第10話アンデット×スカウト7
「…………」
そこにはバイト先の店長からの番号がズラリと並んでいた。最初は三十分や一時間の間隔ったが、徐々にその間隔は狭まって最終的には一分おきの鬼電状態になっていた。
「…………」
久遠は目眩にも似た倒錯感を感じながらも留守番電話を開いていく。
『不死川、お前クビな』
留守電にはただ一言だけ店長の声。しかし、それは久遠にとって死刑宣告だった。
「しまったぁぁぁ――昨日はバイトォォォうわぁぁぁッ!!」
留守電を聞き終わると、久遠は頭を抱えて盛大に叫びを上げる。
昨日のゴタゴタで本人も忘れていたが、彼は昨晩アルバイトに向かう最中だった。
最後は意識を失ってしまったので弁解の電話もできず、店長は久遠がバイトをサボったとみなしたのだろう。彼はとある事情により、無断での欠席や早退などが少なからずあり、次に同じようなことをしたらクビにする、と店長からキツく釘を刺されていたのだった。
もはや店長は、久遠の言い訳など聞いてはくれないだろう。彼はそういう人間だった。
こうして久遠はようやく定着していたアルバイト先を失い、正真正銘の無職になってしまったのだった。
「どうしたの? なにかあったのかしら」
ガックリと肩を落として放心状態の久遠を見て、天華が心配そうに声をかけた。
「へ、へへ……実は俺、バイト……クビに、なりまして……」
壊れたゼンマイ仕掛けの玩具のような動きで、ギギギと天華の方を向く久遠。
その顔には自虐めいた力のない笑みを浮かんでいた。
「昨日のが無断欠勤になって、クビって……無職じゃん……あはは、どうしましょう……」
既に焦点が合っていない、虚ろな目をしながら久遠は言葉を続ける。
「ごめんなさい。アタシが巻き込んじゃったせいで、キミには迷惑をかけちゃったわね」
「いえ、しょうがないっすよ……しょうがない、んだ……」
完全に燃え尽きてしまった久遠は、真っ白な灰になったように項垂れてしまう。
それを見た天華は申し訳なさそうに謝罪をするが、彼は弱々しく笑いながら頭を振る。
「あっ! なら、そうだ――」
不意に天華はなにか思いついたように声を上げた。
久遠はそれを何事かと項垂れながら次の言葉を待つ。
「それなら、ウチの会社で働いてみない?」
「……え?」
突然の提案に久遠は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、間の抜けた返事を漏らした。
「ちょっ――姉様、なにを血迷って……!?」
「いや、だってウチも万年人手不足じゃない? だから丁度良いかなって」
「丁度良くなんてありません! こんな死なないことしか能のない木偶の坊、なんの役に立つって言うんですか!? いいえ、立ちませんとも!!」
その提案に琴華は納得がいかない、と声を上げる。
ビシリと久遠を指さして、ジッと睨み付けながら反語調になって熱弁をふるう。
「琴華、彼の能力の有用性は説明しないでも分かるでしょ? それに今回の件は完全にアタシの落ち度なんだから、これくらいの責任くらい取らないと」
「それは……分かり、ました……まったく、姉様も優しすぎるのが玉にきずですね」
天華はそんな琴華を宥めるように制すると、琴華は渋々ながら引き下がる。
そして改めて久遠の方を向き、表情を引き締めて真剣な声色で言葉を続けた。
「どうかしら? キミにその気があれば、こちらで仕事を用意することが可能よ」
「でも、それって――人殺しとか、ですか」
真剣な天華に合わせるように、久遠も緊張で表情を強張らせながら気になっていたことを問いかける。先ほどまでの説明を聞く限り、彼女の会社は久遠のような特殊な能力を持った人間を専門に取り扱っている派遣会社らしい。
その業務内容の中には、彼女が語ったように殺人の依頼などもあるのだろう。
だとしたら、久遠は天華の誘いを受けることはできない。誰かを殺すことなんて覚悟は久遠にはないし、なにより彼は人の命を奪う殺人という行為を忌避していた。
死すら拒絶する身体に成り果てた際、彼はそれをより強く実感してしまったのだから。
「それはキミ次第よ。受けたくない依頼は受けなくていいし、ウチは人殺しが専門ってわけじゃなから」
「そうですか。良かった……」
予想に反してあっさりと答える天華を見て、久遠はホッと安堵の息をついた。
「だったらできればなんですけど、事務とか庶務みたいな仕事ってないですかね?」
気になる点を確認すると、久遠はおそるおそるとある提案を口にする。
彼としてはつい最近までどこにでもいる一般人でしかなかった自分が、天華や琴華のように言わば荒事のプロと呼ばれる人間と肩を並べて働ける自信がなかった。
ならばサポート役に徹して、身分相応の形で会社に貢献したい。その方が足手まといにならないし、なにより自分自身に向いている。そう久遠は思っていた。
「デスクワークなんかでいいの? 最近、担当しててくれた子が辞めちゃったから、空いてることには空いてるけど」
「え、マジですか!? 是非ともよろしくお願いします!」
その言葉を聞いた瞬間、土下座する勢いで頭を下げる久遠。就活で荒みきった彼の心は、目の前の職にかぶりついたのだ。それはもはや、条件反射に等しい。
「ちなみにそれって、正社員ですか? 正社員ってことでいいんですよね!?」
グイグイと迫る勢いで積極的に問いかける久遠。
その気迫は今現在も就活で、三十連敗中の猛者に相応しく必死だった。
「ええ、そうね。でも、事務職ってなると出来高制じゃなくて、月給制になるけど大丈夫? 他の人たちは成功報酬制で一つの依頼につきいくら、って感じだから」
「全然、問題ないです。こちらとしては正社員で働ければ、それだけで満足なので」
どこか気が進まなそうな天華にも構わず、グッと拳を握り締め力説する久遠。
その瞳には一分一秒でも早く無職から脱したい、と暗い炎がメラメラと瞬いていた。
「そう? ちなみにこれが月々のお給料の額ね」
天華は紙とペンを取り出すと、それに手早くなにかを書くと久遠に渡す。
紙を見ると、そこには一般的な事務職の相場よりも遙かに高い金額が記されていた。
ここから社会保険や税金などの控除額を差し引いても、破格の給料だと言える。
「こ、こんなにもらえるんですか……?」
ここまできてようやく、なにか裏があるのではないかと思い至った久遠は、おそるおそるといった調子で問いかける。
「ちなみに依頼の成功報酬なら、軽く見積もってもその六倍くらいはもらえるわよ」
「六倍、ですか……ちなみに一回で、その額ですか?」
「そう。一回で」
ゴクリと固唾を飲んで問いかける久遠。天華はその問いに平然と答えてみせた。
ちなみにその金額は久遠のバイト代に換算すると、半年間休みなしで働いても到底、届かない額でもあった。単純計算で一回でも依頼をこなせば、半年間は遊んで暮らせる。
それほどに依頼をこなすことで手に入れられる報酬は、恐ろしく高い金額なのだ。
「どうする? お金が欲しいなら、やっぱりそっちがいいと思うんだけど」
天華は小首を傾げて問いかける。
彼女からしてみれば、荒事に対して有用な能力を持っている久遠が、あえてその力を活かすことができない、一般的な仕事を求めていることが理解できないのだろう。
「大丈……夫、です。俺は長く安定して、働きたいので」
提示された莫大な金額に心動かされるも、グッと堪えて久遠は当初の希望を貫いた。
当然、依頼をこなせば恐ろしく高額な報酬を得ることができるだろう。
しかしそれは、金額に見合った仕事をしなければならない、ということでもある。
高い給金には〝高貴なる義務(ノブレス・オブ・リージュ)〟ではないが、それ相応の危険や責任がつきまとうものだ。それこそ、天華の請け負っている依頼は非合法なものだ。
ならば仕事としては、ハイリスクハイリターンであるとも言えるだろう。
久遠としては、それは望むべきことではない。だから彼は首を縦には振らなかった。
「分かったわ。キミがそう言うなら」
久遠の言葉に納得したように頷くと、天華は久遠の前に右手を差し出す。
「よし、それじゃ入社決定ね。明日から出勤だから、よろしくね久遠くん」
「こちらこそよろしくお願いしま……って、明日からですか?」
久遠はその手を取って握手を交わすが、続けられた言葉に思わず声を上げる。
「ええ、明日からよ。よろしくね?」
「ちょっと、一日くらい間を開けてとかは――」
「よろしくね」
「……はい、分かりました」
急な決定に、久遠はおそるおそる尋ねるが、天華はニコニコ笑いながらも有無を言わさない様子で言葉を繰り返す。その形容しがたい気迫に気圧され、久遠は諦めたようにガックリと肩を落とす。
もしかして自分は、その場の勢いでとんでもない決断をしてしまったのではないか?
そんな自問自答を内心で、何度も繰り返すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます