第4話 尾道へ。─世界で一番幸せな4人─



僕たちはゆっくりめに起きて、きっちりと火の元と戸締まりを確認してから10時頃に家を出た。

僕はいつもの格好。会社の紺色のズボンに社名の入った紺のTシャツ。

華にも制服を支給されてるんだけど、どうも動きやすいのが気に入ってるらしく、いつも、出逢った時とおんなじ白のノースリーブシャツにホットパンツを好んで着ていた。

それではあんまりなので、会社のジャンパーを羽織らせて仕事はさせていたが。


まずは岩牡蠣を積むために尾道市に向かう。

トラックは三菱キャンター2トンの荷台にイケスを積んだ、いわゆる活魚車だ。

たっぷんたっぷんで、慣れないうちはコーナーごとにコケそうで気持ち悪いが、慣れると快適に走れた。


「私、海って初めて行くんだよー?何度もれいぞーこで見たけど、ちゃんと降りて見るのって初めてー!わーい。」


神戸のメリケンパーク前を走っている時に、キラキラと輝くオリエンタルホテル前の海を見て、華が嬉しそうにはしゃいでいる。


「これから広島に向かってどんどんと海が透き通ってくるんだ。尾道に着いたら、今日は一泊するから、一度海辺を散歩しよう。」


華が予想以上に飛び上がって喜んだ。


「さんぽ?! さんぽー!! ゆうきとさんぽー!!わーい!!大好きゆうきー!!」

「わっ!危ないってば‼ 抱きつかない! 華?! ホーム!」

「きゃん!!」


慌てて行儀よくする華に、僕は嬉しさと半分、なぜだかほわっとする懐かしさで胸がいっぱいになって泣きそうになった。


少し潤んでしまった目を隠すように言った。


「ここから第二神明乗って、バイパス二本乗って、そのまま尾道まで山陽自動車道通るから、トイレしたくなったら早めに言えよ?」

「うん!お腹が空いたらしゃちょー代でごはんでしょ?」

「そうだな。じゃぁ岡山の吉備SAでごはんしよっか。」

「どこだか分かんないけどさんせーい!」


そして最初の目的地は岡山県の吉備に決まった。


****************


「うはー!お腹いっぱいー!」


お腹をぽんぽん叩いてシートベルトを緩める華を横目に、トラックは一路尾道市へ。

フル高速で行けば、三時間ほどで着くので、14時にはJR尾道駅前を通った。


川のように細く流れる尾道水道を左手に見ながら、華が叫んだ。


「きっれーい! 海が透き通ってるー! いいにおーい!」

「この先に今日予約したホテルがあるから、チェックインして、このウォーキングトレイルまで散歩して来よう。」

「わーい!うっれしいなー!さんぽー!」


トラックは露天のパーキングに預け、尾道水道沿いにあるホテルにチェックインした。


ホテルのある港からずっと、ウッドデッキが敷き詰められたウォーキングトレイルが延びている。

たくさんの観光客が思い思いに、この稀有な景色を満喫している中を、嬉しそうな華と手を繋いでゆっくりと歩いていると、ライダーらしき女の人が、真っ赤なビッグスクーターの上で、地図を開いて見ている傍を通りがかった。

僕はそのまま通りすぎようとしたが、華がなぜかひっかかった。


「おねーさん。すっごい綺麗ですね?いいにおーい。」


は? ナンパしてんの?華。

僕は華の手を引っ張って立ち去ろうとしたがびくともしない。


「こら華。無視されてんじゃん。行くよ?」


女の人は華に声をかけられたけどガン無視だ。


「だってー。このおねーさんすっごいいいにおい。青いお花みたい。すっごい綺麗だし。」


だってガン無視されてんじゃん。

むしろ女の人が可哀想だ。


「華? そっとしといてあげて?あんまりお話好きじゃないのかも…」


と、華に言いかけた声にかぶせて男の子の声がする。


「すみません!」


声のほうを振り返ると、両手に缶ジュースを持ったライダースジャケットの男の子が走ってきた。

彼は驚くほど美少年で、狼の様な印象の髪形をしている。

背は170くらいか。僕と並ぶほどだったが、顔はどこか少年の面影を残している。おそらくは16歳くらいだろう。

僕と華が彼に見とれていたら、彼が


「ごめんなさい。この子、ちょっと耳が不自由なんです。話しかけて下さってたんでしょ?」


そうだったのか。

それは申し訳ないことを思ってしまった。


「いえ。こちらこそ失礼でした。ご旅行ですか?」


彼は女の人の肩に手をかけて、こちらを向かせると


「そうです。俺はまだ一年なんで、夏休みの間ちょっとあちこち旅をしてみたいって思って。この子はもう三年だから卒業旅行なんです。…。ほら? 話しかけて下さってたんだぜ?」


高校生だったのか。

なるほど、おそろしく美人な子だ。ピッタリと身体を包む真っ赤なツナギから見えるボディラインは、高校生とはとても思えないくらい抜群だし。華が惚れるのがわかる。

女の子は慌てて深く腰を折った。


「すみませんでした!全然気づけなくてごめんなさい!」


華が鼻をすんすんしながら女の子に近づくと


「おねーさんいいにおいだね?それにすっごい美人。おにーさんともとってもお似合いよ。よかったね?一緒に居れて。」


女の子は真っ赤になったが、すごく可愛く微笑んで言った。


「えぇ。今人生で一番幸せなの。あなたも幸せみたいですね?」


華が負けじと笑って言う。


「うん!すっごく幸せ!じゃぁね。またどっかで逢えたら、いいね!」


そうして走ってく華を見て

僕と彼は二人で顔を見合わせて笑った。


この二人が結ばれたらいいな。

僕はそんな柄にもないことを想いながら、彼と彼女が仲睦まじく走り去るのを見送った。

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