第一八章 壮烈! 第六師団
六月一五日、ダークナスリイト南東方向に敵影ありとの情報が城壁に建てられた尖塔で見張りを続ける観測班から入った(挿絵:エルマグニア南北戦争_戦況図4参照)。
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やはりアーヤがにらんだとおりだった。北方の敵は牽制のための支隊、本隊は南東から来る部隊である。帝国軍第三軍団、帝都ジースナッハの紋章を確認との続報が加わった。ダークナスリイト攻略部隊は全軍がジースナッハで編成された師団であった。そこに相手側の並々ならぬ決意が感じ取れた。さらに観測班からはよくない報せが続いた。敵は移動式の投石器を多数牽引しているらしく、その数、一〇基は下らないとのこと。
ダークナスリイトは元々北部からの侵入を防ぐために建造された要塞であり、南からの攻撃を想定していない。南部は駐屯する兵士たちが一時的に過ごせるよう人工的に造られた市街地であり、それも一五〇年前に放棄されて今は廃墟と化している。石造りの家屋、施設跡地、倉庫等は堡塁として転用可能だが、入り組んだ街並みのため部隊の統制が難しい。すなわち、最小単位での戦闘が無数に巻き起こるということである。
迫り来る敵を前にして、アーヤは弓兵を北部城壁方面に、騎兵と歩兵を南部市街地方面に重点的に配置した。兵員運用の基本方針は以下のように定めた。二正面作戦を可能な限り避けるため北部は確実に敵を討ち、城壁に寄せ付けないこととする。南部は散開態勢で投石器の攻撃をかわし、その後、敵が突撃してきたら、これを近接戦闘で撃退する。
しかし帝国軍はハルツ・フェルドナー参謀総長の作戦指導により、徹底的に第六軍の長所を打ち消す戦術に出た。
まず、準備を整えて北部の第三軍団支隊が攻撃を開始した。これまでの中隊単位での牽制攻撃とは違い、大隊規模の攻撃部隊が盾を頭上にかざして弓攻撃を防ぎつつ、巨大な丸太で城門を突き始めた。しかもその大隊は六班で入れ替わりながら連続攻撃を仕掛けてくる。城壁からの弓攻撃はほぼ効果がない。巨大な城門ではあったが、この状況では打ち破られるのも時間の問題であった。
城門が破られれば、敗北は決定的となる。アーヤは奥の手を使うことにした。五月二七日にダークナスリイトに到着してから、アーヤは徹底的にこの要塞の強化を図った。城門の維持が生命線だと分かっていたので、石と丸太を使い、城門を閉鎖できるよう準備していた。当然、城門を閉鎖してしまえば、通行できなくなるという弊害があったが、今はそれを心配するときではないと判断した。アーヤの号令で兵士たちが梃子を動かした。無数の太い丸太が城門のかんぬきとなり、さらにそれを大きな石が補強した。北方の脅威はひとまず去った。
北方の攻撃と呼応するように南方の投石器が起動を開始した。遠距離からの攻撃に第六師団は手を出せない。ラフィーが間接射撃で操作手を狙撃しようと試みたが、敵は投石器に防楯を備えているらしく、矢はことごとく跳ね返されて効果を及ぼさなかった。
南部の市街地に布陣する第六師団の兵員は散開しているので、投石器の石が直撃しないかぎり、やられることはない。だが、それ以前の問題として、こちらがなにもできない状態の中、周りの建物が次々と破壊されていくのは兵の士気に極めて大きな影響を与えた。
六月一七日(包囲三日目)、ついにパニックに陥る兵士が出始めた。恐慌状態で持ち場を離れたため、上官がこれを制止、それでも聞かない場合は斬り捨てた。やむをえない判断だった。しかしこの状況が長く続けば、いずれ部隊は内部崩壊を起こす。だれもがそう思った。
敵はいっこうに突撃してこない。投石器の攻撃のみで士気を極限まで低下させる。これもフェルドナーの作戦だった。
師団司令部でどう対処すべきか悩んでいるアーヤの元にドーラが訪れた。
「アーヤ、あたしに対応策がある。任せてくれないかな」
「どうするの?」
「それは ───」
ドーラの計画案を聞いて、アーヤは目を丸くした。
「でも、本当にそんなことが可能かしら?」
「だいじょうぶ、あたしに任せてよ。選抜メンバーもあたしが選ぶから」
