第22話ホンネ×トーク2

 出産後、琴華は集落の外れにある座敷牢に軟禁され続けていた。

 生前の言葉の言霊により、落花の人間は琴華の殺害を禁じられていて、そのため彼女を死なせないように必要最低限の世話のみをされていた。

 琴華は落花の人間からは一族の希望を奪った忌み子として忌み嫌われていたが、それと同時に強力な力を持つ存在と畏怖もされていた。

 彼女が言葉を発するようになった頃、無意識に放った言霊によって何人もの人間が命を落とした。彼女はこの時点で今まで最強と呼ばれていた言葉を凌ぐ言霊使いであり、その力を危惧した落花の人間は、言霊によって彼女の能力を大幅に制限することになった。

 しかし、そんな状態でも琴華は強力な能力者であり、彼女の暮らす座敷牢には使用人しか近づかず、彼女はずっと孤独に生きていた。

 あらゆる自由を剥奪され、生きる意味すら見いだせない、半ば死んだようにただ人生を浪費し続ける日々。彼女は生涯、そんな生活を送ることを覚悟していた。

 自分は落花家の悲願を費やした元凶であり、そんな人間に生きる意味はないと幼い頃から聞かせ続けられていたからだ。他者の吐いた呪詛の言葉は徐々に琴華自身の思考まで侵していき、やがて彼女は自らは生きている資格がないと思うようになっていた。

 しかし、そんな暗く閉ざされた日々はある時、唐突に終わりを告げることになる。

「アナタが――琴華ちゃん?」

 その人物は暗く閉ざされた部屋の扉を開けて颯爽と現れた。

「ちょっと待ってて、すぐにそこから出してあげるから」

 女性は右手に持った鍵を牢の錠に差し込み、琴華を閉じ込めていた牢の鍵を開く。

 キィッと錆び付いた鉄が軋む音がすると、牢の入り口が開いていった。

「だ……れ……?」

 流れるような一連の動作をポカンと呆けた表情で眺めていた琴華は、ようやく目の目の人物に対して問いを投げかけた。

「ん? ああ、ゴメンなさいね。ちょっと今、鼓膜が破れてるからなにも聞こえないの」

 琴華の反応を見てその人物は首を傾げると、やがて合点がいったように苦笑を浮かべると軽い調子で質問を予想して答える。琴華もあとに知ることになるが、この時の彼女は落花家の護衛を蹴散らして無理やりここまでやって来ていた。

 その時の攻略法が鼓膜を潰すというもので、言霊使いである落花の人間は相手が言葉を認識できなければ、言霊をかけることができないという弱点を持つ。

 それを突くために彼女は鼓膜を自ら潰して、音声が認識できない状態にしていたのだ。

『だ、れ……?』

「――驚いた……普通に聞こえるわね。骨伝導の応用かしら?」

 再度、琴華は問いかけると女性は驚いたように目を丸くした。

 彼女の予想通り、琴華は特殊な発音法によって骨導音を発生させて、鼓膜が破れていても内耳から直接聴覚神経へ音声を伝えていた。

 この発声方法は軟禁生活の中で琴華が編み出した技術で、これが公になっていれば言霊使いの戦略の幅も大幅に広まるが、現時点では彼女以外にこれを知るものはいなかった。

「はじめまして。アタシは咎神天華――アナタのお姉ちゃんよ」

 琴華の問いを理解することができた彼女は、ニッコリと笑いながら自らの名前を告げる。

『お、ねえちゃん……?』

「そう、アタシはアナタのお姉ちゃんなの」

 不思議そうに首を傾げる琴華を見て、天華はもう一度言い聞かせるように言葉を続ける。

『ほんと、に……お、ねえちゃん……なの?』

「ええ、そうよ。だから、これから一緒に暮らしましょう」

 琴華の言葉に頷いて微笑混じりに笑うと、天華はそっと手を差し伸べる。

 その手を琴華はおそるおそる取ろうとするが、途中で躊躇うように手をさ迷わせる。

『だ、め……わた、し……きたない、から……のろわれて、る……の……』

「いいえ、そんなことないわ。だってアナタは、こんなにも可愛いんですもの」

 顔を俯かせて手を止める琴華をそっと抱き留めると、天華は囁くように言葉を続ける。

「例え、世界中がアナタの敵に回っても、アタシは必ず味方でいるから。ずっと、ずっと守ってあげるわ」

「わた、し……いきてて……いい、の……?」

「もちろんよ。生まれてきてくれて、今まで生きてきてくれて本当にありがとう」

 天華に抱き寄せられると琴華はビクッと身体を震わせた。この時の琴華は自らのことを本気で汚物のように思っていて、そんな自分に触れる天華が信じられなかったからだ。

 生まれて初めて感じる誰かの温もりに包まれながら、投げかけられる真摯な言葉が琴華のひび割れていた心を埋めていく。

『おねえ、ちゃん……?』

「ええ、そうよ」

『ゆき、おねえちゃん……?』

「ええ、琴華」

『おねえ、ちゃん……う、ぁぁぁ――うわぁぁぁぁ!!』

 その感触が夢でないことを確かめるように、琴華はギュッと天華を抱きしめる。

 天華もそれに応えるように抱きしめ返すと、琴華はうわごとのように言葉を繰り返す。

 それに全て答えると、琴華はボロボロと涙を零して嗚咽を漏らした。 

 生を呪われ、誰からも祝福されずに生きてきた琴華にとって、これが初めて誰かから存在を認められた瞬間だった。琴華はこの瞬間を生涯、忘れることはないだろう。彼女にとって、この日が落花琴華という人間が本当の意味で生まれた日なのだから。

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