第28話アンデット×コンバージョン5

「馬鹿、なんて顔してるの」

「だって、お前……」

 自らの登場にポカンとする久遠を見て、琴華は呆れるように溜め息を吐く。

 久遠はこの状況が信じられないと言わんばかりに、言葉を詰まらせていた。

「お前、今回のことは見逃してくれるって……だから、てっきり不干渉のままだと」

 おろおろと戸惑う久遠。

 彼は今回の件を見逃してくれることが、琴華にとって最大限の譲歩だと思っていた。

 天華のことを第一に思っている琴華がその件に不干渉を約束してくれただけで奇跡に等しいことだというのに、さらに協力してくれるという事実が久遠には俄には信じがたかった。

「そうね。でも気が変わった。私は自分がやりたいように動く。だから今回に限っては、アンタの作戦に乗ってあげる。光栄に思いなさい」

 琴華は軽い調子で答えると、傲岸不遜な態度で付け加えるように言い放つ。

 その自信に満ち溢れた凛々しい姿は、久遠がよく知る落花琴華そのものだった。

「いったい、どんな心境の変化だよ?」

「アンタが言ったんでしょ? 『ちゃんと一回、腹を割って話せ』、って」

「へっ、そうかよ。どうりでいい顔してると思ったぜ」

 まだ怪訝そうな久遠の問いに、琴華は素っ気ない素振りで答える。

 その顔は僅かに羞恥で赤らんでいて、彼女なりの照れ隠しであることが見て取れる。

 久遠はそんな彼女の様子を見て、フッと笑みを漏らす。よく見れば琴華の目は充血していて、目元が赤らんでいる。それは彼女が先ほどまで涙を流し、袖で拭っていたからだろう。

 もちろんそれはおそらく悲しいものではなく、むしろ喜ばしい感情によるものに違いない。

 事実、彼女の表情は晴れ晴れとしていて、それは大きな決断を下した者特有の清々しさを表していた。

「それじゃ、手ぇ貸してくれよ。情けねぇが、俺一人じゃここまでみたいだ」

「その代わり、帰ったら姉様に二人で土下座だから」

「任せとけ。なんせ俺とお前は〝共犯〟だからな。地獄の底まで付き合ってやるよ」

「ま、首謀者はアンタだけど」

 苦笑混じりに肩を竦めて、久遠は冗談めいた調子で口を開く。

 琴華はそれに応じるように軽口で返すと、久遠の隣に並び立つ。

 かつてはいがみ合い対立した二人だが、今この瞬間は同じ目的のために背中を預け合う。

「……なるほど。私の支配が及ばなかったのは、貴女のせいでしたか」

 一連のやり取りをただ黙って見ていた久々津は、ようやく静かに口を開いた。

「あ――そう言えば、あの時に確か……」

 久遠はハッとした表情で呟きを漏らすと、琴華と別れ際、『勝手にしろ』と言霊をかけられたことを思い出していた。身体に異変がなかったので気のせいかと思っていたが、どうやら久々津の精神操作に対しての予防線だったようだ。

「相手を支配する能力が拮抗した場合、より力が強い支配が優先される。どちらに軍配が上がるかは様々な要因が関係しますが、この場合は先に掛けられていて、なおかつ即効性がある貴方の能力が優先された……ということでしょうね」

 久々津は淡々と、状況に対する分析を口にする。その表情には先ほどまでのような愉悦はなく、酷く無機質で底冷えするような冷淡さが感じられた。

「ゴチャゴチャご託並べてないで、ハッキリ言えば? 結局は〝力の差〟、だって」

 そんな久々津を見下すように、琴華は鼻で笑いながら軽くあしらう。

「……私が、貴女より格下だと?」

「そう言ってるのよ、ようやく気づいた? 三下風情が随分と調子に乗ってたみたいだけど、身の程くらいは弁えなさい。醜悪そのもので、見るに堪えない」

 表情の消えた顔で静かに問いかける久々津に対し、琴華は吐き捨てるように言い放った。

「ク……クッ、クククク――」

 そんな琴華の態度を目の当たりにし、久々津は突然、小刻みに肩を震わせる。久遠は突然のことに、驚いて身構える。

「――ハッ、アハハハハハッ!!」

 久々津はなにがおかしいのか、狂ったようにけたたましく笑い始めた。

 身をよじらせて、おかしくておかしくて仕方ない、こんなに滑稽なことはないとでも言わんばかりに全身を震わせている。

 突然のことに久遠は唖然とするが、対照的に琴華は酷く冷めた目でそれを見ていた。

「鬼(バケモノ)の分際でよく吠える! いいでしょう、ならば私も退魔師の本分を果たすまで!!」

 獣が捕食の際に牙を剥くように、久々津も獲物を仕留めようと好戦的な笑みを浮かべる。

 その表情は獲物に狙いを定めた狩人の姿を連想させる。

「覚悟はいい?」

 久々津の言葉に答えることなく、琴華は傍らの久遠に向けて短く問いかけた。

「ああ。こうなりゃ、あとは死ぬ気でやるだけだからな」

 そんな琴華の問いに、久遠は僅かに緊張で表情を硬くしながら答える。

「死なないアンタに言われても、説得力ないんだけど」

「ははっ、違いねぇ」

 しかし、琴華の軽口を聞くと、そんな緊張も自然に解けていく。今の彼は一人ではない。

 誰よりも心強い仲間が隣にいるのだから。背中を預けられる人間がいることがここまで頼もしいだなんて、久遠には初めてのことだった。

「それじゃ――」

「ええ――」

 久遠は前を見据えて、意気込むように言葉を口にする。

 琴華もそれに合わせるように、毅然として言い放つのだった。

「「覚悟しろよ」

「覚悟しなさい」


「「このクソ野郎ッ!!」」

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