そういうとドーラは意気揚々と引き上げていった。
同日深夜、ドーラは選抜した重装甲騎兵部隊の大男たち二九名とともにダークナスリイト郊外を南方に移動していた。全員が黒い平服、背中には大型ハンマー、もしくは戦斧を背負っていた。鎧は音が出て秘匿行動に支障となるので不可。対人戦闘は可能なかぎり避けるつもりだったので剣も携行しなかった。
彼女が考えた計画案、それは夜間、稼動していない投石器を破壊するというものだった。だが、投石器は非常に堅牢な造りで数十名程度の強襲では一基も壊せないのではないかとアーヤは疑問を呈した。それに対してドーラはこう答えた。
「巻き上げ機の歯車だけを壊す。あたしは昔、投石器を動かす部隊に所属していたことがあったんだ。こんな体だからね。そのとき投石器を間近に見たけど、あれは片方向にしか回らない特殊歯車をクランクシャフトで巻いて力を溜め、一気に解放することで石を飛ばすんだ。その心臓部が巻き上げ機ってわけさ。ここに使われてる歯車は特殊でね、当然戦場に予備なんて持ってこないし、そもそも現場で交換なんてとても無理な代物なのさ。だからこの歯車を破壊すれば、もう投石器は使用不能。あたしたちへの脅威も一つ減るってわけ」
ドーラはそのためにとくに腕力のある大男たちを選抜した。一撃で歯車を壊し、即離脱する。それが成功の条件だった。
通常、投石器は夜間に稼動させない。それは目標がまったく定まらないこと、投石器を操作する間接部門の兵員には限りがあるので、その力は昼間に発揮したほうが無駄が少ないという軍事常識のためであった。とりわけハルツ・フェルドナー参謀総長はそういった定石にこだわる人物であり、それが今回は大公国軍に味方した。
ドーラと二九名の部下たちは一〇名ずつの三グループに分かれて匍匐前進で帝国軍最前線に迫った。息を潜めて観察すると、敵は見張りの歩哨を除いて全員がテントに入り休んでいるようだった。いたるところに配置された三叉に組んだ松明のおかげで投石器の場所は丸分かりだった。
────やつら、もう勝ったつもりでいやがる。あたしが教育してやろう。
ドーラは突然立ち上がり、無言で駆け出した。それが合図だった。同様に三グループの大男たちが後に続いた。
暗闇から突如現れた正体不明の集団に帝国軍歩哨たちは文字通り面食らった。しかも相手は平服姿なので、現地住民が押し寄せたのかと勘違いした者までいた。かれらの脇をすり抜けて、ドーラたちは投石器に向かった。咆哮を上げず、斬りつけてもこない相手に歩哨らは顔を見合わせるばかりだったが、ドーラが戦斧を振り上げて巻き上げ機の歯車を叩き壊したことでハッと我に返った。
「敵襲だぁ────ッ!!」
声を張り上げたときにはすでに二九名の大男たちが投石器に群がっていた。力自慢の重装甲騎兵である。ハンマーと戦斧が唸りを上げて歯車を叩き割った。
帝国軍兵士たちがあわてて飛び起きたときには一〇数基の投石器全てが作動不能に追い込まれていた。ドーラたちは東西二手に別れて、山岳地帯沿いに六月一八日早朝、ダークナスリイトへ帰還した。最短距離でもどれば、弓矢の餌食になる。そう判断したドーラの卓見により戦死者は0、軽傷者数名だけでこの特殊作戦は大成功を収めた。
ただ一つ、装填済みの投石器が半壊状態のまま放置されたことがこの後の戦局に重大な影響を及ぼすことになる。
六月一八日朝、疲れも見せずに帰ってきたドーラをアーヤは笑顔で迎えた。
「ドーラ、ありがとう。あなたのおかげで当面の脅威が排除された。第六師団はまだまだ戦うことができる」
「愛する者のために戦う、それが武人の務めさ」
ドーラがヘンなことを言ったため、周囲に微妙な空気が流れた。
同日午後、帝国軍第三軍団南方の戦況を実地に視察するため、第三軍団、軍団長ハイリーコフ・ヴァイクス将軍が前線に現れた。将軍の姿を見た兵士たちは震え上がった。身長一九三センチ、体重九八キロの偉丈夫ヴァイクス将軍は帝国軍屈指の猛将と謳われており、平時においては帝都ジースナッハで戦闘教官も務めている。
大陸暦九三二年および九三六年にジースナッハで開催されたエルマグニア連邦(当時)の剣術大会オクタゴン(闘技場が八角形のため、そう呼ばれている)では二大会連続で決勝に進出した実績を持ち(結果は一勝一敗)、その名はエルマグニア全域に響き渡っていた。
ヴァイクス将軍は破壊された投石器の歯車を見て、厳しい表情を示した。
「敵はかなりの戦巧者らしい。この夜間攻撃にしても、北方の防備にしても、一筋縄でいく相手ではない。フェルドナー参謀総長が語ったとおりだ。我々は相手をあなどっていた。ここからはわしが直接現場で指揮を執る。敗北主義者、任務遂行不適格者はその場で軍法会議にかけ、処罰する。一人一殺で十分、偉大なるフォイエル・ドラス指導者のため、ここで死ね」
猛将の言葉はその日のうちに第三軍団全将兵に通達された。
六月一九日(包囲五日目)未明、ヴァイクス将軍の厳命を受けて、再編成を受けた帝国軍第三軍団本隊が総攻撃を開始した。市街戦を戦うため、従来の歩兵、騎兵、弓兵という分類をやめて、これらを組み合わせた戦闘班(小隊単位、約一〇〇名)を作り、第六師団を押しつぶしていく戦術を採用した。各戦闘班が目標と定めた建物を集中攻撃し、相手を全滅させるまで戦い続けるという身の毛もよだつ戦法だった。
これに対して、第六師団は好むと好まざるとにかかわらず、正面から受け止めるしか選択肢がなかった。本来であれば、機動力を生かして後退し、敵の攻勢限界に達したところで反撃に出るという作戦を取るべきだったが、包囲された状況下ではそれもままならず、力に対して力で対抗するしかなくなった。
恐ろしい勢いで第六師団将兵に死傷者が続出した。臨時で野戦病院を開設したダークナスリイト市街中央の施設跡地はみるみるうちに負傷者であふれかえった。そこは地獄絵図と化していた。補給がないため医薬品は底を突き始め、軍医の数もまったく足りず、一般兵が治療に当たる事例も散見されるようになった。うめき声がこだまし、重傷で助からない兵士は野ざらしにされた。
同日、北部戦線でも動きがあった。これまで散発的な攻撃をくり返していた帝国軍第三軍団支隊が異常な勢いで大攻勢をかけてきたのである。城門を突破するため、かれらは何本も梯子をかけて、次々に登ってきた。以前とは気迫が違っていた。城壁から弓で敵兵を射ていたラフィー率いる弓兵部隊はまもなくその理由を知った。なんと、敵は後方に督戦隊を置き、攻撃を続けなければ敵味方区別なく射殺していたのである。
死を懸けて戦う部隊は強い。ついに帝国軍の一部は城門を乗り越えてダークナスリイト市街地北部に突入した。多勢に無勢であった。危機的な状況を迎えた南部戦線を補強するため、次々と兵力を抽出された城壁守備部隊はすでに大隊規模にまで縮小していたのだ。
なおも梯子を登ってくる敵兵を射るため、城壁から身を乗り出して連弩の矢を放っていたラフィーに一本、また一本と複合弓の矢が突き刺さった。城壁から落下しそうになったラフィーをあわてて部下たちが引き戻した。
すぐに野戦病院へと運び込まれたが、重傷だった。アーヤは傷つき斃れた親友を見舞った。
「ラフィー・・・あなたはこんなになるまで戦ったんだね」
全身のいたるところが鮮血に染まっていたが、それを保護する包帯もなく、やむをえず紐で縛られただけの惨めな姿で横たわったラフィーは荒い息をついていた。
「・・・アーヤ、わたし悔しいよ、もうアーヤのために・・戦えない ───」
アーヤはラフィーの手を両手で握り締めて言った。
「もういいの。ラフィー、今は休んでいて ───」
ほどなくラフィーは眠りに落ちた。
六月二〇日(包囲六日目)、城門を最小限の兵力で維持し、開門させないことだけに徹する。兵力分散を避けるために東西の拠点を放棄する。撤退の際は事前に構築した堡塁の有利な陣形を生かして、できる限り敵に出血を強いる。アーヤはこの作戦方針を定めて、東西に散らばった味方が市街中心部に撤退する時間を稼いだ。引き換えに第六師団がダークナスリイト内で保持する地域は一気に小さくなった。だが、南の戦線は土地を犠牲にする戦術が取れなかった。1/4の奥行しかなかったからである。
このもっとも苦しい戦線はドーラと重装甲騎兵が担当した。帝国軍も相手が並みの戦闘力ではないと悟ったようで、次々と新たな戦闘班を繰り出してきた。
六月二二日(包囲八日目)になってもまだ戦闘は続いていた。重装甲騎兵部隊の前には敵兵の死屍が積み重なったが、なお帝国軍は攻勢を緩めなかった。その後方では督戦隊が連弩を構えて陣取っており、後退は即時処刑であった。
精強を誇る重装甲騎兵部隊にも徐々に綻びが見え始めた。その甲冑と武器は換えがないため、破損したものをそのまま使い続けるしかなかった。負傷を満足に治療できないことで、戦えなくなる兵士が少しずつ増えていた。なにより食料が枯渇したことが大きかった。精鋭部隊にも敗色の空気がわずかずつ漂い出した。
ヴァイクスは戦況を読むことにかけて天才であった。
「ククク・・・ あと一押しで敵は崩壊するな。包囲八日目か。わしの長年の経験上、これ以上戦い続けるのは不可能。よし、明日にでも最終攻勢をかけるとするか」
ヴァイクス将軍は翌日、それまで前線で戦っていた全戦闘班を引き揚げ、新たに無傷の戦闘班を投入すると決めた。
六月二三日(包囲九日目)、前夜のうちに帝国軍全戦闘班が撤収した。
────おかしい。ダークナスリイトの南側を半分ぐらい占拠したというのに、なぜ部隊を引き揚げるのか。
アーヤはこれが次の攻勢の前兆であると理解した。
────重装甲騎兵部隊の継戦能力は限界に近づいている。その他の将兵も疲弊し、いつまで持ちこたえられるか分からない。どうする?
思案しあぐねているとき、伝令が南側の戦線で帝国軍が新たな大攻勢に出たと急を告げてきた。アーヤはすぐに師団司令部を飛び出した。
瓦礫の山と化した主戦場には新しい装備に身を包んだ帝国軍兵士が続々と集結し、すでに攻撃を開始していた。左前方でドーラが戦っている姿が見えた。右翼は崩されつつあり、危険な状態にあった。アーヤは迷わず右の激戦地区に身を投じた。
「おおっ、師団長だ! エアリーズ師団長が応援に駆けつけてくださった」
崩壊寸前だった第六師団将兵の士気が一気に回復した。アーヤの戦闘力はやはり抜きん出ていた。市街戦で弓矢が十分な効果を発揮しない以上、近接戦闘に秀でた指揮官の力は倍加して味方を鼓舞した。
このようすを冷静に観察していた男がいた。ヴァイクス将軍だった。
「ん? 南西の戦線があと一歩で突破できるという段階になって、急に敵の抵抗力が増した。なぜだ? 予備兵力が加わったわけでもあるまいに ───」
興味を持ったヴァイクスは前線に足を踏み入れた。戦場では相変わらず血なまぐさい戦闘が続いている。指揮官と一目で分かる外観に触発されて、大公国の兵士が一人ヴァイクスに斬りかかった。だが、ヴァイクスはそれを軽くかわすと、左肘で正確に相手の後頭部に打撃を加えた。頚椎を破壊されて、その兵士は一瞬で絶命した。
「ふん、きさまごときは剣を抜く必要さえもない」
不敵に口元をゆがめて敵味方両軍の屍を踏み越えながら、ヴァイクスはさらに奥へ進んだ。
────これほどの激戦に遭遇したのはひさかたぶりだ。敵とはいえ、ローライシュタイン大公国軍第六師団は評価すべき相手といえる。九日間も包囲されながら、なお戦い続ける意義はどこにある? 並みの部隊ならとっくに降伏するか、内部崩壊を起こしているはずだが、この部隊に崩壊の兆しはない。指揮官はだれだ?
ヴァイクスは周囲を見回した。最初に自分と同じぐらい大柄な女騎士に目がいった。ドーラだった。返り血に染まったキズだらけの甲冑で戦闘を続けるドーラはまさに鬼神の権化だった。だが、ヴァイクスはすぐに興味を失った。
────こいつじゃない。こいつはただ強いだけだ。この師団を率いるやつは信じがたい統率力を持っている。どこだ? どこにそんなやつが・・・・
そのとき、ヴァイクス将軍は味方を奮い立たせながら戦うアーヤ・エアリーズの姿を見た。それはまさしく戦場を駆け巡る死と再生の天使だった。
────こいつだ! こいつが第六師団の精神的支柱。この指揮官がいる限り、大公国軍に降伏はありえない。ならば・・・・その柱を叩き折ってやろう。
ヴァイクス将軍は不気味にほくそ笑み、その場を引き揚げた。
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