第31話シスター×カミングアウト3
「琴華は自分が時間を奪ってるって言ったけど、アタシはそんなこと思ってないわ。だって今まで空っぽだったこの心を、いっぱいに満たしてくれたのは、他でもないアナタなんだから。琴華と出会わなければ、きっと今の自分はなかったと思う。琴華がアタシから大切なものをもらったように、アタシも琴華から大事なものをたくさんもらってるんだから」
穏やかに微笑みながら、天華は本心からの言葉を口にする。
もし琴華と出会っていない自分を想像すると、天華は思わずゾッとする。
誰にも看取られることなく日銭を稼ぐための汚れ仕事で、いつの日か呆気なく命を落とす。それはなんて恐ろしいことなのだろう。
「だから、そんな悲しいこと言わないで。お姉ちゃんがアナタのこと、嫌いになるわけないじゃない」
「ねえ、さま……」
天華は言い聞かせるように、優しい笑みを浮かべる。
「例え、世界中が琴華の敵になっても」
『例え、世界中がアナタの敵に回っても』
天華の言葉に、いつか聞いたはずの言葉が重なっていく。
「アタシは絶対、味方でいるから」
『アタシは必ず味方でいるから』
それを聞いたのは、いつのことなのか。琴華は覚えている。忘れるはずもない。
「ずっと、ずっと守ってあげるから」
『ずっと、ずっと守ってあげるわ』
暗く閉ざされた世界から、自らを救い出してくれた人。
この言葉は、その人が告げたものだ。
「生まれてきてくれて、今まで一緒にいてくれて、本当にありがとう」
『生まれてきてくれて、今まで生きてきてくれて本当にありがとう』
あの時と同じ言葉を聞いた瞬間、琴華はようやく理解することができた。
答えはきっと、初めて出会った時には、もう出ていたのだろう。
琴華はそれにようやく気づくことができた。
――咎神天華という人間は、心の底から自分のことを愛してくれているのだと。
「だから、これからもよろしくね。ずっとずっと、一緒に暮らしていきましょ?」
「は、い……ねぇ、さま……っ!」
心に染みこんでいくような天華の言葉を聞いて、琴華は嗚咽を漏らしながらも、必死に頷いて彼女に答える。もう琴華の心に劣等感はなかった。罪悪感もなかった。
「あとのことは、アタシに任せなさい。琴華は自分がやりたいように、動いていいから」
「でも……姉様。それじゃ、会社に迷惑が――」
「いいのよ、そんなこと今は気にしないで。たまにはお姉ちゃんに、格好つけさせなさい」
琴華と本心で分かり合えたあと、天華は最初の話に対して答えを出した。その答えを聞いて琴華は戸惑うが、その不安を払拭するように、天華は力強い口調で言い聞かせる。
「久遠くんのこと、放っておけないんでしょ? だったら、早く行ってあげなきゃ」
「……分かりました。全てが終わったら、必ず連絡します」
琴華の本心を代弁するように、天華は言葉を続ける。
琴華もそれ以上の反論はせずに、短く答えて天華の言葉に従った。
「久遠くんには、感謝しないとね」
通話が切れると、受話器を置いて天華は独り静かに呟きを漏らした。
彼女自身、長年のわだかまりが、こうして解けたことがにわかには信じがたい。
「思えば、不思議な子よね。会ったばかりなのに、なんでか頼りたくなっちゃうんだから」
久遠に琴華のことを話したのは、単なる気まぐれに過ぎなかった。
彼を雇ったのも、自分のせいで彼がバイトをクビになったせいもあるが、不死という稀少な能力者を手元に置いておきたいという打算が強かった。
しかし久遠は天華の期待に応え、想像を遙かに凌駕する働きを見せてみた。そこには感謝もするし、勝算もしなければならないと天華は思う。
「ありがとう、久遠くん。それじゃ、今度はアタシが頑張る番ね」
久遠への感謝を口にして、天華はとある番号へダイヤルをする。しばらく呼び出しのコール音が聞こえると、やがて通話に応じる声が聞こえてくる。
「防守くん? 今は檻籠さんと一緒? なら都合がいいわ。二人にお願いしたい案件ができたのよ。急な話だけど大丈夫かしら。え、依頼主? そうね、強いて言えば――」
受話器越しの声を聞きながら、天華は言葉を続けていった。
そして最後、投げかけられた問いに対して、彼女は不敵に笑うのだった。
「アタシ、かしら?」
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