第5話 アンデット×スカウト2
ベッドがあった部屋から出ると、久遠は事務所のような部屋に案内された。
今は来客用のソファーに座っていて、天華は簡易キッチン兼給湯室のような場所で、お茶を淹れて来てくれた。
「それじゃ……まずはなにから説明しようかしら」
マグカップをテーブルの上に置くと、天華は仕切り直すように話を切り出した。
「えっと……まずは昨日、あのあとの記憶がないんですけど」
ようやく本題、と久遠は表情を堅く引き締めて、まず最初の疑問を口にした。
久遠は最後に見た光景を思い出していた。
銃を突きつけられた琴華。
突然、自殺した男。
それに駆け寄る自分。
そして琴華に命じられると逆らえずに、自らに向かって銃を撃ち続けたことだった。
痛みに耐えきれなくなって意識を失ってから、今朝まで意識が飛んでいたのだ。
「昨日はキミが〝気絶〟しちゃったでしょう? だから仕方なくここに運んだの」
何度も頭部を銃で撃ち抜かれたという猟奇的な惨状を目の当たりにして、平然と〝気絶〟と言ってのける天華に久遠は驚いていた。
確かに彼はその程度では死なないので、気絶と称するのが的確かもしれない。
しかし、常人なら間違いなく死亡している致命傷だ。むしろ生きていることが例外なのだ。事実として生きているが、常識としてそれが受け入れられない人間が世の中は大半だ。
久遠は身をもってその現実を痛感しているからこそ、天華の反応は予想外だった。
「服も血塗れだったから、勝手に着替えさせてもらったわ。もちろん、身体も最低限は綺麗にさせてもらったつもりよ」
「あ、そう言えば……わざわざ、ありがとうございます」
今着ている服は天華が用意してくれた物だと分かると、久遠は頭を下げて感謝を告げる。
「いいのよ、気にしないで。それからベッドに寝かせたはいいけど、アタシもシャワーを浴びたら眠たくなっちゃって……多分、キミのベッドの中に潜り込んでたみたい」
いやーごめんね~、と顔の前で手を合わせる天華。
久遠としてはむしろお礼を言いたいくらいなので、その件に関してはまったく問題ない。
問題なのは早とちりして、一切の弁明も受け付けずに殺そうとした琴華が悪いのだ。
「そうだったんですか? もう姉様ってば、ちゃんと家に帰って寝なきゃダメですよ~☆」
しかし、元凶である琴華は可愛らしく頬を膨らませ、天華に苦言を呈していた。
その様子から久遠を殺そうとしたことに、微塵も罪悪感を抱いていないのが見て取れた。
「そう言えば――ここはどこなんですか?」
思い出したように問いかける久遠。
「最初はベッドがあるから家なのかな、って思ったけど……」
久遠は周囲をキョロキョロと忙しなく見渡す。
自分、天華、そして琴華が座っている二人掛けのソファーが二組。その間に鎮座するテーブル。奥にはスチールデスクと、その上にはデスクトップ型のパソコンが一台。
その後ろは窓張りになっていて、外から日差しが差し込んでくる。壁際にはスチール製の収納や書棚が配置してあった。
これは世間一般的に、事務所と呼ばれている部屋のイメージに近かった。
「ここは会社の事務所よ。キミが寝てたのは仮眠室。仕事柄、泊まりの場合もあるから一通りの設備は揃ってるのよ」
「なるほど、だからシャワーとかもあったんですね」
その説明を聞いて久遠は納得した。
彼女の言葉が正しいならば、ここには簡易的な宿泊設備が備わっているのだろう。
「現場からだとアタシの家よりもここの方が近かったのよ。キチンともてなしてあげれなくて、ごめんなさいね?」
「いえ、そんな」
確かに昨日の惨状から察するに、悠長な真似はしてられないだろう。
血塗れの人間を運んでいるところなんて見られたら、どう弁解していいのか分からない。
「そうですよ、姉様。人前で醜態を晒して気絶した挙げ句、甲斐甲斐しく介抱までしてやったのですから、文句を言われる筋合いは微塵もないです。もしそんな厚顔無恥な輩でしたら、琴華が殺してくれとあちらから懇願してくるくらいの責め苦を味あわせた上で、もっとも凄惨な方法で処刑しましょう」
久遠は素直にお礼を言おうとするも、琴華の横槍を聞いて表情を引きつらせる。
まるで悪いのは久遠であるかのような口振りは、徐々に過激さを増していた。
「は、はは……それよりも、勝手に部外者を入れさせちゃって申し訳ないです」
腑に落ちない理不尽さを押し殺し、ぎこちない笑顔を浮かべて久遠は言葉を続けた。
「ああ、いいのいいの。だって、この会社の社長はアタシだから」
あっけかんとした調子で答える天華。
その言葉を聞いて、久遠は思わず素っ頓狂のような驚きの声を上げる。
「えぇ!? マジっすか……」
確かに天華にはキャリアウーマンや女社長のような風格めいたものがあった。
でもそれはあくまで彼女が醸し出している雰囲気が〝仕事のできる女〟というニュアンスで、本当に社長の役職に就いていたなんて久遠は夢にも思っていなかった。
「まあ、小さい会社なんだけどね。人手が足りなくて妹にも仕事を手伝ってもらってるくらいだし。情けない話だけど」
「もう、姉様。琴華は自分からお手伝いさせてもらってるんですから、そんな風に言わないでください。琴華は姉様のお役に立ちたいのです」
肩を竦めながら冗談っぽく笑う天華。隣に座っている琴華は複雑そうな表情を浮かべる。
「あ、やっぱり二人は姉妹なんだ」
天華の口から〝妹〟という言葉が出ると、久遠は確信したように呟きを漏らした。
琴華の口から姉という呼び方は多々見受けられたが、あの偏愛っぷりからするに一方通行の押しかけ義妹の可能性も捨てきれなかった。あの女ならやりかねない、とまだ出会って間もない彼ですらも思ってしまう。もっとも、決して口には出せないが。
「ええ、そうよ。私は姉の咎神天華。この会社――『ヘブンフラワーズ』の社長をやっているわ。ほら、琴華?」
天華は簡単に自己紹介を済ませると軽く微笑んで、傍らの琴華を見て同じように自己紹介をするように促す。
「妹の落花琴華(らっか ことは)……です。ど う ぞ よ ろ し く」
琴華は心底嫌そうな表情を浮かべたあと、ニッコリと見て分かるあからさまな作り笑いを浮かべる。そして、たっぷりの嫌みや皮肉といった敵愾心を込め、空々しい挨拶をした。
友好的に微笑んでいる天華はともかく、琴華に限っては仲良くしようとする気は微塵もない。下手したら寝首をかかれるのではないか、と久遠は戦々恐々としていた。
「あ、俺は不死川久遠です」
琴華の迫力に気押されるも、久遠はハッとしたように自らも遅れながら自己紹介をした。
そして話題を変えようと天華に問いを投げかける。
本当は天華と琴華の名字が違うのか疑問に思ったが、それを聞ける雰囲気ではなかった。
「それで……昨日のあれは結局、なんだったんだ?」
あの出来事はまるで現実離れした虚構(フィクション)のようだった。
この法治国家で銃を持ち出して脅迫、などという行為は本来ならあってはならない。
少なくとも普通に生活をしている限り、そんな事件には滅多に遭遇はしないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます