第五章
第17話アンデット×リフュート
『命令解除』
あれから廃工場を出て外まで辿り着くと、琴華は久遠にかけた言霊を解除した。
「おい、なんで止めたんだよッ!?」
その瞬間、久遠は堰を切ったように、先ほど無理やりここまで連れ出したことへの文句を琴華へぶつける。
「逆に聞くけど、お前はなんでここに来たのか分かってる?」
憤りを露わにする久遠に動じることなく、琴華は冷めた目で見据えながら尋ね返した。
「それは……」
琴華の言葉を聞いて冷静になった久遠は、ようやく本来の目的を思い出した。
自分がここにいるのは仕事のためで、先ほどのように感情の赴くまま依頼主である久々津に反抗したことは、本来であれば許されることではないだろう。
「でも、あんなのってないだろ!? そのまま見過ごすことなんて俺にはできねぇ!!」
久遠も仕事において私情を切り離さなければならない、ということは分かっていたし、覚悟もしていたつもりだった。
しかし、そんな久遠の甘い考えを打ち砕くのに、あの光景は充分過ぎるものだった。
「ここみたいな施設は別に珍しい場所じゃない。この日本の至る所にそれこそ数え始めたらきりがないくらいにある」
憤りを吐き出す久遠に対して、琴華は淡々答える。彼女の言葉が正しいのなら、ここのような場所は日本各地にあるということになる。家畜のように能力者を育て、出荷し、商品のように売買されていく。それが当然のあり方なのだと琴華は言っている。
「だから、受け入れるしかない。それができないなら、この仕事は向いてないってことよ」
「…………」
突きつけられた現実に、久遠は思わず息を飲んで沈黙する。琴華の言い分は、おそらく正しい。これからこの仕事を続けていけば、否が応でも今回のような現場に遭遇することだろう。その都度、心を乱していては仕事にならないのだから。
「それでも……」
久遠は必死に歯を食いしばり、怒りに身体をわななかせポツリと言葉を漏らす。
「俺は、あんな真似を許容できない……!!」
覚悟を決めた眼差しで琴華を見据えると、久遠はそう言い放った。
「そう。だったら――」
琴華はそんな久遠を目の当たりにしても、依然として冷めた表情を浮かべながらギロリと絶対零度の視線で久遠を見つめる。
「お前は私の敵ね。姉様の邪魔をする奴は容赦しない」
初めて久遠を見た時のように、琴華は殺意の宿った眼光で久遠を睨み付ける。
不覚にも久遠は、その迫力に思わずたじろいでしまった。
「依頼が失敗すれば会社の沽券に関わる。姉様の顔に泥を塗ることになる。だったら怒られてもいいから、私はお前を排除してでも依頼を完遂する」
琴華の怒りの滲んだ言葉を聞き、久遠は自分を拾ってくれた天華に対する罪悪感でいっぱいになる。不運な事故に巻き込まれてここまできてしまったが、彼女には感謝していた。
行く当てのない久遠を雇ってくれて、親切にもしてもらった。
そんな天華からの恩を仇で返すことなるのはとても心苦しい。
「別に理解してもらおうなんて思ってねぇよ。でもな、俺はあいつらを助けたい。そのためだったら、お前を敵にだって回してやる」
しかし久遠にとって、地下に残された子供たちを見捨てるという選択肢は、初めから存在していない。このまま彼らを見殺しにしてしまえば、自分の中でなにか大切なものが壊れてしまう。そんな予感が久遠の頭の中を過ぎっていた。
「何を言っても無駄みたいね。まあ、期待なんかしてなかったけど」
久遠を見て琴華は失望したように呟くと、冷ややかな眼差しで久遠を一瞥する。
『動くな』
琴華の口から発せられた命令を聞いた瞬間、久遠の身体は途端に動かなくなる。
言霊は彼の身体を支配して、そのコントロールを一瞬にして奪ってしまった。
「ち、くしょう……!」
完全に身体のコントロールを奪われた久遠は、表情を悔しそうに歪めて声を漏らす。
身体は一切の命令を受け付けず、まるで石になってしまったかのような錯覚を覚えた。
「依頼が終わるまで、そこで大人しくしてて」
琴華はそう言うと軽く久遠を一瞥し、久遠を置いて廃工場の中へ戻っていこう歩き出す。
「おい……おい、待てよ!」
久遠は身体を動かせないまま、琴華を呼び止めようと必死に声を上げる。
しかし、琴華は久遠の声など届いていないと言わんばかりに足を進めて行く。
「お前は……お前は――」
久遠はひたすら声を上げ続ける。例え自分の声が相手に届いていなくとも、彼はどうしても言っておかなければならないことがあった。
「お前はそれでいいのかよ!?」
叫ぶように声を上げると、その問いを聞いた琴華はピタリと足を止めた。
「……どういう意味?」
「言葉通りの意味だよ。お前はこのままで、本当にいいのかよ……?」
振り向いて怪訝そうに問いかける琴華に対して、久遠は真剣な表情で問いを投げかけた。
「愚問ね。いいに決まってるでしょ。それが依頼なんだから」
「ああ、そうだな。ヘブンフラワーズの社員としてのお前は確かにそうかもしれない。でもな、今の俺はそういう立場とか建前を抜きにして聞いてんだよ」
その問いに琴華は鼻で笑いながら答えるが、久遠はそれを否定するように言葉を続けた。
「落花琴華っていう一個人はこのままでいいのか、って聞いてんだよ」
「なにが言いたいの?」
表情を険しくすると、琴華は真意を確かめるように再び問いかけた。
「お前――この仕事やるのが嫌なんだろ?」
緊張で表情を強張らせながらゴクリと固唾を飲み込むと、久遠は静かに問いかけた。
「そんなはずない。言葉は選んで。じゃないと、また〝殺す〟わよ?」
久遠の問いを聞いた瞬間、琴華は一瞬だが驚いたように目を見開く。
それも一瞬で、すぐに苛立ちを表情に浮かべて声を低くして警告するように言い放った。
「いいや、違うね。お前は確かに嫌がってた」
「根拠のない憶測は、妄言と変わらないって知ってる?」
「根拠なら、ある。それはお前自身が一番分かってるはずだ」
久遠の言葉を琴華はピシャリと否定するが、久遠もここは譲らない。
「だって、お前――」
射殺すように鋭い琴華の視線を、久遠は一歩も引くことなく真っ向から受け止める。
これだけは絶対に譲れない、そう言わんばかりに彼は言葉を続けた。
「ずっと……目、逸らしてたじゃねぇか……!!」
「――――!?」
久遠の指摘を聞いて、琴華は言葉を失ってしまった。
その表情は驚愕が支配していて、先ほどまでの冷淡な表情はもうそこにはない。
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