第四章

第14話アンデット×ファーム

 数時間後。久遠たちの乗っている車はインターチェンジから高速道路を降り、そこからさらにまた暫くの時間を要して目的地へと到着していた。

「こりゃ……なんて言うか――」

 ドアを開け外へ降り立った久遠は、グルリと周囲を見渡して感慨深そうに声を漏らした。

「田舎って言うより、大自然だな」

 辺りには木々が所狭しと生え渡り、生い茂った葉は太陽の光を遮ってしまっているので、辺りは薄暗い。地面にはまるで絨毯のように雑草が生えていて、歩く度に湿度を帯びた地面がぬかるんで滑りそうだ。

「あれが――今回の仕事場、か?」

 一面に広がる緑の中。景色へ埋もれるようにひっそりと建つ建物を発見して、久遠は呟きを漏らす。

「あれが今回の現場よ」

 まじまじと建物を観察している久遠の背後から、琴華の声が聞こえた。

 久遠は振り返るが彼女はさっさと久遠を追い抜いて、建物へと向かって進んで行く。

 琴華に置いて行かれないように、久遠も慌ててその後に続いた。

 車内では口論じみた言い合いになってしまったが、どうやら普通に会話くらいはしてくれるようだ、と久遠は内心で安堵する。

「しかし……なんか、不気味なとこだな」

 琴華の後ろを歩きながら久遠は呟いた。少し先に見えるコンクリート造の建物は、一見すれば工場のような外観だった。しかし、壁などにおびただしい蔦などの植物が生え渡っていて、コンクリートの壁自体も経年劣化で薄黒く変色して所々欠けていることから、この建物が長らく人の手によって手入れをされてないことが久遠にも分かる。

 どちらかと言えば廃工場、と呼んだ方が相応しいと思えるような佇まいだった。

「こんにちは、遠路遙々ようこそいらっしゃいました。ヘブンフラワーズの方々ですね?」

 二人が建物の入り口らしき場所へと辿り着くと、そこには一人の男がいた。

 その人物は二人が近づいて来ると、鷹揚に笑いながら問いかける。

「ヘブンフラワーズ所属、落花琴華。そっちは新人の不死川久遠よ。今回、研修で連れてきただけだから気にしないで」

「どうも、不死川久遠です。今日はよろしくお願いします」

 琴華は男の問いに対して、愛想のない憮然とした態度で簡潔に答える。

 久遠はそれに続くように名乗ると、小さく会釈をした。

「私は当施設の管理人、久々津解良(くぐつかいら)です。今回は依頼に応じて頂きありがとうございます」

 久々津と名乗った男は、柔和な笑みを浮かべながら礼を述べた。

 七三にペッタリと撫でつけられた黒髪と、黒縁の眼鏡が相まって、これで背広でも着込んでいれば、生真面目なサラリーマンと呼ぶのが相応しい風貌だろう。

「いや、しかし……まさかランカーの方に来て頂けるとは。これで護衛の方は安心ですね」

 久々津は糸目気味の目をさらにスッと細め、琴華を値踏みするようにジッと見つめる。

 その視線は爬虫類が獲物を見定めるようにぬらりと纏わり付くものだったが、それも一瞬のことで、次の瞬間には再び温和な笑みを浮かべて言葉を続ける。

「なあ、ランカーってなんなんだ?」

 久遠は久々津の視線に気づくことなく、ランカーという聞き慣れない言葉に首を傾げた。

「ランカーってのは、ヘブンフラワーズ内で序列十位以内の人間のこと。依頼の達成数やリピート率とかで順位をつけてるの。高位のランカーほど有名だから依頼も殺到するし、依頼の適任者を決める目安にもなるでしょ」

