第8話アンデット×スカウト5

「まず最初に亥種の分類は潜鬼(せんき)。これは異能因子を持つけど、それがまだ発現していない能力者のことね。この等級である限り、取り締まられることはないわ」

「さっきの話だと数も膨大なはずだし、いちいち取り締まってなんかいられないか」

「次に丁種の分類は人鬼(じんき)って呼ばれていて、この状態は異能に覚醒した初期状態ね。限定的な能力が使えるけど、上手くコントロールできてないことが多いわ。この等級から神祇省の指導が入るわ。まだ軽度な症状だから、治療で矯正が可能な場合が多いの」

「そういう力って、治療で治るもんなんですか?」

 予想外の言葉に、久遠は驚いたような声を上げた。

 異能とは人知の及ばない超常の力で、それを人間がどうこうできるイメージが彼にはなかったからだ。

「ええ、人為的に能力を封印することは可能よ」

 しかし、天華はいとも容易く頷いてみせる。

「そもそも、異能のメカニズムはね、人間の脳波が強く関係してくるの」

「え……脳波、ですか?」

「例えば――キミはテレビとか見るかしら?」

「そりゃ、まあ。人並みには」

 突拍子もない問いを投げかけられて、久遠は怪訝そうな顔をしながら答えた。

「テレビって予め決められたチャンネルでしか、番組が見れないじゃない? それ以外のチャンネルに回しても、なにも映らないから」

「確かにメチャクチャなチャンネルに合わせても、映るのは黒い画面か砂嵐ですからね」

「それは発信されている電波の数が決まっているだけであって、もし自分で使われていないチャンネルに電波を調整(チューニング)することができれば、理論上は普段は使わないチャンネルにも映像を流すことができるわ」

「はい、確かに……ってことは、もしかして――」

「本来、人間が生きていく上で必要とされる脳波は、テレビのチャンネルみたいに限られているわ。だけど異能者はそれとはまったく異なる脳波を発生させることによって、身体の局所的な変容を促し、異能を発現させることができるの」

「つまり普通の人間とは文字通り、見ているチャンネルが違うわけだ」

 テレビの基本的なチャンネルと、BS放送などの有料チャンネルは基本的に異なる。

 契約を結んで料金を払わなければ、そのチャンネルの電波を受信することはできない。

 天華の説明を当てはめてみると、常人は通常のチャンネルのみしか見ることができず、異能者は常人には見られない特別なチャンネルの電波を受信することができるのだ。

 ただし、そのチャンネルを見るためには、異能の発現という特別な手順を踏まなくてはならないが。

「このチャンネルは能力者自身で、任意に切り替えることができるわ。普段は通常のチャンネルに合わせて、力を使う時は専用のチャンネルに合わせる……って具合にね。ただ、異能が覚醒して時間が経つほど、脳波によって身体が変容していくから、治療で矯正できるのはこの丁種の分類までね」

「それはつまり……能力を使うほど、力は成長していくってことですか?」

「まあ、一般的にはそうね。ただ、それには個人差があるから、一概に全てがそうなるわけじゃないわ。能力が発現してから、いきなり高位の等級に目覚めることもあるしね」

「そこもある意味、〝才能〟か……」

「そうなってくると、否応なしに後戻りはできないんだけどね」

 異能の資質は発現してみるまで、当の本人にも分からない。何の取り柄のない人間も、異能の才に恵まれれば、強大な力を得ることができるだろう。

 しかし徐々に段階を踏んでいくのならば、途中で治療による矯正もできるが、最初から強力な異能を発現している場合は治療も効かない。

 そうなってくれば施設に軟禁されて薬物投与を続けるか、討魔官として異能を国のために揮うしかないのだ。どちらにせも、もう一般人として日常生活には戻れない。

「じゃあ、話を戻すわね。丙種の分類は闘鬼(とうき)って呼ばれていて、この状態までくると異能を完全に自身でコントロールできるようになってくるわね。この等級から、神祇省の定める有害指定になってくるわね」

「有害指定、っていうのは?」

「文字通り、社会的に害を与えると判断されている異能者ね。亥種と丁種は治療で能力を矯正できるけど、丙種の段階まで到達した異能者は、もうそれができなくなってくるわ。だから、独自の戒律で己を律している鬼血宗家、それに連なる分家の人間。それと神祇省に所属する討魔官及び研究者以外の異能者は原則、隔離施設で管理・観察されるの」

