第30話シスター×カミングアウト2
「アタシが琴華のこと、嫌いになるはずないでしょ?」
穏やかに微笑みながら、天華はゆっくりと諭すような口調で言葉を続ける。琴華が抱いていた不安を否定するように、彼女は言葉を紡いでいく。
「アナタはワタシにとって生き甲斐なの。琴華がいない人生なんて、もう想像できないわ。だから、そんなこと言わないで」
受話器越しの琴華を安心させるように、天華は優しい口調で言葉を掛けていく。
しかし、その言葉には一切の虚飾はなく、彼女が本心から口にしている証拠でもあった。
「ねえ、琴華。アタシの母の話、聞いてくれる?」
「姉様のお母様……ですか?」
不意に天華は琴華に対して問いかける。
それを聞いて琴華は、虚を突かれたように動揺しながらも答えた。
「アタシの実家、咎神の家のことは知ってるわね?」
「……咎神家は鬼血宗家の中でも、強さをひたすら求めている戦闘集団だと聞いています」
「ええ。血を純化していき権力を求めてた病葉を始めとする、他の鬼血宗家とは違って、咎神はただ力の研鑽のみを求めてきた。言ってしまえば、傭兵みたいなものかしら。病葉の提唱する異能者の支配と統率には関せず、求められれば力は貸す。そんなスタンスね」
病葉、咎神、棺姫(ひつぎ)、崩喰(ほうばみ)の四家で構成される鬼血宗家。その一角に名を連ねる咎神家。その名前は裏社会を生きる人間であれば、知らない者はいないだろう。
「母は咎神の家でも、特出した異能者だった。今の琴華の年には一族の頂点まで上り詰め、それから里を出て個人で依頼を受ける荒事処理屋として、全国を放浪していたらしいわ」
咎神の人間にとって生きる意義とは、能力の研鑽に他ならない。
二十歳に満たない年齢で一族最強の座へと至ってしまった天華の母は、それまで抱いていた目標を失ってしまった。故に彼女は里を出て、外の世界に出ることを選んだのだった。
「まあ、そこで父と出会って、アタシが生まれたらしいんだけどね」
苦笑混じりに天華は付け加える。彼女にとって父親は一度も会ったことがない人物で、自分と母を捨てて行方をくらませている救いようの放蕩者。そんなイメージだからだ。
「アタシの母はね、母親らしいことなんて、なに一つしてくれなかったわ。教えてくれたのは、この業界の生き方や渡り方、それから能力の使い方。それくらいかしらね」
今ではいい笑い話だと、天華は昔を懐かしむように微笑を浮かべる。
「だから母はどちらかと言えば、家族って言うよりも、人生の先輩って感じだったのかしらね。母もアタシを子供扱いしなかったし、こっちも母親だからって甘えられなかったし」
それが果たして本当に親子のあり方か。それが正しかったのか、天華には分からない。
ただ母親から叩き込まれた知識や技能によって、彼女は今日まで過酷な世界を生き抜いて来られた。その点には天華も感謝しているし、無駄ではなかったと思ってもいる。
「ただそんな母も、あっさり死んじゃったんだけどね」
酷く軽い調子で天華は言葉を続けるが、受話器越しの琴華は想わず息を飲む。
「血塗れで帰ってきた母は遺言代わりに言ったわ。『お前には、妹がいる』ってね」
天華の母親は今際の際、それだけを彼女に告げて逝った。
今まで知らせていなかった妹の存在、その所在について。
特にどうしろと命じるわけでもなく、ただ情報の一つとして口にした。
「それを言われた時、アタシは正直に言えば迷ったの。母がどうしてそんなことを言ったのか、分からなかった。まあ案外、言い忘れてたことに気づいただけかもしれないけど」
あの人ならあり得るわね、と天華は苦笑を漏らす。
「当時のアタシはね、自分もいつか母のように日銭を稼ぐために生きて、呆気なく死ぬんだって思ってたわ。将来の夢もなく、ただ漠然とした感じだったけどね。だからいきなり会ったこともない妹の存在を聞かされても、どうすればいいのか分からなかった」
当時の天華にとって母の姿が世界の全てで、彼女のような生き方しか知る由もなかった。
そんな少女が突然、腹違いの妹の存在を明かされても、どうすればいいのか迷うのは仕方のないことだろう。
「それで散々迷って、結局は会いに行くことにしたの。分からないなら、実際に会ってみればハッキリ分かると思ってね」
そして天華は落花の集落を訪れ、琴華へ会いに行った。琴華を渡すまいと行く手を阻む落花の人間を全て蹴散らして、天華は彼女を救い出した。
「琴華と暮らし初めてから、確かに色々と大変だったわね。母の子育てが異常だったのも、ここに来てようやく分かったから。色々と勉強したし、たくさん苦労もした。悪戦苦闘して、二人で少しずつ本当の家族みたいな生活にしていったわね。自分の未熟さを痛感したけど、アタシに懐いてくれる琴華のことが愛しくて、そんな苦労も苦じゃなかったわ」
これまで二人が暮らしてきた中で、様々な苦労があった。一般常識に疎い天華と琴華は、普通の生活を送ることすらままならなかったし、彼女たちが生きてきた世界はどこまでも弱者に残酷だった。それでも二人は力を合わせ、どうにか生きていくことができた。
まだ若かった天華にとって、自分以外の誰かの人生を背負うのは想像以上の重責だった。
途中で逃げ出したくもなったし、諦めかけたこともあった。それでも、琴華がいたから。
日に日に健やかに育っていく、自分を慕ってくれる、最愛の妹がいつも家に帰ればいたから。天華はここまで頑張って来られた。
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