 琴華は久遠の質問に若干うんざりしたような顔をするが、仕方ないと言うように淡々とした口調ながらも説明を始める。

 どうやらランカーというのは、ヘブンフラワーズにおける強さの指標であり、琴華はその中の一人に含まれるようだ。

「なるほどな。ちなみに、お前は序列何位なんだよ?」

 久遠は説明を聞くと納得したように頷くと、続けて問いを投げかける。

 あれほど強力な力を持った彼女が、十人のランカーに名を連ねているのは納得できるが、その中でもどの順位に位置づけられているのか興味があったからだ。

「……私は序列五位。ちなみに一位は姉様よ」

 久遠の問いに琴華はどこかムスッとした表情で答えると、最後に付け加えるように言う。

 彼女からすれば、天華以外に自分より格上の能力者がいることが腹立たしいのだろう。

「まあ、別格の天華さんを抜きにしても、お前の上にまだ四人もいるのかよ……」

 規格外の異能を有する天華以外に、三人も琴華以上の能力者が在籍する事実を知り、久遠はうへぇと辟易したように呟きを漏らす。

「明日は大事な〝出荷〟の日ですからね。業界でも著名な【言霊使い】に来て頂ければ、こちらとしても大船に乗った心地ですよ」

 琴華が説明を終えたタイミングを見計らって、久々津は話を元に戻す。

「出荷……? ここはなにか作ってんですか?」

 久々津の言葉を聞いて、またしても久遠は首を傾げながら問いかける。

 目の前の建物は廃墟同然で、どう見ても人の気配も感じられない。

 出荷と言ってもそんな工場が稼働しているとは、久遠にはとうてい思えなかったからだ。

「おや……君は牧場(ファーム)をご存じない、と?」

「牧場? ファームって、牧場とか農園のことですよね?」

 その様子を見て驚いたように久々津は尋ねると、久遠は要領を得ないまま問いに答える。

 彼にとってのファームとは家畜の飼育や野菜の栽培を行う施設であり、少なくともこの場所とは似ても似つかない場所だ。

 もしかして中で水耕栽培でも行っているのか、などと脳天気なことも考えていた。

「なるほど。本当に君は業界に入って日が浅いのですね」

 不思議そうに首を傾げる久遠を見て、久々津は納得したように頷く。

「では、我が牧場をご案内させて頂きましょう。きっと君には、いい社会勉強になりますよ。貴女もそれで構いませんか?」

「……構わない」

 久々津はふむ、と芝居がかった所作で顎に手を当てる。

 そして鷹揚に笑いかけながら提案すると、琴華にも確認するように尋ねた。

 琴華はその提案に対して頷くと、淡々とした調子で答えを返す。

「それでは私に着いてきてください」

 確認が取れると、久々津は入り口とは真逆の裏手へ向かって歩き出す。

「ここは一応、廃工場ということになっていましてね。入り口は施錠されているのですよ。だから、中に入る時は裏口を利用しています」

 久遠の疑問に答えるように久々津は説明していると、やがて一同は裏口へと到着する。

 裏口に着くなり彼はポケットから鍵を取り出し南京錠に差し込み、それを捻るとカチャリとした金属音が鳴り施錠が外れる。続けて鋼鉄製の扉を横に引くと、重苦しい鉄がコンクリートを削ぎ取る音が久遠たちの耳をつんざく。

