6月30日(金) 洗面器丼を食べた

 松代さんと仕事帰りにrun-runへ寄った。


 相変わらず体育会系サークルの男子達の溜まり場って感じの定食屋で、二年ぶりに洗面器丼を注文。

 正式メニュー名は “run-run-donるんるん丼” なんだけど、通称のとおり洗面器大のどんぶりにキャベツともやしの野菜炒め、豚コマ肉の生姜焼き、鶏の唐揚げ、炒り卵がのっている。

 私も松代さんも、箸を休めたら負けだということを過去の苦い経験から体得しているため、ビールで乾杯の後はひたすら無言で食べ続けた。


 半分をようやく過ぎた頃、はちきれそうなお腹を叱咤激励しながら松代さんをちらりと見たのだけれど、食べるスピードと量はすさまじいのに、食べ方が全然汚くない。

 箸の使い方も、大きなどんぶりに左手を添えて食べる姿勢も育ちの良さが伺えて、それが意外なような、松代さんらしいような……。

 なぜだかチラ見をやめられなくて、黙々と食べるフリをしながら松代さんの食べっぷりを見ているうちに、なんとか3分の2を食べ終えた。そのくらいのタイミングで松代さんは自分の分を完食し、食べきれないようなら任せてくれと私の分まで食べ始め、最後は鼻の穴を思い切りふくらませて苦しそうにしながらも1.3杯をたいらげてしまった!


 私の分まで食べさせてしまって申し訳ないと、無理を言って今日は私のおごりとさせてもらった。

 店の外に出ると蒸し暑かった空気が夜風で冷やされていて、松代さんの乗るバス停まで自転車を引いて一緒に歩いた。


 路線バスは学生の足にもなっているためバス停はすぐ近くにあった。

 挨拶をして別れようとしたとき、「ちょっといいかな」って呼び止められて。


 不審自転車の一件のお礼は本当に期待していなかったのに、一度キャンセルになった約束を私が再び持ち掛けてきたことがすごく嬉しかったって。

 一回りも歳の離れたオッサンと安い定食屋に入ってくれたことがすごく嬉しかったって。

 向かい合わせで座っている職場の延長線のつもりでいたのに、職場以外の場所で向かい合って座っていたのが妙に照れ臭かったって。


 それで、私さえよければ、また一緒に食事に行きませんかって。

 今度はもっとお洒落なお店で今日のお礼をさせてもらいますって――。



 緊張した面持ちの松代さんの雰囲気からして明らかにデートの誘いだったのに、なぜかその場で断れなかった。


 ビールの酔い以上に顔が熱くなり、心臓がバクバクと音を立てていることを知られたくなくて、「ありがとうございます」って言ってそそくさとその場を離れた。


 天久保さん一筋のはずなのに、どうして私はあの場で断らなかったんだろう? 

 今度改めて誘われたら、私はどうするべきだろう?


 私は一体どうしたいんだろう?


 食べ過ぎで苦しいのと、まだ心臓がドキドキいっているせいで考えがまとまらない。


 とりあえず今日はもう寝ることにしよう。

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