間章

第21話ホンネ×トーク

「…………」

 久遠と別れたあと、琴華は森の中で一人、木に寄りかかりながら夜空を見上げていた。

 木々の合間から見える月は優しく地上を照らしていて、琴華はその輝きに目を細める。

「私、なにしてるんだろ……」

 木の幹に背中を預けて座り込むと、琴華はポツリと呟きを漏らす。

 普段の毅然としている彼女とは違い、その顔は憔悴しきっていて弱々しいものだった。

「だいたい、全部アイツが悪いのよ。事情も知らないくせに、言いたい放題言って」

 体育座りになって腕で抱き込むように顔を伏せると、琴華はぼやくように言葉を続ける。

 そこには辛辣な敵意や悪意の類いは感じられず、ただ泣き言のような弱々しさがあった。

「姉様に本音で話せって……? そんなの、無理に決まってる――」

 久遠に言われたことを琴華はずっと考えていた。今まで逃げて来た現実を急に突きつけられたようで、グルグルと頭の中を巡りに巡って離れてくれない。

「だって、姉様は――」

 そして琴華は過去を回顧していた。天華と初めて出会った、あの日の出来事を。

 きっと生涯忘れることがない、暗闇から自分を救ってくれた彼女の姿を。

「私の全て、なんだから」


 鬼血宗家の序列一位である病葉家には多数の分家があり、琴華の生まれである落花家はその内の一つだった。他にも折幹(おれき)、枯草(かれくさ)、腐根(くされね)、朽実(くちざね)の分家はあったが、落下家はその中でも一番の鬼血の色濃さを誇っていた。

 血の濃さは異能の強さと同意義であり、同時にそれは権力の顕れでもあった。

 落下家は終戦以降、存在感を薄めていった病葉家とは対照的に血の濃さを強めていき、本家である病葉に成り代わって鬼血を支配することを企んでいた。

 ゆっくりと時間をかけて、純度の高い鬼血同士を交配し続けて生まれた、落下家の最高傑作と言える能力者。分家である落下家の劣等感を払拭するため、権力への歪んだ願望を一身に背負って生まれてきたのが琴華の母親である言葉(ことのは)だった。

 言葉は本家である病葉に迫る能力者であり、彼女が生す子こそがついに病葉を越えるとまで言われていた。だが、その期待は突然、破られることになる。

 ある日、言葉は一人の男にさらわれ子を身ごもった。男の名前は掠簒華(かすめさんげ)。日本の暗部でも彼の名を語ることは忌避されるほどの人間で、己の欲望の赴くままに悪逆の限りを尽くしやがて唐突に姿を消している。

 その凶行の一つとして、名のある異能の血族と間に、子を孕ませるというものがあった。

 真実は定かではないが、鬼血宗家と退魔宗家の人間を好んで、自らの子を生ませたと言われている。天華と琴華は掠簒華を父親とする腹違い姉妹であり、彼女たちの苗字が異なるのはこのような理由があった。

 子供をその身に宿らせて帰ってきた言葉に、落花の人間は一刻も早い堕胎を強要した。

 鬼血の人間にとって血の純度とは同系統の異能のことで、異なる系統の異能者同士の交配では純度はむしろ下がるとされている。例えば病葉とその分家は精神干渉系の能力者の集まりであり、直接的な攻撃能力や身体強化系の異能者とは種類が異なる。

 簒華は強力無比な異能を有していたが、混血と呼ばれる純度の低い異能者だった。

 彼の血が混じってはここまで積み上げてきた鬼血の純度は格段に下がり、なにより大罪人の子が身内から生まれるという不祥事を落花の人間はどうしても防ぎたかった。

 加えて、言葉は生まれつき身体が弱く、生涯で一人の子を産むのが限界と言われていた。

 その唯一の枠が汚らわしい血を引く子で埋まれば、落花家の悲願は潰えることになる。

 しかし、言葉は周囲の反対を押し切って、無理やり子を産むことを選んだ。

 幼い頃から箱入り娘として外界に触れることなく育った彼女は純粋培養の少女であり、簒華の仕打ちも愛情だと信じて疑わなかったからだ。彼女にとってお腹の子は彼との愛の結晶であり、それをみすみす殺してしまうことなんて許容できなかった。

 言葉は落花家で最強の能力者であり、彼女が本気になれば逆らえる者はいなかった。

 今まで従順だった彼女が突然反旗をひるがえしたことに対抗はするも、結局は出産を阻止することは誰にもできなかった。

 こうして母親である言葉以外の人間に望まれることなく、落花琴華は生誕した。

 だが言葉は難産に身体が耐えきれず、出産の代償として命を落としてしまう。この瞬間、琴華の生を言祝ぐ人間はこの世からいなくなり、彼女の呪われた生が幕を開けたのだった。

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