「中は少し暗くなっているので、足下に気を付けてください」

 久々津は二人より先に建物の中へ入ると、振り返りながら注意を促す。

 彼の言うように屋内は薄暗く、真っ暗というわけではないがかろうじて辺りが見える程度の照明しか点いていなかった。

「本当に廃工場なんだな……」

 久々津の先導に着いて歩いていた久遠は、周囲の様子を観察しながら呟きを漏らす。

 コンクリートの打ちっ放しの床にはコンベアや工作機械などが設置されているが、それらの塗装は剥げて錆び付いていた。おそらく長い期間、ここに放置されているのだろう。

「ここは数年前に閉鎖された工場でしてね。近頃、私が買い付けて再利用しているのです」

 久遠の呟きに対して、久々津は律儀に答えを返す。

 再利用、と言ってもこの現状を見る限りでは廃工場のままではないか、と久遠は思った。

「ここから階段で地下に降りますので、足下には気をつけてください」

 いつのまにか久遠たちは階段の前へ来ていて、久々津は壁に設置されていたスイッチをONにする。付近の照明が点灯し床と同じく無機質なコンクリートの階段が露わになった。

 久々津を先頭にして、一同は階段を降っていく。

 靴音が床を蹴る音が反響するのみで、辺りは酷く静かだった。

「なあ」

 階段を降りていく途中、久遠は後ろの琴華に向かって声をかける。

「…………」

 しかし、琴華は答えない。思えばこの建物の中に入った時から、琴華は終始無言だった。

 久遠はそんな彼女の様子が気になって、再び声をかけてみることにした。

「おい、どうかしたのかよ?」

「……別に」

 ようやく返ってきた声はいつも通りの冷淡なもので、答えが返ってきたことに久遠は僅かに安堵した。

「あのさ。ここになにがあるか、お前は知ってんの?」

「……ええ」

「じゃあ、教えてくれよ。なんか気になるし」

「このあと、嫌でも分かるでしょ」

「まあ……そりゃ、そうなんだけどさ」

 なんとも言えない不気味な雰囲気を払拭するように久遠は言葉を続けるが、琴華は会話に応じる気が無いと言わんばかりに素っ気ない答えを続ける。久遠もこれ以上の詮索はまた機嫌を損ねる可能性を考慮して、口を噤んで再び前方へと意識を集中させることにした。

 しかし、薄暗さからかこの時、彼女の表情は硬く強張っていて、声も僅かにだが震えていたことを久遠は気づいていなかった。


「お帰りなさいませ、ご主人様(マスター)」

 階段を降りた一同を出迎えたのは、一人の少女だった。

 年齢は小学生、もしくは中学生くらいだろうか。第二次成長期が始まり、子供から女性への成熟が徐々に見受けられる儚い少女の姿がそこにはあった。

 所々ハネ気味の癖毛は頭の両脇でツインテールに束ねられていて、少女特有のなだらかな丸みを帯びた頬が、彼女がまだ大人に成りきれていないことを強調している。

 服装は囚人服にも似た上下一体のカーキ色の服を着ていて、その首元には首輪のようなチョーカーが目を引いていた。

「緋胤(ひたね)。状況を報告をしなさい」

「はい。警戒レベルは異常なし(オールグリーン)、侵入者や脱走者も確認されませんでした」

「結構。引き続き、警邏に当たりなさい」

「了解しました、ご主人様」

 久々津は少女の報告を聞いて軽く頷くと、短く指示を出して奥へ進んでいく。

 緋胤と呼ばれた少女は報告を終えると、再び階段前に戻ってジッと奥を見据える。

「あの子は?」

「彼女はここの守衛ですよ。普段、脱走者や侵入者の対処にはアレが当たっています」

「脱走者……? おい、それってどういう――」

 こんな場所には場違いな少女に違和感を抱いた久遠は、久々津のあとを追いながら尋ねる。

 久々津はその問いに軽い調子で答えるが、久遠は少女との会話の中でも出てきた〝脱走者〟という不穏な言葉の真意を尋ねようと質問を重ねようとする。

 しかしそれも、次に続けられた久々津の言葉によって遮られた。

「さあ、お待たせしました。ここが当施設――牧場の主要区画です」

 久々津が壁に埋め込まれたナンバーロックのテンキーを軽快に叩くと、ピッと間延びした電子音が鳴り、重厚な存在感を持つ鉄製の扉が徐々に開いていく。

「――――」

 完全に扉が開き室内の様子を目の当たりにした久遠は、声を発することができなかった。

 なぜならば――

「うわぁぁぁぁぁア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛――ッ!?」

 扉が開いた瞬間、そこから聞こえたのは、幾重にも重なり合った悲鳴/絶叫/叫喚。

 力の限りの叫びは既に音響兵器と化して、久遠の耳をつんざく。

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