第27話アンデット×コンバージョン4

「いやぁ、お見事お見事」

 廊下の奥から乾いた拍手の音が聞こえてくる。パチパチパチと三回、さしたる感動もないというように。その声は嘲り笑いながら、愉悦をかみ殺していた。 

「先ほどから拝見させて頂きましたよ。茶番ではありましたが、存外と楽しめました」

 やがて、声の主は姿を現す。

 クツクツと肩を震わせ久々津解良は、久遠と緋胤を見ながら禍々しく口角を吊り上げる。

「まさか、緋胤を倒すのではなく、懐柔するとはね。その手腕、感服しましたよ」

 愉悦に口元を歪めながら久々津は感心するように、久遠に対して賞賛の言葉を口にする。

 そして、ジロリと細く鋭い目つきで、久遠の胸に身体を埋めていた緋胤を横目で見据えながら言葉を続ける。

「それに比べ……緋胤、お前は駄目な子ですねぇ。〝また〟お仕置きが必要なようだ」

 ネットリと舐るように絡みつく久々津の声を聞いて、緋胤はビクッと身体を震わせる。

「ま、ご主人様……わ、たし……わたし――」

 恐怖に打ち震える緋胤はガタガタと歯を打ち鳴らして、必死に言葉を返そうとする。

 しかし、それも上手くいかない。久遠の言葉で決意を固めた彼女だったが、心の奥底にすり込まれた恐怖心がそれを凌駕していた。

「さて、今度はどうしましょうか? ああ、そうだ。ちょうど廃棄予定が何人がいるので、その処分をすればいい。目の前で爪を剥ぎ、手足を削ぎ、眼球を潰し、内蔵と脳漿を晒して、バラバラにするのもいいですねぇ。お前には、特等席で観覧させてあげますよ」

 久々津解良はそんな緋胤を反応を楽しむように、醜悪に口元を歪めながら鼻歌でも諳んじる軽妙さで次々と凄惨な仕打ちを口ずさんでいく。

「悪ぃが、そうはいかねぇよ」

 緋胤を虐げ愉悦に耽る久々津の声を遮るように、久遠は言葉に力を込めて言い放った。

「今から俺が、てめぇをぶっ飛ばすんだからな」

 久遠は立ち上がり緋胤を自らの背に隠して、久々津に対して宣戦布告をする。

「よろしい。ではそのお誘い、謹んで承ることにいたしましょうか」

 意気込む久遠を前にして、久々津は受けて立つと言わんばかりに、仰々しく両手を広げて答える。その表情は嬉々としていて、獲物を目の前にした肉食獣の笑みを連想させた。

「それでは、始めましょうか――」

 そう高らかに告げると、久々津はパチンと指を鳴らした。

 久遠はなにかを仕掛けてくると身構えていたが、暫く待っても異変はない。

 いつ相手の攻撃があっても対応できるように警戒しながら、そのまま目を動かして周囲の様子を探っていく。

「(特に動きはなさそうだな……ハッタリか?)」

 周囲の観察を終えるが、特に攻撃の兆候は見受けられなかった。

 久遠は内心で首を傾げながらも、視線を背後の緋胤へと向ける。

「緋胤、お前は先に逃げろ。あいつは俺がどうにかする」

 背後の緋胤は久々津が登場して以来、口を閉ざしている。そんな彼女の状態を気遣って、久遠は彼女だけでもここから逃げるように進言した。

「…………」

 しかし、緋胤はただ俯いて、黙ったままだった。

 久遠の手をギュッと掴んで、久遠の言葉には答えない。

「緋胤、俺なら大丈夫だ。だから――」

 まだ久々津に対する恐怖心で動くことができないのか、そう判断した久遠は言い聞かせるように言葉を口にした。

 その不安を少しでも払拭できるように、笑みを携えて久遠は優しく緋胤に声をかける。

 しかし―― 

「燃焼(コンバージ)」

 緋胤の口から短く言葉が告げられると次の瞬間、久遠は炎に包まれていた。

「あ……グ、アァァァァ――ッ!?」

 己の身を包む炎の熱さに、久遠は床をのたうち回る。

 今、久遠を焼き尽さんと燃えたぎる炎は先ほどまでの比ではない。

 それは今の緋胤は手加減なしで、文字通り殺す気で久遠を攻撃したということだ。

「――ッハ、グッ……ッアァァ……!!」

 久遠は苦痛に叫びを上げるも、どうにか掴まれていた腕を振り払い上着を脱ぎ捨てて、身体を包む炎から逃れる。反射的に久々津と緋胤から距離を取り、久遠は苦痛に息を荒げながら信じられないという表情で緋胤を見ていた。

