第七章 重装甲騎兵出陣

大陸暦九三七年六月二三日早朝

 リックが整列した師団将兵全員を前に訓示を行った。

「本日の戦闘がおそらくこの戦役の結果を左右するだろう。総員余すところなく力を発揮し、勝利をつかめ!」

 兵士たちは鬨の声を上げた。

 ドーラ率いる騎兵大隊、中でも特別な存在である重装甲騎兵中隊が先頭に立った。かれらはアーヤの発案によって編成された部隊だった。

 通常、騎兵は甲冑に身を包み、騎馬に乗って戦場へ進撃する。甲冑の厚みである程度、弓矢を防ぐことはできるが、複合弓の貫通力には無力である。それに対して、重装甲騎兵が着る甲冑の装甲は通常の三倍の厚みがあり、複合弓でも容易には貫けない。ただ、そのままでは重すぎて動けなくなるので、装甲が厚いのは前面のみ、背面装甲は逆に1/2の厚みだった。それ以外にも曲斜装甲の採用、不要部分の肉抜きを徹底するなど、さまざまな工夫を凝らしたおかげで甲冑の重量は従来比50パーセント増程度に収まった。これなら体力に自信のある選抜メンバーであれば、十分活動できる。

 さらに加えて、関節部分、甲冑の継ぎ目など補強できない箇所を守り、落伍兵を抑えて衝撃力を維持するため、二重装甲の盾が考案された。それは従来の盾に空間を設けた上でもう一枚金属板を追加したもので、それほど重くならずに複合弓の貫通力を減衰させられるたいへん効果的な防御兵器だった。機械工場に勤務した経験のあるアーヤだからこそ、生まれた発想かもしれない。


 重装甲騎兵中隊を先鋒として、その両脇を従来の騎兵大隊が固め、楔形を形成して師団は出撃した。もちろん、最先端はドーラである。この日を待ち望んでいたドーラはことのほか上機嫌だった。

 数時間の行軍ののち、ついにローライシュタイン大公国第六師団観測班はギアントム防壁の防衛を指揮する司令部を望遠鏡内に捉えた(挿絵:西方機動戦_戦況図2参照)。

https://yahoo.jp/box/ohXbNb

「総員、停止! 下馬して陣形を整えよ」

 リックが戦闘準備の号令を出した。いよいよ決戦のときが来たのだ。


 ドーラ率いる騎兵大隊のうち、最精鋭の重装甲騎兵中隊が盾を構えて、突撃態勢に入った。

 ドーラがその中心に立ち、一声を発した。

「いくよ! おまえたち」

「イエス! マイレディ、ドラガーニャ・ジーヴェルト!」

 無骨な大男たちが野太い声で返答した。

 かれらはそれまでドーラを「姐さん」と呼んでいたのだが、その言い方が気に食わないドーラはこの日のために「マイレディ」と呼ぶことを強要したのだった。腕っぷしに自信のある者がそろっている騎兵大隊でも、戦闘でドーラに勝てる者は一人もいなかった。彼女を怒らせるとなにをされるのか分からないので、全員が新しい呼称に(渋々)同意した。

 この呼び方を事前に聞かされていなかったリック、アーヤは面食らったが、あえてなにも言わなかった。


 重装甲騎兵中隊が突撃を敢行した。地平線の彼方から猛然と突っ込んでくる正体不明の勢力に気付き、バイヤーオベルン大公国軍、ギアントム防壁防衛司令部は混乱に陥った。最初は南方に第二戦線を築いている味方が戻ってきたのかと勘違いしていたが、紋章からすぐに違うと理解した。

 こんな場所に突如ローライシュタイン大公国軍が現れるなどありえない事態だった。すぐに複合弓を持った予備兵力の弓兵中隊が展開し、司令部の前に陣取ったが、付け焼刃に過ぎなかった。かれらの放った矢は重装甲騎兵中隊が構える二重装甲の盾を一つも貫けなかった。1枚目の装甲で貫通力が減衰し、2枚目で必ず止まってしまうのだ。

 勢いを維持したまま、重装甲騎兵中隊、そしてその後ろに続く騎兵大隊が敵陣に突入した。ドーラが水を得た魚のように生き生きと剣を振るっている。身長一九〇センチのドーラが暴れだしたら、だれにも止められない。

「うわぁ、“戦場の銀狼”だぁ! 逃げろォ────」

 ドーラのあだ名はバイヤーオベルン大公国にまで轟いているようだった。

 そもそも戦闘員が少ない司令部ゆえ、戦いは一方的かつ短時間のうちに決着した。ギアントム防壁側へ逃げ延びた将兵たちが戦闘部隊本隊へ到達する前に帝国遠征軍に知らせなければならない。事前に決めた通り、リックは部下に緑色の信号弾を打ち上げさせた。

 それは即ギアントム防壁の向こう側で待機する帝国遠征軍参謀本部に伝わった。

 上空で糸を引く緑色の信号弾を眺めて、ハルツ・フェルドナー参謀総長はニヤリと笑い、一言つぶやいた。

「あの小娘、やりおったわ ───」


 すぐにフェルドナーは帝国遠征軍の動員を指令した。すでに臨戦態勢に入っていた遠征軍は号令一下、ギアントム防壁へ攻撃を開始した。次々と壁に梯子がかけられて、兵士たちがよじ登っていく。通常であれば、こんな単純な攻撃は通用しないのだが、ギアントム防壁防衛司令部はもはや存在しない。個々の兵士たちが局地的に抵抗したが、指揮系統が崩壊した状態では組織的な反撃ができない。戦いの帰趨はあきらかだった。


「これ以上、ここにとどまる必要はない」

 リックはそう判断した。最終的な勝利は時間との競争なのだ。

「アーヤ、部隊を再編成し、一気に首都オベルンスブルクを攻略するぞ」

「はい!」

 リックの指示を受けて、アーヤは師団の再編成に着手した。強襲攻撃で決着がつくのなら、騎兵、弓兵を主体にすればいい。最低限の補給物資は各自が携えることとし、補給部隊や医療班など間接部門は進撃速度が落ちるので、可能な範囲で随行してもらうことにした。ただし、遅れても全体のスピードを緩めることはしない。

 それともう一つ、荷車にバイヤーオベルン大公国軍の甲冑を複数セット載せた後、輓馬を付けて特殊作戦用とした。

 六月二三日正午、準備は整った。

「第六師団、前進せよ!」

 リックが叫んだ。

 バイヤーオベルン大公国首都オベルンスブルクはここから馬を飛ばせば一日の距離だ。野営して睡眠を取ったのち、明日六月二四日昼過ぎには到着する。ギアントム防壁防衛司令部所属人員は全員捕縛したので、情報が漏れることはない。万一ギアントム防壁守備部隊から逃亡兵がオベルンスブルクに着いても、ローライシュタイン大公国軍と交戦したわけではないので詳細は不明のはず。勝機は我々にある。そうリックは判断した。

 第六師団は休まず行軍を続け、日没後、地図で確認した予定通りの場所(湖畔)に到着、野営して疲れを癒した。


 アーヤが水筒に水を汲んでいると、ドーラが全裸で水浴びしているところに出くわしてしまった。

「あっ! ドーラごめん」

 そう言って立ち去ろうとすると、ドーラが止めた。

「鎧が擦れて、血が滲んじゃった」

 腰の辺りを指差している。初めてドーラの全裸の姿を見たが、筋肉質というよりアスリートの体型だった。そして胸がアスリートらしからぬほど大きい。アーヤは思わず下を向いた。

「重装甲の甲冑は大成功だったけど、まだまだ改良の余地があるね。この戦いが終わったら、あたしの部屋に来てよ。実戦で使った経験からアドバイスさせてもらうので」

 アーヤはうなずいた。

「ドーラ、今日はありがとう。あなたの活躍のおかげで望外の成果を収めることができたもの」

「あたしはエアリーズ連隊長の命令に従っただけです。これからも一層奮励努力します」

 おどけた感じで応じ、アーヤの前で敬礼した。

 その様子がおかしくて、アーヤはつい吹き出してしまった。釣られてドーラも笑い出す。しばらく笑った後、急にドーラが真顔になった。数メートルの間隔だった彼我の距離を詰めて、アーヤのすぐそばにやってきた。

 突然アーヤを抱きしめた。

「アーヤ・・・好きだ。愛してる ───」

 予想もしなかった“告白”にアーヤは激しく狼狽した。

「えっ? ちょっと待って。ドーラは女のコだよね。あの・・・その・・・わたしも女なんだけど」

「関係ないよ。あたしは汚らしい男なんて眼中にないんだ。アーヤ、あなただけ・・・」

 一九〇センチのドーラが身長一六〇センチ台半ばのアーヤを抱きしめている構図は知らないひとからすれば、男女のそれに見えた。とはいっても現実は女同士。

 ここで変な断り方をすれば、ドーラのモチベーションに響く。そう思ったアーヤはやむをえず返事を保留することにした。

「ドーラ、待って。わたしたち明日は決戦のときなのよ。故郷にもどったら、ゆっくり話しましょう」

「イヤだ。明日は死んでるかもしれない。今日ここで“して”」

「! ! ?」

 まずいことになった。「して」と言われても、女同士でどうするのかアーヤには皆目見当がつかない。かといって、このままではドーラの気が治まるはずがない。巨躯の女傑に押さえつけられて、アーヤの体は柳のようにしなった。

「・・・して、キスして ───」

 ドーラの囁きが耳元に伝わった。

────えっ、キス?

「して」とは「キスして」の意味だったのだ。

 少し安堵したアーヤだったが、それでもファーストキスには違いない。一瞬の躊躇ののち、これはもうやるしかないと覚悟を決めて、アーヤはドーラの唇にそっと自らの唇を重ねた。

 長いキスだった。息が続かなくなる直前までキスを続けた二人はようやく唇を離した。

「・・・アーヤ、ありがとう。今宵でもうあたしたちは離れられなくなった。永遠の絆を結んだんだから」

 いつものドーラと違って今彼女は詩人だった。

「う、うん、そうだ・・ね」

 困り果てたアーヤは適当に相槌を打った。

 ドーラがニヤッと笑った。

「これでアーヤはあたしのもんだ。だれにも渡さないから。“契り”も交わしたし」

 素のドーラに戻っていた。それが作戦だとしたら、ずいぶんと頭脳的だ。

 してやられたとアーヤは悔やんだが、後の祭りだった。

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