第6話 アンデット×スカウト3

「それを説明するにはまず、この会社の事業内容について説明しないとかしらね」

 天華は久遠の質問はもっともだ、と鷹揚に頷く。

 そしてどうしたものかと悩むように唸ると、やがて薄く微笑みながら口を開いた。

「この会社は業種的には、特殊人材派遣会社――派遣会社の一種ね」

「派遣会社、って……あの派遣会社?」

 派遣会社とは雇用事業の一つであり、派遣元となる人材派遣会社に登録している者を、派遣先となる事業所へ派遣して、かつ派遣先担当者の指揮命令のもとで、労働サービスを提供する雇用形態のことだ。

 登録制のアルバイト紹介サービス、言った方がイメージしやすいだろうか。

「ウチは企業とかの事業所よりも、個人単位での契約が多いかしら。まずお客の依頼と要望を聞いて、依頼に最適な人材をこちらで紹介して、依頼者と契約するって流れね」

「なるほど……それじゃ、どちらかというと規模は小さい感じか」

「普通の派遣会社と比べたら、登録してる人間も少ないわ。でもウチが取り扱っている人材は少し特殊だから、それなりに需要はあるの。依頼も基本的には幅広く請け負ってるし」

「なんだか、そう聞くと何でも屋みたいだな」

「確かにそれに近いものはあるわね。それこそ――ペットの世話から殺人まで、ね」

 依然として薄く微笑みながら、天華は平然と答えてみせる。

 久遠はその笑顔を見た瞬間、ゾワリと怖気のような感覚が背筋に走っていった。

「人殺し、か」

 久遠はゴクリと固唾を飲み、緊張して上擦った声で尋ねる。

 先ほど天華は顔色一つ変えず、笑みすら浮かべながら答えてみせた。

 彼女にとって殺人とは、ペットの世話と同列に並べられるほど、取るに足らないものだということなのだろうか。

「依頼によっては復讐や要人暗殺、そういう風に殺人を依頼されることもあるわ。もちろん、護衛や警備とかの依頼も同じくらい多いけど」

「それじゃ、昨日の奴は」

「おそらくアタシが派遣した人間に、家族を殺されたと見て間違いないわね。もっとも、殺人を依頼してきたのは依頼者で、こちらはその用途に適した人材を紹介しただけよ」

 やれやれと肩を竦める天華。その表情からは罪悪感といった類いの感情は感じられない。

 久遠はそこに確かな温度差――殺す人間と殺される人間の違いを見たような気がした。

「たまにあるのよねぇ。復讐は結構なことだけれど、恨む相手を間違えないで欲しいわ。こっちは仕事として依頼に当たっているわけであって、そこに個人的な感情は存在しないんだから。要は使う人間次第、って事ね」

「だから昨日は、それを銃に例えてみせたんですか?」

「そうね。銃だって使い方次第では、誰かの命を守ることができるし、逆に誰かを簡単に殺すこともできる。道具は求められた能力を発揮するだけであって、それをどう使うかは持ち主次第なんだから。ましてやそれを売った人間を責めるだなんて、論点のすり替えよ」

 天華の言い分は、確かに久遠も理解できる。依頼することで自分が直接的に手を下さないとしても、それは確かな殺意を持って依頼したのだろう。

 だから依頼者は本質的には殺人者で、報復も本来ならば依頼人自身が受けるべきだ。

 しかし、人間はそう簡単には割り切れない。銃の売買や所持が法律で禁じられているように、この国では殺人の依頼も、それを斡旋することも、ましてや請け負うことも犯罪だ。

 だが天華はそれを全て理解した上で、先ほどのように言っているのだろう。

 彼女たちはきっと、一般的な法律が及ばない世界で生きている。

 まるで別世界の人間だ。住んでいる世界の階層(レイヤ)が常人とは異なるのだろう。

 例え同じ時間、同じ場所にいても、彼女たちの目に映る世界は、自分とは異なるのかもしれない。今こうして一緒に過ごしていること自体が、ある意味では奇跡のようなものではないか。漠然と久遠はそんな風に感じていた。

「さっき、特殊な人材を取り扱っているって言ってましたけど……それって――」

 昨日の出来事を思い出して、久遠はおそるおそる琴華へと視線を向ける。

 あの時、常識では説明できない理不尽な目に久遠は遭った。

 琴華に『死ね』命じられた瞬間、自身への命令権は剥奪され、まるで彼女の命令しか受け付けない身体のようになってしまった。いくら抗おうとしても、脳と身体が切り離されてしまったかのように、久遠にはただ見ていることしかできなかった。

