第9話アンデット×スカウト6


「キミには説明しておかないとね。琴華の能力は【強制言語(ギアス・コマンド)】って言って、相手に言語での命令を強制的に遵守させる力よ」

「え……命令を遵守?」

「仕組みとしては、声帯から発せられた音声が鼓膜から相手の脳に認識された時、その言葉が脳から発信される電気信号と同じものに変換されるの。電気信号は神経を伝達して、擬似的な命令を脳に割り込む形で身体の支配権を奪うわ。この仕組みを言霊とも言うわね」

「あ、なるほど……だから、あの時、俺は身体の自由が利かなかったんですね」

 説明を聞くと、久遠は納得したように頷く。昨日、琴華の言葉を聞いた瞬間、身体の自由が奪われたようだと感じたが、奇しくもそれは正しかったらしい。

「普通、人間の身体ってのは、脳から送られる電気信号で動いてるんだっけ。だから、それに割り込まれる形で外部から命令が下されたら、本来の命令は無視されたまま、外部からの命令が優先されるってわけか……まるで電波ジャックだな」

「その例えは間違ってないわね。強靱な精神力の持ち主なら抵抗できる可能性はあるけど、身体の中では二つの命令系統が混線しているから、充分な妨害にはなるでしょうし」

「ちょっと待ってください姉様! なんでこんなどこの馬の骨ともわからないに、そんなことまで喋ってるんですか!?」

 空恐ろしい琴華の能力の詳細を聞いて身震いする久遠だったが、そこで琴華から抗議めいた声が上がる。

「だって、彼にはそれを知る権利があるでしょ? それが巻き込んだアタシたちの責任なんだから。琴華だって勘違いとはいえ迷惑をかけたんだから、説明くらいはしないと」

「それは……でもぉ……」

 諭すそうな天華の物言いに、琴華は反論しようとする。

 しかし、納得のいく返答が思い浮かばずに、それでもなにか言いたそうに言葉を濁した。

「あ、えーっと……ちなみに天華さんの能力って、どんなのなんですか?」

 そんな琴華の様子を見て少しばかりの罪悪感が湧いたのか、久遠は話題を変えるように天華に問いかけた。

「アタシのは――うーん、ちょっと説明するのが難しいのよねぇ」

 天華はどこか困ったように唸ると、腕組みをしてなにかを考えるように目を閉じる。

「よし。それじゃ、ちょっと立ってもらっていいかしら?」

「え、あ、はい。分かりました」

 ポンと思いついたように手を叩いて頷けば、天華は久遠へその場から立つように言う。

 久遠は突然の要求に戸惑ったような顔をするが、そのまま素直に立ち上がった。

「そうそう。それで、ドアの前に立ってもらっていいかしら?」

「えーっと……ここでいいですか?」

「うん、オッケーよ。ありがとうね」

「……?? いえ、どういたしまして……?」

 自らも立ち上がって天華にドアの前まで誘導されると、久遠は真意が掴めないのか、怪訝そうに首を傾げる。彼女はそんな久遠を見て、満足そうに笑っていた。 

「それじゃ――」

 すると、天華はジャケットをひるがえし、ベルトに装着されていたホルスターから、拳銃を引き抜いた。流れるような手慣れた動作で安全装置を解除すると、カチャリと音がして、黒光りする重々しい重厚な金属がその存在感を嫌と言うほど主張している。

「え――?」

 久遠はそれを唖然と見ていることしかできなかった。

 瞬間、昨日の光景が脳内を駆け巡っていく。あの時と同じように、この銃は自分を撃ち抜くのではないか。そんな怖気にも似た予感がゾワリと背中を撫でていった。

 まだ身体に染みついている弾丸が身体を貫く感覚が、疼くような錯覚さえ覚える。

「それじゃ琴華。アタシの半径一メートル以内から離れてなさい」

 天華は銃口を自らのこめかみに押し当てた。その姿は完全に自殺志願者にしか見えない。

「ちょ――!?」 

 予想外の行動に久遠は、思わずそれを止めようと手を伸ばそうとする。

 しかし、間に合わない。彼女の指は引き金を引き終わり、それと同時に耳をつんざくような発砲音と硝煙の臭いが彼の鼻をかすめる。

「ハッ、ガァ――ッ!?」

 だが次の瞬間、久遠の視界はグルリと回って反転していた。

 金槌で思い切り横殴りされたような衝撃が頭部を襲い、バランスを崩した身体は受け身さえ取れずに、床へと倒れ込んでしまったのだ。

 こめかみが焼けるように熱く、そこから血液が流れ出しているのが自分でも分かる。

「え……俺、撃た……れ、て……?」

 床に倒れて呆然と天井を見上げながら、朦朧とする意識の中でポツリと呟きを漏らす。

 天華が自らに向かって放ったはずの弾丸は、何故か久遠の頭部を撃ち抜いていた。

 彼が弾丸を受けた箇所は、彼女が狙っていたはずのこめかみの位置に相似している。

「おーい、大丈夫?」

 天華はまったく動じる様子もなく、しゃがみ込んで鉗子や包帯などの道具を使って、手慣れた様子で止血の処置を施す。床の血も手早く拭き取り、後処理を次々に済ませていった。

