第7話 アンデット×スカウト4
「百人に一人、くらいかな?」
「――ッハ、不正解だっての。ですよね~、姉様?」
自信なさげに苦笑しながら苦し紛れの答えを披露する久遠を見て、琴華はそれを嘲笑うように鼻を鳴らした。そして隣の天華に向かって、にこやかに笑いながら同意を求める。
「そうね。残念だけど、確かに不正解かしら。それじゃ琴華、正解は?」
「現在、異能者の血――異能因子(リガンド)を有して生まれて来る人間は統計上、五人に一人と言われています。これは異能者に対する封建的な制度が撤廃された現在の数字で、昔はもっと少なかったらしいですね」
「ええ、そんなに!? それって結構、やばいんじゃ……」
意外な答えを聞いて、久遠は思わず驚きの声を上げてしまう。
確かに五人に一人と言ったら、現在の日本の総人口が約一億二千七百十二万人だから、その中で異能の血を引く者は二千五百四十二万ほどいるという計算になる。
二人の話が真実ならこの国にはそれ程の規模で能力者が跳梁跋扈していることになる。
「例え異能者の血を引いていても、必ずしも異能が発現するわけじゃないわ。むしろ、ほとんどの人間が、それに気づくことなく一生を終えるの。異能に目覚める人間なんて、数千人に一人くらいのレベルかしら」
「なんだ、ビビったぁ……」
天華の言葉に安心するように、久遠は大きく息をついた。
確かに久遠の想像が正しかったのなら、現代も異能者が政権を牛耳っていることだろう。
しかし今の日本は、なんの異能も有していない一般人が統治している国家なのだから。
久遠自身も常人とは異なる力を有しているが、昨日まで天華や琴華のような異能者には遭遇したことはない。そのため今まで、異能に対する知識は皆無だった。
「さっき異能が〝目覚める〟って言ってましたけど、能力って後天的なものなんですか?」
「そこでさっきの話に戻るわね。結論的にはそうでもあるし、そうでないとも言えるわ」
「え、それはどういう……」
どこか煙を巻くような答えに、久遠は戸惑いながら首を傾げる。
「能力の発現に関しては、さっき話に上がった〝血の繋がり〟が関係してくるの。例えば、もともと異能者だった人間の血の濃さを十としましょうか。もしこの人が異能の血を有さない人間と結婚した場合、その血の濃さは産まれた子供にどう引き継がれるかしら?」
「えーと、つまり異能の血を有さない人と、ってことだよな? だとしたら……十が半分になって、五とか」
「正解よ。じゃあ逆に、同じように十の血の濃さを持った人間同士が結婚して、子供が産まれた場合は?」
「今度は足し算で……二十、とかかな?」
「その通り。こんな風に足し算と引き算で、異能の血はその濃さを変えていくの。そしてある程度の血の濃さに達した時――生まれながらの異能者が誕生するのよ」
天華の話を聞いて久遠は、小学生の時に社会の時間で習った、家畜の交配を思い出した。
家畜もより優秀な品種を生み出すために、様々な条件で品種改良がされているという。
異能者の血族は、それを人間でやってみせたのだろう。
「ほとんどの異能者は、後天的に能力を発現させるものだったらしいんだけど、こうして人為的に、先天的な能力者を生み出すことに成功したわけ。この方法を確立させて力をつけていった家は、やがて鬼血宗家と呼ばれることになるわ」
「鬼血宗家……か」
「簡単に言えば、異能者を統治する人たちのことね。これらの家は表向きにも名家として、政治的な力を有していたの。互いに徒党を組んで、異能者の管理体制を整えたわけね」
「表向きには名家としての政治力、裏では異能集団としての力を手に入れたってことか」
「それでも、ある程度は秩序を持っていた鬼血宗家の意向に従わず、好き勝手にやっていた野良の異能者もいたわ。そこで退魔師の存在が台頭してくることになるの」
「退魔師……って陰陽師とか霊能力者みたいな感じですか?」
ここに来て出現した新たな勢力の名前を聞くと、久遠は漠然としたイメージを口にする。
「世間一般的に言えば、そんなイメージかもしれないわね。だけどこの場合、退魔師は鬼血と同じ異能者の血を持つ人間のことね」
「え……同じ能力者同士ってことは、仲間割れってことですか?」
予想外の天華の答えを聞いて、久遠は目を丸くして驚きの声を上げた。
「ええ。退魔師は同じ異能の血を有しながら、彼らとは異なる思想の持ち主だったの。鬼血宗家を含め、多くの異能者は自らの力を利己的に運用していたけど、退魔師はその力を悪しきものとして封印することを提唱したわ」
例えどんなに便利な力であっても、それが戦いの火種になることは世の常だ。
だからこそあえて律することで、戦いの芽を摘む――そういった思想はよくある話だ。
