Last NAME 閃光の英雄と闇の奏者 第四章
精霊玉
第1話
愛紀那に連れられ凛珠たちはまず、第一の中継地点となる葉月一族の社へ向かった。愛紀那の話では五つの中継地点を経由しなければ葉月一族本邸へはたどりつけないらしい。さすがに警戒が厳しいということだろう。
「これって確か、古の大妖を封じるためのものだよな」
社を見て修一が愛紀那に尋ねた。
「はい。同時にここに光の女神を祀ることで、大妖を神の力を借り、封じております」
愛紀那が言った。彼女の視線の先には戦乱を逃れ、社に避難してきた人々の姿があった。紅陽一族の人々は一族の仕事でほとんどが出払って人々の心身の治療にかけずり回っているが、それでは、絶対的に必要数が足りていないのだ。狂った葉月一族のなかで、当主は元の軌道に戻そうとはしているが、いかんせん、日にちが足りておらず、葉月一族たちの気持ちを変えるのにはまだ至っていないということだろう。狂ってしまったものは、そう簡単には戻らない。
「葉月一族がああなったのはなぜか、知っているか?」
凛珠は尋ねた。『蒼き鳥』が調査をしても、あの閉ざされた一族の情報などはめったに手に入らない。千尋の『千里眼』すら葉月一族のことは何一つ映らない。
「・・・私も詳しいことは知りませんが、先代の当主が、ある葉月一族の姫、・・・何代か前の『柱』らしいのですが、彼女がとんでもない『異能』を持っていたせいで、その力を得るために異能の継承にのみ一族の力を注ぐようになったとか・・・」
その言葉に凛珠は顔をしかめ、千尋はうんざり顔になり、修一はぽかんとなった。
「……え、ナニ?ということはその力がほしいからとんでもない方向に走ってたわけ?」
修一が言った。
「そのようです」
愛紀那の言葉に修一は顔をひきつらせた。
「うわーありえねぇ」
修一が気持ち悪そうに言った。凛珠の顔は盛大に顔が引きつっているし、千尋にいたってはもはや話を聞く気がなさそうだ。
「それにしても、とんでもない『異能』だと?考えたくもないな」
『とんでもない』がつく『異能』は本当にやばいのだ。凛珠の『異能』もそのたぐいに入るが、凛珠の場合は一応本人の手に負える代物なので『とんでもない』のレベルは低い。だがその葉月一族の姫の持っていた『異能』はそれとはケタが違うのだろう。なんせ紅陽一族の人間ですら『とんでもない』というレベルなのだから。
「まあ、それは置いておこうか。で、愛紀那、ここから次はどこへ向かうんだ?」
凛珠は尋ねた。
「次は、古代遺跡の中にある隠れ社です。そこからさらに藍翔伽の社を経由してレイヴェリア、マティランスの中継地点を経由して葉月一族の本邸に行きます」
愛紀那の言葉に千尋が嫌そうな顔をして言った。
「……そんなに辺鄙なところにあるのかい。確かに、歩いてはいけないな。というよりもまっとうな場所じゃない。……だからこそ、かな?」
千尋の言葉にはわけがある。藍翔伽は神秘の場所だ。ほとんどの人間が生きて戻れない、神仙の住処とも称されているが、景色は絶世だという。それゆえ入る人間は後を絶たないのだが、入った人は行方不明となる。そして、レイヴェリアとマティランスは迷いの渓谷ともよばれる神の森の一部だ。凛珠と千尋は三年前にそこへ行ったことがあるが、本気で死にかけた。『あの人』と夏澄が迎えに来なかったら死んでいただろう。あそこはまさしく『神域』なのだ。人が立ち入ることを許されない。
――……とんでもないところを経由していくのかよ……。
修一はげんなりした。今までの自分だったら死んでも近寄らなかっただろう。だが、今は友人のためだ。
「それじゃ、いこうぜ」
修一は言った。
「そうですね。行きましょうか」