「それって、拒否権とかはないんですか?」

「琴華がさっきも言ったけど、もうこの国には異能者の人権なんて存在しないようなものよ。確かに異能絡みの犯罪者は年々増加しているし、丙種以上の能力者は強力な力を持っている場合が多いから、ある程度の実力者じゃないと手がつけられないのも事実ね」

 猛獣を野放しにしていては、そこに住む人間の命が危ない。

 その存在を許容するのならば、堅固な檻で厳重に閉じ込めて管理しなければならない。

 現在の日本で異能者は人間に仇なす害獣でしかなく、彼らを管理するために強固な規律という名の檻に閉じ込めて、同じように管理しているのだろう。

 そこで優先されるのは住む人間の安全性であり、猛獣の扱いなど二の次だ。

 だから異能者の人権など、優先順位は限りなく低いと天華は言っているのだ。

「次の乙種の分類は悪鬼と呼ばれていて、ここから本当の意味で神祇省から危険視されてくるの。この段階は自らの異能を完全に使いこなせるようになっていて、丙種の状態ではできなかった能力の応用も可能になってくるわ」

 自覚の次は応用ね、と天華は説明を続ける。

「例えば念発火能力なら最初は自らの周囲しか発火できなかったとしても、成長次第で視線の届く範囲なら全て発火可能にもなるかもしれないわね」

「能力の理解が深まったから、範囲や多様性が増していくってことですかね? 確かに俺も道具を使ってて最初は基本的な使い方しかできなくても、いつのまにかそれ一つだけで色々なことができたりするし」

「あら、物わかりが良くて助かるわ。能力の使用もそれと同じね。経験と知識によって理解が深まれば、力の運用もより効率的かつ強力なものになってくるって話ね」

 天華の言葉を聞いて、久遠は思い当たる節があるように答える。

 例えば包丁を例に挙げてみよう。包丁が食材を切るための道具だということは、それを使えば誰でも分かるだろう。刃物であるということが包丁の本質であり、それを最大限に活用するためには一般的な用途に従えばいい。

 ただ実際に料理をしていけば、刃先以外にも峰はウロコ取りに使用することもできるし、顎の部分はジャガイモの芽取りにも使えるし、腹の部分を利用してニンニクを潰すこともできることに気づいていく。

 すると、どうだろう。最初はただ単純に食材を切ることにしか使えなかった包丁が、様々な用途で多様性を発揮するようになってきたではないだろうか。包丁自身は最初から、なんら変わってはいない。変わったのは使い手の認識だ。

 包丁の本質は『食材を切るための道具』という認識から、『調理をするために切る・削ぐ・潰すなどの多用途に使用できる道具』という認識に変化していったのだ。

 これは見えやすい一面だけでなく、側面や応用などの様々な包丁の本質を理解することによって、使い手の認識がより深まったからでもある。

 それは経験による裏付けかもしれないし、はたまた本や人づてで得た知識からなのかもしれない。しかし、最初はおそるおそる握っていた包丁も、経験を積んだあとでは見違えるほど頼もしく見えるだろう。

 こうして異能も様々な側面を理解することによって、その扱いをより協力に多様化させていくのだ。そこは普段の人間における認識の理解と同じ仕組みだ。

「最後に甲種は災鬼(さいき)……この状態は一種の〝現象〟ね。能力者が力に呑まれた、なれの果ての姿よ」

「力に呑まれる……か」

「異能が強力になると放たれる脳波によって、身体は変容していくって説明したわね?」

「はい。だから、丙種以上の異能者は治療では力を矯正できない、って話でしたよね」

 久遠は先ほどの天華の説明を思い出しながら頷いた。

「能力者は異能のチャンネルを必要な時に応じて、ONとOFFを切り替えているんだけど、甲種に到達してしまった能力者はそのチャンネルが常にONなるの。だから常時、能力を発動したままになって、やがて負荷に耐えきれなくなり力が制御できなくなるわ」

「力の制御が……その場合、どうなるんですか?」

 ゴクリ、と固唾を飲んで久遠は問いかける。

「そうなったら例外なく力に呑まれて、能力者は意思もなくその異能を発現させるためだけの現象になるの。異能の純化、先祖返りとも呼ばれているわ」

「そこまでくると、もう人間っていうよりも、災害とか天災って感じだな……」

 天華の言葉を聞くと、久遠はポツリと呟きを漏らした。

「その例えは間違っていないわね。そうなれば全力で排除されることになっているんだけど、甲種の異能者は生死の概念が曖昧になって、殺害することができない場合もあるの。現在までにも五人の甲種認定の災鬼が確認されているけど、その内の三人は殺しきることができずに、今もなお地下深くに封印されているらしいわ」