「だけど当然、今まで力によって甘い汁を吸ってきた異能者には聞き入れてもらえず、迫害まで受けるようになったの。それで彼らは、己の能力を鬼血の異能者を討伐することのみに使用することにしたの」
どんな高尚な思想も、それによって利を得ていた人間にとっては煩わしさしかない。
だからこそ異能者たちは、それを脅かそうとした退魔師たちを糾弾したのだろう。
「力に対抗するには力しかなかった、ってことか……確かに力を誇示する相手に無血主義だなんて、ただやられるのを黙って耐えるだけだしな」
「でも血を連ねてより強力な異能者を生み出していた鬼血の異能者たちに、退魔師たちは勝てなかった。そこで彼らと同じように退魔師同士で交配を重ねることによって、対抗しようとしたの。そこで生まれたのが、退魔宗家ね」
蛇の道は蛇。度重なる交配によって強大な力を得た鬼血に対抗するには、彼らと同じ道を辿るしか退魔師たちには残されていなかったのだろう。
「鬼血の一族とは違って政治的な力は有していなかったけど、異能者を狩ることにのみ特化してきた力と技術は、鬼血の人間にとって大きな脅威になっていったわ。こうして、同じ能力者同士で長い戦いが幕を開けたの。この戦いは終戦後、GHQが日本の政治に介入してくるまで続くことになるわ」
「まさに悪の異能者と、正義の能力者の戦いって感じだな」
鬼血や退魔師、昔に異能者がどのような立ち位置で存在したのか。
それを理解した久遠は、壮大なスケールに気圧されながら呟きを漏らす。
「その構図は確かに間違ってはいないわ。異能者に対する制度が平定した現代において、アタシたちは普通に生きることすら許されない存在にまで成り下がっているんだから」
そう言うと、天華は自嘲気味に笑ってみせる。
「戦後、GHQの介入に乗じて、欧州を裏から支配していた組織である魔術協会が日本の暗部に参入してきたことよって、状況は一変していくの」
拮抗した状況を一変させたのは、大きな時代の激動だった。
「魔術協会は日本で独自の発展を遂げていた魔術師である陰陽師、そして目的を同じとする退魔師と結託して、大々的に鬼血の異能者を次々と討伐していったわ。最初は徹底抗戦した異能者たちも、僅か一ヶ月以内に投降を余儀なくされたのよ」
「どうにか拮抗してたのに、一気に四面楚歌になったんだから、そうもなるか……ちなみに魔術師協会、ってのはよく漫画とかに出てくる魔術師の集まりみたいなもんですか?」
ここで新たに出てきた魔術協会、という組織について久遠は質問する。
「そうね。魔術協会は文字通り、魔術師たちの管理や自警を目的に作られた組織のことよ。本来は研究機関だけど、魔術犯罪を取り締まったりもするの。今は異能者の管理もここに委任されてるから、暗部の司法を司る場所でもあるわね」
「つまり日本の裏社会も、今はその魔術協会が管理してる、ってわけか」
「その通りよ。魔術師には異能者のように先天性の資質が必要ないから、その数は異能者を遙かに上回るのよね。だから今現在では、完全に魔術師が異能者を管理する立場なの」
現代において裏社会を統べる存在を知り、久遠はどこか冷たい汗をかいていた。
魔術協会とはそれほどに強大で、今もなお異能者にとっては恐怖の象徴であるらしい。
「ご丁寧にも連中は、先天性遺伝脳疾患――Congenital Hereditary Encephalopathy、通称〝CHE〟なんて大層な病名で異能者(わたしたち)を隔離施設で幽閉してやがりますけどね」
天華の解説を大人しく聞いていた琴華だったが、最後の言葉を聞くとあからさまに不機嫌そうな表情に顔を歪める。
「今や能力者は犯罪者同然の扱いなんだから。魔術協会から細分化されたCHE管理機関――神祇省の定めた等級に従って、一定の水準を超える者は研究施設に隔離され、死ぬまで人体実験の被験体ですから。籠の鳥? 冗談。こっちの方が、よっぽど質が悪い話よ」
矢継ぎ早に不満をまくし立て、琴華は嫌悪感を隠そうともせずに唇を尖らせた。
「唯一の例外が能力の有用性を認められて、異能犯罪者を討伐する討魔官(とうまかん)にスカウトされることでしか自由は得られないなんて、おかしいです」
「まあ、連中に捕まったらそれこそ同族殺しか、実験体の二択なのよねぇ」
口を尖らせて抗議する琴華を見て、天華は溜め息混じりに苦笑する。
「ちなみに一定の水準、ってのはなんか明確な決まりみたいなものがあるんですか?」
「それは異能等級って言ってね、能力者は甲・乙・丙・丁・戌の順で格付けされてるの」
久遠がふとした疑問を尋ねると、天華は五本の指を立てて順序立てて説明を始める。
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