愛紀那はそういうと指をはじいた。
「……マジいたいんスけど」
修一が地面に大の字になって転がったまま言った。
「……ごめんなさい」
愛紀那が謝った。どうやら転移するときに術の微妙な調整を間違えたらしい。愛紀那の扱う空間転移術の種類は霊術だ。それも高レベルの。だが高レベルになればなるほど微妙な調整を瞬時に行う能力が要求されるため、術師の中にはわざと低レベルに据えたままの人すらいると聞く。そのことを知っていたので、凛珠と千尋は転移するときに霊術の微妙な調整ができてないことに気付き自分の分は調整したが、修一は霊術が使えないため気付かずに地面に激突した。
「どうやら術の微妙な調整ができなかったみたいで、……本当にごめんなさい」
愛紀那が泣きそうな様子で言った。
「わかったから、泣くなって。な?」
「う……」
愛紀那は泣き出してしまった。どうやら自分の失敗がかなりこたえるタイプらしい。
「シュウ、泣かせたんだから自分で責任とれ。俺は知らん」
凛珠は言った。
「お前な…」
修一が顔をひきつらせて言った。
「だって泣かせたのはお前だろうが」
凛珠が正論をズバッといった。情け容赦のかけらもない。修一から眼を放した凛珠はあたりを見回した。そのとき妙なものが目にとまった。台座に置かれた、透き通った青のクリスタル。
「あれは……?」
凛珠はふらふらと引き寄せられるように近づいていった。そして、手を伸ばしクリスタルに触ろうとした時だった。千尋が凛珠の異変に気付いたのは。
「ソウ!?」
千尋の声は届かず、凛珠はクリスタルに触れた瞬間、クリスタルが放った光に飲み込まれ、姿を消した。
凛珠は見知らぬ場所で目を覚ました。
「なんだ、ここは」
あたりを見渡しても、千尋も、修一も、愛紀那もいない。目の前に広がる光景は果てしなく広がる野原と……。
「家……?」
凛珠が見たことのない建築様式でたてられた家だった。いや違う…?自分はこれを知っている……?
「なんだ……?この感じは?」
懐かしい……なぜかこの景色にそう感じるのだ。見覚えもなく、見たこともないはずなのに。
「……なんだ?子供の、声?」
突然子供の笑い声が聞こえた。何の気配も感じないのに。凛珠はその声がした方向へ行ってみた。そこには……。
幼いころの、自分がいた。
そして、一緒にいる人は……
「……母上……?」
「なに……今の?ソウが、消えた?」
千尋は茫然とした様子で言った。凛珠が青いクリスタルに触れた瞬間、光に飲み込まれ、姿を消した。
「僕の『千里眼』にもソウの姿が映らない!?どこに行ったんだ?」
千尋が愕然とした様子で言った。自分の『千里眼』に映らないということは絶対にありえないはずなのに。
「……別の異次元空間に飛ばされたみたいだな―」
修一の言葉に千尋はいぶかしげに言った。
「別の異次元空間?」
「もっとわかりやすくするならば『心の中』だな。たぶん、ソウの人生の一番最初の記憶のある『セカイ』。……なんで俺がこんなこと知ってるかって?俺は前にこのクリスタル、別の場所で見たことがあるからな」
修一がクリスタルを見て言った。
「このタイプのクリスタルは古代遺跡だったら必ずあるんだ。どうやら、歴史の記録に使われたらしい。ただし使い方を誤ると、自分の心の中にブッ飛ばされるって話だ」
修一の言葉に千尋は青ざめた。
「ということは、下手をすれば戻ってこられなくなるということ?」
千尋の問いに修一は頷いた。
「そういうことになるな。…でもソウのやつはちゃんと戻ってくるさ」
「……どっからそんな根拠が出ててくるのさ」
修一の言葉に千尋は恨めしそうに言った。
「あいつのことを信じてるからな。…ヒロ、お前どうなんだ?」
修一の言葉に千尋は即答した。
