第15話アンデット×ファーム2

「助けてぇ! お願いだから、助けてぇ……!!」

 部屋の中には多数の椅子が設置されていて、そこには年端もいかない子供たちが座らせられていた。彼らの手足は拘束具で椅子に括り付けられていて、身動きが封じられている。

「ああ、やかましい。今は耳栓を持っていないのだから、そんな調子で喚かれるとうるさくて仕方ないというのに」

 まるで金縛りに遭ったかのように、呆然と部屋の惨状を見ている久遠とは対照的に、久々津は忌々しげに表情を歪めると溜め息混じりに呟きを漏らす。

 その様子はまるで、家畜の鳴き声に辟易する人間となんら変わらなかった。

「おや、気絶しているな。これはいけない」

 椅子に括り付けられている少年少女たちは、誰もが絶叫や嗚咽をその口から吐き出しているが、中には白目を剥いてビクビクと身体を痙攣させながらも気絶している少女もいた。

 久々津はそれを見ると、まるで粗相をしたペットを見るように呆れた表情を浮かべる。

「ほら、起きなさい。お前は今、寝ている場合ではないでしょう?」

 気絶した少女の元へと近づくと、久々津はやれやれと億劫そうに椅子に備え付けられていたダイヤルを思い切り捻る。

「ひ、ぎぃぃぃぃぃアァァァァ――ッ!!」

 その瞬間、少女はカッと目を見開いて、身体を拘束されながらも限界までその小さな体躯を逸らし力の限り悲鳴を上げた。どうやらこの椅子は電撃を流す拷問器具のようなもので、ダイヤルは電圧の調整用に備え付けられていたものだったらしい。

「い、嫌ぁ……痛いのは嫌! 辛いのは嫌! 苦しいのは嫌! 助けてぇ……お家に帰してよぉ……ママとパパに会わせてよぉ!!」

 少女はボロボロと大粒の涙を流しながら、嗚咽混じりに懇願する。

 必死の形相で泣き喚くその姿は、一刻も早くここから助かりたいという一心なのだろう。

「お前の両親はもう来ない。ここから助かりたいならば、異能を発現させるしかない」

 泣きすがる少女に対して、久々津は一転して諭すように言葉を投げかける。

 少女は彼の言っていることは理解できなかったが、少なくとも両親の助けが来ないことだけは分かったらしく、その表情はさらに絶望に支配された。

「い、のぉ……? 知らない! そんなの知らない!」

「文字通り、〝死に物狂い〟で頑張ればいい。生きたいと強く願え。そうすれば、ここから出られるのだから」

「あ、アァァァァァ――!?」

 いやいやと首を振る少女に対して、久々津は額に手を伸ばして冷淡に言い放つ。

 その瞬間、少女は再び凄惨な叫び声を上げ、苦痛に身体をよじらせる。

 久々津は既に興味を失ったのか、少女から踵を返して久遠と琴華の元へと戻ってきた。

「はは、お見苦しいところを見せてしまいましたね」

 まるでペットの不手際を見られたかのような軽さで、久々津は苦笑混じりに謝罪する。

「て、めぇ――」

 ようやく思考がまとまってきた久遠は、久々津に掴みかかる勢いで声を上げる。

 その声には押さえきれない怒りがにじみ出していて、表情からは獰猛な肉食獣を連想させる猛々しさがあった。

「なに、やってんだよッ!? こんなの、ただの虐待じゃねぇか!!」 

 久遠は怒っていた。赫怒の形相を浮かべ、かつて無いほどに怒り、憤り、憤慨していた。

「本当に君はなにも知らないのですね」

 そんな久遠を見て久々津は怒るでもなく、むしろ哀れみを抱いた表情で溜め息を漏らす。

「ここは牧場と言ったでしょう? この業界において、牧場とは人工的に異能を発現させる施設のことを指すのですよ」

「人工的、発現させる……?」

「能力者には二種類に分類されます。一つは純血、もう一つは混血。前者はある一定数以上の異能因子を持つ人間のことで、生まれながらにして異能を発現しています。しかし後者は〝あるきっかけ〟がない限り、異能を発現させることができない」

 異能の因子、鬼血を持つ人間は二種類いるということは、久遠も天華に説明されていた。

 意図的に能力者同士で交配を重ねた者は先天性の異能を宿し、そうでない者は後天的に異能を発現する、と彼女は言っていた。しかし、後天種の人間はどうすれば異能を発現することができるのか。今考えると天華は意図的に、この部分を伏せていたように思える。

「異能を発現させる要因(ファクター)――それは、生命の危険に晒される極限状態です」

 ニヤリと口角を吊り上げて、意味深に笑いながら久々津は言葉を続ける。

「より濃厚な死に近く触れた時、人間の生存本能は極限まで刺激され、肉体は種を生存させようと局地的進化を体内で促す。これこそが能力の発現、異能因子の覚醒と呼ばれる現象です。活動を始めた異能因子は脳を変容させ、異能を発現させるために必要な脳波を放つようになるのです」

「つまり、極限状態を打破するために、異能が使えるようになるってことかよ?」

「まあ、そんなものです。命の危機に瀕した時、多くの異能の覚醒が観測されています。生存本能と異能の発現は、密接に関わっていると言っても過言ではないでしょう」

 例えば人間の体には、力を自動的にセーブする機能がある。これは常に百%の力を使っていると、筋肉などの体組織が負荷に耐えきれず崩壊してしまうからだ。これを防ぐために、脳がリミッターとして、本来の力の二から三割しか出せないよう出力を制御している。