「そこまでくると、本当にどうしようもないな……」

 少し表情を険しくして語る天華を見て、久遠は言葉を濁らせる。

「そうならないように、乙種まで到達した能力者は、自らを律しているんだけどね。能力の濫用をみだりに行えば、力自身に呑まれていくのは時間の問題だから」

 天華は肩を竦めて、苦笑混じりに答える。

 そんな彼女を見て、久遠はハッとしたように頭に浮かんだ疑問を口にした。

「そう言えば、天華さんたちの等級ってどれくらいなんですか?」

 先ほどまでの説明を当てはめれば、彼女たちはどうなのか。久遠はそれが気になっていた。天華の場合はその口振りからして、なんらかの異能を有している可能性が高いが、彼女の口から直接、明言はされていない。

 琴華の能力は昨日の不思議な強制力が、それではないかと久遠は思っていた。

「アタシは乙種で、琴華が丙種認定よ。琴華の能力は昨日、体感したのよね?」

「はい。おかげ様で普通なら死んでました」

 久遠は昨日の出来事を思い出しながら苦々しい表情で答える。

「勘違いされるような真似をするのが悪いんでしょ? 私は姉様の安全を第一に優先しただけ。それ以外のことなんて、どうでもいい」

 非難するように横目で見る久遠の視線に気づくと、琴華は目を吊り上げて反論する。

「それに死ななかったんだから、いいじゃない。男が終わったことをいつまでもネチネチ言ってるなんて、見苦しくて気持ち悪い。粘着質な男なんて、みっともないだけね」

「って、めぇ……こっちが大人しくしてりゃ、さっきから好き勝手言いやがって――」

 反省の色もまったく見せず、それどころか逆になじり出す琴華に、久遠はついに堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりに、身を乗り出そうとする。

「まあまあ、二人とも。少し落ち着きなさいって」

 一触即発状態の二人を見て、天華はやれやれと溜め息混じりに制しようと声を上げる。

「だって天華さん、こいつが!」

「だって姉様、この愚物が!」

「「あ……」」

 制止の声に納得がいかないのか、二人はまったく同じタイミングで声を上げてしまう。

 まるで図ったようなタイミングに、久遠と琴華は思わず顔を見合わせた。

「なぁんだ、二人とも実は仲良いじゃない。うんうん、これは『喧嘩するほど仲が良い』ってヤツね。いやー、お姉さん安心したわぁ」

「違いますから絶対!」

「そうですよ姉様!」

「「チィッ……!!」」

 今度は無意識のうちに絶妙な連携で互いに否定し合うが、それに気づくとお互いに忌々しそうに相手を睨み付ける。

「まったく、照れちゃってぇ。この子って女子校に通ってるせいか、同年代の男友達とか、あまりいないみたいなのよ。口の悪いところはあるけど根はいい子だから、キミさえよければ仲良くしてあげてね」

「姉様!! 琴華には姉様だけで充分です。ましてや、こんな下半身と脳が直列しているような男なんて、こちらから願い下げです!」

「待て、こっちにも選ぶ権利があるっての。俺のタイプはな、包容力のある大人の女性なんだよ! お前みたいな性根の腐ったガキなんて、頼まれてもごめんだ!」

「もぉ、仲が良いのは分かったからいい加減、仲直りしなさいって」

 グルル、と獣じみたうなり声を上げながらなおも対立する久遠と琴華。

 それを見ても天華はマイペースにのんびりとした口調で、窘めるように言い聞かせる。

「琴華。昨日は酷いことしたんだから、まずは謝りなさい。いいわね?」

「…………」

 一転して、有無を言わせない天華の口調に、琴華はムスッとした表情で押し黙る。

「スイマセンデシタゴメンナサイユルシテクダサイ」

 そしてあからさまな棒読みで、嫌々ながらも久遠に謝罪した。

 そんな姿を見て久遠は溜め息を一つ吐くと、呆れ顔になりながらも口を開く。

「ふぅ――仕方ねぇ、いつまでも文句言ってるわけにもいかないからな。この件はこれでおしまい、ってことでいいよ」

 形だけとは言え一応は謝罪の姿勢が見られたことで、多少は溜飲が下がったのか先ほどまでの怒気は雲散霧消していく。我ながら単純だな、と久遠は内心で苦笑を漏らす。

「チッ、偉そうに……」

 僅かに聞こえる程度の小声で、琴華だ忌々しげに毒を吐いた気がしたが、久遠は無視することにした。心の広い(自称)久遠は無益な争いを好まないのだ。

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