第6話 そして家へ。─たった二人だけのおとぎ話─


日御碕の別荘に到着したのは15時過ぎ。

それから僕たちは真っ直ぐ帰路についた。

華がもっと日本海を見たいと言うので、あえて日本海沿いに国道9号線を東に向かった。

途中、鳥取県では、大山で華が大好物の牛乳を買ってやると、気に入ったらしく、三リットルほど買わされた。


名探偵少年が活躍中の町でソフトクリームを食べたり、道に生える大きな風車に目を回したり、泊の御崎にある恐竜のモニュメントに乗って遠吠えしたり、白兎海岸道の駅のウサギ駅長を食べようとしたりと、華との旅は本当に飽きることがなかった。


結局、トラックを返して家に到着したのは夜中の0時を回っていた。

予定より早く終えてしまった旅だったが、僕たちにはかけがえのない想い出になった。


楽しかった。

こんなに笑ったのも、こんなに話したのも、本当に久しぶり。


今は僕の腕の中ですやすやと眠る、華の美しい裸体を愛おしく撫でながら、寝顔にそっと唱える。


「もし君が、あの日突然僕の前に現れた様に、僕の前から突然消えても、今度は僕が必ず見つけてあげる。君は僕が必ず守る。愛してるよ。」


そして僕は眠りについた。


****************


「華ー?ごはん出来たぞー?」


目覚めたのは朝6時頃。

顔を洗い歯を磨き、休日いつもの様にしてる朝食を作って、華を呼んだ。


目覚めた時にはすでに隣には居なかった。

お気に入りのボロ切れだけは無くなっていた。

僕は長時間の運転と、帰って華と初めて身体を合わせたせいで、すっかり熟睡してしまっていた。

まぁ近所を散歩してるんだろうと、あんまり気にもせずに、朝食の準備をした。


でも、待てど暮らせど戻って来ない。

一応、鍵を開けたまま外を探してみたが、全然見つからない。もう昼も近い。

僕は昨夜言った事が頭に過り、慌てて自転車で走り出した。


****************


二日経ち、三日経ち、一週間を過ぎても華は全然帰って来ない。

その間に心当たりは全て当たった。

僕はまた大切なものを失くしてしまった。

でも、もう僕は絶対に止まらない。

必ず君を見つけてあげる。


仕事は辞めた。

ありったけのお金を手に、僕は自転車で彼女を探し始めた。

彼女と行った場所。彼女と見た景色。彼女が好きだった場所。全て回った。


一月経ち、半年が過ぎ、それでも僕は止まらない。

いつしかあの時の彼女みたいに、ボロボロの泥まみれになってることに気づく。


いいさ。華と同じなら嬉しい。


僕は一度家に戻ってみることにした。

家はあの頃のまま何も手をつけていない。

起きたままにしてある布団に触れて、少し涙が出た。


彼女がよく、縁側で座って目を細め、どこか懐かしげに庭を眺めていたのを想い出し、同じように座ってみる。


玄関のすぐそばには、昔飼っていた犬の犬小屋がある。

ふと、その小屋を見ると、中に何かが見えた。


覗いて見てみると、それは15センチ程の木の板。

僕が5歳くらいの時に作った、大好きだったボーダーコリーの名板だった。


僕が2歳の頃に父さんが家に連れてきて、17歳の頃に僕と母さんに看取られながら老衰で逝ってしまった愛犬。

頭がよく、従順で、おてんばで、僕との毎日の散歩が大好きで、最後の最後まで、玄関に寝そべり、番犬として僕たち家族を守ってくれた。


拙い手書きのそれを見て、僕は全てを理解した。


涙が溢れた。


瞬間。僕は名板を手にして走り出した。

きっと彼女はあそこに居る。


****************


空と海の青い境界線。

この世界と天国の狭間。

あの時と変わらない。

僕は確信して展望台に向かった。


やがて、展望台の隅っこに丸まる汚いボロ切れを見つけた。

僕は迷わずボロ切れを抱きしめる。

ボロ切れから顔を出した彼女が、高くくぅん鳴いた。


「君だったんだねハナ? やっと見つけたよ。」


僕は彼女に「ハナ」と書かれた15センチの名板を見せると、ハナは白が混じった黒い身体を震わせて、嬉しそうに一声吠えた。


そして初めて出逢った時の様に、僕の顔をペロペロ舐めた。

僕の目から止めどなく溢れる涙を拭いてくれる様に。


「いいよ。君が何者でも僕にはどうでもいい。これからもずっと一緒に、ふたりで生きよう。愛してるよ。」


僕はハナを抱きしめて、華が好きだった様に頭を優しく撫でた。


彼女はいつものように笑った。


そして

彼女は青い世界に向かってひときわ大きく吠えた。








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