 一連の処置が終わると、意識の有無を確認するように久遠へ声をかけた。

「あいた、た……」

 久遠はズキズキと重く響く鈍痛に耐えながら、のっそりと床から起き上がる。

「ほら、立てる?」

「あ、すいません……」

 手を差し伸べられ久遠はその手を取って立ち上がると、導かれるままに先ほどまで座っていたソファーに腰掛ける。

「ふぅ……」

 久遠は疲弊した神経と身体を休ませるように、ダランとソファーに背中を預ける。

「――って、なにすんですかぁ!?」

 そして、全力でツッコミを入れた。

「いや、だからアタシの能力の説明をね」

「だからって頭を撃ち抜くことないでしょう! 俺じゃなかったら死んでますから!!」

「大丈夫、大丈夫。ちゃんと安全面を考えて、防弾ドアの前に立たせたんじゃない。それと昨日、キミが倒れたあとに色々確かめてみたけど、これくらいじゃ死ななかったから」

「実験済み、かぁぁぁいッ!? どうりで朝起きた時、身体中が痛いと思ったよ!」

 平然と答える天華を目の当たりにして、久遠は次々と言葉を続ける。

 妹の琴華は根本的な倫理観が破綻していたとは思っていたが、姉の天華も大概だった。

 一見、常識人のように見えてもこのような突拍子のないことをする辺り、彼女も超常の理に従って生きる裏社会の人間ということなのだろうか、と久遠は戦々恐々する。

「でも銃は確かに天華さんの頭に向かって撃たれたはずなのに、どうして俺の頭を……」

 包帯にくるまれた傷口を押さえながら、久遠は納得がいかなそうに呟きを漏らす。

「天罰じゃないのぉ? プークスクス」

 その様子を見て琴華は、ケケケと邪悪に口角を吊り上げて嘲り笑っていた。

 しかし久遠はそれどころではないので、多少はイラッとしたが無視することにした。

「それがアタシの能力――【死因転嫁(パッソ・ザ・ドゥ)】。自分が受けた致命傷となるダメージを周囲の人間に移す力よ」

「え……それってつまり、自分の受けたダメージを好きなようにコントロールできる、ってことですか?」

 久遠はゴクリと固唾を飲んで問いかけた。

 天華の能力は彼が想像した通りのものであれば、自らは傷一つ負わずに周囲の人間へ攻撃を逸らすことができるという恐ろしい能力になる。

そこまで使い勝手はよくないわね。効果の範囲は一メートルから十メートルまで任意で調整できるけど、ダメージを移す対象は自分で選べないからランダムなのよ。それとあくまで致命傷になるダメージしか移せないから、中途半端な怪我はそのまま蓄積されるわ」

「なるほど。色々制限があって、無敵ってわけじゃないのか……」

「そうそう。範囲内に誰もいなかったら、ダメージを移せなくて死んじゃうだろうし。試してみた限りだと、ある程度の時間をかけないと死に至らないようなダメージもダメみたい。今じゃ乙種認定される程度、効果の範囲くらいは調整できるようになってはいるけど、キミの能力と同じで、自分じゃコントロールの効かないタイプよ」

「…………」

 天華の言葉を聞いて、久遠は思わず口をつぐむ。

 彼女は初めて自分の能力について触れてきた。

 相手はいったい、どの程度まで把握しているのか? 久遠はそれが気になっていた。

「キミの能力はおそらく、自らでは自発的に発動できない受動タイプ。もしくは、最初から効果を発動している身体強化系の力かしらね。前者なら運命律か概念そのものに干渉する特質系統で、後者ならダメージを受けても回復させる対己系統の自己再生(デッドアジャスト)。どちらにしても、自分の意思でコントロールはできないとアタシは見てるけど」

「それは……」

 その言葉に久遠は答えることができなかった。

 彼女の仮説はある意味正解でもあるが、不正解でもある。

 死を克服した不死川久遠の異能、その根源を知るものは、彼自身の他に一人しかいない。

 かつて久遠はこの力を得たせいで、帰るべき日常を失ってしまった。

 だから、この忌まわしい力について、他人に話すことには躊躇いがある。

「無理に聞き出すつもりはないから安心して。ただ、そういう系統の能力は貴重だから、ちょっと好奇心で聞いてみただけ」

 押し黙る久遠を見て、天華はにへらと笑って軽い調子で声をかける。

その気遣いに久遠はそっと顔を伏せ、素直に甘えることにした。

「そう言えば――はい、君の携帯。昨日、着替えさせる時から預かったままだったから、渡しておくわね」

 思い出したように天華はポケットから携帯電話を取り出し、久遠の前に置く。

「携帯がないと思ったら、預かっててくれたんですね。ありがとうございます」

 軽く頭を下げてそれを受け取ると、携帯の画面に視線を移す。ボタンを押してロックを解除すると、おびただしい量の着信履歴が待ち受け画面に表示されていた。

「…………」

 久遠は嫌な予感に、ガタガタと身体を震わせる。

 覚束ない手で携帯を操作して、着信履歴を確認するこことにした。

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