「もちろん」
「あれは……俺?どうして、こんなところに……?」
目の前にある光景は、間違いなく自分と……銀髪に、赤みがかかった紫の瞳をした女性。多分、自分の母親だろう。
「ここは……まさか、俺の記憶の中か?」
凛珠はつぶやいた。そして、目の前の自分の母親らしき人を見て、愕然とした。その時とのまとうものは人の気配ではない。神気だ。神の気配。
「……どうして……?」
凛珠は言った。自分は『人』だ。だが目の前にいる自分の母親らしき人は『神』。
「……目の前にある光景が真実だとして、じゃあ、俺の父親は?」
凛珠はあたりを見渡した。すると不意に後ろから声がした。
「おのれの正体がわかったか、凛珠?」
その声にはじかれたように凛珠は振り向いた。そこには青い髪に空色の瞳をした男がいた。顔立ちは、凛珠にそっくりだった。
「お前……いったい?」
内心の驚きを隠さず、凛珠は尋ねた。
「我の名は、空 一哉。お前はすぐに察したようだが、我はお前の父親だ」
凛珠は息をのんだ。いきなり現れた男が、自分の父親だと言っている。
「……いきなり父親と言われても戸惑うばかりであろう。我とて、お前がこんなところに来るとは思いもよらなかったのでな」
「ここはいったいどこなんだ?」
凛珠の問いに一哉は言った。
「ここは、夢と現の狭間、……端的に言うならば、お前の心の中だな」
「は?」
凛珠はぽけらとなった。うすうす察してはいたが、ここまであっさりわかるとは思わなかった。
「おまえ、ここに来る前に青いクリスタルに触れなかったか?こんな感じの」
そう言って一哉の掌の上に青いクリスタルの映像が浮かび上がる。
「ああ」
「こいつは使い方を誤ると使用者を自らの心の中へと飛ばす。どうやらお前はこいつにうっかり触れてしまったのではないのか?」
「そのとおりみたいだな」
凛珠はブスくれた様子で言った。その様子に一哉は苦笑すると、幼いころの凛珠と、母親の姿を指して言った。
「うすうす察しているだろうが、あれはお前の母だ。名は、コスモス。光をつかさどる創造神」
その言葉を聞いて凛珠は愕然とした。神だというのはわかったが、まさか光と闇の創造神のうちの一神、コスモスとは思わなかった。
「そして、我は空の神の血をひく。お前は神の血をひく……強いて言うならば、半神半人というべきか。……て、おい、お前は我の話を聞いているのか?」
一哉は凛珠の顔の前で手をぶんぶんと振ってみた、反応がない。どうやら凄まじい衝撃が駆け抜けたせいか。
「さて、ふむ。どうしたものか」
一哉はそういいつつも凛珠の頬をぶったたいた。かなりどころではないすごい音があたりに響いた。
「な、ななななな」
凛珠は我に返って目を白黒させた。その様子を見て一哉は少し怒気を放ちながら凛珠に尋ねた。
「話の中でどこか別の世界に飛ぶな。まったく。これが我の息子だということは信じがたいものだな」
一哉のあまりの言い草に凛珠はむかっときて叫んだ。
「それはこっちのセリフだ―‼こんなのが俺の父親だと!?あり得ない!!」
その叫びに一哉は迷惑そうに言った。
「そんなきんきん叫ぶな。やかましい。で、続きをいうぞ。お前は半分というか、4分の3が神で、残りの4分の1が人だ。それとひとつ、伝えておいてやろう。お前はそう遠くないうちに外見の成長が止まる。そしてお前のもつ寿命は人よりもはるかに長い。……いずれ周りの者たちは、お前を置いていくだろう」
「……だろうな。それはうすうすわかっていた」
凛珠の言葉に一哉は軽く眉をあげた。
「ほう、そうか。まあわかっているならばそれでいい。あと、お前は葉月一族について、知っているか?」
一哉の言葉に凛珠は顔をあげて言った。
「……『柱』か?」
