第23話ホンネ×トーク3
落花の集落を脱出した天華と琴華は、二人で暮らし初める。
その生活は琴華にとってかけがいのないものとなった。
当初は落花家からの追っ手も現れたが、それを例外なく天華が撃退し、やがて追っ手も現れることもなくなった。こうして二人は順風満帆に生活を送っていった。
天華は琴華を学校に通わせながら自らは依頼を請け負って、日々の生計を立てていった。
やがて天華は裏社会でも一目置かれるような存在となり、彼女は同じように依頼を請け負って生計を立てている境遇の知人たちを誘って会社を立ち上げた。
それが現在、彼女が社長を務めているヘブンフラワーズである。
現在、ヘブンフラワーズは業界でも最高峰と呼ばれるまでに成長し、琴華たちも金銭に困ることはなくなった。だが、ここに来るまで自分は姉の時間をどこまで奪ってきたのだろう、と琴華は考えてしまう。
天華は自分の養うために、十代のほぼ全ての時間を費やしてきた。学校に通うことなく、お洒落や遊びに手を出すことなく、ただがむしゃらに幼い姉妹二人で生きていけるように奔走してきた。多感な年頃の女子として青春を送ることもできずに、今もなお琴華の人生まで背負っている天華のことを考えていると、琴華は胸が締め付けられそうになる。
自分は姉を差し置き学校へと通って、普通の女の子のような人生を送っている。
だがそれは天華を犠牲にした人生の上に成り立っていて、自分がここまで生活できるようになるためには、どれほどの苦労を強いているのだろうか、と思ってしまう。
ヘブンフラワーズの仕事も積極的に協力し、家事全般を担当し、自らの生活においてのあらゆる無駄を節制しても、その懸念を拭うことはできなかった。
自分は姉にとってただの足かせでしかなく、自分さえいなければ天華はもっと自由に生きて行けたのではないか、そんな疑念が頭から離れることはなかった。
どんなに頑張っても、自分は姉の役に立てない。むしろ邪魔にすらなっている。自分が惨めで、無能に思えてくる。そんな状態なのに、唯一挽回できるであろう仕事まで放棄してしまったら、それこそ姉に合わせる顔がない。
久遠の指摘通り、自分はこの依頼に対して気が進まないと琴華は自覚していた。
地下に閉じ込められている子供たちを見れば忌まわしい過去を思い出してしまい、電気椅子に縛り付けられている自分の姿を幻視すらしてしまった。
自分は天華の助けが来たから今ものうのうと生きていられるが、一歩間違えば同じような境遇に陥ってしまったかもしれない。だが、そんなことはあくまで個人的な感傷にしか過ぎず、今までだって私情を押し殺して同じような依頼もこなしてきたはずだった。
だけど、あの男は――不死川久遠はそこを的確に突いてきた。目を逸らし、見ないようにしてきた古傷を抉られて、琴華は思わず取り乱してしまった。
思えばあの男はいつもそうだった。
人の触れて欲しくない部分に平気で踏み込んできて、ずけずけと好き勝手に言いたい放題言ってくる。感情をむき出しにして、ありのままの本心を遠慮無くぶつけてくる。
極めつけは囚われた子供たちを助ける、なんて大言壮語まで吐く始末だ。
琴華はそんな久遠にほとほとあきれ果てている。身の程をわきまえろ、とも思っていた。
『お前が天華さんのことを一番に思ってるのは知ってる。でもな、そうやっていつまでも自分を押し殺して、勝手に傷ついて、でもその傷は見せなくて……そんな自己満足、天華さんが喜ぶわけねぇだろ!』
でもあの時の久遠の言葉が頭から離れない。事情も知らない部外者の言葉なのに、姉の気持ちなんて妹である琴華でも分からないのに。まるで本心を見透かさせたようだった。
琴華は天華に嫌われたくない。だから天華にとって、理想の妹になれるように努力を続けてきたきたつもりだった。しかし、それが逆に天華を苦しめることになってたとするなら――それを聞くことは、とても恐ろしかった。
『たまには、素直に気持ちを打ち明けろよ! 遠慮しないで頼ってやれよ! 言いたいことも言えないなんて、そんなの本当に家族って言えるのかよ!!』
久遠の告げた言葉は、深く琴華の胸に突き刺さっていた。
彼女の隠し続けてきたこと、目を背け続けてきたこと。それを打ち明けなければ、自分は前に進むことができないのだろうか。琴華は考える。
「ああ、そっか――」
ここまで考えて琴華はようやく、どうして自分が久遠に対してあそこまで強い嫌悪感を抱いていたのか理解できたような気がした。
「私……アイツに、姉様を重ねてたんだ」
今まで琴華に対して深く関わろうとした人間は、天華以外にはいなかった。
琴華自身が強く拒絶し、その結果としてみんな彼女から離れていく。
それが辛いとは思わなかったし、そもそも自業自得だった。琴華にとって大事なのは天華ただ一人であって、それ以外の人間はその他大勢(モブキャラ)でしかないのだから。
でも、久遠は違った。冷たく突き放しても、あまつさえ文字通り殺しても、彼は諦めなかった。めげずに琴華と接しようとして、要らないお節介まで焼く始末だった。
自分を差し置いて天華との距離を詰めていったのも許し難いことだったが、なにより琴華と天華のみで構成されていた落花琴華の世界に、図々しくも土足で割って入ってきたことが許せなかった。でも無意識の内にそれを許容しかけていた自分はもっと許せなかった。
久遠が地下室の子供たちを助けたいと打ち明けた瞬間、琴華はその姿に過去の天華を重ね合わせていた。どうしようもない袋小路の運命を颯爽と破っていく英雄(ヒーロー)――自分に全てを与えてくれた唯一無二の存在と久遠が被って見えてしまったのだ。
かつての自分を救ってくれた天華のように、久遠なら本当にやってくれるのではないかと、一瞬だが淡い期待さえ抱いてしまった。現実にはそんなことは不可能だというのに。
「…………」
琴華は震える手で固く握りしめていた携帯電話のボタンを押す。
番号の入力が終わると呼び出し音が鳴り、やがてスピーカー越しに声が聞こえてきた。
『はい、もしもし。琴華? どうしたの? 定時連絡には、まだちょっと早いけど』
聞こえてきた声は天華のもので、いつも通りの声を聞いて天華は表情を強張らせる。
「姉様……実はお願いがあるんです」
ゴクリと固唾を飲み込んで、琴華は電話越しの天華に対して、おずおずと言葉を放った。
「琴華のわがまま……一つだけ、聞いて頂けますか?」
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