クツクツとくぐもった笑みを上げながら、久々津は小刻みに肩を震わせる。

「先ほどは格下、と侮った相手に嘲弄される気分はいかがですか? 悔しいですか? 憎らしいですか? どうしたのです、なにか言ってご覧なさい!!」

 既に誰にもはばかることなく、もう思う存分に嘲笑う久々津。

「……なあ、あいつの言ってることって本当か?」

「……認めたくないけど、概ねは」

 そんな久々津を見ながら、久遠は声を潜めて琴華に問いかける。

 久遠の問いに対して琴華は忌々しげに久々津を一瞥すると、小さく呟くように答えた。

「私の言霊による全員を対象にした同時支配はせいぜい一分が限界……それも一瞬で昏倒させられるような複雑な命令じゃなくて、動きを封じるような単純な命令の話でだけど」

「なるほど。それが最後の切り札だな」

 数多の能力者を相手取った現状で、たかが一分ほどの僅かな時間、動きを止めた程度ではどうにもならない。ならば他の活路を探した方が賢明だろう。

「それじゃ各個撃破で、徐々に相手の戦力を削っていくしかねぇな。まずは緋胤をどうにかしたい。あいつの能力は厄介だからな」

「そうね、あの念発火能力者は確かに厄介かも。他の能力者は丁種の集まりだろうけど、あの子だけは、丙種まで覚醒してるだろうから」

 当初の予定を貫くしかないと分かった久遠は、遠距離から強力な攻撃を放ってくる緋胤に対して、なにか策を打ちたいと提案する。

 他の異能者の能力はさして強力とは言えなかったが、緋胤に限っては別格だった。攻撃の速度や威力、能力の多様性といった練度は久遠にとって驚異とも呼べる存在だ。

「私に考えがある。二人で一気に距離を詰めて、あの子を叩く」

「それができりゃ、苦労しないっての。あの能力者の大群をくぐり抜けて、緋胤まで辿り着けるって言うのかよ?」

 距離を詰めて緋胤を叩く試み自体は、久遠が何度も挑戦していた。

 しかし、緋胤の前には多数の能力者たちが待ち構えていて、彼らに対応している内に緋胤の攻撃が飛んでくるのが関の山なのが現状だった。

「だから、策があるって言ってるの」

 怪訝そうな久遠に対し、琴華は眉を吊り上げながら不機嫌そうに答える。

「今から、アンタと私の身体能力を強化させる〝暗示〟をかけるから。その内に二人のどちらかがあの子まで接近する」

「おいおい、強化って言っても――」

 突然の提案に虚を突かれたような表情で、尋ね返そうとする久遠だったが、それもこちらを再び見る久々津によって遮られた。

「さて――それでは、舞台続行といきましょうか」

 久々津は人形を操るように指を動かすと、糸が切れたように動きを止めていた少女たちが再び動き始める。それは即ち、久々津による人体人形劇の再開を意味する。

『不死川久遠、お前は強い。いかなる者もその身体には傷を負わせず、どこまでも強靱だ』

 琴華は滔々と久遠へと言霊を紡いでいく。その命令は通常よりも複雑で、かつ概念的なものであった。

『落花琴華、私は強い。我が身を捉えることは誰にもできず、その躯は豹のように俊敏だ』

 続けて自らにも同じような言霊を掛けていく琴華。彼女はそれが終わると、声を上げた。

「走って!」

 その言葉を合図にして、二人は同時に走り出す。

 瞬間、彼らを迎撃するために、能力者たちも動き始める。

「すげぇ――身体が軽い!」

 走り出した瞬間、久遠は身体の異変に気づいて、思わず声を上げてしまう。

 自身の身体が恐ろしく軽く感じ、疾走する速度は普段の比ではない。

 次々と迫り来る能力者たちの攻撃を躱し、久遠は包囲網を突破していく。

「これが……暗示の力、か」

 弾丸のように風を切って、久遠は走りながら呟きを漏らした。今の自分は異常なまでに身体能力が向上していて、まるでどんな芸当でもこなせそうな勢いだ。

「私が足止めしてるから、アンタがあの子をどうにかして!!」

 久遠と同じように獅子奮迅の勢いで次々と能力者を圧倒している琴華は、声を上げて久遠に緋胤の相手を任せる旨を伝えた。

「分かった――任せとけ!」

 人の限界を凌駕した動きで久遠は接近し、ついに緋胤を射程距離に捉えた。

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