 しかし、極限状態まで追い詰められると、興奮作用の非常に強い成分が脳内で分泌されることによりリミッターが解除されて、通常よりも強い力が出るようになる。

 これが俗に言う、火事場の馬鹿力と呼ばれている現象だ。

 久々津の言う異能発現の仕組みは、これに近いものがあるのだろう。

 普段、生きていく上では必要とされない異能因子も、極限の状態では生命を保持するための重要な役割を有するようになる。

 言ってしまえば異能とは、命を守るための身体機能の一つでしかない。

 自然界の生物が外敵から身を守るために毒を身体に蓄積させたり、自衛のために身体を保護色に変色させるように、人間にとっての生存へ対する機能が異能なのだ。

「しかし近年、さらに異能発現のメカニズムが解明されてきました。ここ数年、異能の発現の要因として、急激に増えてきた要因があるのです」

 ここまでの説明を聞いても、久遠はまだどこか腑に落ちていなかった。目の前の惨状と久々津の語った異能発現のメカニズムは、完全に一致はしていなかったからだ。

 臨死体験が異能発現に必要ならば、どうしてこんな拷問じみた仕打ちをしているのか?

 これではただ、苦痛を与え続けているだけではないのだろうか。

 しかしそんな疑念も、さらに続けられた久々津の言葉によって解消される。

「それは――イジメによる自殺未遂です」

 ニヤリと口角を吊り上げて、久々津は言葉を続ける。

 だがその笑みは禍々しく、愉悦に満ちた嗜虐的なものであった。

「イジメの被害者が自殺を図ったところ、それによって異能が発現し能力を制御できないまま加害者を殺害するケースがここ数十年で急激に増えてきたのです。表沙汰にはなっていませんが、一人のイジメ被害者が能力を暴発させて、クラスメイトを全員惨殺した事件もあります」

 イジメ、という言葉を聞いて久遠は思わず言葉を呑み込んでしまう。

 現代に生きる人間にとって、イジメとは決して無縁のものではない。

 幸いにも久遠は今までの人生において加害者にも被害者にもなってはいないが、少なくともその現場に遭遇したことはある。人づてで陰惨な実態を聞き及んだこともある。

 一歩間違えば自分もその標的にされていた、そう考えてしまうこともあった。

 それほどにイジメとは自分にとって身近な問題で、恐ろしいものだと考えていた。

「これにより異能の発現は必ずしも、命の危機に瀕した極限状態だけが要因ではないということが明らかになったわけです。ならば真に異能を発現させる要因とはなにか?」

 もったいぶるような調子で久々津は問いかける。

 久遠はしばらく問いに対する解答しようとするが、答えは一向に出ない。

 いや、考えないようにしていた――と言った方が正しいのか。

 潜在的に誘導されていた答えを認めたくなくて、久遠は押し黙る。

「それは心的外傷――世間一般的にトラウマと呼ばれる極度の精神的圧迫が、異能を発現させる上で鍵となってくるのです」

 黙り込む久遠を見て久々津は、さらに嗜虐的な笑みを深くする。

「そもそも、事故などの外的要因で命の危機を感じるのはどこか? それは脳、精神的なものに他ならない。つまり物理的な外傷も精神的な外傷も、同列に並び立てられるのですよ。要は事象の観測者である当人にとって、このままでは生命を維持させるのが困難だと思い込んだ時点で、異能の発現の条件は満たされる」

 よく『イジメで自殺するのは精神的弱者だからだ』という意見を耳にすることがある。

 しかし学校に通う年頃の子供たちにとって、学校とは社会の縮図であり世界そのものだ。

 その世界そのものから己を否定されたように感じれば、自らを無価値と断じ世界に絶望した果てに死を選んでしまうのはなにも異常なことではない。

「もう死ぬしかない、と本人に諦めさせればいい。自分の力だけでは解決のできない状況、死を受け入れた瞬間、身体はそれと正反対に生命を維持しようと働きかけるのですから」

 個人という世界の観測者は当の本人である。その観測者が生きていくことが困難だと判断すれば、事故による外的損傷も精神的圧迫による絶望も、同じ死因という点ではなんら変わりない。他人からすれば車に轢かれて致命傷を負ったことと、イジメに辟易しての自殺は圧倒的に後者の方が軽く見られるのかもしれない。

 しかし当人にとって命を諦める理由には違いがなく、同時に異能発現の要因となる。

「致命傷を与えることなく、電気ショックで精神を徐々に衰弱させていくのはそのためです。効率的に臨死体験を行わせ、やがて精神が負荷に耐えきれなくなって死を受け入れる〝臨界点〟を迎える。そこで異能を発現するかは、当人の才能次第ですね。まあ、十人に一人でも発言すれば上々でしょうか。薬物投与なども試してはみたのですが、この方法が私の性に合っていましてね」

「もし……もし、異能が発現できなかった場合、どうなるんだ……?」

 久々津は意気揚々とこの地獄絵図の解説を口にする。

 その姿はまるで、自慢の玩具を見せびらかす子供の姿を連想させた。

 久遠はそんな久々津の言葉を遮るように、震える声を必死に吐き出して問いかける。

「死にます」

 久遠の問いに対して久々津は『なんだ、そんなことか』とさも当たり前のように、あっけかんと悪びれる様子もなく答える。久遠は思わず目を見開いて息を飲んだ。

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