「ええ。キミはもう、実際に目の当たりにしてはずよ」

 天華は久遠の言葉を聞くと、それを肯定するように頷いた。

 自らの予想が合っていたと悟った久遠は、表情を強張らせて言葉の続きを待つ。

「アタシたちの会社は超常的な能力を有する者――世間一般的に〝超能力者〟と呼ばれる人間を専門的に取り扱っている人材派遣会社よ」

「超能力者って……あの超能力者、ですか?」

 天華の言葉を聞いて、久遠は思わず怪訝そうに聞き返してしまう。

 確かに予想はしていた。しかし、改めて他人から聞くその言葉は酷く現実離れしていた。

「そう、超能力者。超心理学ならESP、もしくはPSI。仏教では神通力。ヨーガなら悉地(シッディ)。道教では六神通。欧米ならサイキックやエスパー。日本では超能力者や異能者。呼び方は色々あるけど、それが意味することは一つね」

「超常的な力を扱うことができる、ってことか」

「そういう能力者自体は、昔からいたみたいね。ほら、日本の昔話や伝承でも、鬼とか妖怪っているじゃない?」

「鬼の正体は、漂流して日本に辿り着いた外国人、って説もあるみたいですね。赤毛髪の大男で、赤い血……に見える葡萄酒を飲む、って言われれば、なるほどとも思います」

「でもあれは、古来から存在した能力者を象徴にしていたと言われてるの。キミの話はそれを知る人間が世間を欺くために浸透させた、もっともらしい思想操作(プロパガンダ)ってわけ」

「そんな……それこそ、ただのこじつけって可能性もあるんじゃないですか?」

「そこまで詳しくは知らないけど、調べたのは偉い専門家なんだろうからそれなりに根拠はあると思うわよ? だから昔は能力者を総て鬼血(きけつ)、だなんて言ってたんだから」

 天華の突拍子のない話に、久遠は思わず反論してしまう。

 しかし、どこか余裕を感じさせる笑みを浮かべて彼女は言葉を続ける。

「妖怪にしてもそれで説明がつくわ。火車は発火能力(パイロキネシス)、一反木綿は念動力(サイコキネシス)、覚は心理感応(サイコメトリー)、千里眼は透視能力(クレヤボヤンス)、鎌鼬は空力操作(エアロスミス)、石妖は皮膚硬化(ハードネス)、牛鬼は身体強化(フィジカルアッパー)、妖弧は偽装変態(メタモルフォーゼ)――例を挙げれば、それこそキリがないわね。歴史上の人物でも卑弥呼は未来予知(プレコグニション)を持っていたとまで言われてるし、それなりに説得力はあると思うんだけど」

「それは……確かに説得力はあるけど……」

「鬼や妖怪っていうのは、言わば畏怖の対象じゃない? 一般人からすれば有り得ない力を使うんだから、恐ろしくも見えるんじゃないかしら。逆に人々に利益をもたらす能力者は、後生で偉人だとか聖人みたいに扱われるみたいね」

「つまり観測者からどんな風に見えるのか、って話か。益獣は可愛く思えるけど、害獣は見ていても気持ちよくない……みたいな感じで」

「元々は同じ能力者なのにね。でもそういった力を持つ能力者たちは、私利私欲に走って能力を乱用していたケースも多いみたいね。昔の豪族とかは超常の力を誇示して、民衆の支持を掌握したり、恐怖政治を行ってたり好き勝手にやっていたみたい」

「でも力で優位に立っても数の上で負けてるなら、いずれは反乱されて逆転するのがオチじゃないんですか?」

「まあ、いずれはそうなるわね。でもこの流れは、終戦の時代まで長く続くことになるの。力を持った能力者は権威を持つようになり、さらに同じ能力者同士で交配を重ね、より強い異能者を生み出していくのよ。それが唯一、権力を保持するための方法だったから」

「異能者同士で結婚すると、より強力な異能者が生まれて来るもんなんですか?」

「ええ。異能は血脈の色濃さ、言葉もあるくらいよ。異能者は血の繋がりを重んじるの」

「血脈の濃さ、ですか……」

 久遠は息をつくように、呟きを漏らす。

 天華の説明は眉唾な話から、政治や伝承などの根拠を絡めてきて信憑性を増してきた。

 この国に古くから根付いてきた異能という力は、史実にも影響を与えているようだ。

「じゃあ――さて、ここで問題です。今現在の日本において、異能の血を有する人間は何人に一人の割合でしょうか?」

「え? そ、そうですね……」

 いきなりの問いに、久遠は不意を突かれたように目を泳がせる。

 天華は人差し指をピンと上へと向けて、薄く微笑みながら久遠を見ている。

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