「緋胤、どうしたんだよ!?」

「燃爆(エクスプロージョン)」

 久遠は状況に着いていけず、半ば混乱しながら緋胤に問いかける。

 しかし、緋胤は問いに答えることなく、再び短く言葉を紡ぐ。

 その瞬間、大気が瞬時に熱を帯びていくのを感じた久遠は、咄嗟に横へ飛び退いた。

「ち、くしょう……!」

 次の瞬間、先ほどまで久遠がいた場所が爆発した。

 高温に熱せられた爆風が周囲を襲い、直接の攻撃を回避した久遠もその余波を受ける。

 熱風が皮膚を焼き、息をすることができない。

 久遠と同じように緋胤自身も爆風の射程距離に入っていたが、彼女は熱風を受けても動じることなくただ佇んでいる。まるで人形のような酷く機械的な反応だった。

「緋胤……! くそっ……これもてめぇの仕業か!?」

 久遠はそんな緋胤の目を見て、確信してしまった。彼女の瞳には生気が宿っておらず、そこには一切の意思が感じられなかった。

 夢遊病患者のように、ただそこに立っているだけだ。となれば心当たりは一つしかない。

 久遠はキッと睨み付けるように久々津へと視線を移し、叫ぶように問い糾す。

「ええ、ええ……そうですとも」

 久々津は右手で顔半分を覆いながら、クツクツと嘲笑を浮かべて肩を震わせていた。

「これこそが我が異能! 我が力! ――【洗脳操作(ハッキング・マリオネッテ)】!!」

 声を高らかに両手を広げて、久々津は謳うように自らの能力を告げた。

「【傀儡師】たる我が身は人を人形が如く、繰り操ることができるのですよ」

 再び久々津はパチンと指を鳴らすと、廊下の奥の部屋からぞくぞくと子供たちが現れた。

 緋胤と同じように誰もが生気の感じられない表情で、暗く澱んでいる虚ろな目をしながら機械的にこちらへ歩み寄ってくる。

 その様子はさながら、ハーメルンの笛吹き男(パイド・パイパー)のようだった。

「出荷前の〝商品〟をこのような形で卸してしまうのは誠に遺憾ですが、動作テストだと思えばまあいいでしょう」

 久々津はまるで人形を操るように指先を動かすと、その動きに呼応するように緋胤を含めた子供たちはズラリと並んで久遠を囲うように包囲する。

「さあ、これにて終幕(フィナーレ)です。例え君が不死に近かろうと、この数の能力者の前では手も足も出ないでしょう」

 押し黙る久遠を見て、久々津はニヤァと口角を吊り上げて笑みを漏らす。

 それは完全に勝利を確信した者が浮かべる愉悦そのものだった。

「しかし――実は先ほどから君を操ろうと試みているのですが、どうにも上手くいかない」

「……どういう意味だ?」

「文字通りの意味です。私の能力は基本的にある程度の時間を掛けて施すものですが、初対面の人間でも動きを奪う程度のことは容易くできる。しかし君にはそれが通じないようだ。緋胤の攻撃を耐え凌いでいる点から察するに、それが君の能力でしょうか?」

 いつでもトドメを刺せる余裕からか、久々津はふと思い出すように呟きを漏らした。

 怪訝そうな表情で言葉の意味を問う久遠に対し、久々津は思案を巡らせながら答えた。

「――それは私が掛けた言霊の効力よ」

 背後から響く声。その声は久々津の疑問に答えるように、凛として続けられた。

「この声は――」

 声を聞いた久遠は、すぐに背後を振り返る。

 薄暗い階段を降りる音は段々と近づいていて、やがて暗闇から声の主が姿を現した。

「琴華、お前……」

 その人物――落花琴華の姿を見て久遠は目を丸くし、間抜けな顔で驚愕の声を漏らした。

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