第5話 出雲へ。─神様がくれたぬくもり─
朝はホテルのビュッフェで朝食、キラキラ光る朝の尾道水道を眺めながらのゆったりとした時間。
ここずっと忙しくしてたもんな…。
たまにはいいもんだ。
優雅なひととき。
僕はホテル自慢のパンケーキに手を伸ばそうと……
「ダメっ私のっ」
…して手を叩かれた。
目の前では次から次へと料理を取ってきては、修羅のごとく平らげていく華。
僕にパンケーキを取られまいとうーうー言ってる。
「また取って来たらいいじゃん。はい。あーん。」
と、華にパンケーキをひと切れ取り分けて放り込むと、彼女は嬉しそうに大きな口を開けてフォークごと持ってった。
そのうちにパンケーキを食べる。単純だ。
彼女はモクモクと口を動かしながら、
「ねぇ。昨日のおにーさんとおねーさん。どこまで行ったかな?」
「…そうだな。これから四国の高知県に渡って、クジラを見に行くって言ってた。」
「そうかー。また逢いたいね。」
「逢えるよ?彼に携帯番号聞いたしね。実は家も近かったんだ。帰ったら逢いに行こう。家はお好み焼き屋さんらしいよ。」
「うん!食べたいし逢いたいよ!幸せそうだったなぁ。二人。いいなぁ…。」
彼女はそう言って、目を細めて海を眺めた。
どこか哀しそうだったのが少し気になったけど。
****************
ホテルを出て東に走り、尾道の市場で岩牡蠣を積んだ。
思ったよりも大量で驚いた。
華は初めての魚市場に興味津々で、あちこちのイケスに首を突っ込んですんすん匂っては、嬉しそうに僕に報告してくれた。
それからトラックは一路島根県へ。
島根へは、ほぼほぼ高速が開通していたので、わりと短時間で到着した。
僕はあえて、松江市で高速を降りて、宍道湖の北側を通って出雲市に入ることにした。
納品時間には充分に余裕があったし、宍道湖や日本海を華に見せたかったから。
「これも海?おっきいねー。」
「これは湖だよ。海水が混じってるけどね。目的地の日御碕は日本海だから、もっと大きいよ?水平線が見える。」
「ほんとに?! 早く見たーい!」
宍道湖と並走する一畑電車の線路を左手に、国道431を西に向かうと出雲大社が見えてくる。
大鳥居をくぐり、たくさんの観光客を避け、大社前のスタバに驚きながらもそのまま西へ。
しばらくもすると、稲佐の浜と弁天島が見え、日本海に到達する。
「な……にこれ…。」
華が言葉にならないほど驚いてる。
青い空とところどころにちぎれて浮かぶ白い雲。
空と海の境界線が分からないほどに青く拡がる水平線。
助手席の窓にかじりついて目を輝かせる華に嬉しくなって、僕は黙って県道29号線を東にゆっくりと走りだした。
ここからずっと海沿いのルート。
白亜の灯台のある日御碕が、見えてくる。
僕はトラックを停めて、華を真っ青な世界に連れ出した。
遊歩道を歩き、展望台に登る。
もはや華は言葉もない。
天と地の境が不確かな、この神の土地に二人で立つ。
真っ直ぐに突き抜けた海と空の狭間では、華と繋いだ手のぬくもりだけが、僕には現実だと想えた。
「……天国って……ここにもあったんだね?」
青い世界から目を離さずに華がつぶやいた。
あまりに遠くを見ているような華の目に、少し不安になった僕は、風でなびく彼女の綺麗な白と黒のマーブルな髪を手で鋤いてやりながら言った。
「あるよ。どこにでも。華が居れば、僕にはどこだって天国だ。」
それから僕たちは
どちらからともなく長い長いキスをした。
長い間探してた気がするぬくもりを、失わないように。
ずっとずっと二人は抱きしめ合った。
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