「ほう。そこまで知っているか。ならば、教えておこう。『柱』の役目は、お前と、お前の血をひくものならば、その代わりができる。『柱』のように、おのれの命を代価とせずにな」
「それはいったいどういうことだ?」
一哉の言葉に凛珠はいぶかしげに尋ねた。
「そのままの意味だ。光の創造神の血の力は『世界』を支えることができる。『柱』の代わりにな。おまえは、葉月一族の『柱』についてはあまり良く思ってはおらんようだしな。まあ、我もあれは気に食わん」
一哉の憮然とした様子に凛珠はほんのわずか、笑った。
「なにがおかしい?」
一哉が凛珠の様子を見て尋ねた。
「いえ、本当に親子なんだなと思って」
そこには普段は見せることのない、凛珠の素顔があった。
「……戻ってこない」
千尋がぼそっと言った。すでに一時間が経過しているが、凛珠はまだ戻ってこない。
「そんな心の中から簡単に戻ってこれるわけない。ヒロ、お前さ、……もしかして気が短い?」
修一の言葉に光速で千尋は反応し、隠し持っていた短剣を投擲した。
「うわっ!?」
修一は紙一重でよけた。
「うるさいよ、シュウ」
千尋の妙に不機嫌な様子を見て修一は図星をさされたのだと判断した。だって、すねてるし。
「図星をさされたぐらいでなにもそんなにすねなくてもいいんじゃないか?」
千尋がぎっと睨みつけた。
「僕のどこがすねてるって言うんだ?」
「……だってそうじゃん」
修一の言葉に千尋はそっぽを向いた。
―ヒロって、意外に子供っぽいな……。
一哉が不意に顔をあげた。
「父上?」
その様子に凛珠はいぶかしげに尋ねた。
「そろそろ、お前は戻ったほうがよさそうだな。お前の仲間が心配しているようだ」
「え?そんなに時間はたっていないんじゃないのか?」
凛珠の言葉に一哉は苦笑して、言った。
「この世界では、現と時間の流れが違うからな。こちらではそんなに時間がたっていないと感じても、あちらでは意外に時間が過ぎているものだ。さあ、もう帰れ。帰って、自分のなすべきことをしろ」
一哉は言った。凛珠は何か言いたげに一哉を見上げた。その様子を見て一哉は凛珠の頭をくしゃっとなでた。
「我は、ここから動けんからな。会いに来ようと思ったら会いに来れる。だから、そんな情けない顔をするな」
「俺は…そんなに情けない顔をしていますか……?」
凛珠の言葉に一哉は苦笑した。
「してるぞ。まあ、お前は子供なんだから別にしたって構わん。……本当にもう戻らんと、まずいぞ」
一哉の言葉に凛珠は現実に戻してくれる扉へ向かったが、今まさにくぐろうとしているときに振り返って言った。
「なんであんたはずっとここにいるんだ?」
一哉は意表を突かれたような顔をしたが、さびしげに笑って言った。
「これが、我の代償だからだ。さあ、行け」
その言葉に押されるように凛珠は現実世界へと帰って行った。
現実世界ではクリスタルが再び輝いたかと思うと、凛珠が姿を現した。いきなり現れた凛珠に千尋はぽかんとなったが、我に返るとすぐに凛珠に近寄ると思いっきりぶん殴った。
「このバカ!勝手に姿を消すな!」
「……悪かった」
千尋の凄まじい怒りに凛珠は素直に謝った。
「意外に早かったな―。俺が知っている例じゃ丸十年ぐらい帰ってこなかったこととかあるらしいぜ」
修一が言った。
「……そうか」
凛珠はそうとしか言いようがなかった。何ともコメントしにくい言葉だ。
「ま、ソウも帰ってきたことだし、……行こうぜ」
修一の言葉に二人は頷いた。
さあ、行こう。葉月一族本邸へ。
すべての始まりとなる、あの天空の迷宮へ
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