第25話アンデット×コンバージョン2
「あ……ッ、ガ――」
炎に焼かれながら、久遠は床に倒れ込む。しかし、不思議なことに服などに延焼することはなく、焦げ臭い異臭を久遠は他人事のように感じていた。皮膚を刺すような痛みが全身を襲って、身体が痙攣しているようで立ち上がることができない。
「そう、か……」
頭を抱えてしゃがみ込む緋胤を地面に伏して見上げて、久遠は苦々しく呟きを漏らす。
今までの久遠は、緋胤に自らの動きを予測させないことに尽力していた。それは彼女の能力にタイムラグが発生するとは言え、動きを予測されて見当を付けられたら、徐々に距離を詰めるしかない久遠にとって、ひとたまりもないからだ。
しかし、先ほどまでのように、至近距離まで緋胤に接近した場合は例外だ。なぜならば久遠の動きを予測する必要はなく、反射的に目の前に炎を発生させればいいだけなのだから。
久遠は緋胤に近づくしかないのだから、まさしく飛んで火に入る不死人(アンデット)である。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
緋胤は未だに、小刻みに身体を震わせながら両手で頭を押さえ、床にうずくまっている。
その顔には脂汗がジッと滲んでいて、呼吸は荒く乱れていた。
「――っ、たく……」
久遠はその様子を床に倒れたまま見上げていたが、暫くしてフラリと立ち上がった。
身体の表面は熱傷で酷く痛んではいたが、痙攣はもう治まっている。
久遠の身体に働いている自己治癒能力が、徐々にダメージを回復させているのだ。
「なんて顔、してんだよ」
久遠は身体中を苛む苦痛に耐えながら、苦笑混じりに呟きを漏らす。
そして一歩、また一歩と覚束ない足取りで、緋胤に向かって歩き出した。
「こ、ないで……!」
しかし、ヒステリックな叫びと共に、久遠は火柱に包まれて、再び床に倒れ込む。
「ハッ、ッガ――」
醜い呻き声のような声を漏らし、久遠は身体を包む炎の熱に悶える。
「もう、やめてっ……緋胤、本気なんだよ……ッ!」
やがて炎は立ち消え、グッタリと床に倒れ込む久遠。そんな彼を見て、緋胤は悲痛な声で声を上げる。まるで言葉の壁で久遠を退けようとするように、矢継ぎ早に言い放った。
「じゃあ、なんで――」
久遠は再びふらつく動作で立ち上がると、ポツリと言葉を口にした。
「なんで俺を殺さないんだよ? お前がその気になりゃ、とっくに俺は消し炭のはずだろ」
上手く力が入らず、ダランと身体を弛緩させながらも、久遠は必死に問いを投げかける。
その表情は苦痛に苛まれながらも凛々しく、瞳には揺るぎない意思の光りが宿っていた。
「そ、れは――」
「答えは簡単だ。お前、手加減してるだろ。端から殺す気なんてないんだ」
突然の問いに緋胤は思わず答えあぐね、久遠は静かに言葉を続けた。
最初から彼女は久遠を殺す気なんてなかった。戦闘に発展することを避けるように再三の警告をし、それを聞かずに対峙した久遠にも本気で攻撃しなかった。
その証拠に久遠が倒れた瞬間、彼を包んだ炎は消えていて、ダメージは表面上の火傷のみに止まっている。これは緋胤が意図して行っていたことだ。
例え常人以上の早さでダメージを自己修復できる久遠であっても、重度のダメージを負えばこうして立っていることもできない。それが分かっているからこそ、久遠は緋胤が躊躇っていると確信していた。
「止めとけよ。お前には無理だ」
「勝手なこと、言わないでよ……ッ!!」
「人を殺すには、お前は優しすぎるんだよ」
「違う……違う――ッ!」
再び緋胤に近づきながら言葉を続ける久遠に、緋胤は立ち上がって拒絶するように叫びを上げる。呼応するように再び久遠は炎に包まれて、苦痛に顔を歪めて片膝を突いた。
「お兄ちゃんに、なにが分かるの!? 緋胤のことなんか、ちっとも知らないくせに!」
キッと久遠を睨み付ける緋胤。
その目からは大粒の涙が溢れていて、今の表情は必死に嗚咽を堪えているようだった。
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